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 案の定、渋滞にはまった。
 会社の駐車場から出た時は、色々話題があった。寒くないかとか、雪がすごいとか。気温や天気のことで、間がっていた。
 でも、徐々に話すこともなくなり、次第に会話はなくなって、車も止まってしまった。
 エンジンとワイパーの可動音がやけに響いて聞こえる。それだけ、沈黙だけが重く漂っていた。
 沈黙に耐えきれなくなったのは、やっぱりわたしのほうだった。

「大きな通りなのに、この混みようなんですね」
「雪道に慣れていないから、ゆっくり走っているんだろう」
「なるほど。そうですよね……」

 ガコ、ガコとワイパーの音が繰り返される。
 窓ガラスにわたしの強張った笑顔が映っていた。

終了しゅーりょー!)

 バックミラーをちらりと確認すると、米山部長は特になんの感情も見せず、ただ前だけを見ていた。
 この沈黙に耐えられるメンタルが欲しい。
 ふすと鼻からため息を出して、後部座席に積まれた紙袋を見た。
 結局、この話題しかない。

「チョコレート、毎年全部食べきっているんですか?」
「ここだけの話にして欲しいんだけど、実は姉夫婦と姪たちに全てあげているんだ。さすがにこの量は食べ切れないし、誰かのを一つ手元に残すのも違うと思ってね」
「初めから受け取らなければ良いのでは? 恋人がいるから、とか。部長なら色々と断る理由が思いつくと思うんですけど」
「わざわざ時間をかけて選んでくれたんだろうと想像すると、断るのが忍びなくてね。事前に宣言するのも、ナルシストのようで気恥ずかしい」

 米山部長から「気恥ずかしい」という言葉が聞けるとは思わなかった。

「なにより、いないものを"いる"というのは、あまり好きではない。それに、誤解してほしくない人もいるし」
「どういう意味ですか?」

 言わんとしていることが掴みきれず首を傾げるわたしに、米山部長は答えなかった。ハンドルの上に両腕を乗せて、考え込むように黙ってしまう。
 誤解してほしくない人がいる。噛み砕いて言うと、誤解しないでほしい人がいる。恋人がいるという嘘を信じないでほしい。
 それってもしや――……

「恋バナ?!」

 米山部長はハンドルに額をつけて、心底呆れたようにため息をついた。
 わたしは我に返って口を押さえた。

「すみません、心の声が出ちゃいました」
「良くも悪くも、君は本当に素直な人だよね」
「じ、自覚しております……。あ、車進みましたよ」

 これ以上、失礼なことを言わないよう話題を逸らした。
 米山部長は体勢を直してアクセルを踏んだ。
 ゆっくりと車が進んで、また止まる。なかなかスムーズには進まないようだ。

「ご想像の通り、好きな人がいる」
「え?」

 わざわざ避けた話題を本人から振られるとは。それに、わたし如きに打ち明けられるとは思わなくて、二重で驚きだった。

「当の本人には嫌われているけどね」
「そうなんですか?」
「立場上、時には厳しいことを伝えなければならないし、注意が必要だと思ったら注意をする。社員の能力を引き出すのが自分のやるべきことだと思ってる。でも、俺の意思に反して、相手は俺に対して苦手意識を持っているみたいだ」

 ということは、部下のなかに想い人がいるのか。それなら、嫌われていると判断するのも分かる。
 普段がアレだもの。

「納得って顔だね」

 ギクリ――わたしは慌てて頭を振った。

「してませんよっ」

 米山部長はふっと笑って、左手でハンドルを握ったまま、窓辺に右手で頬杖をついた。

「本人の資質を見極めて、伝えるべきことを伝えているつもりなんだ。人格否定や意欲を否定したことはない、はず……なんだけど」

 自分に絶対的な自信を持っているのだと思っていたけれど、弱まる語気に、この人の不安を垣間見た気がした。
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