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『終わりから始まる物語』
第15話『昔話』
しおりを挟む―――あれから数時間が経った。最初はエーヤからアドバイスをいくつか受けて立ちながらなんとか魔力を意識していたエリーだったが、今では集中方法を変えたのか地べたに座禅を組むように座っている。
額には汗がうっすらと浮かんでおり、それだけ身体に魔力を循環させようと集中しているのが分かる。
この修行を行なう際にはどうしても周りに目が行き届かなく無防備になりやすい。なので暇を持て余していたリルには周辺の魔物の警戒をさせているのだが、未だに魔物が現れる気配がなかった。
それにしても、とエーヤは習得しようと必死になっているエリーの顔を見下ろす。
(意外に習得段階が早い………普通なら自分の身体の中にある魔力の存在をしっかりと感じる必要があるけど、その段階をすっ飛ばしてもう魔力を身体に流し始めた。所々で途切れているが、あと少しという所で形になる………か)
通常であるならば、魔術を扱う者は魔術を発動する際に自らの身体に流れる魔力の流れを意識などはしない。自然に使えるモノだと、当たり前の事だと疑問に持たないからだ。この訓練は自分の中にある魔力を感じ、その感覚を持続させてじっくりと四肢の部位一つ一つに流しつつ身体全体に循環する事に重点を置いている。
なのだが、エーヤは内心では舌を巻いていた。その動作に慣れるまでしばらく掛かるものだと踏んでいたのだが、エリーの場合いきなり魔力を身体全体に循環させて、さらには時間も掛けずに指導開始から約三時間でその段階へと達していた。
現在では上手く身体に魔力を通す事が出来ないのかトライ&エラーを繰り返している。
だが高い潜在能力を秘めている事が判明し、この娘は伸びるぞと、エーヤは頭の中でこれからの段取りを組み立てる。すると、目を瞑って必死に感覚を掴もうと力んでいたエリーは「ッはぁっ!」と新たな空気を取り込もうと息を吐き出し、立っているエーヤを見上げた。
「これ、やっぱり難しいわね………。循環させることはなんとか掴めてきたのだけれど、長く続けるとなると途中で途切れてしまう。やっと何重にも絡めて手繰り寄せた糸がプツリと全部切れちゃうみたいに」
「こればっかりは何回も練習して慣れるしかない。でも、疲れたり苦しくなった時は無理するのは辞めた方が良いぞ? 急いた気持ちで訓練すると尚更うまくいかないし、何より運動器官に無理矢理魔力を通すと傷ついて使い物にならなくなったりするからな」
開始してから三時間ほど。先程から休みなく疲弊した体に鞭打って訓練している彼女の様子を見て、真剣な面持ちでエーヤは説明する。
「じゃ、少しだけ休憩しようか。あまり根を詰めすぎると先に進めるモンも進めないからな」
「…………えぇそうね。休める時に休む、これも大事だものね」
適度な休憩も必要だと伝えると、不承不承ながらも力んでいた身体から力を抜いてリラックスした様子のエリー。体育座りになり手を前に組むと目の前の一面緑が広がっている草原を見下ろしながら目を細めて眺める。
「今更だけど、ここはとても落ち着く素敵な場所ね。集中しすぎてこの景色に気付かなかったけど、何気に隠れスポットじゃないかしら」
「あぁ、となれば今この瞬間、この光景は俺とエリーだけが独り占め、いや、二人占めしているって事になるのか? これは幸運だったな」
「……………くさ恥ずかしい台詞を平然と言うのね。聞いてるこっちが照れちゃうじゃない」
体育座りのまま組んだ腕で口元を隠しながら覗き込むようにエーヤを見るエリー。その頬は僅かに紅く染まっている。
しばらく沈黙が続く。包み込むような大らかな風が吹き、心地よい冷風が二人の頬を撫でた。とうとう沈黙を破ったのはエリー。その内容は、エリーがエーヤに打ち明けられずにいた秘密だった。
「………………私ね、魔術が使えないの」
「―――え?」
「ううん、発動出来なくなった、っていった方が正しいかな。あるトラウマが原因で、めっきり使えなくなっちゃった」
そのように語る姿は迷子になった幼子のように儚げで、不安に揺らめいていて。
「……………それは、俺が聞いても良い話か?」
「寧ろエーヤさんだからこそ話したいの。薄々気が付いていたのでしょう? でもこんな出来損ないの私に、親切にしてくれた。何か事情を抱えているであろうと分かっていてもこうやって訓練に真摯に向き合ってくれた。そんな貴方に私の方が向き合わなければこれから先、一生後悔すると思ったから。………だから、聞いて。心が弱く、悲しみに耐えられなかった、私の昔話を」
やや俯きながらも、横から覗き見たエリーの瞳には明らかに過去を懐かしむような情景が写し出されていた。
「盾の守護者の役目を負うセイヴフィール家の系譜には、今代は父と私―――そして母が連ねられているの」
「母って…………エリーのお母さんって事だよな。あれ、でも確かあの邸宅には―――」
「うん、いないわ。―――だって、もう亡くなっているんだもの」
違和感を薄々と感じてはいた。エリーの写るアルバムには一人だけの写真の他に、ほとんど見切れたりしていたが両親のどちらかが一緒に写っていた物もあった。だが、ある時を境に忽然と母であろう金髪の女性が写っていなかったからだ。
「母の名はアンジェリカ・セイヴフィール。現エリディアル王国国王サンライト・エリ=ディアルの妹であり、第八代目『盾の守護者』よ」
「―――――――ん、んん? エリーの母親が王家に連なる人だって事がまず驚きだが、盾の守護者だったのか? それはセイヴフィール家の血筋じゃないとなれないんじゃないのか?」
「普通だったらその通りよ。でも正式な後継者であるにも関わらず父には戦闘の才能が無かった。国を想う心は常に持っていたけれど、こればかりはどうしようもないわ。だから、当時お父様と婚約していた私の母に白羽の矢が立ったの」
エリーは少しだけクスリと笑う。
「母は王家の人間でありながらも………じゃじゃ馬というか、とても活発で前向きな女性だったの。冒険やダンジョンに潜るのが好きで、ついには王族にとって前代未聞にもSランクにまで到達した。そんな母がセイヴフィール家から盾の守護者の継承者として打診が来るのは時間の問題。幸い、この血筋の他にも継承する手段はあったらしいから良かったみたい」
詳しい事は分からないけどね、と付け加える。
「お母様は継承の話を時間も掛けずにすぐに快諾したわ。愛する人の為だもの、って快くね。当初は一部の王国関係者から反対されたらしいけどそれでも周囲の反対を押し切ってお父様と結婚し、盾の守護者として活動するようになったの。王国を守る為、不安要素を出来るだけ取り除く為東奔西走して、そして、私が生まれた」
「…………………とても、強い人だったんだな」
「―――ええ、代わりなんてきかない、たった一人の自慢の母親」
その声は、誇るように揺るぎなく。
「……………でも今から三年前、私が一三歳の頃にある事が起こった。その名も『白燈戦線』。万を超える魔物が突如エリディアル王国に襲来してきたの。やがて母に連絡が入り、守護者の役目を果たそうとしてギルドの冒険者と名実ともに代々続く王国五大公爵家の当主と私兵、『剣の守護者』率いる騎士団と共に戦場へ行ったわ。『盾の守護者』でありながら遊撃を好んでいた母は、その場にいたみんなを守るように大規模な魔術を展開しながら撃破していたそう。高ランクの魔物が半数以上を占めていたらしいけど、ギルドや騎士団、私兵からは僅かに負傷・死傷者を出したくらいで結果的にその魔物の集団を撃退した―――」
「でも、そんな人物が何で亡くなったんだ?」
話を聞く限りそんな状況下でアンジェリカが命を落とすとは考えにくい。王家の人間でありギルドではSランクに連なる、そんな並大抵の覚悟では成し遂げられない事を達成した彼女はそう簡単に死なないように思える。
「―――暗殺されたのよ。皆で無事勝利を収めて、ふと気が抜けた一瞬の隙を狙われたの」
「――――――――」
「どうも王族を支える大臣の中で、母が半ば出奔するように王家と縁を切ると近い形に、そして守護者を引き受けた事を気に入らなかった人が居たみたい。そいつが魔族と手を組んで、表向きは大量の魔物をエリディアル王国に仕向けるように錯覚させ、本命は母の殺害だったというわけよ」
エーヤは絶句する。自分がエリディアル王国に来る以前にそんな大規模な争いと様々な陰謀が渦巻いていたとは、と。
過去にエーヤがあるパーティに所属していた頃はそういった事件や陰謀に巻き込まれたり、たまには自分から首を突っ込んだりした事もあった。だがこれは場所、タイミング、準備など。長年に渡り周到な計画を練らなければ実現できないモノだ。
考えれば考えるほど、その大臣の心はひどく歪んだ感情をアンジェリカに向けていたという事が推察出来る。
「当然の事ながらサンライト王は激怒。王家との関係が希薄になったとはいえたった一人の妹が殺害されたという事実は変わらない。あらゆる手段を用いて探し出した結果、その大臣は投獄され関係者や一族郎党を全て処刑。母を殺した大罪人である魔人は未だ行方不明だけれども、目下捜索中らしいわ」
「―――魔人、だと? 今、魔人って言ったか?」
その言葉を口にした途端、エーヤの纏う雰囲気が一変する。どこか鋭いというか、張り詰めた弦が切れる一歩手前のような、今までエリーの前では見せた事がない昏い顔へと変貌する。
「エーヤ、さん……………?」
「……………っ、いいや、なんでもない。ごめんな、話を中断させて」
エリーのこちらを見る表情が訝しげなものに変化したのを気付いて後悔した。自らの辛い過去を話している途中だというのに、水を差すように私情を持ち込んでしまったからだ。
なんとか取り繕いながら話の続きを促す。
「………………? 話を戻すわね。そのあとは最初に言った通り。私はそれから母が亡くなったという事実がショックで魔術が全く使えなくなったの。大好きで、尊敬している両親から受け継いだ火と光の魔術を行使する事が出来なくなった。一応これでも学園では『陽光の導き手』って呼ばれていたんだけど、今ではもうすっかり『欠陥品』扱い。慕っていた後輩も、同学年の友達も、挙句には教師までもが距離を置いたわ。―――それはそうよね。魔術を扱える事が前提の学園で、魔術を使えなくなった私は異物同然だもの。いくら公爵家の人間だとしても、魔術を使えないという欠点は大きい」
「エリー………………」
寂しげにそう呟く彼女を見て、様々な苦悩を抱えている事を知る。『公爵家令嬢』や『盾の守護者』、いくら誇らしげなネームバリューを掲げていたとしてもたった一人の少女。魔術が使えない事態から来る焦り、そしてその重圧はどれほどのものだっただろうか。
虚空に思いを馳せながら、エリーは再び力強く言い放つ。
「―――だから、私はもっと強くなりたい。力を取り戻して、母を殺した魔人を必ず殺す為に………!」
琥珀色に輝くペンダントを強く、強く握りしめながら。
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