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エピローグか、プロローグか。
リュシエールはローマリウス国で起こった妖物の騒動の報告を魔教皇にするために、魔法国マグノリアに帰った。
マグノリアは結界で覆われていて、人間のあらゆる手段での侵入を拒んでいた。出入りできるのは魔法使いだけだ。
一つの都市ほどの巨大な建物の中に、魔法使いの住まいも学校も司法、行政、執務、すべてがあった。その建物の最上階にマグノリアに君臨する魔教皇の部屋がある。
その部屋の前でリュシエールはわざとらしいほどに大きな溜息をついた。
魔教皇の部屋のある階に足を踏み入れることができるのは最上階級の特級魔法使いだけだった。上級魔法使いのリュシエールがここに入れるのは魔教皇の息子だから、という理由しかない。
次期『魔教皇』として、リュシエールは特別扱いだ。
それが煩わしいと思うこともある。
はっきり言って、父さんは苦手だ。何を考えているのかわからないし。
物心ついた時からリュシエールには父親に笑いかけてもらった記憶も抱っこされた記憶もない。
親子の証といえば、父親と同じ紫がかった黒髪と白色の魔法を使えるということだけだ。
もう1度溜息をついて、リュシエールは扉に手を当てた。
重厚な装飾の大きな扉が何の重さも感じさせないほど静かに開き、リュシエールを招き入れた。
黒檀の机で羊皮紙を広げて読んでいる魔教皇は顔を上げもせずに、息子に『報告』を促した。
「逸れ魔導士・・・」
そう言って紫水晶のような瞳に険を浮かべた魔教皇をリュシエールは珍獣でも見るような目で見た。
珍しいね。魔教皇が表情を出すなんて。
顔皮は美しい仮面でできているのかと思うほど感情を表さない父親だった。その父が嫌悪感を露わにしていたのだ。それだけ『逸れ魔導士』は忌まわしい存在なのだ、とリュシエールは思った。
魔法国の規律に従わず、人間の世界で魔法を使うことがどれほどの危機を招くことなのか、リュシエールも今回の騒動で少しは理解できた。
「人間の女性に取引を持ちかけたんだよ。子供を生き返らせてやる、って。奇怪な魔法術だったよ。妖物を媒体にして他人の命を吸い取り、人形を人間にしようとしていた。上手くはいかなかったみたいだけど」
「一度命を失ったものを、蘇らせる・・・そんな魔法は存在しない」
魔教皇は断じた。
「でも、もし、そんな魔法が使えるとしたら・・・それが、逸れ魔導士に成されたら、魔法国は揺らぐよね?」
それが狙いかもしれないと、リュシエールは思う。
逸れは、何らかの咎で魔法国を追放された魔法使いの蔑称だ。数はごくわずかだが、人間の世界に混じって人間として暮らしている。彼らの魔術は医術や占い、芸事に限られていて、人間から報酬を取り魔術を施せば、魔法国に捕らえられ罰を受ける。
国を追放され、魔術を制限された逸れの中には魔法国に恨みを抱く者もいる。もし、魔法国が成しえない魔法をあみ出したら、痛快な思いだろう。
「魔法国が揺らぐことはない。いずれその逸れ魔導士は報いを受けることになる」
父親の感情を表さない平淡な口調に、リュシエールはつまらなそうに応じる。
「今頃は司法の魔法使いが探してる、その逸れ魔導士を。ま、いずれは捕まるだろうけどね。けど・・・また、何かありそうな気がするんだよね」
「それは、予言か?」
初めて魔教皇は息子がそこにいたことに気づいたような目になった。
「ただの勘」
話しにならない、とばかりに魔教皇は長いまつ毛に縁どられた紫水晶の瞳を伏せると、また書物に没頭し始めた。
去れ、ってことだよね。と、リュシエールは父親に別れの挨拶もなく踵を返した。
息詰まる空間を早く抜け出そうとリュシエールは足を速めて扉に向かう。
けれど、リュシエールが扉までたどりつかない前に魔教皇が息子に向かって声をかけた。
「リュシエール」
名前を呼ばれて、リュシエールは固まった。父親が自分の名前を呼ぶときにはロクなことがない。
「なに?お説教なら聞きたくないんだけど」
無視して扉を開けようとしたリュシエールの心臓を魔教皇の氷のような声が貫いた。
「そろそろお前も次期魔教皇として『婚約者』を決めなければならない。選別の期間を与えるから、好きな娘を連れてきなさい。お前が選ばぬときには、法律で定められた特級魔法使いの娘を婚約者とする」
やっぱりロクなことはない。
リュシエールは地の底の暗渠に落ちる思いで父親の部屋を後にした。
完
リュシエールはローマリウス国で起こった妖物の騒動の報告を魔教皇にするために、魔法国マグノリアに帰った。
マグノリアは結界で覆われていて、人間のあらゆる手段での侵入を拒んでいた。出入りできるのは魔法使いだけだ。
一つの都市ほどの巨大な建物の中に、魔法使いの住まいも学校も司法、行政、執務、すべてがあった。その建物の最上階にマグノリアに君臨する魔教皇の部屋がある。
その部屋の前でリュシエールはわざとらしいほどに大きな溜息をついた。
魔教皇の部屋のある階に足を踏み入れることができるのは最上階級の特級魔法使いだけだった。上級魔法使いのリュシエールがここに入れるのは魔教皇の息子だから、という理由しかない。
次期『魔教皇』として、リュシエールは特別扱いだ。
それが煩わしいと思うこともある。
はっきり言って、父さんは苦手だ。何を考えているのかわからないし。
物心ついた時からリュシエールには父親に笑いかけてもらった記憶も抱っこされた記憶もない。
親子の証といえば、父親と同じ紫がかった黒髪と白色の魔法を使えるということだけだ。
もう1度溜息をついて、リュシエールは扉に手を当てた。
重厚な装飾の大きな扉が何の重さも感じさせないほど静かに開き、リュシエールを招き入れた。
黒檀の机で羊皮紙を広げて読んでいる魔教皇は顔を上げもせずに、息子に『報告』を促した。
「逸れ魔導士・・・」
そう言って紫水晶のような瞳に険を浮かべた魔教皇をリュシエールは珍獣でも見るような目で見た。
珍しいね。魔教皇が表情を出すなんて。
顔皮は美しい仮面でできているのかと思うほど感情を表さない父親だった。その父が嫌悪感を露わにしていたのだ。それだけ『逸れ魔導士』は忌まわしい存在なのだ、とリュシエールは思った。
魔法国の規律に従わず、人間の世界で魔法を使うことがどれほどの危機を招くことなのか、リュシエールも今回の騒動で少しは理解できた。
「人間の女性に取引を持ちかけたんだよ。子供を生き返らせてやる、って。奇怪な魔法術だったよ。妖物を媒体にして他人の命を吸い取り、人形を人間にしようとしていた。上手くはいかなかったみたいだけど」
「一度命を失ったものを、蘇らせる・・・そんな魔法は存在しない」
魔教皇は断じた。
「でも、もし、そんな魔法が使えるとしたら・・・それが、逸れ魔導士に成されたら、魔法国は揺らぐよね?」
それが狙いかもしれないと、リュシエールは思う。
逸れは、何らかの咎で魔法国を追放された魔法使いの蔑称だ。数はごくわずかだが、人間の世界に混じって人間として暮らしている。彼らの魔術は医術や占い、芸事に限られていて、人間から報酬を取り魔術を施せば、魔法国に捕らえられ罰を受ける。
国を追放され、魔術を制限された逸れの中には魔法国に恨みを抱く者もいる。もし、魔法国が成しえない魔法をあみ出したら、痛快な思いだろう。
「魔法国が揺らぐことはない。いずれその逸れ魔導士は報いを受けることになる」
父親の感情を表さない平淡な口調に、リュシエールはつまらなそうに応じる。
「今頃は司法の魔法使いが探してる、その逸れ魔導士を。ま、いずれは捕まるだろうけどね。けど・・・また、何かありそうな気がするんだよね」
「それは、予言か?」
初めて魔教皇は息子がそこにいたことに気づいたような目になった。
「ただの勘」
話しにならない、とばかりに魔教皇は長いまつ毛に縁どられた紫水晶の瞳を伏せると、また書物に没頭し始めた。
去れ、ってことだよね。と、リュシエールは父親に別れの挨拶もなく踵を返した。
息詰まる空間を早く抜け出そうとリュシエールは足を速めて扉に向かう。
けれど、リュシエールが扉までたどりつかない前に魔教皇が息子に向かって声をかけた。
「リュシエール」
名前を呼ばれて、リュシエールは固まった。父親が自分の名前を呼ぶときにはロクなことがない。
「なに?お説教なら聞きたくないんだけど」
無視して扉を開けようとしたリュシエールの心臓を魔教皇の氷のような声が貫いた。
「そろそろお前も次期魔教皇として『婚約者』を決めなければならない。選別の期間を与えるから、好きな娘を連れてきなさい。お前が選ばぬときには、法律で定められた特級魔法使いの娘を婚約者とする」
やっぱりロクなことはない。
リュシエールは地の底の暗渠に落ちる思いで父親の部屋を後にした。
完
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