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第2部
フェーズ8-2
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涼のお兄さんが訪ねてきてくれる。遅く取ったお盆休みを利用して久々に実家に帰省するそうで、その前に途中の駅で新幹線を降りてうちに寄ってくれることになった。
お兄さんの圭さんは多忙な人だ。結婚前の正月に行った両家の顔合わせでは都合が合わなくて参加してもらえなかった。初めて会ったのは六月の結婚式だ。式の前に控え室で少しだけ挨拶を交わした。そのときの私の第一印象は、「いろんな意味で涼をパワーアップさせた感じ」。
「彩、俺から離れるなよ」
部屋を片づけて、出迎えの準備を完了させた私に涼が言った。
「どうして?」
「妊娠させられる」
「は!?」
「無類の女好きで、年上年下、人妻、なんでもあり。特に大好物なのが年下と人妻。つまりお前だ」
「なんでもあり!?」
「今妊娠させられたらどっちの子だかわかんねえ」
涼がぼそりと呟いた。思わず顔を引きつらせていると、インターホンが鳴った。
エントランスのオートロックを解除したあと、玄関でお兄さんを出迎えた。お兄さんは並びのいい白い歯を見せて私に笑いかけた。
「こんにちは、彩ちゃん♡ 結婚式以来だね」
「あのときはゆっくりお話しする時間がなくてすみませんでした」
身長は涼と同じくらい。水色の襟付きシャツに白のクロップドパンツを合わせたさわやかな夏のコーディネートだ。スタイルがいいからよく似合っている。顔が似ている涼も似合いそう。いつもモノトーンの服を着ていることが多いけど、パステル系も見てみたい。
「いやいや、こちらこそ慌ただしくて悪かったね。すぐに戻らなきゃならない用事ができちゃってさ。これ、おみやげのチョコレート♡ チョコ好き?」
「大好きです。ありがとうございます」
リボンが巻かれたギフトボックスをいただいた。そういえばお兄さんが住んでいるのは、チョコレートやプリンなどのスイーツが有名な街だ。
「涼、さっそく『大好き』いただいちゃったんだけど」
「あんたにじゃねえよ」
涼が不機嫌に言った。なるほど、なんとなく危ない香りが漂っているように感じる。
「お兄さん、コーヒーとハーブティー、どちらがいいですか?」
リビングに移動し、ソファに腰を下ろしたお兄さんに訊ねた。
「彩ちゃんが淹れてくれるならどっちでも♡」
いちいち語尾にハートマークがついているような。
お茶の準備をするためにキッチンへ移動した。アイスハーブティーにしようかな。私の影響で涼もハーブティーに好みが変わりつつあるから、種類が豊富になってきた。
リビングから二人の会話が聞こえてくる。
「引っ越さないのか。二人じゃ手狭だろ」
「彩がここでいいって」
「彼女の実家近くにでも家買ってあげたら」
「いずれはそうするつもり」
え、そうなの? それでバーベキューのときに戸建てかマンションか私に訊いたんだ。
「で、お前はここから病院に通って、俺はかわいい彩ちゃんがいる新居のほうに入り浸る、と」
お兄さんがとんでもないことを言っている。
「なんでだよ。そもそもあんたは兵庫の人間だろ」
「ゆくゆくはこっちに戻ってくるつもりだからさ。けど都心は騒がしいからな。いくらか離れてるこのへんのほうが落ち着いててよさそうだ」
「ふうん」
「一緒に開業でもするか。そしたら彩ちゃんにだってもっと贅沢させてやれるぞ」
贅沢なんてしなくていい。お兄さんは涼より三歳上の三十三歳だ。開業を考えてるんだ。涼はどう思ってるんだろう。今の勤務医よりも自由な時間が増えるのなら、私はそっちのほうがいいかな。
もらったチョコレートも個包装のままいくつかお皿に盛った。用意していたお茶請けとハーブティーとともにリビングのテーブルに出しながら、お兄さんに訊ねてみる。
「お兄さんは兵庫県の病院に?」
「うん、そう。ああ、名刺を渡しておこうか」
差し出された名刺を両手で受け取る。大きな病院の写真とともにお兄さんの役職と名前、連絡先が書かれている。役職は『消化器外科副医長』だ。
「涼に飽きたら連絡してきな? かわいがってあげるよ」
名刺を持ったまま私は硬直してしまった。かわいがるとは。
「受け取らなくていい」
固まったままの私の手から、涼が名刺を抜き取った。
「親父たちから涼が自分の患者の女子高生に手出したって聞いたときはどんな子だろうと思ったけど、結婚式で会って納得したよ」
手を出された感はまったくないんだけどな。むしろ大事にしてくれた。特に人づてに伝わるとどうしてもそういう言い方になってしまうらしい。ん? 納得とは?
「本当かわいい。それだけじゃなくて、なんかこう、そそるね」
涼の隣に座った私を舐めるように眺めてお兄さんが言った。
「いちいち口説くな」
「人妻の色気か。まだ若いのに。涼のせい?」
なんだか目つきがいやらしくなってきた。
「兄弟だからやっぱり好みも似てるのかな。俺も年下好きだし。涼が仕上げた女なら俺も――」
途中で涼に耳を塞がれた。何? お兄さん、今何て言ったの?
「こいつに結婚しない理由訊いてみ。呆れるぞ」
涼が手を放して言った。お兄さん、独身なのよね。見るからにモテそうなのに。涼みたいに仕事が忙しいからじゃないのかな。
「どうしてですか?」
「裁判とか慰謝料とか面倒くさいから」
それって、浮気する前提?
「一人の女に縛られるなんてごめんだろ。でも彩ちゃんならいいかな♡」
「いちいち口説くなって言ってるだろ」
お兄さんってすごい人だ。このあとも、「お兄さん」と呼びつづける私に、「名前で呼んでいいよ。なんなら呼び捨てでも♡」とふざける場面があったものの、涼が許すはずはなかった。でもこういうところ、ちょっと涼と似てるかも。やっぱり兄弟なんだな。
お兄さんの圭さんは多忙な人だ。結婚前の正月に行った両家の顔合わせでは都合が合わなくて参加してもらえなかった。初めて会ったのは六月の結婚式だ。式の前に控え室で少しだけ挨拶を交わした。そのときの私の第一印象は、「いろんな意味で涼をパワーアップさせた感じ」。
「彩、俺から離れるなよ」
部屋を片づけて、出迎えの準備を完了させた私に涼が言った。
「どうして?」
「妊娠させられる」
「は!?」
「無類の女好きで、年上年下、人妻、なんでもあり。特に大好物なのが年下と人妻。つまりお前だ」
「なんでもあり!?」
「今妊娠させられたらどっちの子だかわかんねえ」
涼がぼそりと呟いた。思わず顔を引きつらせていると、インターホンが鳴った。
エントランスのオートロックを解除したあと、玄関でお兄さんを出迎えた。お兄さんは並びのいい白い歯を見せて私に笑いかけた。
「こんにちは、彩ちゃん♡ 結婚式以来だね」
「あのときはゆっくりお話しする時間がなくてすみませんでした」
身長は涼と同じくらい。水色の襟付きシャツに白のクロップドパンツを合わせたさわやかな夏のコーディネートだ。スタイルがいいからよく似合っている。顔が似ている涼も似合いそう。いつもモノトーンの服を着ていることが多いけど、パステル系も見てみたい。
「いやいや、こちらこそ慌ただしくて悪かったね。すぐに戻らなきゃならない用事ができちゃってさ。これ、おみやげのチョコレート♡ チョコ好き?」
「大好きです。ありがとうございます」
リボンが巻かれたギフトボックスをいただいた。そういえばお兄さんが住んでいるのは、チョコレートやプリンなどのスイーツが有名な街だ。
「涼、さっそく『大好き』いただいちゃったんだけど」
「あんたにじゃねえよ」
涼が不機嫌に言った。なるほど、なんとなく危ない香りが漂っているように感じる。
「お兄さん、コーヒーとハーブティー、どちらがいいですか?」
リビングに移動し、ソファに腰を下ろしたお兄さんに訊ねた。
「彩ちゃんが淹れてくれるならどっちでも♡」
いちいち語尾にハートマークがついているような。
お茶の準備をするためにキッチンへ移動した。アイスハーブティーにしようかな。私の影響で涼もハーブティーに好みが変わりつつあるから、種類が豊富になってきた。
リビングから二人の会話が聞こえてくる。
「引っ越さないのか。二人じゃ手狭だろ」
「彩がここでいいって」
「彼女の実家近くにでも家買ってあげたら」
「いずれはそうするつもり」
え、そうなの? それでバーベキューのときに戸建てかマンションか私に訊いたんだ。
「で、お前はここから病院に通って、俺はかわいい彩ちゃんがいる新居のほうに入り浸る、と」
お兄さんがとんでもないことを言っている。
「なんでだよ。そもそもあんたは兵庫の人間だろ」
「ゆくゆくはこっちに戻ってくるつもりだからさ。けど都心は騒がしいからな。いくらか離れてるこのへんのほうが落ち着いててよさそうだ」
「ふうん」
「一緒に開業でもするか。そしたら彩ちゃんにだってもっと贅沢させてやれるぞ」
贅沢なんてしなくていい。お兄さんは涼より三歳上の三十三歳だ。開業を考えてるんだ。涼はどう思ってるんだろう。今の勤務医よりも自由な時間が増えるのなら、私はそっちのほうがいいかな。
もらったチョコレートも個包装のままいくつかお皿に盛った。用意していたお茶請けとハーブティーとともにリビングのテーブルに出しながら、お兄さんに訊ねてみる。
「お兄さんは兵庫県の病院に?」
「うん、そう。ああ、名刺を渡しておこうか」
差し出された名刺を両手で受け取る。大きな病院の写真とともにお兄さんの役職と名前、連絡先が書かれている。役職は『消化器外科副医長』だ。
「涼に飽きたら連絡してきな? かわいがってあげるよ」
名刺を持ったまま私は硬直してしまった。かわいがるとは。
「受け取らなくていい」
固まったままの私の手から、涼が名刺を抜き取った。
「親父たちから涼が自分の患者の女子高生に手出したって聞いたときはどんな子だろうと思ったけど、結婚式で会って納得したよ」
手を出された感はまったくないんだけどな。むしろ大事にしてくれた。特に人づてに伝わるとどうしてもそういう言い方になってしまうらしい。ん? 納得とは?
「本当かわいい。それだけじゃなくて、なんかこう、そそるね」
涼の隣に座った私を舐めるように眺めてお兄さんが言った。
「いちいち口説くな」
「人妻の色気か。まだ若いのに。涼のせい?」
なんだか目つきがいやらしくなってきた。
「兄弟だからやっぱり好みも似てるのかな。俺も年下好きだし。涼が仕上げた女なら俺も――」
途中で涼に耳を塞がれた。何? お兄さん、今何て言ったの?
「こいつに結婚しない理由訊いてみ。呆れるぞ」
涼が手を放して言った。お兄さん、独身なのよね。見るからにモテそうなのに。涼みたいに仕事が忙しいからじゃないのかな。
「どうしてですか?」
「裁判とか慰謝料とか面倒くさいから」
それって、浮気する前提?
「一人の女に縛られるなんてごめんだろ。でも彩ちゃんならいいかな♡」
「いちいち口説くなって言ってるだろ」
お兄さんってすごい人だ。このあとも、「お兄さん」と呼びつづける私に、「名前で呼んでいいよ。なんなら呼び捨てでも♡」とふざける場面があったものの、涼が許すはずはなかった。でもこういうところ、ちょっと涼と似てるかも。やっぱり兄弟なんだな。
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