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7話 魔教皇の神馬

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 「ギリアンのクロウム・デ・アイゼンシュタイン王ですか?」
 朝の会議の間で大臣たちの業務報告を受けたあと、帰りかけた厚生担当大臣のエブ・デ・アランフェット公爵を呼び止めて、ギリアンの国王について聞いてみた。
 ダイエットを始めて『巨漢』から、『太っている』くらいになったアランフェットは私を訝し気に見た。
「そう、どんな人なのか、詳しく知りたいの。例えば・・・趣味とか、欲しいものとか?」
「女王様は、また、なにかお企みですか?」
 うっ・・・また、とか、企んでる、とか人聞きの悪い。・・・まあ、前科があるからしかたないか。
「別に・・・ただ・・・これから外交するにあたって、国王の人柄とかも知らないといけないな~と思って」
「そうですか」
 アランフェットは特に疑いを持ったようじゃなかった。あまりものを考えないから、彼は楽だ。
「アイゼンシュタイン王は、好色ですよ。女好きで、正室の他に愛妾が6人います」
「え・・・そんなに!?」
 一人でも大変だろうと思うのに、7人もいたらさぞかし凄まじかろう・・・なにかと。
「あとは・・・そうですね。馬が好きですね。自身の牧場も持ってますし。あ、そうです、常々『神馬に1度乗ることができたら、死んでもかまわない』とか言ってますね」
「神馬?」
 初めてきく言葉だ。
「神馬ですか」
 話が耳に入ったらしい、サラさんが割って入った。
「魔法国マグノリアの魔教皇の愛馬、この世界に3頭しかいないと言われる馬でございますね」
「そうです、そうです。魔教皇のものなんて、例え国王でも手は出せませんから」
 急に寒気がしたように、ブルリとアランフェットの体が震えた。
 魔法国マグノリアは魔法使いだけで成ってる国だ。普通の人間はいない。魔法国はどの国とも国交はしてないし、完全な鎖国状態だ。
 ただし、膨大な報酬と引き換えになら、魔法を依頼することができる。その時は魔法国から魔法使いが派遣される。
 私の知ってるのはそれくらい。
「魔教皇さんに神馬、貸してください・・・とかって、頼めないよね?」
 アランフェットが飛びあがるくらいに驚いた。
「女王様!国を亡ぼすおつもりですか!魔教皇の不興を買ったらローマリウスは、魔法使いの派遣はしてもらえません。そうなると、妖物退治にも、疫病が流行ったときにも、干ばつにも対処ができなくて、国は滅びます」
 は・・・そうなの!?魔法使いって、そんな大事だったの。
 だって、私の知る魔法使いは・・・
 頭の中に天使のような美貌を持つ少年の顔が浮かんだ。
「女王陛下」サラさんが真剣な顔をして「例のあのことに、神馬が必要だということなのですね」
 さすがはサラさん。私が外交カードとして、ギリアン国の王の欲しいものを探していると察しがついたみたいだ。
 私は頷いた。
 サラさんはなにか思慮するように眉間にシワを寄せていたけれど
「でしたら・・・この前、城を訪れたあの白い魔法使いにお願いしてはいかがでしょう」
 女王陛下と親し気に見えたので、とサラさんが言い加えた。
 私と親し気?う~ん・・・そうなのかな。確かにリュシエールは色々してくれたけど。
 助けられたけど、余計なこともしてくれた。
 天使のような顔を持つ悪魔のような性格の美少年が私の頼みをきいてくれるだろうか。
「サラ、リュシエールに頼んだとしても、彼が魔教皇さんに愛馬を貸してくれるように言えるのかしら?だって、魔教皇さんって魔法使いで1番偉いんでしょう?リュシエールなんか、お目通りも叶わないんじゃ・・・」
「・・・・女王陛下は・・・もしかして、あの白い魔法使いがどなたなのか、ご存知ないのですか?」
 サラさんの目に驚きの色が浮かんでいる。
「え?どなた、って。リュシエールでしょ。上級魔法使いの」
 サラさん信じられないとでもいうように首を振ってから顔を上げるときっぱりと言った。
 
 「魔法国でも、白い光の魔法を使えるのは、魔教皇アシュライン・カルロ様と、その息子のリュシエール・カルロ様だけです」
 
 サラさんの言葉に私の思考回路はパニックで落ちた。



 「キリウスは知ってたの?リュシエールが魔教皇の息子だって」
「俺が知るわけがないだろう・・・そうなのか?」
 逆に聞かれた。
 中庭が見えるバルコニーで昼食を取りながら、私とキリウスは、今後のことについて話していた。
 先にお昼を部屋で食べてしまったイリアが、庭師といっしょに中庭の花に水をあげている。
 時々、振り返って私を見るイリアに手を振って
「マグノリアに魔法の依頼をしてリュシエールを呼ぶことってできるかしら?」
 リュシエールが来てくれたら、イリアの魔法のことも相談しよう。混血種のこと、どうにかなるかもしれない。私はそう思っていた。
「可能だろうが・・・しかし、魔教皇が神馬を人間に貸してくれるとは思えないな」
「・・・ごめんなさい、神馬って、よくわからないんだけど、そんなにすごいの?」
 キリウスはデザートのクリームチーズケーキをたっぷり皿に盛ると、私の前に「食え」とばかりに置いて
「俺も、話でしか聞いたことはないが、人の言葉が話せるらしい。永く生きていて、その知識は神に匹敵するとか。空を駆けるように走るとか・・・そんな感じだ」
 うん、割とアバウトだけど、なんとなく、普通の馬じゃないことはわかった。
 私は曖昧に頷きながら、ケーキをスプーンで一口、口に入れた。口内が甘酸っぱさで満たされる。侍従のレオナードがタイミングよくいれてくれたお茶で甘さを喉に流し込んだ。
「神馬が借りられなかったとしたら、他に手は考えているのか?」
「う~ん・・・賄賂かしら。言い方は悪いけど、イリアの身柄をお金で買うの。ニーサルに国家財源から捻出してもらうしかないわ。機密費として・・・後、できるとしたら」
 私は「色仕掛けかしら」と言いそうになって、慌てて口を押えた。
 かなり好色だと思われるアイゼンシュタイン王には私の色仕掛けが有効なのではないかと、思ったけど。そんなこと言ったらキリウスが激怒するのは確実なので、口にするのはやめた。
 色仕掛けはまぁ、考慮しておこう。まさか、王が他国の女王を手込めにするなどという暴挙を犯すとも思えないし・・・問題があるとしたら、私に王をたらし込む色気があるかどうかだ。
「キリウス、私って色気があると思う?」
 キリウスがお茶を気管に入れてしまったらしい。激しくむせた。
 レオナードが「大丈夫ですか」と背中を叩くのをキリウスが、構うな、とばかりにはねのけている。
「なぜ、そんなことを聞く」
 咳が治まった彼がそう尋ねるのはごもっとだ。
「うん・・・なんとなく、確認したくて」
 キリウスが立ち上がって私の横まできた。
「なら、ここで確認させてやろうか」
 あ。ヤバイ、この感じ。気管にお茶をぶち込んでくれた仕返しに、公然わいせつ罪的なことをやろうとしている。
「ちょっと、ここじゃ・・・ダメ」 
 抵抗の言葉虚しく、キリウスの手が問答無用に私のおとがいにかかった。
「色気がなければこんなことはしない」
 キリウスの唇が私の唇に重なった・・・
 と、そこに。
 「国王陛下、女王陛下。おくつろぎのところ申し訳ありません!」
 城の衛兵が急ぎ走ってくると、私たちの前で敬礼した。
 「なんだ」
 私の頤から手を離して衛兵に向き合い、キリウスが唸るように問う。くだらん用事なら殺す、みたいなオーラをまとわせて。
 衛兵は緊張した面持ちで、手にした手紙のような封筒を差し出した。

 それは、ギリアン国の国王からの親書だった。
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