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24話 レオナードの恋文

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 ややこしくなるのを避けるために、妖しに襲われて亡くなった被害者たちはそのままにして、キリウスとレオナードは宿に戻った。
「約束でしたよね。手は出さない。遠くから見るだけだと」
 部屋に戻って開口一番のレオナードの言葉にキリウスは首を竦めた。
 穏やかな口調だが、レオナードの目には怒りの火がともっていた。
「それは・・・そうだが、あの時はやむを得ず・・・」
 侍従になぜ言い訳をしなくてはいけないのか、と、キリウスは納得がいかなかったが、自分に非があることは明らかなので
「わかった、俺が悪かった」と、潔く謝った。
「あとは、明日だ。もう寝よう」
「陛下、まだ話は終わっていません。先ほどの妖しはいったい何ですか。陛下は何か気づいたのでしょう」
 大人しく寝かせてくれるつもりはないらしいと、溜息をついたキリウスは
「あの妖しは、この国の王妃だ。俺たちが墓参りにきた、本人だ」
「は?」
 キリウスの戯言だと思ったのか、レオナードの剣呑さが増した。
「信じないのか?しかし、本当だ。変わり果てた姿だったが、確かにクリステル王妃だった。何度か城を訪れて会ったことがあるから見間違いじゃない。王妃も俺の名を呼んだしな」
「・・・では、死人が妖しとなって動いていると?」
「それは俺にもわからん。ここで考えてても仕方あるまい。明日、カチラノス王を訪ねれば分かることだ」
 そう言うとキリウスは服を脱ぎすてベッドに潜りこんだ。
 主君が10も数えないうちに眠り込んだのを見て、レオナードは脱ぎ散らかした服を片付け、荷物を仕舞い、明日の用意をした。
 あんな目にあってよく眠れるものだ。
 と、主君の豪胆ぶりに呆れながら、レオナードは粗末な文机に向かった。
 今夜のことや明日のことを思うと不安で寝付かれそうにない。レオナードは無性にフランと話しがしたくなった。遠い異国の地ではそれもかなわないことだ。せめて、文を書いておこうと、レオナードは夜遅くまでペンを走らせていた。


 「あら・・・ええっ?」
 宿屋の主人と妻が、同時に目と口を大きく開けて、硬直した。
 朝になって部屋から出てきたキリウスが王家の正装をしていたせいだ。
 光沢のある黒い生地の上着にはローマリウス王家の紋章が金の糸で刺繍されてあった。全身が黒尽くめだったが、服の随所にある金の縁取りが品位のある豪華さを醸し出していた。
 レオナードも紺を基調とした侍従の制服を身に着けていた。
「おはようございます。朝食の用意はできているでしょうか」
 柔らかい上品な物腰のレオナードに、石のように固まっていた、夫婦が「あ、はい、ただいま」とこたえると、ギクシャクと機械仕掛けの人形のようにテーブルに朝食の用意を始めた。
「これで町中をいくのか?目立つな」
 キリウスが袖をまくりそうになるのを、レオナードがいさめて、言った。
「目立ったほうがよいと思います。国王陛下がカチラノス城を訪れたことを民人に周知させれば、カチラノス王もめったなことはできないと思いますので」
 策士のようなレオナードの言葉に、キリウスが眉を顰めて
「カチラノス王が剣呑なことを俺に仕掛けると思うのか?」
「万が一のためです。あの妖しに王が関係しているとしたら、私たちの身も安全ではありません」
 キリウスとレオナードの話しを、宿屋の妻が遮った。
「こ、こ、こんな粗末なものしかありませんが、お口に合いませなんだら申し訳ありません」
 テーブルに固そうなパンと、具の少ないスープがのっていた。
「いや、ありがたくいただこう。昨日から温かい飯にありつけていないからな。レオナードもいっしょに食わないか?」
「いいえ。陛下と同じテーブルに着くわけにはまいりません、私は後で厨房のほうでいただきます」
 陛下、という言葉に宿屋の夫婦は大きく動揺した。
「あの・・・もしかして・・・ローマリウスの・・・国王陛下でございますか?」
「そうだが?どうしてわかる」
「そ、その双頭の龍の紋章はローマリウス国のものだと・・・なので・・・あ、あ、あ、・・・昨夜は、無礼を働きまして、も、も申し訳ございません。陛下とは存じませんで、失礼なことを申し上げて・・・」
 夫婦はまるで地面に伏しそうなほど、青くなっていた。
「いや。身分を隠してたんだ。お前たちには落ち度はない」
 固いパンをちぎってスープにつけながら食べているところは、まるで国王とは思えない気さくさで、宿屋の夫婦の緊張は少し和らいだ。
 噂ではローマリウス国の国王と女王は何よりも民を大切にしてくれているという。
 そんな国王ならば、と、宿屋の主人は恐る恐る、声にした。
「もし、カチラノスの王様に会ったら・・・お伝え願いますでしょうか。町中に出る妖しの退治を魔法使い様に依頼して欲しい・・・と。町中の民の願いをきいて欲しいと・・・」
 キリウスは薄い青色の瞳に温情の色を浮かべて、「そのことは俺も気になっているんだ。妖しの件は何とかしてみよう」
 キリウスの言葉に夫婦が顔を緩ませて手を取り合った。
「ご主人。それで、ですね。お手数なのですが、この文をローマリウス城に届けて欲しいのです。『フラン』という女王の侍女宛てに。家紋の印を押してあるので、城の裏門の衛兵に見せれば受け取ってもらえると思います」
 レオナードが差し出した文筒を、宿の主人は押し頂くように受け取ると、
「『フラン』ですね?分かりました。さっそく今から発つとします。お前、後は頼んだぞ」
 宿の主人は妻に声をかけると、そそくさとと出ていった。
「なんだ、愛しいフランに恋文か?」
「そのようなものです」
 レオナードに澄ました顔で答えられて、からかったつもりだったキリウスは面白くなさそうに口をへの字に曲げた。 
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