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53話 夢

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 夢みたいだ。
 唇にリュシエール様の唇の感触がまだ残っていて、私はベッドに入ってからも寝付かれずに、のたうっていた。
 リュシエール様が私を好きだって。
 キスもしちゃった。
 どうしよう、明日、ミディアに言っちゃうかもしれない。
 黙っていられるか、自信がない。
 ミディアはなんて言うかな。きっとビックリするに違いない。
 ミディアに・・・
「あっ」
 私は大事なことを思い出して、ベッドから跳ね起きた。
「ミディアの本!」
 いけない、リュシエール様に没収されてしまったんだった。
 イリアにはまだ早いよ。時がきたら僕が教えるから、今は我慢して・・・って、リュシエール様は言った。
 時がきたら、って何なんだろう。
 私が花嫁になったときなんだろうか。
 花嫁・・・私が・・・
 うわあああっと、さらにのたうち回った。恥ずかしい、私がリュシエール様のお嫁さんだなんて。
 ローマリウスで参列した、レオナードさんとフランさんの結婚式を思い出した。
 とってもキレイでお似合いの二人だった。
 私はのたうち回るのをやめて深呼吸した。興奮しすぎで眠れなくなってる。
 本を没収されたこと、明日、ちゃんとミディアに謝らなくちゃいけないんだから、もう、寝なくちゃ。
 布団を頭からかぶって、目を閉じた。
 



 あれ?
 ここはどこだろう
 ・・・見覚えがある・・・家の中
 ここは・・・
 そうだ、私の家だ
 お母さんと暮らした、ギリアン国にある私の家だ
 私はどうしてこんなところにいるんだろう
 あ 
 ベッドが見える
 あれはお母さんのベッド
 あれ、誰か寝ている
 ・・・誰?
 お母さんのベッドで寝ているのは・・・
 ・・・・・え?
 お・・・かあさん?
 お母さんが寝ているの?どうして?
 ねえ、お母さん、どうしたの?
 なんで寝ているの?
 起きてよ・・・
 ねえ、お母さん
 起きて




 変な夢をみて、朝から頭が重たかった。
 きっと興奮しすぎてよく眠れなかったせいだ。
 夢の中の私の家・・・アレはいったい何だったんだろう。
 起きて身支度をしていたら、部屋の扉がノックされた。
「おはようございます。イリア様。リュシエール様が朝食を一緒に召し上がりたいとのことですが、いかがされますか」
 セレナーダさんの言葉に、私は「はい」って元気よく答えた。
 そうだ、私はもう、本物の許嫁なんだ。
 みんなをダマしてる、っていう後ろめたさを感じなくていいんだ。
 重かった頭がウソのようにスッキリして、私は踊るような勢いでリュシエール様の部屋に向かった。

 「ごめんね、ミディア・・・アノ本、リュシエール様に見つかって没収されちゃった。本当にごめん」
 教室にいたミディアに駆け寄って、朝のあいさつもしないで私はそう言った。
 ミディアは「へ?」って言ってから
「アノ本・・・えっ?イリアが返しにきたんじゃないの!?朝起きたらテーブルの上にあったから、てっきりイリアがこっそり返しに来たんだって思ってた」
 今度は私が「へ?」ってなった。
「あ・・・じゃ・・・ミディアの部屋に本を返したの、リュシエール様の仕業だ」
 私の交友関係なんて調べるのは容易たやすいって言ってたし、友だちはミディアしかいないことなんか、お見通しだろう。でも、そんなこと、朝食のときには全然、言ってくれなかった。
 きっと私を驚かすつもりだったんだ。
「リュシエール様が、私の部屋に・・・いらしたの!?」
 ミディアは蒼白になって「うわ~~っ。どうしょう、私、散らかしてたかも。ヘンな寝顔とか、見られてないよね?」
 え?心配するとこ、ソコなの?
 ヘンな寝顔のことは保証できないけど、部屋は散らかすほどモノがあるわけじゃないし。
「たぶん、大丈夫だと思うよ」
 そうかな、とミディアは可愛らしく首を傾けて、それから私の方を見て、意味深な笑みを浮かべて言った。
「で。読んだの?アノ本」
「うー・・・残念ながら、読んでる途中でリュシエール様に見つかって・・・で、イリアにはまだ早い、時が来たら僕が教えてあげるから今は我慢して、って言われた」
 きゃああああっ、と、ミディアは悶絶して「それって、それって、実践で、ってことだよね!実践だよ!うわあっ、やばい、鼻血でそう」
 ミディアが興奮して大声を上げたので、私は「しーーっ」と口に指を当てて、周囲を見回した。教室のみんなが私たちに冷たい視線を送ってるみたいに思えて、私は身が縮んだ。
 こんなんじゃ「キスした」って言ったら、ミディアは教室中に響く叫び声を上げるかもしれない。
 やっぱり黙っておこう。
 私は「じゃ、後でね」とミディアに告げて、自分の席に座った。
 午前の授業は変身魔法で、イシュダル先生の担当だったけど、私はどんな呪文を唱えてもロクな結果にならないっていうのが分かっていたので、なるべくイシュダル先生に差されないように小さくなっていた。
 でも、そんなことをしても私の緑色のローブは目立つから、イシュダル先生は私の方にチラチラと視線を流していた。叱責する機会をうかがっているのかもしれない、と私は思った。
 早くお父さんに呪いを解いてもらわなくちゃ、リュシエール様の許嫁の私がいつまでも外級魔法使いじゃ、リュシエール様にも申し訳ない。
 魔教皇様の妻ってどんな感じなんだろう。
 やっぱり、特級魔法使いくらいの魔法が使えないとダメなのかな。
 そういえば・・・今の魔教皇様の奥さんって、どうなっているんだろう。リュシエール様のお母様になる女性ひとなのに、話しを聞いたこともない。
 リュシエール様も何も言わないし。聞いたらイケナイような気がするし。
 リュシエール様が話そうとしないのに、誰かに聞くなんて、嗅ぎまわってるみたいでイヤだな。
 あの、ティアラ「母さんの持ち物だった」って言ったから、もしかして、もう亡くなっているのかもしれない。
 そんなことをぼーっと考えていたら、イシュダル先生が私を指名しているのに気がつかなかった。
 気がついたときには遅くて、あわてて立ち上がって謝ったけど、イシュダル先生は「授業が終わったら私の執務室に来るように」と冷たいロウのような美貌で言った。
 あああああっ
 きっと、ものすごく、怒られる。
 もしかしたら、ムチ打ちかもしれない。
 このまま授業が終わらなきゃいい、と願ったけど、情け容赦なく時間は過ぎた。
 同情の眼差しで私を見送るミディアに「また明日ね」って別れを告げて、気鬱で死にそうになりながらイシュダル先生の執務室に向かった。
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