文学の狙撃者

北川 聖

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文学の狙撃者

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「チッまた落としやがったな」
 彼は激しい怒りと共にはらわたが煮えくり帰った。雷が落ちた。
 今回が最後と思っていた。それならば冷静に粛々と計画を実行するまでだ。猟銃に拳銃、弾数百発。磨き上げられた日本刀。
 彼はある出版社の前に車を停めた。中に入っていく。受付が止める。
「すみません、御用は何ですか」
「用はね、こういうことだよ」
 彼は日本刀で受付の首を刎ねた。夥しい血液が噴き上がる。
 彼は構わず社長室に行った。警備員が止める。彼は至近距離で拳銃で胸を射抜いた。ロビーは大混乱である。調べておいた社長室に入る。
 社長の顔も知っている。猟銃を出して社長の額に銃口を当てた。
「おい、誰一人逃げるんじゃない。動いたら撃つぞ」
 彼は拳銃を一発放った。
「今回の三木文学賞の選考委員と編集長を連れてこい」と言って女子社員を一人出させた。
「さもないと社長の頭は吹き飛ぶ」
 警察が何台ものパトカーでやってきた。
 女子社員は警察官にその言葉を伝えた。
 警察の方針は既に決まっていた。誰一人中へ入らせないことだ。もちろん一人も犠牲者を出すわけにはいかない。
 編集長と選考委員の二人が駆け寄ってきた。ドア越しの会話となった。
「君、編集長と選考委員がやってきたぞ。何が望みだ」
「入ってこい、さもないと社長の頭が飛ぶぞ」
 社長室はいわば密室だった。ドアが一つしかない。
「入れさせるわけにはいかない、ここで話をしよう」
 彼は、あっそうと言って男子社員の頭を撃ち抜いた。
 警察はドリルのようなもので壁に穴を開けている。
「おい、ドリルで穴を開けるのをやめろ」
 やめないので社長の膝を砕いた。ドリルが止まった。
「いいか、俺の気に食わないことをしたら中の人間の命はない。それを頭に刻み込むんだ」
 警察に編集長が「私が入ります」と言った。彼の意志は固かった。隊長が「ぜひ気をつけるように」と言った。
「お前入るようだな、だが何らかの武器を持っていては困る。全部脱げ」
 えっと驚いて隊長の方を見た。彼は「従うように」と言った
 素っ裸になった編集長が罰の悪そうな様子で中に入っていった。彼は男が人間を盾にしていることを知った。彼は男の前に跪いた。
「おい、今回の三木文学賞でなぜ俺を落とした。理由を言え。俺は3次まで行ったはずだ」
「君の作品は評価できた。だがそれ以上の人がいたということです」
「嘘ぬかせ! 俺は3次まで残った三十人の作品を全部読んだ。ファンです。読ませてください。というとみんな嬉々として読ませてくれたよ。
 だがどれ一つ俺の作品以上のものはなかった。お前ら、不正をしているんだろう。女子大生の作文を芥川賞にしたりして狂っているぞ。
 三木賞は俺の作品だったとテレビで誤りを入れ、俺の作品が三木賞だったと訂正しろ」
「それはできない、良心に誓ってできない」
 彼は腹を拳銃で撃った。
「お前らに良心があるか、十億積めば文学賞は買えるのだろう」
「そんなことは、うっうっあ、ありません」
「それなら俺の作品のどこが悪かった。言ってみろ」
「あのお名前も存じ上げないので」
「前田龍平だ。覚えておけ」
 3次を通った作品が集められた。
 編集長は虫の息だった。
「私が読みます」という威勢のいい声がドアの外でした。
「副編集長の田中です」
「ようし、お前もすっぽんぽんになって入れ、女は隠すところが多いから入り口で広げろ」
 田中副編集長はたじろいだ。そこまでこの男のために。
「さあ、入ってこい、俺の作品が一番だということを証明しろ」
 彼女は隠れるようにして脱ぎ、部屋に入った。
「前田さんの作品には人間の細やかな感情がないのよ。話の展開だって起伏がないから」
「どやっ、他の作品も読ませてもらったがみんなガラクタだぞ。あんな平凡で眠くなる小説のどこがいいのだ。全部説明しろ」
 彼女は一作ずつ読み始めた。非常に時間がかかった。
「おい、食事を持ってこい」彼の要求は大胆さを増した。
 警察は突入すべきかどうか考えあぐねた。これ以上犠牲を出すか否か、最後は突入だが、その機会を狙っていた。
 彼女は相当な時間をかけて全部読んだ。
「3次の作品だからみんなある程度いいわ。でもね突き抜けているものがないのよ。受賞作は構成がいいし言葉が精緻だわ。描写も的確だし」
 彼は猟銃の柄で殴り倒した。
「俺の作品以上のものはないんだよ。まだ分からないのか」
 彼は恥部を撃った。

「突入しましょう。疲れは限界に達しているはずです」
 だが隊長の花田は犠牲を出さない方法を考えていた。
「中に十人以上いる。突入したらあいつは打ちまくるに違いない。相当な死者も出る」
「だから突入した瞬間にスナイパーに一発で仕留めてもらうんですよ。そうすれば必要最小限の被害ですみます」
「だが人間を盾にしているからなぁ」
「やるしかありません」
「うむ。必要なスナイパー集めよ」
 3名のスナイパーが入った瞬間に色々な角度から撃つ。もうある程度の犠牲はやむを得ない。
「分かっているぞ。突入しようと思っているんだな」
「おい、副編集長、俺の小説が一番だったと言え」
 彼女は下半身からの出血が止まらない。
「それは言えません、次の回を狙ったらいいじゃないですか」
「俺は今度のに賭けておったんじゃ、もう書くのはごめんじゃ」
「そんな事では長続きしませんよ」
「馬鹿野郎、現況を見ろ。俺は生きるか死ぬかなんじゃ。どっちにしろ今度ので終わりじゃ。社長! 俺のが日本一じゃな」
 頭を銃先で小突かれた社長は
「君のは受賞作じゃない」と言った。
 彼は社長の目の前で銃を放った。顔が炎で焼け爛れた。
「あんたら、ここで主催する小説講座で俺が腹を立てて怒鳴り散らし『こんなものやめや』と言ったから
 目の敵にしてどうしても俺を排除しようとしているんだな。ケツの穴が小さいな」
「それは君の誤解だ。私たちは厳正な審査をして受賞作を決めたのだ」
「おい、副編集長」彼女は下半身が血に染まっていた。
「俺のと受賞作はどこがどのように違っていたんだ」
「だから、さっきも言ったように」
「嘘吐かせ! 俺のは傑作なんじゃ、認めんと殺すぞ」
 副編集長はさすがに命の危険を感じた。
「二人であの作品を三木賞が取れるように直しましょう」
「糞、直すところなんかあるかい。あれが完璧なんじゃ」
 副編集長は言葉を失った。

 着々と突入の準備がされていた。静けさに危機を感じた男は自分の周りに人を集め囲んだ。彼の趣味はクレー射撃だった。
 腕前はクラブの中でも指折りだった。だが大量の射撃手が襲い掛かったら一溜りもあるまい。
「テレビカメラを入れろ」と怒鳴った。
「生中継するんじゃ、しないとまた一人死ぬぞ」
「それはできない」と隊長が言った。
「バーン」という音がして女が頭を射抜かれた。
 隊長は焦り、中の様子が分かるとしてテレビカメラを入れるように指示した。暫くして国営放送がチームを組んでやって来た。
「カメラがきたぞ、どうするんだ」
「まず全部脱いでカメラを背負って中の様子を映すんじゃ」
 部屋の中は凄惨だった。
「おい、社長、テレビカメラの前で三木賞は俺だったと土下座して言うんだ」
「それはできない」
 男は社長の太ももを射抜いた。社長は跪く格好になった。
「さあ、言え」だが社長は首を振った。
 男は最初に考えていた通り遂に計画を実行した。
 彼はもちろん死ぬ覚悟だったのだ。社長の頭を吹き飛ばすと
 部屋の中にいる十五人ほどの全員に発砲した。
 それと少し遅れて発砲隊が突入して男を蜂の巣にした。その様が全国放送で流れた。彼は目的を果たしたのだ。
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