ドクターダーリン【完結】

桃華れい

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第2部

フェーズ7.9-17

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 今年の学会の開催地は大阪で、土曜日と日曜日の二日間かけて行われる。涼は金曜日の最終便新幹線で大阪へ向かい、日曜日の夜に帰ってくる予定だ。つまり丸二日も離れ離れになる。
 病院での勤務後に荷物を取りに一旦帰宅するというので、私も今日はまだ実家には行かずにマンションに留まった。会えない時間は少しでも短いほうがいい。実家には明日帰る。
「はい、お弁当。新幹線の中で食べてね。容器は使い捨てのものにしたから」
 お弁当を入れた手提げの紙袋を渡した。
「ありがとう。悪いな、朝も作ってくれたのに」
「作るの慣れてきたから、なんてことないよ」
 学会といえど移動時はいつものラフな通勤着だ。スーツ一式と靴はスーツケースの中に収められている。今日は大阪に着いたらホテルへ直行して、寝るだけらしい。
「気をつけてね」
 涼の左手薬指に結婚指輪をはめた。明後日の夜には帰ってくるというのに、その明後日がとても先に感じる。結婚してから二日も離れるのは初めてだ。付き合っていた頃は日曜日にしか会わなかったなんて信じられない。毎日一緒にいるのが当たり前になったから、以前よりも離れがたくなってしまった。
 玄関で見送る。見つめていると涼の唇が降りてきた。私はそっと目を閉じた。
「行ってくる」
「行ってらっしゃい」
 もう一度私の唇にぬくもりを残し、涼は出かけていった。スーツケースを転がす音が遠ざかっていく。それさえも聞こえなくなると、あたりは静まり返った。まるで世界から音が消え去ったかのようだった。

 ハーブティーを淹れ、トーストとヨーグルトを食べる。この部屋で一晩一人で過ごしたのも、こうして一人で朝食を取るのも初めてだ。涼が当直なら私は実家に帰るし、夜中に呼び出しを受けて出かけた場合は、目が覚めたときにはいつの間にか隣で寝てる。今日はどちらでもない。そして今夜も涼は帰らない。もう私の家でもあるはずだけど涼の家に居候させてもらってるような気がしてるから、涼がいないのにこの部屋で一人で寝起きをするのは妙な感じだ。
 そろそろ学会が開場した頃だろうか。私も出かけよう。キッチンで朝食に使った食器類を片づけていると、向かい側のカウンターテーブルの上にある固定電話が鳴った。
「はい、神河です」
 この名字を名乗ることにも最近ようやく慣れてきた。
「もしもし、神河先生の奥様ですか?」
 聞き覚えのない女性の声だ。誰だろう。
「どちら様ですか?」
 相手が名乗らないから訊ねてみた。彼女は質問には答えずに続けた。
「奥様にお教えしたいことがあるんです」
 挑戦的な言い方に嫌な予感がした。胸がざわめき始める。
「先日の神河先生が当直だった夜、私たち、当直室でセックスしたんです」
 何を言われたのか一瞬わからなかった。私は呆然としてしまった。
「え?」
 聞き返すのがやっとだった。
「もちろん、ホテルでもしたことあるんですけど、先生は職場で隠れてこっそりするほうが好きなんですって。なんか、奥様とは最近マンネリ気味だとかで、刺激を求めてるみたいで。私もスリリングなのは大好きだから、彼の要求にはなんでも応えてあげてるんですよ」
 何を、言ってるの? 内容が全然頭に入ってこない。脳が受け入れることを拒否してる。
「彼、今は大阪ですよね。私も今から行って合流するんです。夜はまたいっぱいして、燃え上がっちゃうんだろうなあ。そういうことなので、彼と別れてくれません? 彼には私がついてますから。それじゃ」
 返す言葉が思い浮かばないうちに、電話は一方的に切られた。

 本当なわけがない。昨夜出かける前だって、名残惜しそうにキスしてくれた。昨日だけじゃない。涼はいつも優しくて、私のことを愛してくれてるはず。でも、彼がモテるのも事実だ。
 電話の女性は誰だったんだろう。当直室で、と言っていたから、病院の人だとは思う。うちの電話番号を調べるのも簡単だろう。これから大阪に向かうと言っていた。もし今ごろ本当に涼とその人が一緒にいたら、どうしよう。今すぐ私も大阪に向かうべき?
「お姉ちゃん?」
 花に声をかけられて、はっとした。私は今、実家にいて、母と妹と晩ご飯の準備をしている。今日は父も赴任先から帰ってきていて、久々に四人で過ごせる。
「先生がいなくて寂しいんでしょ~」
 考え込んでいた私を心配して、花が顔を覗き込んだ。
「うん」
「あとで電話してみたら?」
「そうする」
「っていうか、お姉ちゃんも一緒に行けばよかったんじゃないの、大阪」
「涼は仕事なんだから、邪魔になるだけだよ」
「お姉ちゃんはのんびり大阪観光してればいいんだよ。なんなら、私もついてってあげたのに」
 一緒に行くという発想はなかった。涼からもひと言も誘われていない。それとももしかして、今朝電話してきた人と一緒に過ごしたいから、私を誘わなかっただけ? まさかね。あの電話を受けてから、悪いほうにばかり考えてしまう。
「先生は発表もあるんでしょう? 集中したいでしょうから、きっとお邪魔になるわよ」
 そうだ。そのために涼が何日も前から準備してたのを知ってるから、私は夜も休日も触れ合うのを我慢してた。でも、女の人の陰があったとしたら? 疑いたくなんかないのに、不安で落ち着かない。
 ただでさえ長い二日間が、あの電話によってさらに長く感じるはめになってしまった。とにかく、夜になったら涼に電話してみよう。本当はあの電話のあとですぐにかけたかったけど、学会に参加してるはずだから夜まで待つことにした。もし出なかったら? そんなことありませんように。
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