異之国奇譚1~平凡OL王女は常ならむ~

月乃 影

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10話 サイアクだ。

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 次の日、朝から私はサラさんに「気をつけるから」「今度は大丈夫だから」と必死で町行きを訴えた。
 かわいらしく手を前に組み、琥珀色の瞳を潤ませて上目を使い、美少女のおねだりポーズをしてみたけれど。
 侍女の鋼鉄の心は貫通できなかった。
 普通の人間なら眉を下げて「しかたないな~」とか言うはずなのに。
 サラさんの精神力の強さには感服するけど、これ以上扱いにくい人間っていない。
 それでも、私は粘った。貫通できなくても、せめて傷のひとつくらいはつけるために。
 だって、町は楽しかったし(そりゃ、危険な目にもあっちゃったけど)あの自由な空気は生き返る気がする。
 それに、またあの美少年に会いたい・・・じゃなかった、町の様子が知りたいから。あんなちょっとの時間じゃろくに町人の話も聞けなかったし。
 そうだよ、立派な国王代理になるために、平民の言葉を聞くのって大事だって思う。
 夕食前になって、私の何十度目かの「お願い」に、とうとうサラさんが溜息をついて言った。
「それほど国の様子がお知りになりたいのなら、町長まちおさ村長むらおさを城に招いてお話されたらどうですか?」
 謁見の間で村や町のおさと話す?
 あ。そうか、なるほど。その手もあったか。
 それなら、私が動かなくても国の内情を知ることはできる。町には行けないけど・・・
 しかたがない、今は国王代理としての責務をまっとうすることが先だ。
「それでいいです。お願いします。手配していただけますか?」
「かしこまりました。すぐに手はずを整えましょう」
 そう答えてから、サラさんは呼び鈴を手にする。
 軽やかなベルの音を合図に召使いたちがディナーの支度を始める。今夜のメインディッシュは子羊肉のナントカソースかけ、らしい。お菓子好きなレーナのために毎食趣向を凝らしたデザートもつく。
 ふと、思った。
 毎食、一人では食べきれない量の豪華な料理が並ぶけど、余ったものってどうするんだろう。
「私が食べきれなかった料理はどうなるんでしょう」何気なく私は聞いてみた。
 横で陶器のグラスに飲み物を注いでいたサラさんが手を止めて、一言「破棄されます」
 簡単明瞭な答えだった。
 捨てるってことね。なんて、もったいない。
 安アパートで、給料日前にはカップ麺のわびしいディナーをとっていた私には「まだ食べられるものを捨てる」とか考えられない。
 捨てる量を減らすために精いっぱいお腹に詰め込んでみたけど。私が太るだけで、問題の解決にはならないと、デザートの甘酸っぱい果物のタルトもどきを、お茶で喉に流し込んだときに気づいた。
「料理の量を減らしていただくことはできませんか?こんなにたくさんあっても一人では食べきれません」サラさんに提案してみると、
「それは、料理人たちの数人を解雇しろというご命令ですか?」少しだけ棘があるような言い方でサラさんが答えた。
 解雇って?
 は?え?なんで、そういう話になるの?
 ポカンとした私の顔にさらに棘を増した言葉でサラさんは言った。
「料理を作る仕事のなくなった料理人は不要でございましょう?」
 ・・・・ああ・・・
 そういうふうになるんだ。
 つまり、私が言ったのは「料理人をリストラしろ」っていうのと同じになるんだね。
 国王・・・というか、トップの一言っていちいち重いな・・・
 考え無しに変なこと言っちゃったら、使用人が首になるどころか、他国と戦争にもなりかねない。
 「いえ、やっぱり今までの量でいいです」料理人のためにはそう言うしかなかった。
 簡単にはいかないものだな。
 早く、この件に関しては打開策を考えなくちゃいけない。私がブクブク太ってしまう前に。



 数日後。
 仕事の早い有能なサラさんの手によって、城の謁見の間に各地の町長、村長20人ほどが集められた。
 領主ではなくて、町の長にしたのは、貴族に近い領主では本当のことなんか絶対に聞けないって思ったからだ。
 サラさんが「領主」ではなくて町長、村長を勧めたのも同じ思いからだったのだろう。
 むろん、このことは4人の大臣たちには秘密だ。余計な口を挟まれたくはない。
 謁見の間に並んで座った町長たちは一様に不安げな表情で身を縮めている。わけも分からずに城に呼びつけられたのだ、何か咎めがあるのではないか、と思うのも当たり前だろう。
 私は警戒心をあらわにしている町長たちに努めて穏やかに語りかけた。
「私はただ、この国のことをもっとよく知りたいのです。ですから、みなさんの町や村のことで困っていること、何か問題なことがあれば教えていただきたいのです」
 言葉を切って、みんなの答えを待ってみる。
 だけど、「おそれながら」と話し出そうという者はいない。下手なことを言って処罰されるのを恐れているのだろうか。
 会社の会議で誰も発言しないときのような、重苦しい沈黙の時間が流れる。
 ・・・・・・・・・
 壁の大時計が虚しく時を刻む。
 ・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・
 ええい、もう!
 しびれを切らした私はすっくと勢いよく立ちあがった。
 みんながイキナリの私のアクションに硬直して目を丸くしている。
 警戒心の強い動物に上から手をやってはダメだ。撫でるときは下から優しく。
 同じことで、上座でふんぞり返ってる人間が「警戒するな」って言っても無理なんだ。
 ドレスの裾をたくし上げて、台座を降りると私は町長たちと同じ床にペタリと座った。
 私の行動に驚きのどよめきが湧いた。
 鋼鉄の侍女サラさんが険しい表情をして、ジェスチャーで「何をなさっているんですか。席にお戻り下さい」みたいなことをやってるけど。後の説教覚悟で無視だ。
 横に座っている中年の男に私はにっこりと天使のように微笑みかけた。
「なにか困ってることはありませんか?どんな些細なことでも構いません。私で力になれることがあればおっしゃってください」
 中年の男は思案しているように眉間にシワを寄せていた。目の前にいる美少女の言葉を信じていいのか、と考えているように見える。そしてしばらくして、こんなけなげな美少女だったら、話しても咎にはなるまい、と判断したのだろう。
 ためらいがちにポツポツと話し出した。
「俺の村では・・・」

 一人が話し出すと、後はもう「我も我も」と雪崩のように陳情が押し寄せた。
 それはまるで限界まで水を貯めこんだダムが決壊するかのようだった。
 
 結果。
 その夜、私は暗い表情で重い頭を抱えることになったのだ。
 
 活気があると思っていたのは、城下にある町だけで、城から離れるごとに民人の暮らしは貧しく、厳しいものになっていった。
 5倍になった税に耐えきれず、子を売る、娘が身売りする、家族で夜逃げも頻繁にあることだという。
 ある小さな村では飢えのあまり5才の子供が毒草を食べてしまい、半身が不随になったという。
 その話を聞き、不覚にもボロボロと泣き出してしまった私を、村長たちがオロオロと慰めるという一幕もあった。
 押し込み強盗や追いはぎも増え続け、抵抗する手立てのない人々が犠牲になっている。治安は悪化する一方だ。
 町で子供たちを見なかった理由もわかった。家から出すと攫われて売られてしまうからだ。
 あの美少年が言ってた「誘拐される」とかも珍しいことじゃなかった。
 子供が外で遊べない国。それが今のローマリウスを表している。
 町長たちの陳情は断末魔の悲鳴のように思えた。
 むろん、町長、村長も何もしなかったわけではない。何度も領主や大臣の配下の役人に直訴した、が、その声はどこかで握りつぶされ、かえって大臣を煩わせるという咎で処罰された者もいるという。
 昔の話ではよくあることだ。地方の役人たちが、上には知られたくない悪いことをしてるわけだ。
 誰にもどうすることもできないまま、この国はゆっくりと壊れていってしまう。
 
 サイアクだ。
 
 こうなったのは国に無関心だったレーナ姫の責任だ。
 大臣たちの手綱もとれないまま、好き勝手にさせてしまった王位継承者の責任がレーナにあるなら、今のレーナである私がなんとかしなくちゃ。
 このまま国の貧困と退廃が進めば、怒れる国民たちの革命が起こること必須。私はかの有名なフランスの王女みたいにギロチン台で首を・・・
 想像すると体が震えて冷たくなった。
 自分のためにも国のためにも放置することはできない。
 私はサラさんを呼んだ。
 至急、臨時国会・・・もとい、大臣たちとの話し合いの場を設けるよう命じるために。
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