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3話 特級魔法使いの花嫁

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 階段を下りた地下層には外級魔法使いの部屋が並んでいる。私は自分の部屋の前で足を止めた。
 外級魔法使いには盗られるものなんかないから扉に鍵はない。
 それでも自分の部屋があるということは何だか安心感がある。ここは私の居ていい場所だと思えるから。
 私は部屋の中に入って、息をついた。
 そして、薄暗い部屋の中を見てギョとした。
 木製の椅子の背に白い物がかけられていて、そこだけ輝いて目立っていた。
 それは純白のローブだった。
「はーっ」と私は大きな溜息をついた。
 それからソロリソロリと粗末で狭いベッドに近づくと中を覗きこんだ。
 やっぱり、いた。 
 擦り切れそうに薄い毛布をかぶってスヤスヤと寝息をたてている上級魔法使い。
「リュシエール様、起きてください」
 むにゃ、とか言ったきり、また寝入ってしまった悪夢のように美しい少年に、私は再度声をかけようとして、止めた。
 宿題のほうが先だ。
 リュシエール様がこうやって私の部屋で寝ているのは今日が初めてじゃない。
 私が魔法国にやってきたときから、時々部屋にきてくれて、私がここに馴染めるように色々と教えてくれた。
 でも、それって、本当は、ものすごく、奇異なことなんだって、今の私にはわかる。
 人間の世界で言えば、貴族様が奴隷の部屋に遊びにきているようなものだもの。
 私はそっとロウソクに火をつけて、机の上に魔法書を広げた。
 朝までに難解な魔法文字を書き取らなきゃいけない。ロウソクの火がもてばいいけど、と私は不安になった。
 外級魔法使いには備品の配給も少ないのだ。
 自分で魔法の火を出せればいいけど、魔法を失敗して火どころか部屋を爆破しちゃったら、魔法書の書き取りくらいの罰じゃすまない。そして、私は、爆破するような魔法しか使えない未熟者なのだ。
 自覚している分だけまだマシだと自分を慰めながら、ノートに羽ペンで文字を刻み始めた。
 
 「そこの綴り、間違ってる」
 突然耳元で声がして、書き取りに集中していた私は「うひゃあ」と珍妙な悲鳴を上げてしまった。
「リュ・・・リュシエール様、起きて・・・」
 アワアワとなった私に、リュシエール様がクスクスといたずらっぽく笑いながら
「うん、さっきから起きてたけど、イリアが全然気づいてくれないからさ。なにそんなに熱心にやってるのさ。宿題?」
「です・・・きょう、魔法の授業で失敗しちゃって」
 私が毒草のクルシアワダチ草を教室いっぱいに巨大化させたことを話したら、リュシエール様はクックッと奥歯を噛みしめるように笑った。
 しかも、ミディアの分と合わせて2本の巨大クルシアワダチ草は教室中の魔法使いを圧死させるところだった。
「ま、しかたないよ。正体明かしの魔法と巨大化魔法は文呪が似てるから。外級魔法使いには発音が難しいかもね」
「でも、下級魔法使いの試験に出るんですよ。私、また、落ちるかも・・・」
 ガックリと肩を落とした私の頭を、リュシエール様が励ますようにヨシヨシと撫でてくれた。
 うわ、こういうとこ、万が一上級魔法使いの女性たちに見られたら、私は4分の3どころか、全殺しだ。
 あ、そういえば、女性たちが言ってた。きょうはリュシエール様の姿が朝から見えなかったって。
「もしかして、リュシエール様、きょうはずっとここにいらしたのですか?」
 その言葉にリュシエール様が不快そうに顔を歪めて(歪めた顔も美しいのだけど)
魔教皇とうさんのおかげで、僕はどこに行っても女性に追いかけられるんだよ。もう、勘弁して欲しいよ。マグノリアで僕の唯一の隠れ家はイリアの部屋だからね。朝から潜りこんでた」
 同情はするけど
「逃げてもしょうがないんじゃないですか?リュシエール様が許嫁を選ぶまでは騒ぎは収まらないと思うのですけど」
「選べるものならとっくに選んでるよ。でも、結婚したいほど好きな相手っていないもん。・・・・けどさ」
 リュシエール様はそこで言葉を切って大きな溜息を吐いた。
「もし、僕が自分で許嫁を選ばなかったら、魔教皇とうさんは『法に則って特級魔法使いから選ぶ』とかヌカすんだよ。そりゃあ、特級魔法使いの魔力はスゴイからね。それは認めるよ」
「・・・リュシエール様が認めるほどスゴイ魔法使いの女性のどこが不満なんですか?」
 私の問いにリュシエール様は心底嫌そうに
「特級魔法使いはババァだ。魔法で老化を止めて、容姿をごまかしてるけど、みんな100歳は超えてるよ」
 えええっ、と私は声を上げてしまった。
「100歳超えのババァを初々しい花嫁に迎えられると思う?僕は無理だ!アッチが立たないよ」
「・・・」
 アッチって何だろう。
 なにが立つのか分からないけど、リュシエール様が本当に嫌がってるのは分かった。
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