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第一章 千の剣帝、ゼロクラスの教師となる

第14話 ゼロクラス

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 とある教室の教壇では、一人の女性教師が五人の生徒へと向かって軽やかに教鞭を振るっていた。


「―――魔獣とは、神と人間が共存していた旧神エルダーの時代から存在します。人を襲い、土地を荒らし、魔の瘴気を漂わせながら生態系を崩壊させかねない、人間にとって悪影響を及ぼす生物なのです。しかし魔獣はいったいどのように生まれたのか……クリスティアさん。分かりますか?」
「は、はい! 魔獣とは、かつてアンタルシアを支配しようと企む悪神アスタロトが地に住まう生物に魔力を与えることによって生み出した魔の尖兵です。人と神が力を合わせることにより、なんとかアスタロトを時空の狭間へと封印することが出来ましたが、魔獣は残り、地上に漂う魔の瘴気が完全に消えることはありませんでした。結果、現在でも魔獣はアンタルシアに数多く蔓延り、その数は未だ増加していると言われています……!」
「はい、説明ありがとうございます。クリスティアさん。さすが筆記成績トップといわれるだけありますね」
「あ、ありがとうございます……!」


 制服に身を包んだクリスティアははにかみながら返事する。立ち上がっていた彼女は着席しようとするが―――、

 その傍らでシュバッ!!と手が上がる。


「はーい、エイミーせんせー質問でーす」
「それでは次は帝国軍によるこれまでの魔獣討伐戦の戦略を―――」
「はいはいはーい! エイミー先生! せんせーい!」
「本日は災害指定魔獣に指定されている四聖魔獣のうち、5年前に起こったホウオウ討伐戦について―――」
「はいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはい」
「…………はい、ハルトさん」
「エイミー先生はどうして副担任なのに教壇に立ってるんですかー?」
「ハルト先生が途中で授業を放り出したからじゃないですか!!!」
「いっけね、そうだった☆」


 ハルトは舌を出しながら茶目っ気を出すも、去年赴任してきたばかりの新任女性教師であるエイミーには通じなかった。

 ―――現在この教室にいるのは【ゼロクラス】に選ばれた五人の生徒。この歴史ある剣技練度ソードアーツ至上主義であるレーヴァテイン魔剣学院で落ちこぼれの烙印を押された劣等生、ということになっている五人の少女たちだった。

 当初の予定ではハルトが教壇に立って授業、ハルトの一年先輩である女性教師エイミーは教室の後ろで授業のサポートを行う予定だった。

 各々の自己紹介後、いざ教団の前に立って教科書をパラパラと開きながら授業を行なおうとしていたハルトだったが……。

 なんと、彼は欠伸をしながらぱたんと教科書を閉じたのだ。さらに「はいそれじゃあ自習ー」と言いはなって。

 唖然とするエイミーとゼロクラスの生徒。このままではいけないと思った生真面目なエイミーが、かれこれ三十分ほど帝国や魔剣の歴史について授業を進めて今に至る。


「だいたいなに平然とした顔で生徒たちに混じって机に座っているのですか!? 私はあくまで副担任! このゼロクラスはハルト先生が主担任なんですからね!? しっかりとこの子たちを導いて頂かないと困ります!!」
「あ、この分厚い教科書積み重ねると枕になるじゃん。冷たくて気持ちいー。ふごごgg…………」
「寝ないでくださいッッッ!!」
「いったぁ!?」


 エイミーはオレンジ色のポニーテールを揺らしながら隠し持っていたハリセンでハルトを殴打する。

 今年度から新設されることになった【ゼロクラス】。初めは不安や緊張もありながら先輩として後輩であるハルトを頑張ってアシストしようとしていた彼女だったが、その前途多難さにもう既に涙目になりそうであった。

 痛みに悶えるハルトをよそに深く溜息をつくエイミー。

 すると突如、ひとりの生徒の声が教室中に響き渡った。


「ハルト先生、いい加減にしてください!! 秩序を乱して私たちの授業の邪魔をしないでいただけませんか!?」
「んー、お前って確か……、元Cクラスの……誰だっけ?」
「ミヤビ・フォーリンですっ!! 主担任ならば生徒の名前くらい覚えていて下さい!!」
「おっけーおっけー。で、なに? 俺がこうして生徒に混じって授業を聞いていると、何かお前らに不都合でもあんの?」


 ハルトはわざと惚けながら気だるげに机に頬杖をついてミヤビを見つめる。気丈にも、教師であるハルトを敵視するように鋭い目つき。

 どこか正義感の強そうな彼女はミディアムヘアな茶髪を揺らしながら机をバンッ!!と叩いた。


「ありまくりです! 教師とはもっと理知的に、フォーマルに私たち生徒を導く存在でなければいけません。それが何ですか! 主担任の癖に恥も無く授業を投げ出して、机に座ったと思ったら居眠り! 教師が授業中の生徒に混ざること自体おかしいのに、こんなパッとしない男が主担任として【ゼロクラス】を指導するのでは風紀が乱れますし私たちは強くなれません! きっとみんなもそう思っている筈です。ですよねみんな!」
「ちょっと待って”パッとしない”って完全にそれ偏見じゃない?」


 ミヤビは自信満々に言い放つが、反応はそれぞれ違った。


「フム、ミヤビ。貴殿が憤る気持ちも分からなくはないが、人を外見で判断するのはいささか早計というものだ。―――教師が我らを見ているのと同時に、我らも教師を見定めておる。ゆめゆめそれを忘れぬようにな」
「ウチは別にセンセーの人柄とか強さとかどーでもいっかなー。気ままに楽に健やかに! このレーヴァテイン学院生活を楽しめればそれでー。ってかミヤっちキマジメ過ぎー」
「どうでもいい……。そんなことよりも本読みたい……」
「あはは……、ミヤビさん。ハルト先生はつい先日この学院に赴任してきたばかり。まだまだ学院に慣れるのにも時間が必要でしょうから、もう少し様子を見ましょう」
「うっ……、ま、まぁクリスティア様がそうおっしゃるのなら……」


 協調性をゼロクラスのみんなに求めるも、各々から窘められる結果となったミヤビ。憤りの行き場を失った彼女は、キッとハルトを睨むしかなかった。


「確かに、ハルト先生はこの学院に赴任してきたばかりですからね……。私も配慮が足りませんでした。申し訳ありません、ハルト先生。それでは慣れるまでしばらく授業の一連の流れを覚えて下さい。絶っ対に寝ないでくださいね」
「ほいほーい、了解ですエイミー先生」
「まったく……、はい、それではみなさん。まず先に四聖魔獣の説明を―――」


 謝罪してきたエイミーに対してハルトが返事すると、中断していた授業を再び再開する。

 ミヤビからは鋭い視線は向けられたままだったが、それをまったく意に介すこと無く、ハルトは学院長であるルーメリアから渡された【ゼロクラス】の情報を頭の中で整理していた。


(超剣技練度ソードアーツ至上主義であるこの魔剣学院で剣技練度ソードアーツという概念に捉われない、未知の可能性を秘めた生徒のみが集められたクラス―――【ゼロクラス】。皇帝の指示のもと設立されたらしいが、意図が読めねぇな……)


 このゼロクラスに集められた生徒は5人の少女。

 ―――一人はミヤビ・フォーリン。14歳。裁判官の父親を持つフォーリン子爵家の次女で魔力、剣技練度ソードアーツといった技術や、筆記成績など何事においてもすべて平均を上回ったことが無い平凡的な元Cクラスの少女。
 どうやら先程のハルトへの言葉を鑑みるに、熱意や向上心はあるようだ。

 次はカナエ・ムラサメ。15歳。国外から留学生としてこのレーヴァテイン魔剣学院へやって来た長い紫髪の凛とした雰囲気を纏う元Bクラスの少女。
 彼女の剣技練度ソードアーツは54パーセントと比較的このゼロクラス内では高いのだが、魔力量が雀の涙ほどしか無いらしい。学力は平均点を超えた辺りといっていい具合だ。

 次はローリエ・クランベル。13歳。ピンク髪をツインテールの髪型にしてる、顔立ちが幼く背が低い元Dクラスの少女だ。一年前に中途編入してきたばかりなのだが、平民出身にもかかわらず向上心の高いミヤビと異なり何故か向上心は低い。剣技練度ソードアーツもクリスティアと同様に10%には満たないといった有様だ。

 次はティーゼ・クロイツ。13歳。帝国内の不正を調査する執務官を務めるクロイツ公爵家の一人娘。肩まで長い銀髪で目元を隠した、大人しく儚げな元Dクラスの少女だ。
 どうやら本が三度の飯よりも大好きで、この学院の図書庫によく籠もって書物を読み漁っているとのこと。先程の言葉の通り、本のこと以外興味や関心を示さないのだろう。魔力は多いが、剣技はてんでダメらしい。

 そして最後はクリスティア・レーヴァテイン。14歳。このレーヴァテイン帝国の第三皇女で、上には二人の姉がいる。綺麗な長い金髪を腰まで流しており、誰にでも親身で優しい。しかしこの学院内では『無能皇女サード・プリエステス』と蔑称で呼ばれている元Dクラスの少女だ。
 ―――そして、今回ハルトが暗殺者から守るべき要警護対象である。


(……ま、なんにせよ身構えてたってしょうがねぇ。クリスを護りつつ、教師としてこいつらの”可能性”とやらを見極めていくか)


 ハルトはそのようにぼんやりと考えながら、再び目を閉じたのだった。




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