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『終わりから始まる物語』
第27話『悪意の風は唐突に』
しおりを挟む直後、硝子に罅が入るような音を轟かせながらマストの真後ろの空間が割れる。魔力の流れを認識出来るエーヤでも、その気配と兆候は察知出来ない程。
その罅割れた空間の先には真っ暗な深淵が広がっていた。レインが発動させた"収納"させるため為の渦とは異なる、まるで無理矢理この空間そのものに干渉したような不気味な領域。
同時に、背筋を這い上がるような不快感が全身を駆け巡る。音が消え去り静寂だけが辺りを支配する。そして、その原因であろう正体がその深淵より姿を現わした。
「あぁ久しぶりだねぇエーヤ。かれこれ三年振り、かな?」
「ど、うして……………! お前は、ダンジョンで消滅した筈じゃあ………」
肌は色白で緩やかな風に揺れる白銀の長髪。生糸のように透き通るそれは、まるでリルと同じよう。しかし反対に彼女の衣装は真っ黒なワンピースで、胸元には青いバラの意匠が施されていた。
すらりとしたスレンダーな体躯。その足には黒の光沢に輝くブーツを履いており、その脚線美には嫌に目に付く。
エーヤとの再会に感動の声を漏らす少女が満面の笑みで愛おしそうに見つめる視線には艶やかさが含まれていた。その姿はあのときから何も変わらず―――、
「ノンノン、不完全ながらも私は一応『精霊』にも分類されるからね。形、つまり魔力は失われたとしても"存在"は残るのさ。ま、短期間でこうしてここにいるのは私にしか出来ない裏技のようなものだけど」
「……………メイリア、今度は何を企んでいるんだ? 俺には、お前の目的が分からない」
「―――キミは優しいね。そうやってどんな相手と分かり合おうとする。………別に、私を理解なんてしようと思わなくても良い。エーヤに何を言われようとも、私がキミにとって必要だと思ったから行なってきた、唯の自己満足なんだから」
「――――――――」
メイリアと呼ばれた精霊の少女は笑みから一転、伏し目がちで寂しそうな表情をする。そこに込められた思いは読み取れず。しかしながら、どこか焦燥感が見え隠れしていて。
だがそれも一瞬の事で、次第に周囲は張り詰めた空気に包まれる。手を腰に当てた彼女はもう片方の手で人差し指を立てながら魔力の放出を高めていく。
「さて、本題に移ろうか。私がこうしてエーヤの前に現れた理由は何だと思う?」
「ただ単にリルに会いたかった訳じゃないんだろうなぁ………」
「ざんねーん、久しぶりに会えるなら妹にも会ってみたかったんだけどね。でもでも二人の繋がりは途切れていないみたいだし安心したよ。今はエーヤに再会しただけでも十分に満足!」
メイリアがリルを妹と呼ぶのはエーヤが『永遠の色調』に居た頃からだった。リルはそう呼ばれる事を拒否していたが容姿は瓜二つでまるで姉妹のよう。異なる点といえば身長の高さと紅に煌めく瞳の色だろうか。
彼女が何故リルを指して『妹』と呼ぶのかは不明だ。でも、二人の間には関係性がないと断定出来ないのも確かだった。
「今回は―――」
「………っぷはぁ、はぁ! クソ、さっきからごちゃごちゃと五月蠅いんだよぉ!! 僕を無視して話してんじゃない! 僕を見ろ、認めろよぉぉぉぉ!!!!!!」
言葉を紡ごうとしていたメイリアの話を地面に膝をついたマストが遮る。先程まで何かに拘束されたように身じろぎ一つしなかった、いや、出来なかった彼だが、溜め込んでいた鬱憤を吐き出す。様子を見る限り、既に我を失っているのだろう。
自己顕示、承認欲求――――。精神的に未成熟な彼が心の底から渇望する本能的欲求が濁流の如く押し寄せる。その原点にあるものは、悲哀か、怒りか―――憎悪か。
そこでエーヤはふと思い出す。マストが操る魔物の軍勢はどうなったのかと。
「エーヤ、そんなに心を騒めかせなくても心配しなくてもいい。ここの魔物全ては、今では私の支配下にある。……………それより、随分成長したね。キミは私のことは覚えているかな?」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 殺す殺す殺すぅ!!!!」
「…………ま、ある程度予想していた通りだけど、もうキミは何も見えていないんだね。それもしょうがないか。濃密な憤り、『憤怒』に支配されているからねぇ。―――うん。手遅れ、かな」
「あれは………!? おい、待て…………何をする気だ!」
直後、マストが叫びながら彼の全身から赤黒いオーラを噴出させる。それを目にしたメイリアはある程度予想していたのか、表情に変化はさほど見られない。だがその言葉には、まるで選ぶ相手を間違えたかのようなニュアンスが含まれていた。
『憤怒』というワード。エーヤ、ひいては『永遠の色調』にとって聞き捨てならない言葉を聞いたが、それにエーヤが反応する前に彼女の行動の方が早かった。
ずぶり、と湿った音を響かせながらメイリアがマストの背中に手を侵入させたのだ。
「が、あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! いだいいだいいだいぃ!! なんだごれぇ…ぐっ……ぁぁ、目の前が真っ暗に、僕の記憶が、感情が、思いがっ……全部溶けてぇぇぇぇぇぇ!!
「あぁ、醜い色だ。そんなに喚くなよ、罪が穢れるだろう?」
メイリアは嫣然と表情を弛ませながら背中を弄る。辺りに血が飛び散っていないところを見る限り、どうやらなんの抵抗もなく侵入された腕は実際に身体の内部を弄っているのではないのだろう。
だが、今マストが感じているその痛みは本物だ。充血させた目を見開きながら、唇を震わせて悲痛な声を上げているのがその証拠。
その様子をただ静観して見るだけしか出来ないエーヤは視線を鋭くさせる。いくらマストが魔物を使役して冒険者や村人を殺めたという行為をしていてもまだ子供だ。正直見ていて気分が悪い。
だが、この状況では下手に動けない。今やマストの生死の主導権はメイリアが握っているといっても過言ではないからだ。顔には出さないが焦燥ばかりが募る。
苦痛の表情を浮かべながら絶叫するマスト。エーヤは行動しようにも動けないというジレンマを抱えつつ表情を歪ませる。
すると―――、
「ようし、もうそろそろだ。マスト、キミはこれまで十分な怒りを蓄えてくれた。痛かったね。苦しかったね。辛かったね。切なかったね。虚しかったね。悲しかったね。今まで君が溜め込んできた感情や記憶は私がしっかりと覚えておくよ。だから―――ゆっくりと、おやすみ」
「い、嫌だ……!! まだやれる、僕は悪くないんだ……! 諦めて、たまるかぁ……………」
「もう無理はしなくてもいいんだ。ほら、段々心地良くなってきただろう? 何もかもが溶けていくようでしょう?」
小さく震わせる肩に優しく手を掛け耳元で妖しく囁く様は、見る者を扇情的な気分にさせるであろう光景だ。言葉の一つ一つが甘く、彼女の美声が紡がれる度にその唇から漏れる吐息は空気に溶けて、辺りへと伝染してゆく。心が、侵食していく。
「………あぁ、いわれてみれば。頭が、心が、感情が…。ふわふわ……して、ぜんぶが…ひとつに、なっていくよう……」
「そう、甘美な幻想に浸りながら身も心も蕩けなさい。―――『神の祝福を愚か者へ』」
マストは光彩が失われた瞳を虚空へと彷徨わせながらぽつりぽつりと呟く。そこには最早、確固とした本人の意識は伺えず、力なく微笑む。
その結果に満足したのか、背中から腕を引き抜いたメイリアはそっと後ろへと飛び退く。その手には紅蓮に輝く何かが握られていた。すると、マストの周囲の地面がどす黒く変色。コールタールのようにどろりとした液体に囲まれると、
「―――――――――――――」
ただただそこに立ち尽くすマストを下から勢い良く覆うように呑み込んだ。魔術や精霊の力では説明出来ない明らかな異常。唯でさえ眼前の精霊の事を良く知りもしないのに、この世界の住人ではないエーヤにこの状況の理解など及ぶ筈がなかった。
人間の姿と分かるシルエットを残していたが次第に形を大きな球体へと変化させると、エーヤの頭一つ分ほど高く空中へと浮遊する。
「な、んだ…………何をしたんだ……? アイツに、一体何が起きて……………」
「あはははッ、それは乙女のヒ・ミ・ツ♡ でも強いて言えば―――彼にはエーヤの糧になってもらったんだよ」
「惚けるな、そんな解答なんざ答えになってねぇ!! はっきり目的を言えよ!」
淫靡に微笑むメイリアにエーヤは吠える。彼女が一体何をしたいのか見当が付かない。エーヤは憤然と表情を歪ませるが、彼女はその様子を気にも留めなかった。それどころか、彼女の表情は恍惚としていた。
「く、うぅ~~~~、キミの激情が、言葉が、視線が! 私に、私だけに向いているよぉぉぉ。ハァハァ、あぁ堪らない……疼くなぁ………! でも今は我慢、落ち着け私ぃ」
「――――――っ」
目を細めながら興奮した身体の昂りを慰めるように搔き抱くメイリア。恍惚とした表情で堪らず息を荒くする今の彼女の様子を見る限り何が琴線に触れたのかは分からないが、エーヤはその歪さに息を呑む。真っ白な瑞瑞しい足を交差させながら彼女はそのまま言葉を続けた。
「はぁはぁ、ごめんね、話の腰を折っちゃって。さっきも聞かれたけど目的か…………うん、やっぱり折角のエーヤからのお願いだけれどまだ言えない。けれどこれだけは言っておくね。―――再び歯車が、廻り始めた」
「それはどういう………っ!」
「残念だけどこれ以上はノーだ。ふふっ、ちょっとした優越感だね。今日だけでキミの様々な表情が見られたよ」
先程とは異なる柔らかな笑み。それを、艶やかな唇に人差し指を乗せながらエーヤに向ける。これまで常に悪意を滲ませていた彼女ではあるが、このときばかりはすっかりと霧散していた。
その変貌にエーヤは眉を顰め言葉を紡ごうとするが、彼女の方が早かった。
「まぁ今回の目的は達した。あ、ここに浮いているのは私からのプレゼントだよ。何が起こるのかは後でのお楽しみ。一応エーヤの事だから心残りの無いよう言っておくけど、マストは死んだよ。これは私の絶対安心保証付き! それじゃあ、また会おうね………キミの行く先に奇跡在れ」
「な……おい、ま………!」
「待て」と言おうとするが、メイリアが姿を翻しながら腕を横に振るうとその線に沿って空間に罅が入り衝撃音に掻き消される。さほど時間も経たずやがて彼女の姿がすっぽりと入るほどの大きさになると静かに消え去って行った。
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