55 / 62
第三章 死力を尽くして
戦線後退
しおりを挟む
航宙機部隊は司令室から命令があったように戦線を一つ下げていた。通達通りにベータ線は放棄されている。
「絶対、抜かれたくなかったのに!」
「別にお前が抜かれたわけじゃないだろ? 後退し、僚機の密度が高まったおかげで担当エリアが小さくなったんだ。ここは文句をいうより感謝すべきじゃないか?」
諭すようなジュリアにミハルはぶぅっと拗ねたような声を出す。だが、確かに余裕は生まれている。息つく暇もなかったベータ線での戦闘に比べ、今は十分な間が取れていた。
依然として補給通達がない301小隊。休憩どころか新たな任務が言い渡されてしまう。
「何? マッシュルーム?」
「反物質爆弾とか解せないな。それにこの機体スペック……」
二人は戦闘を続けながら命令をチェックしている。追加された攻撃目標はコードネーム【マッシュルーム】の撃破。判明している全ての情報が開示されていた。
「DWより進入……。CSF570チェック!」
マッシュルームを念頭に置きながらも戦闘を続けなければならない。しかし、今のところはそのようなレーダー反応など見受けられなかった。
「宙域クリア! 体勢を立て直すわよ!」
「了解!」
アーチボルトの作戦が機能しているようだ。僚機の密度を高め、敵機を分散させる。攻め込まれた形ではあるが、非常に効果的でもあった。
「なぁ、ミハル……。エネルギー残量ってどのくらいだ?」
ジュリアが聞いたように、補給に関する連絡は一度もなかった。まるで忘れ去れてしまったのかと勘ぐってしまうほどである。
「あと3%ね……。正直、あと幾らも戦えないと思う……」
ジュリアの機体もミハルと同じような残量であった。交戦開始から四時間近くが過ぎ、体力的にも厳しくなってきたところだ。
「こちらセラフィム・ワン。セラフィム・ツー応答してください」
ミハルはベイル副隊長に確認を取った。エネルギー警告灯が点灯していること。集中力を維持するのが難しくなっていることを併せて伝える。
『セラフィム・ツー了解した。君たちが先に補給させてもらえるよう上申してみる。応答があるまでしばらく待ってくれ』
「了解しました……」
何事もなく待つだけとミハルは考えていた。ガンマ線にまで戦線を下げることにはなっていたけれど、ベータ線を維持していた頃よりも各隊の連携が強化されていたし、自分たちが抜けたところで充分に戦えるはずだと思える。
「おい、ミハル! この反応は!?」
ところが、惰性的には終われなかった。前方に新たなレーダー反応が出現する。警告音が鳴り、ターゲットマークが点灯しているそれは明らかに攻撃目標であった。
「これが……マッシュルーム……?」
普通の有人機よりも一回り大きな赤いマーカー。機体番号は振られず、コーションマークが表示されていた。
『こちらセラフィム・ツー! セラフィム・ワン並びにツーファイブは現状維持! 補給はマッシュルームを撃墜してからだ!』
急な通信は慌ただしいものだった。攻撃目標が二十機同時にゲートから侵攻したらしい。航宙機部隊には必ず撃墜するようにとの命令が下っている。
「幾らでも湧いてくる! 邪魔よっ!」
優先攻撃目標が加わったとはいえ、現存する敵機がいなくなったわけではない。宙域には依然として敵機が飛来しており、攻撃目標に集中するのは困難を極めた。
「ジュリア、あんたは前に出て航宙機の撃破! マッシュルームは私が仕留める……」
ミハルの決断は早かった。悠長にしている時間は残されていない。
当初、ミハルたちに向かうマッシュルームは一機だけであったものの、遅れてゲートを通過した機が同じルートを辿っている。
二つのターゲットはミハルたちのエリアを確実に通過していくはず。猛スピードで突進するそれが急な方向転換をするとは考えられなかった。
「二機も相手に出来るのか!? ここはベイル副隊長にフォローを頼むべきだ!」
マッシュルームの速度は凡そ戦闘機と呼べるものではない。恐らく射程に入ってから撃てるのは一発だけだろう。仮に外してしまえば照射ラグの間に突破されてしまうはずだ。また直ぐ後方に二機目が飛来していることから一発必中しかない。両方を撃墜するために撃てるビームはたった二射しかなかった。
「駄目よ……。ベイル副隊長の方にも一機向かっている。狙えないエリアなら仕方ないけど、私たちのエリアに来るのなら私たちが撃墜すべきよ……」
「いやでも!?」
ジュリアは反対だった。確実に撃墜しようとするのであれば自機をできる限り制止しておく必要がある。また角度のついた攻撃も避けるべきであり、相対した状態が望ましい。
仮にこれらを考慮して戦うのなら、かなり危険な機動となるだろう。こうしている間にも敵機がミハルたちの隙を突いて攻め入ってくるのだから。
「うるさい! 私は一機も抜かれたくないのよっ!!」
一喝されたジュリア。作戦は強制的に決定してしまう。それは一貫してミハルが話していたことである。困惑するジュリアだが、既にミハルは機体を下げ狙撃体勢に入っていた。
「できるのか……?」
ジュリアはゴクリと唾を飲み込む。彼の機体は押し出されるような格好で前衛へと位置を変え、まだ何の覚悟も決まっていなかったというのに宙域に晒されていた。
「一年前、私に勝ったことは許してあげる。あんたならやれるでしょ? あまり私を失望させないでくれるかな?」
心境を見透かしたようなミハルの声が追加的に届いた。
年下だというのに、本当に生意気なやつだと思う。しかし、その後輩に対する信頼は決して揺るがない。勝ち気すぎる性格とは異なり、彼女のフライトには非の打ち所が少しもなかったからだ。
「ちっとは年上を敬え……」
そんな愚痴を漏らすが、元よりチャンスをくれたミハルには何を言われたって構わない。彼女を失望させるのはジュリアとて本望ではなかった。
「やってやるよ! お前は黙って照準を覗いてろ!!」
意を決したジュリアがスロットルを踏み込む。たとえ自身が失われようともミハルだけは守ろうと心に誓う。アイリスに救われた不甲斐ない命。生かされた事実はミハルを守り切ることでのみ意味を持つのだとジュリアは思った。
「CSF600チェック! 落ちろぉぉっ!」
慣れぬ前衛に加えて、それを単機でこなすのだ。以前なら試すよりも前に諦めていただろう。だが、今のジュリアは違った。命を投げ出す覚悟であり、何よりも優先してミハルを守ろうと決めていたのだ。
「抜かせるかぁぁっ!!」
気迫を前面に出し、ジュリアは正確無比な攻撃を続けた。ミハルの元へは近付かせまいと、全方位に意識を張り巡らせている……。
「絶対、抜かれたくなかったのに!」
「別にお前が抜かれたわけじゃないだろ? 後退し、僚機の密度が高まったおかげで担当エリアが小さくなったんだ。ここは文句をいうより感謝すべきじゃないか?」
諭すようなジュリアにミハルはぶぅっと拗ねたような声を出す。だが、確かに余裕は生まれている。息つく暇もなかったベータ線での戦闘に比べ、今は十分な間が取れていた。
依然として補給通達がない301小隊。休憩どころか新たな任務が言い渡されてしまう。
「何? マッシュルーム?」
「反物質爆弾とか解せないな。それにこの機体スペック……」
二人は戦闘を続けながら命令をチェックしている。追加された攻撃目標はコードネーム【マッシュルーム】の撃破。判明している全ての情報が開示されていた。
「DWより進入……。CSF570チェック!」
マッシュルームを念頭に置きながらも戦闘を続けなければならない。しかし、今のところはそのようなレーダー反応など見受けられなかった。
「宙域クリア! 体勢を立て直すわよ!」
「了解!」
アーチボルトの作戦が機能しているようだ。僚機の密度を高め、敵機を分散させる。攻め込まれた形ではあるが、非常に効果的でもあった。
「なぁ、ミハル……。エネルギー残量ってどのくらいだ?」
ジュリアが聞いたように、補給に関する連絡は一度もなかった。まるで忘れ去れてしまったのかと勘ぐってしまうほどである。
「あと3%ね……。正直、あと幾らも戦えないと思う……」
ジュリアの機体もミハルと同じような残量であった。交戦開始から四時間近くが過ぎ、体力的にも厳しくなってきたところだ。
「こちらセラフィム・ワン。セラフィム・ツー応答してください」
ミハルはベイル副隊長に確認を取った。エネルギー警告灯が点灯していること。集中力を維持するのが難しくなっていることを併せて伝える。
『セラフィム・ツー了解した。君たちが先に補給させてもらえるよう上申してみる。応答があるまでしばらく待ってくれ』
「了解しました……」
何事もなく待つだけとミハルは考えていた。ガンマ線にまで戦線を下げることにはなっていたけれど、ベータ線を維持していた頃よりも各隊の連携が強化されていたし、自分たちが抜けたところで充分に戦えるはずだと思える。
「おい、ミハル! この反応は!?」
ところが、惰性的には終われなかった。前方に新たなレーダー反応が出現する。警告音が鳴り、ターゲットマークが点灯しているそれは明らかに攻撃目標であった。
「これが……マッシュルーム……?」
普通の有人機よりも一回り大きな赤いマーカー。機体番号は振られず、コーションマークが表示されていた。
『こちらセラフィム・ツー! セラフィム・ワン並びにツーファイブは現状維持! 補給はマッシュルームを撃墜してからだ!』
急な通信は慌ただしいものだった。攻撃目標が二十機同時にゲートから侵攻したらしい。航宙機部隊には必ず撃墜するようにとの命令が下っている。
「幾らでも湧いてくる! 邪魔よっ!」
優先攻撃目標が加わったとはいえ、現存する敵機がいなくなったわけではない。宙域には依然として敵機が飛来しており、攻撃目標に集中するのは困難を極めた。
「ジュリア、あんたは前に出て航宙機の撃破! マッシュルームは私が仕留める……」
ミハルの決断は早かった。悠長にしている時間は残されていない。
当初、ミハルたちに向かうマッシュルームは一機だけであったものの、遅れてゲートを通過した機が同じルートを辿っている。
二つのターゲットはミハルたちのエリアを確実に通過していくはず。猛スピードで突進するそれが急な方向転換をするとは考えられなかった。
「二機も相手に出来るのか!? ここはベイル副隊長にフォローを頼むべきだ!」
マッシュルームの速度は凡そ戦闘機と呼べるものではない。恐らく射程に入ってから撃てるのは一発だけだろう。仮に外してしまえば照射ラグの間に突破されてしまうはずだ。また直ぐ後方に二機目が飛来していることから一発必中しかない。両方を撃墜するために撃てるビームはたった二射しかなかった。
「駄目よ……。ベイル副隊長の方にも一機向かっている。狙えないエリアなら仕方ないけど、私たちのエリアに来るのなら私たちが撃墜すべきよ……」
「いやでも!?」
ジュリアは反対だった。確実に撃墜しようとするのであれば自機をできる限り制止しておく必要がある。また角度のついた攻撃も避けるべきであり、相対した状態が望ましい。
仮にこれらを考慮して戦うのなら、かなり危険な機動となるだろう。こうしている間にも敵機がミハルたちの隙を突いて攻め入ってくるのだから。
「うるさい! 私は一機も抜かれたくないのよっ!!」
一喝されたジュリア。作戦は強制的に決定してしまう。それは一貫してミハルが話していたことである。困惑するジュリアだが、既にミハルは機体を下げ狙撃体勢に入っていた。
「できるのか……?」
ジュリアはゴクリと唾を飲み込む。彼の機体は押し出されるような格好で前衛へと位置を変え、まだ何の覚悟も決まっていなかったというのに宙域に晒されていた。
「一年前、私に勝ったことは許してあげる。あんたならやれるでしょ? あまり私を失望させないでくれるかな?」
心境を見透かしたようなミハルの声が追加的に届いた。
年下だというのに、本当に生意気なやつだと思う。しかし、その後輩に対する信頼は決して揺るがない。勝ち気すぎる性格とは異なり、彼女のフライトには非の打ち所が少しもなかったからだ。
「ちっとは年上を敬え……」
そんな愚痴を漏らすが、元よりチャンスをくれたミハルには何を言われたって構わない。彼女を失望させるのはジュリアとて本望ではなかった。
「やってやるよ! お前は黙って照準を覗いてろ!!」
意を決したジュリアがスロットルを踏み込む。たとえ自身が失われようともミハルだけは守ろうと心に誓う。アイリスに救われた不甲斐ない命。生かされた事実はミハルを守り切ることでのみ意味を持つのだとジュリアは思った。
「CSF600チェック! 落ちろぉぉっ!」
慣れぬ前衛に加えて、それを単機でこなすのだ。以前なら試すよりも前に諦めていただろう。だが、今のジュリアは違った。命を投げ出す覚悟であり、何よりも優先してミハルを守ろうと決めていたのだ。
「抜かせるかぁぁっ!!」
気迫を前面に出し、ジュリアは正確無比な攻撃を続けた。ミハルの元へは近付かせまいと、全方位に意識を張り巡らせている……。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる