分割世界

鋳原 棗

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綺麗なままで

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すべてが、終わる。それは、悲しむべきことなのだろうか。 

また昨日に、僕の仲間が死んだ。僕と共に、女王である彼女に尽くしてくれた従者のひとりだった。また今日、新しい命が生まれた。とある侍女がそれを取り上げて、母子共に無事なのだそうだ。 

またひとり、僕の仲間が増えた。それぞれの終わり、終わりの始まりを迎えるものの、僕だけがそれに取り残されているようだ。女王である彼女も違うけれども、同じような状況にある。 

「きしさまだ!」 

「きしさまー、何してるの?」 

そんなことを考えながら彼女が造った花園に座っていると、そこにわらわらと子供たちが走ってくる。その腕に巻かれている布を見ると、この塔で働いている者たちの子供らしい。 

走ってきた方を向くと、付き添いらしき大人がこちら側を見て申し訳なさそうにしていた。その者を呼び寄せると、おずおずとこちらにやってきた。 

一目散に走ってきた子供たちとは大間違いだった。子供だったときは、この子たちと同様に走ってきたというのに。時間の流れは、このように無情なものだ。 

「騎士様。申し訳ありません」 

「大丈夫だよ。子供は元気なのがいいだろうし」 

「きしさま、かみまっしろ!」 

普段は立ち入りが大人たちによって禁止されているからだろうか。はしゃぐ子供たちと、いさめようと狼狽える大人。それを見ながら、この子供たちもいずれ大人になっていくのだろうなと考える。僕がこの塔に来た時にいた同年代も、その子供の世代も全員死んでしまった。僕の黒髪も子供に指摘されたとおりに、いつからか白くなってしまった。病気かなと思わないでもないけれど、痛いところもないし彼女が何も言わないのだからおそらく大丈夫なのだろう。 

僕は彼女と同様に神であるとして、このように敬われている。もう生まれてからのことを数えるのはやめたけれど、白い髪も、皺のある手もすべて神たる僕として持ち得るものなのだろう。それをどう思おうとも悪いことだとは思えない。周りの人がそう思いたいのであればそう思えばいい。 

けれど僕と彼女が同列に扱われるのは、おかしいと思う。そう思うのは僕だけなのかもしれない。人にとってはどうでもいいことなのかもしれない。その差に気付くのは、僕だけなのかもしれない。きっと、それに反応しすぎるのもよくないことなのだろう。 

「きしさま、おはなのわっか! つくってほしいの!」 

そう、子供に袖を引かれて言われてしまえば断るのは難しいだろう。大人が子供たちを集めてここから移動させようとしているが、それは無理というもの。だとするならば、僕にできることはひとつだ。 

「いいよ。子供たちは僕が見ておくから。ずっとつきっきりなのだろう?」 

「ですが、騎士様。お仕事は……」 

「いいから。ほら、いっておいで」 

子供たちは、僕に花輪用の花をいくつか摘んで、僕の側に来ている。ここの一帯は女王である彼女の膝元だから、特に問題が起こることはないだろう。彼女もきっと、何かしらの形で僕たちがここにいるということは理解しているだろうし。 

「きしさま、きれい?」 

「うん。素敵だよ」 

作った花輪を頭に乗せてあげれば、嬉しそうにする子供たち。この子たちが大人になったとき、僕はまだ生きているのだろう。僕の寿命が来なければ、の話なのだけれども。僕に他者から害されるような何かがあれば、おそらく彼女が黙っていない。 

「きしさま、じょうおーさまって、どんなひと?」 

「女王……彼女のこと? 彼女は、可愛くて素敵な人だよ。いくつか、直してほしいところはあるけどね」 

すぐ無茶をするところ、一人で何とかしようとするところ。後は、自分を大切にしないところとか? 言い始めたらきりがない。けれど彼女のおかげで、僕はここにこうしていられるわけだからあまり強くはいえないのだけれども。 

「きしさまはじょうおうさまといっしょ、ってきいたよ。わたしがおとなになってもいてくれる?」 

「うーん、どうだろう。僕は彼女とは違うからね。生きていられる、んじゃないかな? 今後どうなるかなんてわからないけど」 

彼女は、まだこの子たちよりも少し成長した姿のままだ。外見の歳としては十一、くらいだろうか。大人になる成長を迎える前の体つき。だとしても僕と同じ時間を過ごしている。もしかしたら気付かないうちに、成長を少しずつしているのかもしれないが、それにはとても長い目が必要になる程度のものだ。僕には納得できるものなのだけれど、人には難しいことだろう。 

今のような状況になって、もうそろそろで百二十年が過ぎようとしている。孫を超えてひ孫の世代にそろそろなってきているのかもしれない。だとしても、その時の流れとは裏腹に彼女は存在しているし、僕も生きている。たとえ生かされているのが誰かのいたずらだとしても、構わないと思う。それが、誰かの助けになっているのであれば。 

――だとしても、僕が生き続けているのは奇妙だ。 

僕には、彼女が扱っている超人的能力というものはない。彼女に与えられたものを使っているだけに過ぎない。誰かがなにかしているのかもしれない。同年代はおろか、ましてや僕の過去を考えれば僕の方が早く死ぬことはおかしくないことなのだろう。死は誰にも平等に訪れるもの。けれどそれを取り上げられているに等しい僕は、本当に人といえるのだろうか。 

彼女が何かをしている、と考えないわけではなかった。というよりも、たまにその可能性は考える。僕に不可解なことが起こっているのであれば、それを起こせるのは彼女だけだ。少なくとも、僕が知っている限りでは。彼女が扱える力の後継者のような人を生み出しているというのであれば話は別になるけれども。 

それでも、その動機がわからなかった。彼女にとって僕は取るに足らない、一国民と同じのはずで。ずっと傍にいてほしいと思うことも、死なせたくないと思うこともないだろうと思う。その立場が逆であればわかるけど。 

「騎士様。面倒を見てくださり、ありがとうございました」 

「ん、みんなも大人のいうことは聞くんだよ」 

大人が戻ってくる。そうして、子供たちを再度とりまとめて花園から出て行った。それを見送った後に、黄色の花を摘む。この花はなんといったか。姿形は向日葵を小型化したものに見えるが確か名前は違ったような気がする。忘れることも多くなってきた。名前も、前ほどするすると覚えられることはない。 

僕の身体が、どこかで限界を迎えているのかもしれない。きっと身体が動かなくなるような限界を迎えても、この心臓の拍動が止まることはないのだろう。起き上がれなくなるのかもしれない。物言わぬ植物のようになるかもしれない。ずっと寝ているような、そのような感じになるのかもしれない。それでも、僕は「生きている」といえるのだろうか。 

きっと違う。生命活動そのものが生きているというわけではないのだろう。さまざまな人を看取ってきた。さまざまな死に方をした人を間近で見てきた。ひとつひとつ、違うもの。どのような死に方が幸福か、はわからない。突然に命を奪われるのは、悔しいのかもしれない。苦しんでいくのは、つらいのかもしれない。後悔が残らない死に方は、ないのかもしれない。 

いつの間にか皺と血管が目立つようになった手で花輪を作り終える。黄色を基調としたそれは、彼女の色に似せたもの。思い立ったのなら、行動しよう。それがいい方に転ぶのか、そうじゃないのか。それは彼女が見極めてくれるだろうから。 



久しぶりに、階段を使った。全力疾走した後のように息が切れる。前は上って降りて、三往復したとしても息が上がる程度だったのに。こういうところにも、限界が来ているのだろうと思う。足はがくつくし、どこかに座り込んで息が整うまで休憩したい。けれど、この花輪を一刻も早く彼女の元に届けたいから。 

気力ばかりが前に出て、身体がそれについて行けていない。もっと、こんなになる前に彼女に伝えればよかったのかもしれない。彼女には、いわないとわからないことが多いから。特に、人の感情については。 

彼女の執務室には、あいかわらず書類が山積みになっていた。その片付けを手伝えなくなったのはいつからだろう。開けっ放しになっている扉を叩けば、彼女が顔を上げた。そうして、首をかしげた。 

「どうかしたの?」 

僕の足下に黒猫がすり寄ってきた。上げる鳴き声も、どこかこちらを気遣うようなものだった。思えばこの猫も、もう随分と長生きをしているような気がする。僕はいつものように、机の隅に持ってきた花輪を置いた。そうして、仕事をするときと同じように彼女の横に立った。 

「もう、いいよ」 

今立っているのも苦しい身体。いつまで経っても整わない息。言葉少なに告げたものでも、彼女には何を指すのか理解できたらしい。その証拠に彼女はその言葉を聞いて少し、目を見開いた。そうしてふい、と顔をそらしてしまった。いや、もしわからなかったとしても能力を使って調べるだろうから同じことか。 

「僕は、このままだと……死ねないだろう?」 

彼女が何も言わないから、僕はそう言葉を重ねた。確信に近いものがあった。彼女が僕に対して何かをしているということは先の彼女の反応でわかったから。 

本当のところをいうと、僕も進んで死に行きたいというわけではない。死んだ後どうなるかわからないし。できる限り彼女の傍にいたいし。けれどそれを望んでしまっては、僕は人間ではなくなってしまうから。僕が怪物になりはてる前に、僕は人間のまま、死にたい。 

「もう、満足したの」 

一瞬、なんのことかわからなかった。けれど物覚えがいい彼女のことだから、僕が昔言ったことを憶えていたのだろう。かくいう僕は、言われて思い出したのだけれど。その言葉を手がかりに、昔の記憶を思い出す。もし彼女の質問があの言葉に沿ったものであるのなら、僕はこう答えなくてはいけない。 

「君を残してしまうのが心残りかな。けど、仕方ないことなんだよね。きっと」 

一緒に死にたい、なんて。まだ未来があるであろう彼女にそんなことはいえない。それはきっと彼女を縛り付け、彼女に死を選ばせてしまう可能性のあるものだ。若者の未来を奪うなど、許されないことだ。だから僕は、ひとりでの死を選ぶよ。 

「そう望むなら」 

彼女が椅子から立ち上がり、僕と向かい合うような形になった。かなり身長差ができてしまったな、とどこかで思う。こんなことになる前は、同じような背だったはずなのに。僕の顔に向かって手を伸ばすので、かがんだ。彼女の指先は、そっといつかと同じように僕の額をなでた。 

「おやすみなさい」 

その言葉はあのときと同じだった。けれどもう二度と、起き上がることはないのだろう。どのような死に方が、とか選べる口では僕もなかったということか。 



彼の葬儀がひっそりと執り行われた。参列者はたったひとり。眠っているような彼を、花園に横たえて手を握る。途端に烈火に包まれ、何も残さずに消えた。後には、押しつぶされた花だけがそこにあった。 

「死を望むのは、救いを求めているから?」 

彼の死を知るたったひとりは、そうつぶやく。未だ死をみじんも感じさせないその体躯。彼と同じ時を歩むものであったはずのもの。立ち上がり、彼女は上層へと消えていく。風が吹いた後には、すべてが元通りになっていた。


 *


始まりは朝だった。夜から、おそらくあのときから始まっていたのだろうけど、僕がその変化に気付いたのは朝だった。彼女が隣にいて、知らないところで眠っていた。前日まで負っていた傷のすべてがなくなっているのを、感じない痛みで知った。 

彼女を起こすと、こちらに服を差し出してきた。彼女は、僕が知らない彼女の身長を優に超える杖を持っていた。着替えているとき、傷跡も治されているのを見た。 

「着替えた? それじゃあ行くよ」 

その言葉と共に、手を取られた。一瞬のうちに景色が変わり、目の前にはたくさんの大人がいた。また同じことが繰り返されるかもしれないと思ったときに、彼女が口を開いた。 

「私が、今日からこの国の王になる。何か質問はあるか」 

この国の王は、男性だったはずで。昨日会ったあの人がおそらくそうなのだろう。でも、今このように彼女が即位するということは。そんなことがわかるくらいには、なっていた。でも、もしかしたら生きているのかもしれない。さっき移動したみたいな彼女には特別な力があるから、王位をもしかしたら彼女に譲ったのかもしれないけれど。 

周りを見渡せば、皆困惑しているようだった。確かにいきなり子供である僕たちが国を統制するといって、はいそうですかと納得できる大人がどこにいるのだ。 

「それでは、女王様とお呼びします。隣にいる彼は、何者なのですか」 

ひとりの女性が、手を挙げてこちらに問いを投げかける。僕はそのとき怖かった。知らないものといわれてしまえば、隣にいることができなくなってしまう。それだけは、嫌だった。 

「彼は私の仲間だ。といっても、まだここのことは何も知らない。後で教育係をつけるから、色々と教えてやって。彼が私の仲間であることは、いずれわかる」 

その言葉は、嘘だと僕だけが知っていた。僕はただ、外見が異なるだけの人で。でも彼女はその嘘を信じ込ませた。いぶかしむようにこちらを向く人が何人もいる中で。そうして、何もいうものがいなくなると、彼女はまたさまざまな指示を出し始めた。 

何もないところから色々なものを取り出したり、何もないところで文字を書いてみたり。けれどそのときの僕にはそれが文字だと判別することはできなかった。そうして彼女はいきなりではあるものの、この国の女王として機能することになったのだった。 



彼女は、僕に教育係をつけた。その人は初対面で彼女に対して質問を行った人物であり、組織編成の時には侍女長という役職を貰っていた。そうして僕は、従者長という彼女のひとつ上のような、同列のような肩書きを貰った。この人のことは、よくわからないままに、侍女長と呼ぶことにした。 

そうして、僕はこの国が一夜にして変化したことを知った。僕たちが寝起きしている上層――彼女がそう呼んでいるから僕もそれに習うことにした――がある塔は、彼女が一夜にして建設したものだという。元々侍女長たちは王宮の一角で寝起きしていて、朝、僕たちが現われたときには別の場所の同じベッドで起きたのだという。 

それを起こしたのは彼女なのだろう。本当に国を作り替えてしまったのか。それは、王宮をなくすという外面だけのものではなく、今までの体制から変えるという内面にまで着手していた。最近だって、学制というものを敷いた。 

「……貴方は、今までどのような生活を行ってきたのですか?」 

数年勉強を見て貰っていて、その途中で出た世間話のような言葉に、どう答えようか悩んだ。僕の過去を包み隠さず話したとして、果たして信じて貰えるだろうか。けれど、僕を信頼してくれている侍女長のことをごまかすのも気が引けた。だから僕は、逃げの一手に出た。 

「彼女と、一緒にいたんだ」 

「左様ですか。けれど持っている力は異なるようですね」 

僕は本当に侍女長と同じ人、なのだろうか。僕は侍女長のことをあまり知らない。だからこそ軽率に同じ人だといっていいのかもわからなかった。だから笑ってごまかした。けれど、これだけは訂正しておきたかった。 

「僕と彼女は違うんだからさ、仕方ないよ」 

その言葉に首をかしげる侍女長。仕方ないと思う。僕だってそう思う。だって彼女は僕のことを仲間だって言っているのに、その当人である僕が違うって否定しているのだから。 

これには理由がある、というよりも侍女長は僕の言っている意味合いがうまくとれていないのだと思う。それもいつか、侍女長に対して打ち明けられたらいい。そんなような時が、来るのかはわからないけれど。 



国は、反逆やら革命やらが起きることなく、最初はごたごたとしていたところも十年も経てばだんだんと整ってきていた。口だけで反対していたものたちもいたが、彼女はそれには一切耳を貸さずにやっていた。 

そのときくらいからだろうか。僕が「騎士」と呼ばれるようになったのは。そもそも、僕の名前を呼ぶのは彼女くらいのもので。だからこそ、周りにいる人達はそれを神の名前であると思い、呼ぶのをためらっていた。だから、僕に新しい名前をつけたのだろう。 

従者長としていた僕も、その地位を他の人に譲った。そうして、これといった肩書きはないけれども、彼女の補助役という感じに落ち着いた。常日頃、彼女に付いているわけではないから、その補助役というのも当てはまらないような気もするけれど。 

「侍女長、変わりない?」 

僕がやっていることといえば、あの人はこう言っていただとかこういう感じだったよというある意味密告といえるようなものを、女王である彼女に伝えることだった。彼女はたったひとりですべての決断を行っている。それには能力の助力も借りているだろうが、それを実際に実行するのは人である国民たちだ。 

どうしたってそこに差は出る。だからその発生してしまったものをどうにかこうにか調整する役目を僕は負っているのだと思うようにしている。 

「おはようございます。騎士様」 

その中でも、よく話すのが侍女長であった。僕の教育係だったから、というのがあるのかもしれない。最近になって判明したことではあるのだけれども、侍女長と僕は二歳程度しか離れていないらしい。そうだとしても、自分にはすごく年上のように感じられていた。 

「おはようございます。僕は彼女とは違うんだから、そんなにかしこまらなくてもいいのに」 

すでに「彼女とは違うんだから」というのが口癖のようになりつつあった。みんなは首をかしげるだけ。仕方ないとは思うけれども、わかってほしいように思う。もしそれが広められてしまったのなら、僕はまた前と同じような状況に戻ってしまうかもしれない。そんなことは、耐えられないから。でも嘘を黙認したくないからこんな曖昧な言葉で許されようとしている。 

侍女長の手の中には、季節の花だろうものが握られていた。図鑑に描かれていたものに似ているからおそらくそうなのだろう。塔には花瓶があちこちに置いてあるからそこに活けるためのものなのだろう。これなら、彼女に。 

「ねえ侍女長。その花貰ってもいい? かわりに花園の花を持ってくるからさ」 

忙しい彼女のことだ。外に出たことなど随分昔のことなのではないだろうか。普段は執務室に籠もって、時たま上層に寝に来るだけ。食事も僕が運んでいかなければ食べていないようだし。お腹がすいて、なおかつ時間があるようなら食堂に降りてきて食べるのかもしれないけど。 

それにしたって、仕事に熱中しすぎなのかもしれない。だから僕は、彼女に季節や時の流れのようなものを少しでも感じてほしかった。そのための努力は惜しまないつもりだった。 

侍女長は何も言わなかった。僕は花園に戻り、似たような色ではあるものの本来この季節には咲きもしないような花を摘んで戻ってきた。侍女長は僕を待っていてくれたのか、話した場所から一歩も動いていなかった。花を渡そうとすると、そっと手で制されてしまった。 

「受け取れません、騎士様」 

私がお渡しする花には、それほどの価値はございませんので。その言葉に少し、悲しくなった。侍女長にしてみれば、自分が持っているものはその辺に生えているもので、神のような権能を持つ彼女が造り出した花園のものは自分たちにはふさわしくないと考えているのかもしれない。けれど、それは違うように感じた。 

僕は、侍女長が持っている花こそが美しいと感じるのだ。確かに花園の花は絶えることはない。たとえすべてが眠ってしまうような寒さにも、それを感じるような神経は壊れてしまったかのように咲き誇る花たち。それを、すこし奇妙で恐ろしいものだと感じてしまうのは、僕だけなのかもしれないから。 

「でも、僕は代わりを持ってくるって言ったわけだし。受け取ってくれないと困るんだけどな」 

なんていうずるい言葉を吐いて。教育係としていた頃は、対等のような関係で話してくれていたのに、僕が従者長の任から解かれたときくらいからこのように他人行儀になってしまった。それも仕方ないこと、なんだろうか。 

言葉につられたのか、侍女長は花を受け取ってくれた。不承不承、といった感じが強かったけれど、それでもよかった。 

「その花を、どうするおつもりなのです?」 

侍女長は色々と知りたがる人だ。だから、初対面でもあんな質問ができたのだろうと思う。それは侍女長の美点だ。けれど今では、それにも上下関係というものが深く関わってきている可能性がある。特に最近になってそう感じる。だからこの言葉だってするりとその口から漏れただけなのだろう。聞くつもりなどなかった。ただ疑問に思って、それが出てしまっただけ。 

侍女長はもしかしたら、それが不敬にあたるのかもしれない、なんて思っているのかもしれないけれど、僕はそうは思わない。誰にだって、聞きたいことは聞いていいはずだ。それが、神としてあがめられている彼女相手だったとしても。 

「どうする、か。彼女にあげようかなって。ほら花園には花が絶えないけれど、季節は感じにくいからさ」 

それに、彼女だって人なのだから。季節の移ろいくらい、感じたって罰は当たらないだろう? なんていうのは、飲み込む。侍女長たちが知っているのは、神としての彼女。絶対的な力を持つ、上位者のような存在。それは、彼女の過去を上塗りしてしまった後から来たもの。もしかしたらその片鱗くらいは前々からあったのかもしれないけれど。けれど僕は、彼女がまだ人間だと思うのだ。 

「……なるほど」 

「なんとなく、納得していなさそうだね。まあ、仕方ないんだけどさ」 

彼女は、あまり他の人と関わろうとしないから。いや、関わってはいるだろう。けれどそれは必要に駆られたからであり、それ以外で彼女が話すことなどそんなにないような気がするのだ。自分の内面をさらけ出すことなどない、ただ単に行われるもの。だから彼女がどのような仕事を行っているかはわかっても、それ以外のことなどわからない。たとえば彼女がどのようなことを考えているのかとか、何が好き、とか。 

彼女は、表現しているつもりなのだろうか。それかそれを必要ないと感じているかだ。彼女が周りに求められているのは超人的な力であり、女王としての姿であり、神としての権能の行使であり。それは、覆い隠すなどという言葉では生ぬるく。もう彼女をぐるぐると簀巻きかミイラのようにしてしまったものだ。今の僕には、中身であるはずの彼女がどうしているかなどわからないのだけれど。 

侍女長と分かれて、その足で彼女の元へと向かう。元々の役目を果たすため。というより侍女長との会話はどっちかといえば寄り道に近いようなもので。侍女長が何も言ってこなかったのは――忘れていただけかもしれないけれど――侍女長にまで話が伝わっていないからなのかもしれない。そもそも侍女長はその発言をいさめる立場にいるわけだから、あまり看過できないたぐいのものだろう。 

「今、ちょっといい?」 

彼女は部屋で書類に向かっていた。彼女がちょっと顔を上げてもそれが見えない程度には積み上がっていた。それは色々なところから回されたものだったり、彼女自身が作成したものであったりするのだろう。また整理しなきゃとは思うものの、今は別件でここに来ているのだからそれを先に済まさなければ。 

「何?」 

「一ヶ月後くらいに予定されてる任用試験で、ちょっと気になるところがあるんだ。」 

彼女が聞き返すということは、続きを促されているということ。すでにわかりきったその解釈のまま、傍による。仕事の邪魔にならなさそうな机の隅に、持ってきた花を置いて。座っている彼女の横に立ち、彼女が作業するための場所が最小限取られただけの机の上を見渡す。ここの場所に数時間いなかっただけなのに、もうどこにどの書類があるのかわからない。彼女は別の書類に何かを書き付けているところを見ると、僕の話を聞きながら別の作業をしているらしい。 

「……下から、探して」 

彼女はすべてを把握しているらしい。今探している書類は、積み上がっている場所自体は記憶通りだった。しかしながら、その位置は随分と下層になったみたいなのだけれど。 

「ありがと。え……っと。あったこれだ。この試験の中期日程希望者は短期よりも後に行う、けど集合に関しては別途特記事項があったよね?」 

「誘導に関してのこと? それなら続けて」 

「そう。で、その誘導を侍女たちに任せる、っていうのが計画に練り込まれていたんだけど。その時間だと、侍女たちの人手が足りなくなるよ」 

「……足りなくなる原因は」 

少し物音がしたような気がして、書類から目線を外す。扉から、侍女長が入ってきた。僕が渡した花を持って。この部屋にも花瓶はあるから、ここに活けに来たのだろう。女王としての彼女と話すことはないだろうと思い、話を続ける。 

「昼食に関してのことも、侍女たちの仕事だし。なんなら、その食事をする部屋のしつらえも侍女たちの手が必要でしょ?」 

その言葉に、彼女の絶えず動いていた手が止まった。どうやら懸案事項のひとつとして、その件が加わったらしい。彼女は少し考え込むようにすると、再度口を開いた。 

「それは」 

「侍女たちがぼやいててさ。人手が足りないー、って。僕の方も考えてみたんだけどね。言っておいた方がいいかなってさ」 

彼女の何かを言おうと開いた口にたたみかけるように言葉を重ねる。本来よくないことだとは思うけれど伝えるのは、今しかないと思ったから。 

「……そう、人数を増やせば、それだけ」 

「うん。考え直した方がいいんじゃないかな」 

僕のその言葉に、彼女はどこか納得したような表情を見せた。そうして彼女は別の白い紙を取り出し、なにやら書き付けていく。改定案か、それとも人数の改正だけにとどめるのか。それは彼女にしかわからないけれども、間違いなく元々渡されていたものよりもいいもののはずだ。 

「……とりあえずは、これを侍女長に渡しておいて。それと簡易的な説明を。確定の人数に関してはまた追って連絡する。従者長には別途後日に別の説明と共に連絡するから」 

それを伝えられる侍女長は、すぐ近くにいるんだけどな。そう思わないでもなかったが、ふと目線を挙げて同じ場所を見ると既に侍女長はいなかった。別の仕事でもしに行ったのかもしれない。それはそれでいいのかもしれない、とやかく言うことではないのかもしれないのだけれど。それでも、自分たちに関することを話していたのだから少しは気にしているかもしれないな、と思う。 

彼女から渡された紙に目を通すと、人数や配置を考え直す旨が記載されていた。確定人数に関しては追って連絡すると書いてあるため、僕が行う簡易的な説明にはどのようなことを話そうかと悩むことになりそうだ。 

「わかった。これは侍女長に渡すよ。他に何か気になることありそう?」 

僕がそう聞く。書き終わったと同時に別の仕事に手をつけ始める彼女には、まだまだ仕事が残っていそうだ。というより、覚え書きのひとつも残さないままにすべての仕事が行えるなんて、とどこか感嘆としてしまうところがある。僕なんかは、親指の付け根あたりにだれにもわからないように書いているというのに。 

「今はない」 

そう、それじゃあ。と言葉を残し、僕は彼女の執務室を折りたたんだ紙片手に出た。これを侍女長に渡せば、侍女たちが言っていた不満は解消されることだろう。これでよかったのか、もう少し何かよくなる方法があったのではないかと少し思わないでもない。けれど、このことが彼女と他多数によっての幸福にほんのわずかでも繋がるのなら。僕は少しくらい、汚れ役を買って出てもいいと思う。 

一ヶ月後には新しい、従者や侍女の採用試験が待っている。新しい塔の人が来る。僕を知る仲間が増える。それはとても嬉しいことなのだ。 



試験をするための、色々な研修が落ち着いてきた頃。この塔で、初めての死者が出た。死者といっても何のことはない。ご意見番のようなものをしていた年配の男性が息を引き取っただけのこと。その老人は最近、喉の痛みに悩まされていたらしい。 

僕はその死を、あまり悲しむことができなかった。つきあいが浅い、直接的に関わることはなかった人であったからかもしれない。従者のひとりがそれを見つけ、朝のときに女王である彼女に伝えた。そうして彼女が言ったのは。 

「親しいもの五人で埋葬の準備をしなさい。そうして、お昼時には別れを」 

とのことだった。その後は、どこに埋葬したらいいかの場所だけを告げた。その男には身寄りもなければ家族もいない。その身体を引き取ってくれるようなところはなかった。彼の故郷に戻しても、という声もあったが戻したところでという声もまた上がっていた。結局女王様のいうことだから、とそのまま言われたことを行動に移すことにしたようだった。 

この国の平均寿命とやらは、四十前後らしい。で、ご意見番の男性は四十二らしかった。そうなら、長生きした方だといえるのだろうか。それでも、色々な人が悲しんでいるのには変わらないのだけれども。 

彼女もあっさりしているな、あの過去があったからかなと思わないでもなかったけれど、それとはどうやら違うようだった。僕は物珍しくて、選出されたその彼と年齢が近かったりよくお世話になっていたりしたものが、彼の死体を箱の中に入れているのを見ていた。 

そうしているうちに午前中は過ぎ、お昼時には彼と関わっていたであろう人達が挨拶をしに来ていた。花やなにやらを箱の中に入れるものもいた。それが、礼儀のようなものなのだろうか。 

僕は今まで、人の埋葬など見たことがなかった。自分の周りで死ぬ人間がいなかったからなのかもしれない。死にそうになっているのはいたけれども。だからまだ、「死」という実感が湧かない。せいぜい、彼の後には誰が付くのだろうと思う程度で。僕だけが、どこか切り離されているような気がした。 

その中に、侍女長もいた。他の侍女たちも、参列には訪れていた。僕には、侍女長などの人と同じ気持ちにはなれそうもなかった。誰かが、この人は生前優しかったとか、こういうことをしていたと僕に教えてくれる人もいた。けれどそうなんだと納得はできても、それ以上の気持ちは湧いてこなかった。 

僕のことを、神でありながら慈愛に満ちあふれている方だと言ってくれる人はいるけれど、これでは冷徹とされる彼女と同じではないか。同じように、悲しめるようにならなければ僕は、彼女以外の人と同じようにはなれないのかもしれない。僕も同じ人なのだから同じような気持ちはあるはずなのに。 

それが動かない僕は、もう壊れているのかもしれない。 

一通りの挨拶も済んだところで蓋が閉められ、彼女が指定した場所へと箱は運ばれた。土の中に埋められ、名前が書かれただけの平たい石がおかれる。それだけだった。それ以外は、特になかった。僕はすべての流れを体験してもなんの感慨も抱けなかった。 

――もう二度と会えない、というのは悲しいのだろうか。 

次の日には、通常通りに戻っていた。死んだ彼の後任が選ばれ、引き継ぎなどが行われた。男が死に、その埋葬に関して遅れた作業は彼女が改定案を出すことによってつつがなく終わりそうだった。昨日は悲しんでいた人達も、元通りであるかのように振る舞っている。 

何も変わらない。人がひとり死んでも、そんなに変わらないものなのだと、またそんなことを考える。僕もいつも通り仕事をこなし、従者や侍女たちと話をして何か不満点はないかどうかと聞き出していく。必要ならそれを彼女に伝えて、改善を促す。その人はもう最初からいなかったのだと言われてもおかしくないような感じであった。 

「……どうしたの、侍女長」 

「騎士様、ですか。すみません、ぼんやりしておりました」 

でも、他の人間にとってはそうでもないようだった。侍女長が、ぼーっとしていたのを見つけてしまったから。彼女は普段からよく動いている。休んでいる暇の方がないんじゃないかと思えるくらいには。その侍女長が書類を持ったまま、窓の外を眺めているなど、なにかあったとしか思えなかった。 

「その、先日亡くなった方がいらっしゃるでしょう」 

「あのご意見番の人?」 

「はい。私はあの方に連れられて、ここに来たんです」 

そうして、私に王宮で侍女になることを進めてくださった人でもあるんです。と侍女長は続けた。連れられて、ここに来た。つまりは、侍女長も地元から離れた人間ということだ。 

「侍女長は、どうして地元を離れたの?」 

「……口減らしのためでございます。私の家は貧しく、なおかつ兄弟もそれなりの人数いましたので」 

騎士様は、人のそのような行為はお知りになられていませんでしたね。口減らしというのは……と言葉を続け、僕に「口減らし」というものを教えてくれた。養いきれないから捨てる。侍女長もまた、捨てられた人なのだという。 

僕も、同じようなものだったのだろうか。親に捨てられた。けれどそれには、口減らしと言うよりも別の側面があるような気がしないでもないのだけれど。それを救ってくれたのはあの男らしい。僕にはどうでもよかった人が、侍女長にとってはそうではなかったようだった。 

「そっか、変なこと聞いちゃってごめんね」 

「いえ、謝らないでください。そもそも、あの人の死を割り切れない私が原因でございますし」 

死を割り切れない。その言葉がどうも引っかかる。その死は、自分から切り離していいものなのだろうか。その程度のことができるほどに、侍女長にとってその男の存在は軽いものなのだろうか。それをして、侍女長に何か益があるのだろうか。 

「割り切る必要、あるのかな?」 

「……はい?」 

「なんというか、僕にはわからないんだけど。死んだ後もそれだけ思う相手なら、自分から切り離したりするんじゃなくって。たまに思い出すとか、その人の考え方を受け継ぐ、とか? よくいえないけど、けじめみたいになんかつけるのはよくないと思うんだ」 

自分でも何を言っているのかよくわからないけれども。でも、この人は死んだ、終わり。ってするんじゃどうかなと思わないでもない。その人にどのような思いがあって侍女長を救ってくれたのかわからないけれど、その行動にはなにか理由があったんじゃないかと思う。あの人がこうしていたから自分もこうする、という行動原理で何かを行うのは、別に悪いことじゃないと思うから。 

要領を得ない言葉では合ったものの、侍女長は納得してくれたみたいだった。そうして、どことなくすっきりしたような顔をしていた。 

「ありがとうございます、騎士様。私を慰めてくださったのでしょう」 

「侍女長も、無理だけはしないでね」 

人はいつか死ぬものだ。だから、残された人はその人がいない状態で何かしらの方法を持ってやっていかなければならないのだと思う。そこに、個人的な感情も絡んでくることがあるのが、少しだけ面倒だと思ってしまうところだ。 

彼女は何も言わず、一礼して仕事に戻っていった。手に持っていた書類はおそらくあの試験関係のことなのだろうか。準備に追われる中であの男がいなくなったために、どこかにしわ寄せが行っているのかもしれない。今は誰も何も言ってこないけれど。それが少しでもよくなるように彼女が策を講じたはずだが、それでも手が回っていないのかもしれない。 



試験の日は、つつがなく行われた。事前準備はできていた。だからこそ、僕はすべてのことを従者や侍女にまかせて、傍観の姿勢を貫いていた。執務室に入り、彼女の手伝いをしながら時たま様子を見に行くにとどめていた。僕のことは知らない方がいいだろうし、侍女長か従者長がまたここに報告に来るだろうし。試験といっても任用はその後。また追っての連絡、と決めてあるはずだ。すべての判断は、ここにいる彼女がするのだから。 

そう思い彼女の側を離れずにいて、数日後。珍しく、彼女からの呼び出しで執務室を訪れた。何か火急の用事なのかもしれない、と思うけれどここのところ特に問題は起きていないから何も問題はないはずなのだけれど。そうして彼女の前に立った時に言われた一言。 

「これ、書き出しておいて」 

彼女が指を指したのは机からあふれかえり、補助の机として使われている棚の天板の上の書類の山。そこに近寄って見てみれば、それは試験を受けたものの名簿だった。その名前の横には、赤い点がつけられているものがちらほらと見える。どうやら、合格者の選考が終わったらしい。 

「朱書きされてる人が合格、ってこと?」 

「そう。また何かあったら言って」 

僕用の机だからといつからか運び込まれていた机の上にその書類を置き、彼女の望むまま、合格者だけの名簿を作成していく。このような単純作業は、他の人に任せればいいのにと思わないでもないけれどそれは、違うのだろう。彼女が僕に頼むことは、たいてい他の人には任せられないことだから。 

「僕に頼むっていうのは、何かあったっていうこと?」 

気になって、作業の手は止めないままに彼女にそう聞く。僕と彼女が作業をしているだけの静かな部屋だから、僕の独り言のような疑問は彼女に届いたことだろう。けれど、彼女は即座に答えることはなかった。その代わりこの執務室の扉が、独りでに閉まった。おそらく、彼女の力だろう。 

「各方面の、上位のものの子孫がいた。試験を行っているのに、不正をされてはつまらない」 

「……えっと、つまりどういうこと?」 

各方面の、上位のものの子孫。つまり、今地位が上の人達の子供が試験を受けに来ていたということ。けれど、行われる不正とはどういうことだろう。よくわからなくて彼女に聞けば、もう少しかみ砕いて説明してくれた。 

「今やっている作業。私が落とした人間であるはずなのに、誰彼の子供であるからという理由で合格扱いにされてはたまらない、ということ。また誰が書くかということもわかってしまえば、その人に賄賂でも何でも贈って合格にさせようとするものもいるかもしれない」 

だからこうやって貴方に書かせてるの。そういう彼女は、本格的に他の人間を信用してはいないらしい。いや、まあ確かに。言いなりになっている人がいるのは否定しないけど。僕が聞きに行くときだってそういう、誰かの利益になりそうなことをわざとこぼす人達もいたために実感は湧いた。けれどそれは、ここまでする必要があるものなのだろうか。 

いや、あるのかもしれないと思い直す。彼女が求めているのは実力を持った人達だ。それ以外は、彼女が行う指揮についてこれない人ということで。そうなると今でも開いている彼女と人の間の溝はさらに深まることだろう。彼女の国造りに影響が出ても困るのだから。 

「でも、それをどうして僕に?」 

「……私を裏切る算段でもあるの?」 

「ない! ないよ? ないからね!」 

ついとっさに否定してしまった。とっさに、というか否定するけど。もうちょっと慌てずに否定できたらよかったのに、と今更ながらに思った。慌ててるというか、焦っているのが彼女に筒抜けな気がして。 

「そうでしょう? それなら信用に値するというもの。というより貴方は誰とも繋がっていないから信頼しているわ」 

鎌かけられた! と思ってももう遅かった。まあでも、彼女に信頼されているのならいいかな、と思ってしまう僕は相当彼女に入れ込んでいるのかもしれない。彼女のことは大切だから。というかそもそも人間である僕が彼女に勝とうなんて思うこと自体がおこがましくて、これからもずっと勝てないのだろう。 

その後は、お互いに会話することはなく。僕はこの書類を仕上げることに集中した。そうして、一通りの確認の後に彼女に渡せば、彼女はざっと目を通した。そうして簡単にその書類の最後に署名を書き、その書類はそのまま僕に突き返されてしまった。 

「ん、これを従者長へ持って行って。そうしたら呼び出した仕事は終わり」 

「わかった。行ってくるね」 

その言葉を残して、書類を持って従者長の元へ向かった。ほどなくすると見つけ、書類を渡した。一通り目を通した後に従者長は僕にお礼を言って、作業場の方へと歩いて行った。これで仕事は終わりだけれど、彼女のことが気になるから彼女の元へと戻ろうか。 

――後日、従者長はいつか見た罪人の烙印をその額に受けて、塔から追放されたらしい。 



僕の生活が上層で起きて下に降り、仕事をこなしてまた戻るという流れに固定されつつあるときに、それは訪れた。年上の男性に、呼び止められたのだ。いわく自分の娘を嫁に、というものだった。 

「で、どうかね?」 

「特に今は考えておりませんし、お断りさせていただきますね」 

にっこりと対外的に向ける笑顔――侍女長に何かあったときに、と仕込まれたものだった――を向ける。そうして、仕事を理由にその場を離れた。その人は追いかけては来なかった。彼女の執務室へと仕事を理由にしたために向かった。 

結婚というもの。そういうものもあったなという認識だった。この塔での色恋沙汰というものはあるものの、その対象として僕が入っていることなど考えていなかった。そういえば、そろそろ僕も結婚適齢期というものに入るのか。数日前に侍女長と若い侍女が行き遅れるだのと話していたが、このことかと思う。 

そも、僕と結婚したところで相手に益などないのでは、と思わないでもない。特に僕の過去を考えるとそうなのではと思うけれども。けれどその娘とやらは僕でよかったのだろうか。 

「何かあった?」 

いつの間にか執務室に着いていたようだった。来たにもかかわらず、何も仕事をしない僕をいぶかしんで彼女が声をかけてきた。その言葉に現実に戻される。彼女なら、知っているのかもしれない。 

「僕と結婚して、何か相手に与えられるのかな」 

「あの男がほしがっていたのは、自分の思い通りに動いてくれる人よ。だから貴方自身には別段興味などないのでしょう」 

「え、っと。それって」 

僕の周りを利用するためだけに、ってこと? そう聞けば彼女はため息をついた。まるで、そんなことも知らなかったのか、というように。 

「じゃあ、貴方の周りにどんな人がいるの」 

「え、それはもちろん……ってまさか」 

「私を思い通りにできれば、あるいはそれができなくとも少しでも自分の利益が発生したのならばそれでいい。そう考えるのならば最初に狙われるのは貴方。何もおかしいことはないわ」 

僕の近く、といわれて最初に出てきたのが彼女の名前。彼女はこの国の最高権力者であり、神としての権能を持つとされる。そんな彼女を少しでも思い通りにできるということは、彼女のこれから造っていこうとしている、今は危ない均衡が崩れるということに他ならなくて。僕が結婚することでそれだけの影響が、彼女に行くのだろう。 

「……くらい、……して……」 

「へ? ごめん聞こえなかった」 

彼女の小さなつぶやきは、聞こえなかった。考え込んでいたせいもあるかもしれない。積み上がった書類の山に阻まれたせいかもしれない。顔も見えず、聞こうと彼女の近くに寄ると、彼女は何かを振り払うように頭を振った。 

「なんでもないわ。とにかく、気をつけなさいね。貴方を狙っている人間はいるのだから」 

彼女はそのまま仕事に戻ってしまった。ごまかされた、そう思う気持ちもあったが彼女に問いただす気にはなれなかった。何か言葉を、と開いた口から音は出ることはなく。報告に来た従者に阻まれてしまった。 

話しているところに割り込んでしまったかもしれないと萎縮する従者を責める気にはなれなくて。僕はもう終わったからいいよ、とその部屋から出ることしかできなかった。 



あの男性から、結婚式の招待状を貰った。それは別の人同士のものであったが、渡せるのが私しかいないためこのようにお渡ししました、どうぞ是非ご出席くださいねと言い残していった。とりあえず、何をするためにも仕事を休まなければならないため、彼女に許可を取らなければ。そう思い、彼女に言いにいった。 

「そう。行きたいの?」 

「せっかくだし、と思うよ」 

「……服は準備しておくわ。休暇も調整しておくわ。他には?」 

「どんな思惑か、わかる?」 

その言葉は。本来言わないつもりだった。けれど、その言葉はするりと口から出ていた。だって、彼女にこれ以上迷惑をかけたくなかったから。彼女は僕にできる限りの自由を与えてくれている。侍女長から聞いた話もある。だけれど、彼女だってやりたいことがあるはずだ。僕を守ってばかりではいられないだろう。それに、僕も彼女にお世話になりっぱなしにはなりたくはなかったから。 

「……まずひとつあるのは、貴方に結婚願望を抱かせることだと思うわ」 

「結婚、願望? つまり僕に結婚したいと思わせるってこと?」 

「そう。そうじゃなきゃまず「結婚する気はない」と断られて終わり。だから結婚したい、と思わせてその相手は誰か、ってことになる。だから貴方に結婚はこういう素晴らしいものなのだから是非しましょう、と思わせることがいいわけ」 

「他にも、まだあるってこと?」 

彼女が言ったまずひとつ、という言葉。ということはまだあるということだ。これが、周りの人間が仕掛けてきたものだとはうすうす思っていた。けれど、それはぼんやりとしたものだった。だから彼女に聞いた。彼女は明確な答えを返してきた。そうして彼女は言葉を続ける。 

「えぇ。次にあるのは自分の娘たちを貴方へと売り込むこと。塔で仕事をしているものもいるけれど、そうではないものもいる。基本的に私は用無くして塔の中へ入ることは許可していないわ。それに貴方の仕事場は限られるでしょう。だから普段会えないのなら、その分印象づけるしかない。だから……それなりにぴりぴりした結婚式になりそうね」 

「あわよくば、僕と結婚しようと」 

「言ってしまえば玉の輿、というものよ」 

そのような場所に、僕は行こうとしているのか。罠、だといえばそこまでのことなのかもしれないが、それでも僕は行ってみたいと思った。そうすれば、少しでもこの国の普通とやらを知ることができるのかもしれないと思ったからだった。 

「その顔を見ると、それでも行きたいのでしょう。準備はしておいてあげるから特に心配することはないわ」 

彼女が言うのであれば、そうなのかもしれないと思い、僕は彼女にすべてのことを任せることにした。 

僕はそのまま、誘ってくれた男性に結婚式に参加する旨を伝えた。そうして、当日。この国での礼服と呼ばれるものを彼女から準備されて、僕がそれに袖を通していたときだった。 

「……何かあれば、私の名前を呼びなさい」 

「どういうこと?」 

彼女が不安げな表情をしていた。僕はそれが気になって、彼女に聞けば彼女は顎に指をあてながら話し始めた。 

「手込めに、されるかもしれないわ。あの人間たちは手段を選ばないから。もう少ししたら、何かしら手段を講じなければいけないのかもしれないわね」 

「呼んだら、助けてくれるってこと?」 

「……色々と細工はしてあるけれど。それだけでは……」 

彼女は未だ、納得していないようだった。それでも、色々と準備してくれるあたり、僕のやりたいようにやらせてくれると言うことなのだろう。そこが彼女の優しいところではあるのだけれども、彼女が何を思っているのか、僕にはわからなかった。 

「大丈夫だよ。言われたとおり、何かあったらすぐ名前を呼ぶから」 

「それなら、いいのだけど」 

彼女をいさめて、無理矢理納得させるようなことをして。彼女に一通りおかしいところがないか見て貰ってから出かけた。 

式場は高台に造られた教会で行われた。結婚式はつつがなく行われている、はずだった。主役であるらしい男女はそれなりに幸せそうに見えた。けれど、本来部外者であるはずの僕に話しかけてくる娘を連れた親子が多かった印象だった。これが彼女にいわれたものか、と思わないでもない。 

「騎士様、いらっしゃっていたのですね」 

「え、っと……はい。お誘いを受けたので。初めまして」 

「こちらは私の娘。挨拶なさい」 

「は、初めまして。騎士様」 

そうやって、親の後ろから出てきてにこやかに笑う女性。本来であれば、かわいらしい、といえるような女性なのだろう。けれど、僕の周りにいる女性は彼女だったり、侍女長だったりするものだからどこか普段とは異なる女性の傾向に僕は違和感しか抱けなかった。 

なんというか、あまたの視線がこっちを向いているような気がする。主役よりも目立ってしまっているのではないか、と思わないでもないけれども彼女から聞いた思惑のことを考えると仕方が無いことなのかもしれない。 

早いうちに帰ってもいいのかもしれないな、と思う。そもそも、この式がいつ終わるのかわかったものではないのだけれども。 

「……そろそろ、おいとまさせていただきますね。ありがとうございました」 

そう伝えて、彼女の元に帰ろうとする。今はお昼を過ぎたくらいだから別に問題はないかな。早めに着替えて、彼女の手伝いをしなければいけないのかもしれないのだけれど。特に今後の予定で詰まっているものがあるわけじゃないし。彼女からしてみれば僕はいてもいなくても、特に問題は無いことなのかもしれないのだけれど。 

――結局、彼女の不安は解けなかったな。 

今のことだって……きっとそうだ。彼女は仕事をしているだろうからそんなことは頭から抜けているのかもしれないが、朝のあの時間に僕のことで悩ませてしまったのなら申し訳ないような気がする。というか、迷惑かけっぱなしなのかもしれない。僕ももう少し周りの影響とやらを考えて行動した方がいいのかもしれないけど、それをやったとしても彼女にはわかるだろうし……今日の服の色を見てもそうだし。 

礼服にあしらわれた白と赤の装飾。そうして所々に黄色が混ざる。彼女の普段の色であることは明白だった。彼女もそのことを知っているのか知らないのかはわからないのだが、その色にしたということは僕のことを考えたか、それとも何か別の理由があったのかはわからない。 

「っ、うわ!」 

突然後ろから突き飛ばされたような衝撃と、稲妻のような音が響く。そのまま前に倒れてしまった。後ろを振り返ると、こちらに背を向ける彼女の姿があった。服装は朝見たままのもので、その手には普段上層の隅に立てかけられている杖を持っていた。 

「何かあるかと思って対策を講じればこの体たらく。そもそも貴女たちでは彼に並び立つことも叶わないと知りなさい」 

小柄な彼女の向こう側には、ドレスを着た主役の女性と男性がいた。その後ろにはこちらを見ている数々の女性と男性の姿があった。式で会った人達だった。 

「首謀者は誰? 答えなさい。神を愚弄した罪として、ここにいる全員に烙印を押してもいいのだけれど」 

彼女はわかりやすすぎるほどに怒っていた。僕のことで、と思わないでもないけれど、僕は自分が何をされたのか理解していなかった。だから彼女がどうしてそこまで怒っているのかもわからなかった。だから僕は、付いてしまった砂を一通り払うと、彼女に近付いた。 

「僕はほら、なんともないよ。だから、ねえ。一回ぐらい許してあげようよ」 

「……いいでしょう。次、このようなことがあればここにいる全員、それこそ貴族のすべてを破壊するので、そのつもりで」 

彼女は朝と同じように納得していないような顔をしていた。けれど、僕がこう言ったことでとりあえず怒りは静めてくれたようだった。そうして僕は、彼女の手を取った。 

「外に出てくるの、久しぶりだね」 

「花園は外なのだから、全く出ていないわけではないわ」 

「そうじゃなくて、塔の周りじゃなくてさ。仕事は残ってるの?」 

「……そこそこ、と言ったところ。特にこれといって火急のものはないわ」 

「じゃあ、僕いくつか連れて行きたいところがあるんだ!」 

そうして僕は彼女の手を引っ張り、塔の外へと出てきた彼女を連れ回した。街にいってここのこれが美味しいといって彼女に食べさせたり、彼女に装飾品を贈ったり。彼女の表情は特にこれといって変わることはなかったけれど、付き合ってくれたということは、少しなりとも楽しんでくれたのかもしれない。 

礼服でいる僕と、普段からドレスを着用している彼女。端から見たら駆け落ちしている恋人のように見えたのかもしれない。と、いうことを後日新聞に書かれた。憶測のような記事だった。僕はそういう関係じゃないといったけれど、彼女はこの記事に対して反応を示さなかった。けれど、一言。 

――人間と神を、同じ尺度で測るのはやめなさい。 

おそらく彼女は、僕も神だと思っているからこのような言い方をしたのだろう。つまり神は僕と彼女のことであり、人間はそれ以外の人のことなのだと。だから神の交友関係に人が口を出すなとそういうことなのだろう。 

確かに、僕と彼女はそういうつもりではなかった。でも僕は彼女のことを好いていないかといわれればそうではない。だから僕は、そのとき自分も人間側だと思っていた。僕は彼女が自分を神だと慢心しているとは思っていないし、思えない。必要だから神だといっていると思っている。彼女の行動は僕のため、としているところがある。だから神と振る舞うことだって、きっと僕のためだ。 

そちらの方が攻撃されないから。彼女の振るう力の説明が付くから。そういうことがあるから、彼女は神になる。でも僕は彼女をこちら側にとどめておきたい。人の側にいてほしい。 

彼女だって人のはずだ。能力が使えてもう人ではないとしても、元は人のはずで誰かに動く感情だってある、と思う。だとするならば彼女も人なのだ。彼女が神だと自称する以上、そこに水を差すつもりは毛頭ないけれど。 

それでその記事も、僕と彼女の関係にとやかくというものもいなくなった。彼女は変わらずこの国の女王として仕事をしているし、僕もその手伝いをしている。その関係性に変化はなかった。けれど、その杖に、僕が贈った物が巻き付けてあった。普段から身につけないのかと思ったのだけれど、彼女は装飾品をつけるような人ではないから仕方が無いのかもしれないということに落ち着いた。捨てないでいてくれるだけありがたいのかもしれないと思った。 



最近僕の活動域が広がってきたのかもしれない、と思うのが最近のことだ。別にそれが悪いわけでは無いと思うのだけれども、それにしたってこれは少しやり過ぎなのかもしれないと思う。先の件で、貴族ともつながりができたことは否定しない。 

だから普段侍女や従者だけで良かった聞き取りの範囲が貴族にまで広がっているのだ。彼女が行うことを少しでも邪魔しようとするなら僕も許すつもりはないのだけれども、大体のことはそうではないようなのだった。だったら、学のない僕には太刀打ちできないのだった。 

だから今日も、普段の仕事の合間を縫って、貴族のところに赴き、半ば愚痴のようなものを聞く。それが別に嫌ではないのだけれども、なんというか、疲れる。その帰り道のことだった。 

「……猫?」 

箱の中で鳴いている黒猫。その小ささからまだ子供なのだろうことが理解できた。猫自体は多産の動物だと聞く。けれど、どうして一匹しかいないのかわからなかった。その姿形に何か問題があるとも思えなかった。近くまで寄ってみると、近くに草を押しのけて作られたらしき獣道があった。 

この子の他の兄弟はこの箱から出て、どこかへといってしまったのだろう。けれどこの子だけは箱の高さを超えられずに、この箱に残ってしまったということなのだろうか。 

「一緒に来る?」 

箱からそっと抱き上げた。抵抗はなかった。ただ単に僕を受け入れてくれたのか、それとも抵抗するだけの体力がなかったのか、それはわからない。この猫を連れ帰れば彼女に迷惑をかけるかもしれない、余分な面倒ごとを増やしてしまうかもしれない。 

けれど僕は、この猫を見捨てられなかった。自分に重ねてしまったから。まずこの猫を侍女長に見せれば何かわかるかもしれない。そう思った僕は侍女長の元へと走った。 

「じ、侍女長!」 

「何かございましたか。騎士様」 

僕が急いでくることなんてそう無いから、少し身構えているのかもしれないと思うけれど、今はそんなことを気にしていられる余裕なんてない。とりあえず、手の上で鳴き声を上げなくなった子猫を侍女長に渡した。 

「こ、これ! どうすればいい?」 

そういった僕と手渡されたものを見て、やや驚いたような顔をしていた。そうして、少し安心したような顔をしながらその子猫に対して色々な処置をし始めた。そのまま侍女長に任せることにした。僕も帰り道の途中で彼女への報告がまだ残っていた。僕ではどうなるかわからないから。 

もしかしたら、子猫は侍女長の手を煩わせただけで、死んでしまうのかもしれない。でも侍女長のことだからどうにかするだろうと少し楽観的思考でいた。 

侍女長から連絡が来たのがそれから三日後のことだった。奇跡的に衰弱していただけの猫が元気になった、ということだった。侍女長から猫を受け取り抱き上げると、猫が僕の首に巻かれている紐にじゃれつき始めた。性別は女の子、らしかった。 

「私たちは良くても、女王様がお許しになるかどうか……」 

「その許可を取るのは僕だからさ、大丈夫だよ」 

塔の周りで生活をするには彼女の許可がいる。許可、というより住んでいることを彼女に認知して貰う必要があるということ。彼女は塔の周りに防御壁を張っていた。別に出入りができない、あるいはしづらいというわけではない。 

けれど、外部の人が塔での滞在時間が長ければそれは彼女へと伝えられ、場合によっては制裁が下されるということになるだろう。それだけは、避けなければいけなかった。 

猫を抱えたまま、彼女の執務室へと向かう。というより、彼女はこういう小動物は大丈夫なのだろうか。今まで身の回りにいなかったから驚いたり、嫌ったりしなければいいのだけれども。 

「……ねえ。飼ってもいい?」 

「猫? どこから拾って……いいわ。好きにしなさい。その前に」 

彼女の部屋に行き、そう告げれば彼女はある意味あっけなく許可を出した。そう言った後に、椅子から立ち上がりこちらへと寄ってきた。どこから取り出したのか杖の先で猫の頭を軽く小突いた。小さな黄色の光の粒子が飛び散った。 

「これでよし。それから……」 

杖を消して、彼女は僕のほどけかかった紐をほどき、猫の首に巻き付けて緩く結んだ。 

「何したの?」 

「ここの常識を教え込んだだけよ。さて、好きにしなさい」 

その言葉を言った途端に猫は僕の腕からするりと抜け出して、部屋の外へと走って行ってしまった。彼女は元の席へと戻り、仕事を再開した。僕は彼女が何をしたのか具体的に聞き出すために彼女の仕事を手伝うことにした。結局教えてはもらえなかったのだけれど。 

猫は塔の周りで姿を見せるようになり、僕が呼べばすぐに来るようになった。子猫の身体とはいえ、侍女や従者の迷惑になるような行動は何一つ起こすことはなかった。僕の紐を首輪代わりにつけているため、僕の猫ということになっていた。それは間違いではないのだけれど、何か危険なことをしなければいいと思うようにはなっていた。たとえば、彼女のために働くとか。 



最近、見られているような気がする。それが悪意とか僕への、ひいては彼女の行動の監視ということであれば僕も何か行動をするのだが、どうやらそうではないようだった。 

今日もまた、見られているなと背中に刺さりそうな視線でそう思う。ちらりとそちらを振り返れば、壁の向こうに隠れてしまった。せいぜい、侍女に支給されている服のなびいた裾と、丁寧に結われた髪が身体の行動から一歩遅れたために見える程度だった。 

――何を、したいのだろうか。 

といっても、侍女の制服を着ていてはわからない。一度だって顔を見たことがない。侍女たちに聞き込みには行くから、会ったことはあるのだろう。けれど顔と名前が一致していないために、その侍女に聞きに行くこともできない。さて、どうしたものか。 

「騎士様。どうかなさったのですか?」 

その場に立ち尽くしていたので何かあったのかと思ったのか、侍女長がそう声をかけてきた。僕としては僕を見ている侍女が再び僕の方に戻っては来ないかと思いここにいた――決して立ち尽くしていたわけではない――のだが、その前に侍女長が来てしまった。 

「なんか最近、見られているような気がしてさ」 

「そうですか。誰なのか目星は付いているのですか?」 

侍女長なのだから外見をいえば、侍女長は合点がいくのかもしれない。そうして見ていた人物と対面できるかもしれない。そう思うけれど、やってもいいことなのだろうか。別に悪いものじゃないから放っておいていいのかもしれないけれど。 

「侍女長、ひとつ聞いてもいい?」 

「何でしょう。あの規則のことでしたら、担当が」 

「それじゃなくてさ。侍女長は誰かのこと、影から見ていたいと思う?」 

そういえば、侍女長は虚を突かれたように黙ってしまった。そうして深く考え込んでしまった。僕は女性じゃないからそのあたりのことはよくわからない。だから女性である侍女長に聞いたのだが、よくなかったかもしれない。 

「そうですね。その相手が自分の雲の上の存在、そういうものでしたら。そうなるのかもしれませんね。見られているのは侍女からですか」 

「わかっちゃったか。別に悪く思われているわけではないと思うから、別にいいんだけどさ。見られているのはやっぱり気になっちゃって」 

気になるというよりも、あの夜の先触れのように思えてしまって落ち着かない。もうあの男は身近にいないから、もうあんなことは起こらないだろう。でも、重なるのだ。 

「そうですか。その侍女はどのような特徴だったのですか?」 

「え、髪をこの位置で結っていて長さは大体このくらいかな? いつも黄色の紐で留めてあるんだけど」 

侍女長に聞かれたために、その身体に触れながら説明していく。そうすると、合点がいったようだった。そうして、侍女長に触れていた手をいきなり掴んできた。そのときの視線は僕ではなく、僕の後ろに行っているようだった。 

「わかりました。では明日の今頃、またこの場所に来ていただくことは可能ですか?」 

「大丈夫だよ? じゃあ明日にね」 

そう言って侍女長と別れた。侍女長はこの件をどう思うのだろう。侍女長だってやることがあるのに。仕事を増やすなとかそんな感じなのかもしれない。でも相談みたいな感じになってしまった。とりあえず明日、また行けば結果がわかるだろうか。 

そう思って次の日行ってみれば、侍女長の隣に比較的若い侍女がいた。その侍女は僕の姿を見つけると、侍女長の後ろに隠れてしまった。侍女長にこの子はどうしたのかと聞けば、こう答えた。 

「騎士様を見ていた侍女です。挨拶しなさい」 

おずおずとこちら側に顔を出し、侍女は名前を言った。そうしてまた侍女長の後ろへと隠れてしまった。僕はこうやって犯人捜しのようなものをする必要はなかったし、するために侍女長へと言ったわけではない。でも侍女長が引き合わせてくれたのも善意だろうし。会話に困った僕は侍女に対してこう切り出した。 

「どうして僕を見ていたの?」 

「そ、の。あの……騎士様と侍女長は付き合っておられるのですか?」 

「どうしてそう思ったの?」 

いわく、僕が侍女長と距離が近く昨日手を握っていたためにそう思ったのだという。確かに侍女長は僕の教育係としてもいたわけだから、普通の関係性よりも密であるという自覚はある。 

けれど、それが恋愛感情と同じかそうでないかというのはまた別の話なのではないかと思わないでもないのだ。だから僕は否定することにした。 

「違うよ。侍女長と僕は長年のつきあいがあるだけさ」 

「そ、そうなのですか。では好んでいられる方などは……いらっしゃる、のでしょうか」 

「いるよ。でもそれは伝える気もないからたぶんずっとこのままだけど」 

おそらく僕が何も言わない限りそのままなのだろう。そうだと思う。好きな人はいて、それ以外の女性なんて考える余地もないくらい。伝えれば誠意を持って対応してくれるだろう。 

でもその対応してくれる時間は本来他のことに使われるべきものだ。そう思うから僕は伝えない。僕のわがままで、振り回すわけにはいかない。 

「あの、どうして伝えられないのですか」 

「じゃあ逆に聞くけど。どうして君は僕をただ見ていたの?」 

おそらくこの侍女は僕に気があるのだろう。けれど、どうしてそれを僕に伝えないのだろう。その行動原理はおそらく同じはずだ。そう思うから問い返した。何にせよ、侍女が僕を見ているだけで何もしてこなかったのには、相応の理由があると思ったからだ。 

「それは、見ているだけで幸せだったので……」 

「それは僕も同じ。見ていられるだけ、時たま姿を見かける程度でいいんだ。会いにも行けるし。それ以上のことは望まないよ」 

そう言い切ると侍女は走り去ってしまった。この会話を聞いていた侍女長が深いため息をついた。そうして侍女に掴まれていた部分を軽くはたいてこちらを向いた。 

「その女性とは、女王様ですね? あの方に勝てる女性などいませんよ」 

「でも僕は彼女にはそのままでいてほしいんだ。今の国造りの邪魔をしたくないって言うのが本当かな。だから僕は彼女には伝えないよ。すべてが落ち着いたら伝えるかもしれないけどね」 

「そのような日が早く来るといいですね」 

そうだね、本当にそう思う。そんな日が来たら彼女はただのひとりの女性になれるだろうか。そうなったら伝えてもいいのかもしれない。そのときには僕も「騎士」としてではなく普通の男性として彼女の隣に立つから。 



わかりきっていたことだった。いずれこう言われるだろうことは。けれど、その決定打として伝えられた人が侍女長であろうことは予想していなかった。てっきりこちらに聞こえる程度の音量での陰口で言われるのかもしれないと予想していたのだ。 

「騎士様、あの。このような言葉を聞いたことがあるでしょうか」 

ある日、侍女長にそうおずおずと言われたこと。そのときには、ここに来てから二十年も過ぎていたところだったから、僕も並大抵のことはこなしていた後だった。毎年のように増えていく人達のこともあったし、彼女は一通りのことはこなし終えたのか別のことに着手しているようだったし。だから僕は特に何も考えず、侍女長に続きを促してしまった。 

「女王様はどうしようもない。だから、懐柔するのなら騎士の方だ。女王は騎士の言いなりになることがある。だからこそ騎士を使って女王を手玉に……騎士様、大丈夫でございますか?」 

「大丈夫だよ。そんなに心配されるような顔してる?」 

事実、なのだろう。この侍女長が冗談を言うはずがない。そうだとしても。確かに彼女に隙が無いのは事実だ。それこそ、未来予知に似たようなものができるからということもその原因のひとつとしてはあるのだろう。けれども、だからといって。 

僕に隙がある、といわれるのは不服だった。たとえそれが、事実だとしても。 

「していますね。何か思うところがあるのはわかりますが、あまり思い詰めない方がいいのかもしれませんよ」 

「侍女長にそう言われると説得力あるなあ。うーんでも、仕方ないことではあるのかな? 僕と彼女は違うからね」 

「だとしても、その。私には、騎士様を愚弄しているようにしか……」 

「まあ聞こえないだろうね。というか、実際そうだろうし。それでも彼女がああいう人を生かしているのには何か理由があると思うから。僕にはどうしようもないかな」 

侍女長が言いたいこともわからないでもない。というより僕と侍女長のつきあいはそれなりに長いものになっているから、そう思うのも仕方のないことでもあるのかもしれない。僕に何かと教えてくれていたのだから。 

でもそう思うことと、言われているという事実を否定することは違うことだと思う。だからこそ侍女長も苦悩して、このことを伝えるのかどうか迷ったのだろうと思うのだけれども。 

侍女長が苦く思っていることもわかった。この状況をどうにかしたいと思ってくれていることも。だとしてもそれは叶わないことで、僕にはどうしようもないことであることも理解しているだろう。 

根本的に解決するためには僕たちを利用しようと画策するものたちを壊滅させることも、ひとつの方法としてあげられるだろう。けれども、そうしたら彼女が何か思うのかもしれない。彼女は人でない力の行使に対して慎重だから。本当に、今はどうしようもないことなのだろう。 



その会話をした数日後、侍女長が死亡した。それは、突然のことだった。 

「……そっか。わかった、伝えてくれてありがとう」 

どうして死んだのだろうか。いや、人はいつか死ぬのだとわかっていたことではなかったか。だからその中に侍女長が入っていたとしても何もおかしいことではないはずだった。けれどそうはいっても納得できないことは事実だった。 

彼女は変わらず、あの男が死んだときと同じように簡単な指示を出した。死んだと報告を受けたその日の昼に、侍女長とのお別れが行われた。あの男が死んだときに、侍女長たちはこんなような気持ちだったのかと少し思う。 

侍女長は何も悪くない、おそらくご意見番であったあの男も。でも、こうも簡単に奪い去られてしまうものなのか。人が悲しみに暮れるのも、わかるような気がする。 

侍女長には、割り切る云々といった気がするけれども、それも難しいことがわかった。侍女長の目を閉じた顔を上からのぞき込む。いつもより色が白い。触れても、なんの返答もない。侍女長はいなくなってしまったのだと頭では理解できる。 

けれど、それだけだ。もう僕と話すことはなく、姿を見かけることもなくなる。僕の好きな人を知っているただひとり。もうこれ以上、追いかけるのをやめよう。きっと僕には、必要ないものだ。 

きっと明日には、いや今日の午後にでも新しい侍女長が決まるだろう。もう侍女長と呼べないのなら、なんと呼んだらいいのだろう。当分忘れられそうにないから、そうだな。教育係と、いつかのように呼ぶことにしよう。きっとこれからもずっと忘れることはないのだろう。だって僕に知識を、教養を教えてくれた人なのだから。 

「おやすみなさい。今まで、お疲れ様」 

そう声をかけることしかできなかった。これ以上、教育係になんて声をかけたらいいのだろうか。それがわからないから、ありきたりな今までと同じような声をかけて終わりにしよう。 

あの男と同じように運ばれていくその後ろを歩いて行く。あの男の時は興味から。今回は、離れがたくて。同じように埋められて、石が置かれる。土の下に埋められてしまった教育係は、これで終わりなのだ。 

塔に帰れば仕事が待っている。侍女長の任命にかかる引き継ぎに関して、僕に何かしら聞きたいことも出てくるだろう。だったら、ここにとどまっていてはいけないのだろう。これ以上、人が死んだことによる負担を任せっぱなしにするわけにはいかないのだから。 

「また来るよ。今度は、そうだな。花園の花でも持ってこようか」 

そう言い残して僕は帰る。やることがあるから。人の死に彼女がとどまっていないのなら、僕も進まなければいけない。これ以上、彼女との距離の差をつけられるわけにはいかないのだから。 

僕はなによりも彼女の傍にいたいのだから。だからそのためには追いつかないといけないのだ。きっと追いつくことは不可能なことであるのだろう。それでも、少しでも彼女の傍にいたいから。 

「……ふむ」 

塔に帰って手伝いが終わりがけに近付いたころ。彼女が作業を止め、何かを考え込むようにうなった。彼女が作業の手を止めるなんて珍しいと思いながら、何も言わずにいたら、彼女がこちらを向いていた。 

さすがに何か、と思って僕は彼女に問いかけた。 

「何かあった?」 

「元侍女長、何か体調不良を訴えていなかった?」 

「へ? うん。特にこれといってなかったと思う。疲れていそうな感じもしなかったし」 

僕の答えを聞いて、彼女は以前自身が情報をまとめていた紙をぱらぱらと捲り、ひとつの頁にたどり着いた。彼女は僕に対して、質問を続ける。 

「あの人間、年齢は?」 

「え……っと、行ってても三十くらい、だと思う」 

「そう。まだ、足りないか」 

そういう彼女。そのまま別の仕事に着手した。まるでこの件はこれで終わりというように。そういう行動をするのは何も珍しいことじゃなかったから、僕もそのままにした。それでいいのではないかということになったものの、本当にそうだったのだろうか。 



今度は結婚式じゃなくて、会食の誘いか。また貰った封筒の中の紙をみてそう思う。別に誰かと関わることは苦ではないのだけれど。だとしてもあの空気感はげんなりする。会食といっても食事をすると行ったよりも会話をすることの方が主目的なのだろう。ましてや僕を呼ぶということは、まあつまりそういうことだ。 

あのときの結婚式と同様なのだろう。それなら行きたくない、けれども日程の日付を見ると空いているから断りづらい。彼女の手伝い、といえば断れるだろうが、そうなったらまた次のお誘いがどうこうという話になるのだろうなと思う。それは避けたいから、僕は彼女に相談することにした。 

「そう、なら調査も頼みたいわ」 

「ちょう、さ?」 

彼女に結婚式と同じように話しかければ、そのように返答が帰ってきた。結婚式の時には僕に行きたいか、そうではないかと聞いてきたのに。でも僕は彼女の役に立てるのならと結局のところ了承するのだった。 

そのまま会食の服は彼女に任せて、当日にその服を着て会食の場所へと向かった。そうして、上位のものたちとの挨拶を一通り終わらせたところで彼女が調査してほしかったものは一体何なのかということを聞き忘れたと思った。これでは調査はできないのではないか……と思ったところで、主催者であると先程自己紹介をしていた男性がこちらに酒の入った器を持ってこちらに来た。 

「どうです、楽しんでいただけているでしょうか」 

その言葉と共に、器が僕の方に差し出された。それを受け取りながら、会場を見回す。きらびやかに着飾った女性、それに寄り添う男性。和やかに会話を行っているはずなのにどこかぴりぴりとした感じがしている。それを好むか好まないかは別の問題なのだろう。 

「僕はそれほどでも、という感じではないのですが……そのようなことが日常的に行われている方々にとっては、楽しめるものなのでしょうね」 

「そうですか。騎士様には、少しおわかりになられない世界なのかもしれませんね。どうぞ、そちらは特別な農園で取らせたものでして。ごく少数しか作ることのできない代物なのでございます。」 

そう言われたので、そのまま口に含む。少しの苦みと共に、それは突然のことだった。 

「げほっ……あれ?」 

血を吐き出した僕は端から見たら滑稽なことなのかもしれない。それよりも、痛みの方が勝っていた。じくじくとやけどのような、ひどいもの。けれど周りの反応は、僕に対して笑っているだけだった。 

このような状況に、過去のことを思い出す。別に僕は、あの夜までのことを忘れているわけじゃない。なかったことにも、できそうにない。だから心のどこかでは、周りの人はまた僕に対して牙をむくのであろうと思っていた。 

けれど僕には教育係や僕を慕ってくれる人達がいたから、いつからそんなことはしないだろうと思っていたのかもしれない。だから、このような結果になった。 

僕が毒殺されたとしても、きっと彼女の治政は変わらない。でも僕もこうやって死ぬことがあるのだと思った。確かに周りではご意見番の人が死んだり、教育係の人が死んだりと死は身近にあるものになった。国全体で見ればもっとたくさんの人達が死んでいるのだろう。 

それを自分のことと感じられなかったのには、彼女が近くにいたことと僕が周りの人から神としてあがめられているところにあるのかもしれない。 

僕を殺して、どうなるというのだろうか。結婚式の時のあの男も、彼女を手に入れるために僕を殺そうとした。それは、もちろんのこと彼女に阻まれて失敗に終わったのだけれども。今日も、そのようなことにならないだろうか。 

でも彼女の調査もろくにこなせないままに、こうやって死にかけていることは彼女には知られたくないだなんてどこかで思うのだ。それにはきっと、彼女に愛想を尽かされたくないということがあるのかもしれない。 

だから最後に、もう僕しか知らないであろう彼女の名前を、そっと呼ぶのだ。これが、最後だから。 



目覚めることは、僕にとって終わらないものだ。確実に僕は死ぬと思っていたのに、そんなことはなかったのだろうか。昔は死んでしまえればいいとか、明日が来なければいいとか思ったことはあったけれど、結局のところ答えなんて出ていなかった。けれど、今回はどういうことなのだろうか。 

身体を起こしても、痛みは感じない。あのときは呼吸をするだけでも痛かったのに。此処は確か塔の一角で、と窓に寄りそこから見える景色でそう判別する。あの場所からどうやって帰ってきたのだろうか。意識は落ちてしまったから、彼女に対して迷惑を少なからずかけたのであろうことは理解できた。 

「騎士様! 目覚められたのですね」 

扉が開き、看護担当であろう侍女が顔を出す。そうして、こちらの近くの机に数枚の書類を置きにきた。 

「すぐにお体を拭くものをお持ちしますね。それとお水も。調査、お疲れ様でございました」 

そう言い残して足早に出て行ってしまった。僕は訳がわからずに、寝ていたところに戻り、侍女が持ってきた紙を見た。そこには、僕が身体を張って貴族内部の調査をし、それを元に彼女が貴族に対して制裁を下した旨が書いてあった。 

彼女が調べてほしかったのは組織内部のことらしかった。ということは僕が行っていたすべての行動は彼女にとって益になっていたということで、少なからずよかったと思えた。 

また、二枚目以降には、その制裁を受けた貴族の一覧のようなものが付いていた。数が多いのはまだいい。けれどその処刑方法がいつものように烙印を入れるのではなく、死刑にしたそうだ。彼女がやったことなのには間違いがないが、そこまでやる必要があるものだったのだろうかと少し思う。 

いや、彼女の行動に疑問を呈すことはしないんだけれども。 

「お持ちしました。お背中、失礼しますね」 

「ねえ、僕はどれくらい眠っていたの?」 

桶片手に戻ってきた侍女にそう聞けば、僕の服を緩めながらこう答えた。 

「女王様自らが処置を行ったらしく、このお部屋に来たのはその紙にある調査日から三日後のことです。そうしてこのお部屋で過ごされて、今日でちょうど七日目になりますね」 

三日間。その間僕は彼女に助けられて彼女の処置を受けていた。そうしてその処置が終わったからこの部屋に預けられたということだろう。彼女には迷惑をかけてしまったなと少し思う。それも仕方ないことなのかもしれない。 

そもそも、僕に盛られた毒がどの程度のものだったかはわからない。それもわからないままに、彼女にどれくらいの迷惑をかけたのか量るのは難しいだろう。とりあえず、一通りの身なりを整えたら彼女のところに行かないといけないな、と思う。 

それは彼女に謝ることももちろん目的のひとつにあるかもしれないけれど、それ以外にも事後処理などでごたごたしているだろうからそれの手伝いもしたいためだ。 

「では、またしばらくしたら取りに参ります。ごゆっくりどうぞ」 

背中を拭き終わったらしい侍女は、出て行った。立つことにも何も苦労はしないからと上半身を拭きながら、部屋の隅に取り付けられている全身鏡の前に立った。 

そこには、心臓の上に見たことのない赤色の刻印があった。罪人の刻印ではない、別のもの。 

「……痣」 

怪我したわけでもない、傷のように痛むわけでもない。ただそこに前からあったように印されたもの。おそらく、彼女の手によるものだろう。彼女は僕の身体に傷を残すことをよしとしない。それでもこれだけの傷を残すに至ったのか、それとも罪人の刻印のように彼女の監視の目が僕にも入ったのか。 

わからないけれど、これが彼女にとっての異例だということぐらいわかる。それとも、僕に痕が残ることを考えられないほどに僕の毒が強かったかのどちらかだ。 

どちらにしても、彼女に聞かなければならないことが増えたのは事実だ。彼女のことだから聞けば答えてくれるだろう。そうして、ことの顛末も聞かなければならない。彼女は忙しくしているのだから、僕が直接聞きに行かなければ。 

そう思って身体を拭き終わり、軽い食事をしていると彼女が来た。侍女を下がらせて、ふたりきりになる。彼女は普段とは異なる顔をしていた。といっても人にはわからない程度のものであるのだけれども。 

「意識が戻ったと、聞いたわ。痛いところはなさそうね」 

「僕はもう大丈夫だよ。ここに来たってことは、わかってる。聞かせて」 

僕がそういえば、彼女は口を開いた。 

「元侍女長は、あの貴族たちによって殺されたわ」 

その言葉には、なんの感情もこもっていなかった。教育係が死んだのは、環境のせいじゃない、と言われたのだ。だから教育係の死をいつか誰にでも訪れる仕方ないものとして処理していた僕にとっては、驚きのものだった。そうして、彼女は言葉を続けた。 

「……貴方も知っての通りだと思うけれど。懐柔するのなら騎士の方、とさんざん言われているでしょう。けれど貴方は死なないもの。貴方の代わりの肩書きを私が準備するはずもないし」 

「でも、僕は……」 

「そうね、貴方は人だもの」 

そうして、彼女の視線が僕の胸元の方に落ちる。彼女も僕に対しての何かしらやったことは覚えているみたいだった。そっと胸に手を伸ばすと、服の上にもじわりと浮かび上がるあの紋章。 

「処置、よ。服毒量は致死にいたるもの。それでも、私は魔術を使って貴方を生かした。その無理がこの刻印に表れてしまった形になるわ。何か質問はある?」 

「大丈夫だよ。ありがとう」 

「……数日は、眠っていた関係で体力が落ちているかもしれないけれどそのうちに元に戻ると思う。貴族は関わったものは全員殺したわ。だって、神に手をかけたのだから当たり前でしょう?」 

「そうだね。僕も早いところ仕事に戻れるように頑張るよ」 

彼女は仕事に、というよりあの執務室に戻っていった。僕も数日ここで過ごして……というよりも今日中に上層に帰れるのかどうかはわからない。けど、彼女の手伝いを早いところ始めないと彼女の執務室の片付けを誰がするのだろうか。 

一通りの検査を受けて、まだ弱っているところはあるから数日はこの部屋から出ることはできないと伝えられた。少し悔しいところはあったけれども彼女が救ってくれたのだから無理はよくないと思い直すことにした。だから医者の言いつけもきちんと守り久しぶりにゆっくりとした数日を過ごして、僕は仕事に戻った。 

教育係のお墓には、花園の花を持っていった。誰かに殺されてしまったと彼女がいうのだからおそらくそうなのだろう。だから、再び教育係を弔わなければならないと思う。教育係を殺したものは、彼女が殺したのだから別にいいと思う。それ以上の、憎しみなどという感情は湧いてこない。 

だから僕にあるのは、教育係も僕たちに巻き込んでしまったのかもしれないと思うことと、教育係に対しての申し訳なさだ。 

僕に近い存在だったから、狙われてしまったのだろうか。おそらくそうなのだろう。だったら教育係の人生を勝手に終わらせてしまったのは、僕たちが原因なのだろう。僕と彼女がこの国の上に来て、神としての権能を持って機能し始めてしまったからなのかもしれないと思う。それがなければ教育係は今でも生きていたのではないかと思うのだ。 

「終わったからさ、おやすみ。教育係」 

そうしか僕には言えないから、これ以上のことは言わないでおこうと思う。僕に興味を持っている人物はこれからも表れるだろうけれども、僕に初めて興味を持ったのは教育係なのだから、いいのではないかと思う。僕を害さなかった教育係は、僕の中で割り切られることなくこれからも日常生活のどこかで顔を出すのだろうと思う。もう二度と、これ以上深く関わるような人は現われないと思うから。 



彼女が貴族のほとんど、というより僕と彼女に対して悪い感情を持つ貴族を一掃したことによって、それなりに平穏が取り戻された。そうして時が経つにつれて、仕方ないことなのだろうけれども死人が増えてきた。死ぬ人数は増えていないと思う。けれども、塔で仕事をする人間は塔から離れることはなく年齢を重ねていくのだから、年齢によって死んでいくものが増えていくことは仕方が無いのだろうと思う。 

僕は彼女に命を救って貰った関係からか、死ぬことはなくて。あまたの葬儀が塔で行われることになった。 

どのような人の葬儀であったとしても彼女の対応は変わることはなかった。僕も大して、もう慣れてしまったように物珍しく見ることはなくなった。けれど、変わってきたのは葬儀の形でもある。ご意見番や、教育係は身寄りが無かった。だから簡潔に塔の中だけで行われた。けれど塔で生活しているものは自分の故郷と手紙のやりとりをしていたり、たまに里帰りをしたりしているものたちがいる。そのようなものたちの葬儀で、一悶着も二悶着もあるのが苦痛だった。どちらで葬儀は行うか、どちらに身体を埋めておくのか。けれど彼女はそれに関しては興味がなさそうだった。というか僕もなかった。だから別に残された人のやりたいようにやればいいと思った。彼女に迷惑をかけないのであればそれでよかった。 

けれども、その葬儀で彼女にも参加してほしいと言われるのは、また別だった。彼女はこの国の女王で、慕われているかそうではないかはわからないけれどもこの国を男が統治していた頃よりもよくなっているのは事実で。だからこそ死んだ人に最後の言葉をかけてやってほしい、今まで国のために懸命に働いていたのだから、と言われることが多くなってきた。わからないことはない。けれどそれと彼女の手を煩わせるのは問題だということで、僕が代わりに行き彼女が作った文章を読み上げるという形に落ち着いた。 

けれども、問題というのは起こりえるもので。 

「なんで、あんたは生きてるのよ! 神とかいうのなら弟をよみがえらせてみなさいよ!」 

「ちょっとおばあちゃん! せっかく来てくださったのに!」 

「うるさい! こんなひょろい神の使いならなんの力も持たないんだろうさ!」 

傷心中というものは、少しでも刺激されれば爆発する。ましてや。それがもう二度と会えないような別れなのだから、なおさら。別に僕は暴言自体には慣れているからいいのだけれど。でも少し変な人は、僕を殺せば死んだ人が生き返るのではないかと思っているようだった。今日も、そのような感じであった。 

こういうとき、周りの人が止めてくれるのでいいのだけれど、彼女が来なくてよかったなとも思ってしまう。もし万が一、彼女が傷つけられたとあっては、罪人の烙印を押されるか、それとも死罪かのどちらかになってしまうだろうから。 

こんなことが続くのであれば、もうやめてしまってもいいのかもしれないな、と思う。誰も得などしないのだから。 

「ただいま」 

「……何か。また殺されそうになったのね」 

彼女の執務室へと帰れば彼女は変わらず仕事をしていた。服の前がばっさりと切られてしまった。身体にはあたらなかったから治療の必要は無いのだけれども。憎しみという感情は怖いなあと少し他人事のように考えてしまう。 

けれども、どうして僕は未だ生きられているのだろう。一度死にかけて彼女に助けられたとしても、僕の寿命は変わらないままなのではないだろうか。それなのに、僕には死ぬ気配というものが一向に無い。まだ彼女の手伝いを続けることができているし、何か病気や痛みに悩まされることもない。 

もしかして、彼女は僕を生き返らせる以外に何かをしたのかもしれないと思うけれど、それは彼女によって否定されてしまった。自分はただ、生き返らせただけ。この身体から毒を取り除き、回復をかけただけだといわれてしまえば、もうそれ以上彼女に対して言いつのることはできなかった。 

「うん。でも周りの人が止めてくれるし。大丈夫だよ」 

「……そう。何かあったら言って」 

「うん。ありがとう。でも今のところ大丈夫だよ。心配するようなことは何も起きてないからさ」 

彼女に救われた命ならば、彼女のために使おうとするのは悪いことではないのだろう。それがわかっているからこそ、僕は彼女に尽くすのだから。それがおかしいわけがない。僕は彼女のために生きる。だって僕が生きているのは彼女のおかげだから。 

人が、大体一周した環境になった。最初の試験で入ってきた人が一番上の位に就くようになった。侍女長も、三人目になった。けれど僕と彼女は変わらずに仕事を続けている。その関係性に変化など無い。けれど。 

――女王に反抗しようとしているものたちがいる。 

それだけは、許せない。彼女が丹精込めて、一から造り上げたこの国を。ある程度豊かになったからといって感謝の言葉も持たずに彼女を倒し、自分たちの国にしようとするなど。もちろん、そのような考えを持つものが大多数であるとは思っていない。けれどもそのように考えるものがいることも事実であると思っている。そうして、今度は僕の方ではなく確実に彼女の方を狙っているであろうこともわかっていた。 

僕は一度致死量の毒から生還した。それは、貴族の間にも伝わっていることだろう。そうして、あのとき彼女に処罰されなかった貴族も代替わりしており、そのときは聡明だった貴族たちもそうではなくなっていることも承知している。だから、彼女が危なくなるであろうことは気付いていた。 

噂にもなっていた。侍女たちの聞き取りにはそんな気配はなかったが、塔から出た住宅街のところではそのような集まりができているとも知っている。であるならば、いずれその刃が一度彼女の喉元をかすめようとするのは時間の問題であるとも思った。 

もしそうなった場合には、僕は彼女を守らなければならないのだろう。たとえ、この命が潰えたとしても。 

彼女には悟らせたくない。懸案事項ばかりに目を向けていては今実際に起こっている問題が見えなくなる。ましてや国の頂点となれば実に様々な問題が発生する。そうなってしまえば、僕が彼女にできることなどそう多くはないから。だから懸案事項がいつ起こってもいいようにするのは僕の役目だ。 

「それでも彼女と争わない道はないのだろうな」 

塔下の酒場で、和気藹々と話をしている若者たちが目に付く。その若者たちは、本当のことを知っているのだろうか。もう、あの男の統治を知るものはいないから、彼女がどれだけ努力しているのかも知らないかもしれない。 

それはとても悲しいことだと思うのだけれども、彼女がやりたいことが一通り完成するまで僕は彼女の手が緩むようなことはしたくない。彼女が自分自身でその手を止めるというのであれば彼女を止めるつもりはないのだけれども、もしそれが誰かの手によるものであるのならば話は別になってくるわけで。 

――だからこそ僕は彼女のことを助けたい。 

本当は、若者たちはそそのかされているだけなのかもしれない。今は、学制を敷いてはいるけれども、そこではこの国の歴史を取り扱うことはない。学習指導要領も変えなければいけないのだろうか。それとも、これまでの歴史の流れを様々な文書に基づいて作成するべきだろうか。前の男の時は文書も改竄されているだろうから正確なものをどこからひっぱってくるかによっても変化はするわけだけれども、それで本当にいいのだろうか。 

――話に寄れば、決行日は数日中。僕は彼女を守りたい、だけなのだけれども、僕にそれは許されるのだろうか。 



決行日は、夕方だった。昼間の兵が疲れている時を狙っているとは、内部にも内通者がいるのかもしれないと思った。そうなら、対策を練らなければいけないのかもしれないなと思う。 

このことに関しては彼女も驚いているようだった。ほとんど狙われるのは僕の方だから自分に矛先が向くなんて言うことは考えていないようだったからだ。そのまま、彼女はちらりとこちらを向いた。そうして、こう言った。 

「……いいわ、兵に怪我をさせるくらいなら。あの人間たちを、玉座の間に入れなさい」 

「……そう。そう言うなら」 

彼女は優しいのだと思った。そうして僕は、初めて僕から彼女の力を借りて、一瞬のうちに兵と反乱軍が抗戦している場所へと飛んだ。力量を考えるのなら、兵が負けることなどあり得ない。けれども、無傷でいられるというわけではないだろう。 

「彼女の言葉だよ。君たちを、玉座の間に入れろ、とね」 

そういえば、兵たちはどよめいたようだった。反乱軍らしき青年たちも、一度手を止める。騒がしかった場所が、一度静かになる。そうしていると、ひとりの青年がこちらへと歩いてくる。 

「……女王はどこだ」 

「さっき言っただろう。彼女は玉座の間で君たちを待っている。けれど、その道中で塔の人を傷つけるのなら話は別だ」 

「俺たちを、殺すと?」 

「それは彼女の裁量次第。けれど彼女のことだから誰かを殺したのなら死を持ってそれを償わさせると思うよ」 

けど、案内させると言うことは君たちの要望を聞くくらいはすると思うけど、どうする? そそう聞けば青年は考え込んだ。この青年たちも、塔の無実の人間を傷つけることは良しとしないのだろう。けれど、塔にいて彼女側の人なのだから少なからず傷つけることもやむなしと考えていたのかもしれない。そこで、彼女が会うと言ってきた。しかもそれを伝えに来たのが同じように神といわれている僕だ。迷うのも、仕方ないのかもしれないね。 

「罠じゃないという確証がどこにある?」 

「罠、か。それをやる必要があるのかい?」 

そう言ってきたのは別の青年。女王はどこかと聞いてきた青年よりも体格がいいことを考えると、作戦を立てるのは前者の彼で、実行を率いるのはこちらの青年なのだろうなということが理解できた。 

「あ? どういうことだ」 

「彼女は神としての権能を持っている。今ここで君たち全員を死に至らせることくらいできるに決まってるじゃないか」 

どうして自分の前で血みどろの光景を作り出さなきゃいけないのさ。彼女は優しいから、こうやって反乱を起こしても情状酌量の余地を残しておいてくれているというのに。それを無下にするだなんて。そうならば教育が失敗しているのかもしれないなと少し思う。 

「いい。玉座の間に案内してくれ。ひとつ聞きたいんだが……あんたも、神なのか?」 

「僕? どうだろう、彼女とは違うよ。でも、長生きしているということなら、おそらくそうなんだろうね」 

そういう指導者の男は連れていた人達に指示を出していた。彼女は玉座の間で暇そうにしているのかもしれないなと思う。もしかしたらここでのやりとりも彼女に筒抜けなのかもしれないけれども、それはどうなのだろうか。 



玉座の間では、彼女が杖を持って座っていた。僕は後ろの人達をおいて彼女の隣へと歩いて行った。彼女はなんの反応も示さなかった。ただ一心に自分に反抗しようとしている人達を見つめていた。 

来た青年たちも思ったよりも幼い彼女を見て、驚いているものもいたり変わらず怒りを向けるものもいたりとさまざまだ。 

「ようこそ、といいたいところなのだけれど。そうではないのでしょう」 

「あんたが、女王様か。神っていうのはあながち間違いじゃなさそうだな」 

「……神、か。それで何を求めるのですか」 

彼女には怒りの感情はないようだった。兵は軽傷を負ったものはいるけれど死にそうになったものはいないから、彼女が怒る理由もあるわけではない。それでも、彼女は自分の仕事が一時的とはいえ阻害されたと言うことに対してもう少し怒ってもいいのにと思わないでもない。 

「神なんてもののせいで、この国は発展しない一方だ。だから俺たちは、神を殺し、この国を人間のものにする!」 

「人間による統治がどのようなものか知っているのですか」 

「しらねえよ! けどそれは今よりも良いはずだ!」 

指導者と、僕に対して罠だなんだと言っていた口の悪い男が声を上げる。うん、これは本格的に歴史に対して着手しなければいけないと思う。彼女がそれに対して重要性を感じるのかそうではないのかについては疑問が残る。だが重要性を感じる貴重な資料にはなるはずだ。 

「知らないのに、語るとは。もう一度教育に関して見直す必要があるわね」 

「歴史、っていうの入れる? そうすると総学習量としては増えるけど」 

「実務に関しての知識を緩和する。それで何か問題があるようだったらまた別のようにこなしましょう」 

彼女もその必要性に気付いたようだった。現時点では前の男の統治に関しては知ることができない、そうしてこのような結果になってしまった。彼女がそのようにするのであれば僕はそれに応じるわけだから。 

彼女はずっとここにいたわけではないのだから、必要があるものだろう。彼女がこれで英雄視されるのかはまた別の話なのかもしれないけれど、今生きている人達は彼女よりも前のことを知らないからこのような行動の帰結になるのかもしれない。 

「うるせえ!」 

「あ、こら! やめないか!」 

口の悪い男はそこそこに短絡的な思考の持ち主だったようだった。新しい武器を彼女に向けて、打った。ものすごい音と、僕の身体に走る衝撃。彼女に狙いは定まっていたのだろう。けれど狙いがそれたのか、それとも僕が彼女と話すために座っている彼女の斜め前にいたからかもしれないが、僕にあたったようだった。 

膝が折れ、彼女の太ももの上に頭が落ちる。ああでも、これで彼女を守れたのだと思う。この後は、彼女が処理をするだろう。彼女は周りが害されたときはそれなりの手段を持って反撃するのだから。頭に何かが触れる感覚がする。そうして彼女の言葉が聞こえたような気がした。 

「神を害するなど。もう一度、世界を作り直しましょう」 

――聞いたことのない、声音だったことだけ、印象に残っている。 



僕は彼女を守れたのだという安心と、どこか達成感があった。だから、それ以上のことなど望んでいなかった。しかしながら現実はそうではないようで、僕はまたあのときのように病室で目を覚ました。また僕は彼女に助けられたらしい。 

でも、僕は死んだようなものではなかったか。でもこれでまた僕が神としてあがめられてしまうのか、とも思う。死ねないのは、彼女がこんなようなときに助けてくれるからかもしれないと思う。僕自身が病気にあるということは少ないから、おそらくはまだ僕自身の寿命が残っているのかもしれないけど。 

「……でも、あれ?」 

窓からの風景に、見知らぬものがあった。新しくできた建物。彼女がまた新しく造ったのだろう。でも、造るだなんだということは聞いていないから彼女がまた何か予想を持って造ったのかもしれない。 

「起きた? 身体にどこか、不調はない?」 

扉を開けて入ってきたのは彼女だった。痛くないよ、と答えると彼女は僕の近くに置いてあった椅子に腰掛けた。顛末として何があったのか、と彼女に聞き出そうとすればそれよりも前に彼女が口を開いた。 

「新しくできたものは書籍館。歴史書を主として保管する場所。そうして、私が学制を引いたときからこの国の歴史を勉強するように変えたから」 

「引いたとき、ってもう結構前だったような気がするんだけど」 

「そのときから学ぶようにしたの。あんなようなことを起こされたんだから、今後はそういうことが無いようにしなければ」 

「そうなんだ。ということは、反乱は起きなかった、ということになるの?」 

「……そうなるわ。でも怪我がなくなるわけじゃない。適当にごまかしておいたから特に何事も無くなるでしょう」 

はっきり言って彼女から伝えられたことは荒唐無稽だった。けれど、一晩でこの国を造り替えたらしい彼女のことだから別におかしくもなんともないと思ってしまう。こう思えてしまうのには相当彼女に毒されているのかもしれない。 

そうして、また彼女とこうやって話すことができることに、少し安心する。どうして、こんな安心という感情が出てきたのかはわからない。僕は彼女を守れてよかったはずだ。それに納得している。 

彼女を守るという行為に僕の命が必要だとするのであれば喜んで投げ出すつもりだったし、結果的に投げ出すような結果になったと思う。けれどそれだけのはずだ。それ以上のことは、僕には望んではいけないことではないのだろうか。 

看護の侍女も、他の国民も。彼女にはより一層色濃い感謝が日常生活の中で見えるようになった。それが歴史を学んだことによるものなのだろうか。一度書籍館にも行ってみたが、歴史以外にも様々な情報が出てきた。年間でのそれぞれの統計など様々なものがあった。 

それを彼女が僕が起きるまでにやったと言うことだろうか。それか国民が寝ている間に、あのときと同じように一晩で彼女がやったのかもしれない。それのどちらにしても、もうこれで彼女が狙われることもなくなったのならいいのではないか。 

それによって彼女の神としての側面が前面に押し出されてしまったような感じが否めないが、彼女はきちんと休めているのだろうか。そうして、周りの人と変わらないはずの僕は、いつまで生きているのだろうか。 

僕はまだ生きている。二回ほど死にそうになった――おそらく死ぬはずだったものが彼女の手によって救われた――ことがあるけれども、それは本当にいいことなのかはわからない。彼女の手によって生かされたのだから僕は彼女にとってまだ利用価値があるのかもしれない。そうでなければ彼女の手によって生かされないのだと思う。 

でも僕は、彼女に何を返せているのだろうか。僕といえば日常彼女の手伝いをしているだけで。誰ともつながりのない人がほしいのであれば、そのように教育すればいいだけの話。それすらも面倒なのだろうか。 

そもそも彼女の前で嘘をつくなんてことはできないわけで。ついたとしてもそれは嘘として彼女に伝わる。だから僕は彼女の手伝いとしては何もできていないということになるわけ。だから僕が生かされている理由がわからない。それでも、僕は今の生活をやめることなんてできない。 

「おはよう、侍女長。何も問題は無い?」 

「騎士様! はい。特にこれといって。そういえば聞いてください! 騎士様とご結婚したいという方がまたいまして!」 

「うーん、まあ直接会いたいとかじゃないなら大丈夫じゃないかな?」 

また、結婚か。この国の一般的な人の一生のことを考えると今の僕はどの位置に立っているのだろうか。どうしようもないほどにそれを悩む。僕はもはや結婚というものをするには過ぎすぎたものなのではないのか。 

そうであるならば、たとえ僕に好意を寄せてくれる人がいたとしても僕はその子の未来のために断らなければいけないのではないだろうか。そう思うから僕はもう誰に好意を寄せられたとしても答えるつもりはない。だから侍女長の仕事を増やすようなことになっているかもしれないけれど、結婚を申し込みたい女性は一度侍女長に相談するようにというのを申しつけてある。 

彼女に望まれて僕は生きているのだから、彼女の意に沿わないような生活は控えるべきだと僕のどこかが言っているような気がして。僕は彼女のためになるようなことだけをして生きていようと思う。だから僕は時間があれば彼女の手伝いをするし、寝ている時間以外のすべてを彼女のためだけに使おうと思っている。 

そもそも、寝ることだって彼女に尽くせるようにという理由付けができる。だからそのことに関しても、彼女のためになっているといえるのかもしれない。それで彼女が何かを得られるなら、とそんな生活をしていると、僕が倒れた。 

別に、何が悪かったわけじゃないと思う。普段通りの生活をしていただけ、のはずだ。それなのに……僕はもう使い物にならないのかもしれない。普通の従者と同等の働きともう少しをしただけなのに、倒れるなんて。その倒れた場所が花園で本当によかったと思う。 

これで従者や侍女の前で倒れたとあっては何かの前触れかもしれない、なんて言われてしまうだろうことが容易に想像できる。職務中に寝るなんていうことは本来してはいけないことなのだろう。でも少し寝たらまた動けるようになるだろうから。 

――だから、まだ。まだ僕を捨てないで。 

寝て起きたら、視界に彼女の顔があった。彼女はまっすぐ、僕だけを見つめているようだった。どうしたのか気になって、彼女に聞けば彼女は手で僕の目をふさいできた。 

「えっと、どうしたの?」 

「無理のしすぎ」 

「何が……?」 

「倒れた原因。心当たりくらいはあるのでしょう」 

彼女はため息をついた。そうして、当てた手を離さないままに僕へと問いかけてくる。僕には彼女の顔が見えなくて一体どういう表情をしているのかもわからずにいた。だから彼女が具体的に何を言いたいのか、普段のように顔から察することはできずにいた。 

「別に私は、働いてほしくて貴方を生かしたわけではないわ」 

「じゃあ、どうして……」 

「突然に奪われるなど、許されることではないから」 

そういった彼女は、僕から手を外した。そうして、僕から少し離れた場所に座り直した。僕も身体を起こして彼女の方を向いた。彼女は何かを考え込むようにして、そうして今度はまっすぐに僕の方を向き、僕の手を握った。 

「貴方に生きたいという意思があったので……でも今は揺れている。だからこそ、こうして倒れるまで仕事に打ち込んだ……違う?」 

「ねえ、どうして僕は生きていると思う?」 

「それは、生きていていいかどうかという話なのよね。生きているのだから生きていていいのではなくて?」 

生きているのだから、生きていていい。そういった彼女は手をほどき、自分の手のひらをみた。僕が見てもまだ子供といって差し支えない体つき。そういう彼女は神としてふさわしい体つきなのかもしれない。そもそも彼女が成長しているかどうかということは僕の目にはわからないのだけれども。 

「寿命という、考え方があるでしょう。あるいは天寿といって差し支えないもの。それに則って考えるのならば、貴方にはまだ寿命が来ていない。だから生きている、と解釈できないかしら」 

「他の人達は寿命が来たから……ってこと?」 

「そう、だから貴方が死ぬまでは生きていていいということになる。いくら私でも寿命を引き延ばすまでのそこまでの力を有していないと思うわ。だから死んだらそこで終わりなのよ。何をしていても、死んでしまったら同じこと。貴方は好きにしていていいのよ。貴方はただ、寿命が来ていないのだから死んでいないだけなのだもの」 

それとも、もう死にたくなってしまった? そういう彼女に悪意などないのだろう。彼女がいうことに間違いがあるとは思わない。それでも、僕が死にたいと言えば彼女は殺してくれるのだろうか。そうすれば、僕はもうこの生活から抜け出すことができるのかもしれない。それでも僕はまだ彼女と離れたくはなくて。この世界に、この生活に満足したかと言われればそうではないと思えるくらいには、この生活をまだ続けていたかった。たとえそれが、日常という輪の上をぐるぐるとしているだけだとしても。 

だから僕は、彼女の問いかけに首を振った。そのとき、僕は。まだ満足していない、という言葉を使った。そうして、彼女との生活がまたつつがなく始まった。その日を皮切りに、彼女のための命という主観は変わってはいないけれど仕事一本に絞ることはやめた。 

そうして、塔の人との関わり方も変えた。子供たちは僕のことを慕ってくれる。大人になってしまった侍女や従者たちは僕に敬意を持ってくれる。それは別に構わないのだけれども、僕はそこで深く関わるのをやめた。人の名前は覚えるし、彼女の手伝いはする。けれどそれだけで、僕個人を見てほしいと思うことをやめた。人の前では僕は「騎士」になる。その僕をどう思おうが別に僕はどうでもいい。僕はただ、彼女の国造りを手伝おうとしているだけ。だから僕は、彼女という神の下僕のような形に収まったのだった。
 

僕と彼女は、元々はへんぴな村で生まれ育った。僕と彼女に血縁関係があるわけじゃなく、僕と彼女はただ同じ村の出身だったというだけの話。 

僕はひとりぼっちで、それに理由なんてなくて。一人になりたかったわけじゃないけれど、僕は一人でいることを強いられた。僕は人ではないらしい。そんなこと言ったって僕が何かをしたわけじゃない。僕の右目が、人とは異なっていただけの話。僕のせいじゃない。 

だからねえ。同じ君なら、僕のことを助けてくれるの? 

でも君は僕とは違って。最初から違ったのか、それとも目覚めたのか。目覚めてしまったとすればそれは最初から目覚めるべきだったのか、それとも何かの要因によって目覚めさせられてしまったのか。もしその要因が僕だったとするなら、謝らないといけないのかもしれない。だから、どうか僕を傍にいさせて。 



瞳の色が左右で違うというのは僕の唯一と言ってもいいほどの特徴で、それ以外は特に変わらなくて。それに理由なんてないから僕は別によかった。ただ、君が僕のことを少しでも他の人と違うと思ってくれるのならば、それでよくて。 

村の人にいじめられている、と言っても僕を守ってくれる人なんて一人もいない。僕の父親もそして母親も、傍にはいなくて見覚えもなくて。殺される、なんて思ったことはそんなにない。今では手加減されていたと思えるけれど。 

死んでしまえればいいとか、明日が来なければとか。あるいはこのまま目覚めなかったらどうなるかな、なんて考えたことはあったけど結局結論なんて出なかった。朝は来るし、僕は生きてる。一生、そのままなんじゃないかなって思ってた。でもそのときに、彼女と出会ったんだ。 

彼女も同じくいじめられていたけれど、彼女は綺麗で。そうして僕みたいに泣いたり喚いたりなんてしなかったから、いじめ方は僕よりも酷いもので。でも彼女は何も言わなかった。ただ、嵐が過ぎるのを待つようにしているだけ。そうして人がいなくなって初めて彼女はため息をついて森の方に行く。 

そうできる彼女のことを僕はとても羨ましく思った。彼女がいじめられているときに僕のことを比較対象に出していたから、彼女は僕のことを知っているはずだった。また、僕も彼女のことを知った。村の人がその名前を口にしていたから。彼女の名前もこのとき知った。 

彼女は積極的に僕に近寄ろうとはしていなかった。会話をしようとも思っていなかったらしい。僕のことを見ても、村の人と同じような対応をしていたから。でも、僕はそれに満足しなくて。 

彼女と会話したかった。傷を舐め合うような行為なのかもしれないけれど、彼女の目に入ってみたかった。僕と他の人たちは違うんだと、そうして僕が君の仲間なんだって思わせたかった。そうしたら、彼女と仲良くなれるかな、なんていう淡い期待を持って。だから、町の人たちが寝静まる夜に声をかけたんだ。 

「ねえ、あの」 

「何。あれなら、いつものところだけど」 

森に詳しい彼女は、いつも所定の量の果実を村の人たちに収めていた。それも、僕とは違うところだった。僕は誰かにいじめられこそすれ、何かを望まれることはなかった。 

「違う、その。話をしたくて」 

「どうして?」 

「ど、どうして?」 

彼女は心底わからないと言わんばかりに僕を見ていた。赤い瞳が綺麗だと思った。そうして、彼女はいじめられた後と同じように溜め息をついた。 

「そっち、何も得られるものなんてないでしょう。それに二人で話をしているとまたいじめられる原因にならないとも限らないし」 

「得られるとか、そういう理屈で話ってするものなの?」 

そう言った僕に彼女は溜め息で返した。そうしてこちらに背を向けた。まるで会話はこれで終わりだと言わんばかりに。 

「あ、待ってよ!」 

僕がそう言っても彼女の歩みは止まることはなかった。そのまま、僕は彼女を見失った。次の日になっても彼女の僕に対する態度は変わることはなくて。一度きりじゃダメだと思ったから僕は何度も彼女に向かって声をかけ続けた。 

初めの方は最初と同じような邪険な態度だったけど、そのうちに彼女は僕の行動を止めることはできないと思ったのか、それとも何か思惑があるのかはわからないけれど僕と話してくれるようになった。 

その時から、僕は彼女のことを名前ではなく名前をもじって愛称を作って呼ぶようになった。彼女は名前には特に思い入れはないようで何もいうことはなかったけれど。 

「ねえ。背の高い建物から見る景色ってどんなものかな?」 

彼女と仲良くなってから。僕は彼女を手伝うようになった。彼女と共に森に入り果物を採る。休むために丘になっているところから下を見下ろしていると、そんなことを思った。だから彼女に問いかけてみた。 

「どうして建物に限定するの?」 

「村の人が都には高い建物があるっていってたから! 空も近いんだろうな。どんなのなのかな?」 

「周りに何があるか、によるんじゃない」 

「そっか。じゃあ周りには花畑がほしいな! 色とりどりのやつ!」 

彼女は冷静だった。彼女の近くは安心できた。それは仲間が近くにいるからなのかもしれない。僕は彼女の傍にいられればそれ以上は望まなかった。 

数日前に、変な人たちを見た。その人たちは知らない人で村の人じゃなかった。その人たちは僕たちを見てじっと見て、何かを書いて去っていった。村の人に色々と聞いていたようだったけれど、よくわからない。彼女に聞いても反応は冷たいものだった。 

何か起こるかもしれないなんて思うけれど、それがいいことなのだとはどうしても思えなかった。 

そうして、今日。偉い人? のような人がこの村に来た。住人たちとの会話もそこそこに、僕たちのことを見つけるとこちらをじっと見つめてきた。彼女は僕が不自然に会話を中断させたのを疑問に思ってこっちに声をかけてきた。 

「どうかしたの?」 

「う、ううん。なんでもないよ」 

僕が答えを返すと、見てきた人の視線が強まった。それが怖くて、彼女の後ろに隠れた。彼女は僕のその行動に首を傾げていた。それで終わりだと思ったんだ。 

その日の夜。また今日もいつものようにいじめられるのだと思った。でもいつもと違い、知らない人も混じっていた。 

そうして、僕の横に彼女もいた。僕が知らないその人たちは、彼女をいじめるフリをしながら実のところいじめられているのは僕だけだった。ただ取り押さえられているだけの彼女も何かがおかしいことに気付いたのか、周りを見渡していた。いつも僕たち二人をまとめていじめる町の人たちも、僕だけをいじめていた。 

焦ったように彼女が僕の名前を呼ぶ。僕を痛めつけるのではない、僕を殺すためのもの。骨を折られて、いつもはしない音がする。彼女の顔に焦りのようなものが浮かんでいる。どうしてそんな顔をするのかわからない。もしかしたら、取り押さえられている人に何かを言われたのかもしれない。 

でも僕がここで死んでも、彼女は何一つ悪いことなんてないのにね。 

遠のく意識に、雷の音。彼女の赤い瞳だけがこちらを向いていた。地面についてしまっている白髪がもったいないだなんて思ってしまう僕には、どこかおかしいのかもしれない。 



「……起きて」 

彼女の声が聞こえる。もしかして、彼女も殺されてしまったのかな。彼女が反抗的だから、仲良くしている僕のことを殺して絶望させてから殺そうだなんて思っていたのかもしれない。二人して死んだら、なんて考える。けれど僕の名前を呼ぶ声は止まない。 

目を開けると、白い部屋だった。僕は椅子に座っている彼女の足元で倒れていたらしい。ここが天国なのかなと思わないでもなかったけれど、目の前に彼女がいてよかった。まだ一緒にいたいと思ったんだ。 

「おはよう」 

起き上がって、彼女に手を伸ばした。そのことについて、彼女は何も言わなかった。身じろぎひとつしなかったから、受け入れられていると思った。でも、彼女以外はそうではないようだった。 

「俺の妻に手を出すな!」 

鋭い声だった。声をした方を向けば、僕に強い視線を向けていた男性がそこにいた。もう一度彼女の方を向けばこれといって思ってはいないようで。僕一人だけが混乱しているようだった。 

彼女が、妻? 妻ということは、でもそんなこと言っていなかったし。 

「うるさい」 

彼女は心底苛ついているというか、そのような声をあげていた。そうして、右手に持っていた木の棒の先を男性に向けた。そうしていると、男性が苦悶の声を上げた。その人の額に閃光が飛び散って、黒い模様が浮かび上がっていた。それも、彼女がやったことなのだろうか。 

「とりあえず、話をしましょう。いじめたのは、あなた?」 

模様を描き終わったのか、先を下ろしてそう男性に向かって声をかける彼女。声をかけたとは言っても、それはきっと何か考えあってのことなのだと思う。問うているようでいて、そうではない。彼女はきっと、知っているのだと思う。彼女の顔を見ているとそうだと思う。 

あの男性が僕をいじめた、僕を殺そうとした。でも、その理由がわからない。 

「答えなさい」 

男性は黙ったままだった。彼女が言葉を重ねる。僕はなにもすることがなくて、そもそも何ができるかもわからなくて。どうしてここにいるのか、あるいはあの男性が誰なのか、わからなかった。僕を見てきた人だということ以外、見覚えはなかった。唯一わかっているのは、彼女が怒っているということと、何か特別な力が使えること。そうして、怒らせたのがあの男性だということくらいだった。 

「お前は、俺の妻になるべきだ。そうして、俺の子を産め。それだけの役割を、お前に与える。そうして、そこにいる男は死ぬべきだ。俺の妻と仲良くしていることなど許されないからな」 

やっと、男性が口を開いた。彼女はこの男性の妻になって、この男性の子供を産む。そうして、仲良くしている僕は死ぬべきなのだと。先ほども俺の妻に、なんて言っていたからおそらくそうなのだと思う。 

いつのまに彼女との結婚が決まっていたのだろう。いじめられていた彼女をお嫁さんにする、って心優しい人なのかもしれない。 

「そう、本当に汚いのね」 

けど、彼女の反応は冷たいものだった。自分と結婚する、なんていう男性に向かっての言葉とは思えなかった。汚いっていうなら僕の方が汚いし。目には、怒りよりも、呆れの色が濃くなってきた。そうして、彼女は僕の方を向いた。 

「あなたを殺そうと男たちをけしかけたのは、あの男なのだけど」 

「あの男性と結婚するの?」 

僕のその答えともならない質問に、彼女は首を振って応えた。 

「相手が勝手に結婚したいと思っているだけ。私は結婚するつもりもないし」 

「でも、これでいじめられなくなるなら。それはいいことなんじゃないの?」 

僕の質問に、彼女はどこか納得したような顔をした。そうして、いつかと同じように溜め息をついた。 

「あんなのと結婚するなら死んだ方がマシ。で、あの男どうするの?」 

どうする、と聞いて何も思いつかなかった。たしかに、殴られたのは痛かった。でもそれは思惑あってのことで、それは間違ってないように思う。だから。 

「許してあげちゃ、ダメなのかな?」 

その言葉と同時に、男の周りに雷が落ちた。大きい音と眩しい光。それに驚いていると、彼女が諌めるように僕を呼んだ。 

「僕また変なこと言っちゃったかな?」 

僕も何か力が使えたのかもしれない。それか、予想外のことで彼女が怒ったのかもしれない。でも男性が怯えている。怯えさせるのは、本意じゃないんだけどな。というか、謝ってもらったらそれでいいし。それ以上は、僕は望まないよ。 

「そう言うなら、別に許してあげてもいい。私は今から国を作り変える。それから、頑張って逃げれば?」 

国を作り変えるって、どうやって? 男性に逃げれば? ってどういうこと? 色々と彼女に聞きたいことがあった。でもその前に額を撫でられた。そうすると、途端に眠気が襲ってきた。まだ彼女に聞かなきゃいけないこと、話したいことがいっぱいあるんだけど。 

「おやすみなさい」 

でもおやすみっていうんだから、きっとそうなんだと思う。僕は休まなくちゃいけなくて、きっと明日の朝もちゃんと起きられる。どうか、そのときも隣にいてほしいな。 



朝、僕が起きた時には周りの風景は違っていて。僕と彼女はふかふかな布団の上にいた。昨日の夜、折られてしまった骨も、痣も、残ってしまっていた傷痕も全部綺麗に治されていた。 

窓から見えるのは、近い空。窓から身を乗り出せば、下には花畑かな? と思う色が見えた。あのときの景色が、僕の前にあった。彼女は未だ眠っているようで、服もボロボロだったものが綺麗なものになっていた。 

それら全てを彼女がやったとするならば。あの男性が吐き捨てていった「化物」という言葉がしっくりとくるような気がする。 

でも僕を助けてくれた人で、神様みたいな人だった。隣にいると思っていたけれど、彼女は遠いところに行ってしまったように思える。変わらずに、隣にいてくれたのに。 

「朝だよ」 

声をかけると、彼女がゆっくりと体を起こす。少しばかりの眠気があったがそれでも服を変え、僕に向かって服を突き出してきた。 

「着替えた? それじゃあ行くよ」 

僕が着替え終わった時、彼女は部屋の隅に立てかけられていた杖を手に取った。豪華な飾りが施されたそれ。そうして、手を差し出してきたので、その手を取った。そうして少しの浮遊感。次に目を開けると、目の前には大勢の人がいた。 

「私が、今日からこの国の王になる。何か質問はあるか」 

その言葉に、何も言い返さない大人の人たち。そう宣言した彼女は僕の手を離すことなどしなかった。そうして、この国の、再建のようなものが始まった。 



彼は知らないことだが、彼女はこの国をこのような方法で作り直している。ここでは、その前の男の統治者が死ぬまでのことで説明しようと思う。 

その日の夜、俺は寝付けずにいた。そのため、自室から月を見ていた。綺麗な満月だった。明日の結婚式ことが楽しみなのだろうと子供のように考えた。 

できれば、ここに運ばれてくる彼女の顔を一目見たいという気持ちがあった。そうしていると、地面が揺れたと表現するにふさわしい振動があった。机の上に置いてあった透明の器が倒れ、中に入っていた葡萄酒がこぼれた。俺には何が起きたのかわからなかった。いままで、このようなことはなかった。 

もしかして、あの男を殺したからか? という幻想が頭をよぎった。いや、あの男は普通の男であるはずだ。ほかに何かがあったとでもいうのだろうか。そのうちに強い風と共に雨が降り始めた。しかし、空にはまだ満月が浮かんでいた。 

「王、ご無事ですか?」 

恐る恐る、部下のものが俺の安否の確認にきた。遅い、と怒鳴りたくもなったがあの振動のことを考えると軽率に動くことなどできないのだろう。開け放した窓からは雨が振り込んできていた。 

部下から状況を聞き、いくつかの指示を飛ばす。部下は下がり、俺はまた一人になった。雨はいつの間にか止み、強い風だけが吹いていた。 

「あなたが、いじめたのね」 

子供の声がした。しかも扉の方からではない。窓の先、小さく造られたバルコニーに、妻になるべき彼女が立っていた。右手で木の棒を持っており、髪から覗く瞳が炯々と輝いていた。どうして彼女がここにいるのだろうか。連れてこられたのか。となるとあの男は無事に殺せたようだな。随分と早い到着だな。などと、そのときの俺は正常な判断が下せなくなっていた。 

俺の自室は王宮の上の方にあり、彼女がここに登ってくることなど不可能なのだ、と。 

「来てくれたのか、俺の妻。式は明日行うからな。今日はもうゆっくりと休め」 

そうして俺は彼女を自分の部屋の中に引き込もうとした。彼女の瞳は夫に向けるとは思えないほどに剣呑な輝きがあった。まるで自分が生理的に受け付けないものを出されたように。 

彼女は俺の手を振り払い、右手で持っていた木の棒の先を俺の部屋の内部に叩きつけた。ドンと鈍い音が鳴る。その音に引きずられるように俺の意識は落ちていった。 

次、俺が目を覚ました時、彼女は俺よりも少し高いところで椅子に座っていた。俺を見下ろすような、それでいて殺したはずの男が彼女の傍で倒れていた。死んでいるか、とも思ったのだが、彼女が男に声をかけその男が起き上がったのを見るに、どうやら生きているようだった。しばらくあたりを見回して、彼女の方を向いた。 

「おはよう」 

そういって笑う。そうして、さも当然であるかのように彼女に向かって手を伸ばした。その行動に、俺は我慢ならなかった。 

「俺の妻に手を出すな!」 

その声に驚き、俺の方を向く男。もう一度、彼女の方を向いた。そうして、首を傾げた。彼女は何も言わず、俺にどこにでもありそうな木の棒の先を向けた。そうして、一言。 

「うるさい」 

俺に一切の発言は許さないと言わんばかりの強い言葉。俺の額に、熱いものがほとばしった。目の前にあった水たまりに、俺の顔が映る。黒い刺青のような模様が描かれていた。 

「とりあえず、話をしましょう。いじめたのは、あなた?」 

先程と同じ質問を繰り返す彼女。だが、聞いてはいるものの、その答えは彼女の中では決まっているようだった。俺が男をいじめたと確信があるようだった。しかし、その顔には何も宿ってはいなかった。呼ばれた男は彼女の方を向いていた。まるで彼女と俺しかいない世界のようだと何処かで思った。絶えずその瞳は輝き、俺の方を向いているのだから。 

「答えなさい」 

何も言わない俺に対し、彼女は言葉を重ねる。その瞳はどこかイラついているようにも見えた。何に対してイラつく必要があるのかはわからなかったが、その顔も悪くないと思うようになっていた。 

「お前は、俺の妻になるべきだ。そうして、俺の子を産め。それだけの役割を、お前に与える。そうして、そこにいる男は死ぬべきだ。俺の妻と仲良くしていることなど許されないからな」 

「そう、本当に汚いのね」 

俺の答えがわかりきっていたのか、あるいは自分が予想していた範囲からは外れていなかったのか、彼女の瞳が閉じられる。そうして、男の方を向いた。あろうことか、俺のことを汚いと断じたのだった。 

彼女は男と何かを話していたが、俺には何を話しているのか聞こえてはこなかった。そうして、男はこちらを向き、こういってのけたのだ。 

「許してあげちゃ、ダメなのかな?」 

そう言い切ったと同時に俺の周りに四つ、雷が落ちた。目がくらみ、また床が焦げた。屋根のある、室内のここで雷が俺の近くに落ちるなんてことはありえない。やれるとするのであれば、先程から不可思議なことばかりを起こしている彼女かそれともその隣の―― 

「僕また変なこと言っちゃったかな?」 

どうやら、これを引き起こしたのは男の方らしい。彼女よりも力の制御のようなものがうまくいっていないのかもしれない。この男が何かを一歩間違えれば俺は殺されるのかもしれないと俺は初めて思い、少し恐怖した。 

しかし、相手は子供であり、俺の方が強いと思う気持ちが混ざりあっていた。俺は逃げ出せずにいた。そうして彼女は俺の方を向き、こう言い放った。 

「そう言うなら、別に許してあげてもいい。私は今から国を造り変える。それから、頑張って逃げれば?」 

国を、作り変える。こともなげにそう言い切った彼女は男の頭をそっと撫でた。途端その場に崩れ落ちる男と、それを受け止める彼女。そのまま彼女は消えた。どこかわからない場所から変わり、玉座の間に俺はいた。俺は今まで、自室にいたはずなのだが。人ではないものだ、とその時俺は正気に戻ったように思い至った。 

彼女に出会ってから今まで俺はどこか夢見心地だった。彼女はただ綺麗な女なのではなく、魔性の女なのかもしれない。しかし、彼女が座っていた場所が俺の玉座だと知った今、今までのことが全て現実に起こり得たものだと現実味を帯びてきた。 

そうしてまた地が揺れた。今度は誰も呼びに来ることなく、安否の確認にくるものもいなかった。俺は恐ろしくなり、まずはこの場から離れようと思った。 

王宮から出ると紅色、あの女の瞳と同じ色の月が空に浮かんでいた。あの女はその月を背にして浮かんでいた。女の周りには何か複雑な模様がその形を変化させながら彼女の周りを舞っていた。そのうちに、彼女は手を王宮に向けた。その手から光線のようなものが放たれ、王宮はなくなった。破壊されたのではない。霧散するように、という表現が当てはまるだろうか。女はそれを消し尽くすと、一度周りを見回した。 

俺を探しているのか、それとも俺が逃げたのがわかったのかと身構えているとそうではないようで、彼女はまた俺がいる方向ではない方を向き、手を向けた。その手を振り上げるような仕草をすると塔のようなものが建造された。頂上は見えない。それほどに高い建造物を俺は未だ見たことがない。それなのにもかかわらず、彼女は一瞬で作り上げた。俺は彼女に対して恐怖した。彼女は人ではないということがまざまざとわかってしまったからだ。 

今起きている人間は俺しかいない。どこの民家の扉をあけても、民はひとりたりともいない。生活の痕跡はそのままに、姿だけが消えているようだった。彼女が邪魔だと判断したから消えているのか、それとも国を作り変えるところを見られたくないのかはわからないが。どうにかして、俺はこの惨状を書き留めておかなければならないと思った。 

夜のうちに彼女はこの国を作り変える。そうして何事もなかったかのように俺に変わって統治するはずだ。あの男のためであるのかもしれない。 

あの女にとって、あの男がどれほどの関心をよせる相手であるのかはわからない。外面しては男の方が女の方に言い寄っているような感じがあるが、実はその逆なのかもしれない。人ではない自分に唯一心を寄せてくれた相手。どこかのおとぎ話のようだと思う。 

けれどそれが現実で起こりえるかは別の話だ。結ばれた、めでたしめでたしで終わることなどできないからだ。 

 できる限り、あの化け物から離れようと走り書きをしながら走っていた。だがあの女は地形そのものを変えるらしい。幾度となく地が揺れる。本に集中していたためか、強い揺れによって倒れてしまった。俺がこけることなどなかったように思える。目の前に本とペンが放り出されて、俺の体は地面に落ちなかった。地が割れ、俺はその間に落ちていった。 

どうか、俺の最後を誰かが拾ってくれるといい。そうして、彼女の奇行を、誰か止めて欲しい。 

 

彼女は、何を思っていたのか。それを知るのは、彼女しかいないのだ。 

全て、わかってしまっていた。力は私に様々なことをすぐに教えてくれたから。周りの人間が考えていることも、私に何を要求してくるのかも。 

前の男は目先の利益に囚われて、全てを投げ出した。その周りの男たちもやりやすかったことだろう。時たま餌を与えながら、囲われた自由の中でそれ以外のことを考えさせなければいいのだから。でもあの男が私に興味を持ったのは予想外のことだったのだろうな。それさえなければ王権でさえもその手中に収めることもできただろうから。 

「私が、今日からこの国の王になる。何か質問はあるか」 

私にとってはまたとない機会になった。けれど、それは結果論に過ぎない。一度彼を失いそうになったのだから、反省しなければならない。もう二度と彼を失いたくはない。 

世界は彼に対して今後も牙を向いていくことだろう。それを守りたいだけなのだ、許されるだろうか。一度は間接的とはいえ害してしまったのだ。 

迷惑では、なかっただろうか。そんなことを考えている暇は、今はない。教育係に任せたので、彼を悪いようにはしないだろう。汚れ役は全て、私がこなせばいいのだから。だから彼には、好きにしてほしい。 

「彼は私の仲間だ」 

そう答えれば彼は私と同等の位置まで引き上げられる。これで彼にとやかくいうものはいなくなる。それでも彼に何かいうものは、私が殺す。あの男を亡き者にしたように。けれど彼にはあまり暴力的なところは見せたくない。 

――それでも、しばらくは恐怖政治が続くのだろうな。 

「もう一度、言わせていただくけれど」 

「女王様も無理をおっしゃる」 

「なら、貴方は殺すしかないわ」 

王だもの。自由に国民の命は奪っても許されるのでしょう。そういえばうろたえる前は国の財政を一手に、になっていた男。国の金を着服していた男。これからは王の知らないところで勝手に何くれとやられては困るの。だから、その権利を私の方へと返せと要求しただけのことなのにそれを断るなんて。 

「どのように、殺すおつもりで?」 

「ではまず、雷で」 

力に命じて、雷をその男の目の前に落とす。床が少し焦げたような気がしたけれど、別にいい。私が王城の材料を流用して作ったものだから、これを作ったのは私じゃないし。私は目的のためには手段を選ばない。 

それをやられると、目の色が変わる目の前にいる財政の男。私を、ただの小娘と侮っていては困るの。今からは女王として君臨するのだから力の差というものをしっかりと教えなければいけないの。暴君だと言えばいい。影で好きに罵ればいい。私は、彼を守れればそれでいいのだから。 

教育係は、彼を守るのに一役買ってくれることだろう。それに、教育係のそばにいるときは彼には手を出せない。この改革が落ち着くまでは私のそばにはおいておけない。私が彼にこのようなことをしていると知られたくないのだ。だから、教育係のそばが今は一番安全なのだろう。 

服にもさまざまな彼を守る魔術をかけてはあるものの、それは彼に何かあった時、という善後策にすぎないのも事実だ。彼が様々な人と交流するのはいいことであるし、私にそれを止める権利などない。だから、私は彼の周りに防御壁を作るという選択肢はないに等しいのだ。 

それが、歯がゆくもある。やっと彼を守れるような力を手に入れられたと思った、この力で彼のそばにいて守れると思った。けれど、私の近くが一番危なくなるなんて。私はただ、彼ともう少しだけ会話をしたい。何も知らない彼を利用することは知っている。それが彼にとってよくないことだとわかっている。いっそのこと彼を突き放すべきだということも理解している。 

けれど、それをしないのは私のわがままだ。それに付き合わせるのだから、彼にはどうか心健やかな生活を。そう思うから、私は国造りをしようと思う。誰にも彼を害させない。彼が自由に、好きにできる環境を作る。そのために、彼の敵になりそうなもの、彼の邪魔になりそうなものは、とことん排除する。そのための、第一歩。 

「女王様、お話とは、なんなのでしょうか。教育係ということに関して、何か」 

「あの子は、何も知らない。いずれ貴女にもそれがわかるでしょう。だから私は、あの子の親になってほしいというだけよ」 

「親、ですか」 

そう言葉を吐く教育係はわからない、という表情をしていた。それはそうなのだろう、と内心納得する。だって、同じように現れて、仲間だと私が言った。それなら、私と同様に体に似合わぬ知性を持ち合わせていると思うだろう。けれど、私が彼は何も知らないというのだ。疑問を持つのも最もだと思う。 

「私と彼は、二人で一つ、今のところは。私は神たる権能を持って、ここに座す。けれど神と人間の差はどうしても発生する。その調整役が彼なの」 

「なるほど、では彼はまだ何も知らぬ子供のようだと。そう、おっしゃるのですか」 

「理解が早くて助かる。全てを知る私とは違い、彼は何も知らない。それは、これから知っていくということ。だから、貴女には彼を普通の男として育てて欲しい。この国の、人間の活動限界をきちんと知る男に」 

そう、まずはそこから。別に調整役になるかならないかはまだわからない。私もそうなれと矯正するつもりもない。未来の予測のようなもので彼が私に何かを言ってくるのはわかるけれど、それが確実に起こり得る未来なのかはわからない。 

彼だって普通を知っていいはずなのだ。今までの環境が、状況が異常だったと知るといい。それで、その村の人間を憎む、ことはないだろうが悲しむようなことがあるのかもしれない。けれどそれは変えられない過去のこと。今これからは、明るい未来を歩めるように。 

「そう、ですか。わかりました」 

「頼んだ」 

そう、会話をしたのが昨日のことのように感じる。実際はそんなことはなく、半年前くらいの出来事なのだが。彼は教育係の元で勉強を続け、それなりの男性となった。私の方も、恐怖政治のようなものを行いながら、下のものに指示を出していた。今後のために、学制も敷いた。 

最初は何を言われるかわからないと思っていた従者や侍女たちも、私の指示には従ってくれた。従わない貴族は、従わせた。それで少しずつでも前に進めていると、そうしている時だった。彼がいつものように私の執務室へと来て、こう言った。 

「侍女たちがね、この規則には無理があるって」 

ああ、こういうことかと私はその時理解した。あの未来は私が手を出さずとも進んでいた。彼は下の人間たちに好かれている。だからこそ、彼は周りがこぼす愚痴などを聞いている。それを私に、報告してきたのだ。 

私が本当に下の人間たちから聞きたかった言葉。私が本当に知りたかったこと。けれど、下の人間たちは私に意見することを知らない。あるいは、知っているのかも知れなくても、してこないのならば同じことだった。それを聞き出すのが、彼の役目だったとは。調整とは名ばかりの。 

「詳しく聞かせてくれる?」 

そういうのが精一杯だった。彼が悪いとはいわない。もしかしたら、密告ということで彼に後ろ指を指すものがいるのかもしれない。だったら私はその後ろ指を指したものの後ろからそのものに制裁を与えよう。彼が善意で言ってくれたことに対してなんという言葉をかけるのだ、という怒りの感情を持って。 

彼の話を聞くところによると、私が出した侍女や従者の規則を定めたものに関しての意見だった。私はその、実際に仕事をするものたちに意見を聞きたくてとりあえずで作ったはずのものであるのに、誰も何も言わないためにそのまま通ってしまったものでもあった。 

だから彼の意見を聞き、慎重に別の紙に書き取っていく。私が聞きたくても聞けなかったものを彼が聞き出してくれたのだ。その言葉を聞き漏らすわけにはいかないのだ。今後の、治世に関わるのだから。回り道はあまりしたくない。していられるような時間が残っているとも思えないのだ。 

「そう、わかった。それじゃあ少し待っていてくれる?」 

誰も何も言わない、言ってくれない。それは、私が神たる能力を持つ人物であるから。神のように崇め奉られているから。けれど私はそうして欲しいわけじゃない。別に神と呼ぼうと悪魔と罵られようと関係がないし別にどうでもいい。彼を守れるような国を造るのが今の私の行動原理なのだから、そのあたりどう思われたいなどという欲望はない。 

でも、神に意見するなどということで何も言われないのは問題なのだろう。今このようなことが起こっているのだから。だから、意見するようにと申し付けるか、彼にこのような仕事を押し付けるかのどちらかになるのだろう。 

――私は、彼にこのような仕事を何も言わないままに、任せるようになった。 

それはきっと怠惰なことだ。するべき努力を怠って、する必要のない彼に押しつけるようなものなのだから。いつかは、彼からその仕事も取り上げてしまわなくてはならない。そうしなければ、彼が仕事に縛られるのだろう。彼には自由に過ごしてほしいのだから。 



時たま、机の隅、邪魔にならないところに花が置いてある。それは花輪のように組まれたものであったり摘んできたそのままであったりと様々だ。最初は花園に咲いているものであったが、どこで調べたのかこの国でそれが贈られたその時期に咲く花に変わっていった。 

これをするのは、一人程度しか予想がつかないのだけれども、その答えが間違ってなどいないのだろう。彼がどうしてこのようなことをするのかはわからないが、彼がそうしたいのであれば止めるつもりはない。けれど私に花を贈ったところで何になる、と思わないでもないのだった。 

「おはよう、今日は届けものはない?」 

「今のところ、通達くらいね。けれど今急いで持っていくようなものじゃないから、べつにいいわ」 

「そっか。従者たちがあの改定案だと何とか回せそうだって」 

「ならよかった。他の事項に関してはつつがなく進んでいるの?」 

ほとんど睡眠を必要としない私と違って、彼は休む。私もたまに疲れを感じたときにだけ行っているけれど。私が彼のためにと作った上層で。そうして起きたら降りてきて私に会いに来るのだ。そんなことはせず、そのまま朝食を取りに食堂まで降りていけばいいのにと思うことがある。けれど、通り道にできなくもないからきっと私に挨拶をするのだろう。 

彼の体は、成長をしている。子供のようだった体格は大人び、声も変わった。これでもう、一般男性と遜色ない。けれど変わらない子供っぽい言動は、何に影響されたものなのだろうか。けれど私は、止まったままだ。 

全く成長をしていないわけではないと思う。成長速度が遅くなったと表現するのが正しいのだろう。原因は、魔術を使えるように目覚めたからか、それともあの夜の力の反動か。どちらにしても、喜ばしいことではないように思える。神として崇められるのには、この体はより一層信仰心を刺激するだろう。けれど彼は、そうではない。 

神であることを疑うものはいない。そもそも、神であるのかどうかということには、人間は重点をおいていない気がする。だからこそ本当に、彼は狙われてしまう。より人間に近しいから。彼を利用したとしても、この国は手に入らない。それがどうしてわからない。彼を利用した時点で、私の逆鱗に触れたと知ればいい。それでも、彼はこれからも狙われてしまう。 

私にできることであればなんでもやる。そもそも、彼が笑っていられればいいのだ。私を助けてくれた、とはいえないまでも他の人間と同じような立場に収まらなかったのだから、私の中では十分に特例と言える。だったら私も同様に彼を特例にするべきなのだろう。 

話が終わり、教育係のところに行ってくると彼が部屋を出ていった。私も机に積まれた書類に手をつける。夜のうちにすべての処理を終わらせておいても、また塔の人間の始業時間になれば各方面から来る書類が山積みになる。 

私の最終確認をなくしてもいいのではないかという声は上がっていないわけではないし、彼が下の人間がそういっていたということも少なくない。けれど、それでは駄目なのだ。今は私が全ての手綱を握っていなければならない。 

何かあってからでは遅いのだから。そうしてその責任は十中八九私に回ってくるのだから。 

その日の夜に近くになった時に、彼が再び書類を持ってこちらへときた。そうして、もう上層に上がって休む旨を伝えられた。私はそれに了承を返し、そのまま仕事を続けていた。書類の山が減り、部屋の向こう側が見える程度になった頃、机の隅に、花輪が置いてあるのを見つけた。もう夜も更けている。いつから置かれていたのかわからない、少ししなびたそれ。 

席を立ち、手に取れば中心に飾られた黄色い花の花弁がはらりと落ちた。彼が置いていったものだろう。渡すときに何も言わなかったが、一体どうしたかったのか。私には、花輪など似合わないというのに。そう思うけれど、彼がくれたものだからと花弁を拾い上げ、再生の魔術をかける。再びみずみずしく咲き誇る花輪に、保管の魔術を同様にかけて彼が生活する少し上に作った「華室」へと足を向ける。 

彼も立ち入れない、そんな場所。そこには彼からもらった花の全てが保管してある。彼は捨てたと思っているのだろう。花はいつか枯れるものであるから。けれど、それをしないのが私だった。人ならざる力を使ってでも、彼からもらったものは保存しておきたかった。日常の何気ない中で貰ったもので、それ自体に付随するさしていい思い出というものはないとしても、もらった事実には代わりがないのだから。 

本当は、貰わないようにするべきなのだろう。私の能力の発動時にもらってしまえばその生命力を奪うことにもなるのだから。そう。そういえば、彼は贈ってこなくなるだろう。彼は一度して、私の邪魔になるようなこととわかればもう二度としてこない。だから、そういえばいい。大義名分などいくらでも思いつく。そうすれば、彼は。このようなことはしなくなるだろう。 

けれど、私はそれをしたくなかった。彼の思い通りにしてあげたい、彼の好きにするといいという気持ちのもとに私は思考を放棄していた。本来よくないことなのはわかっている。けれど、神ではない私がいるのもまた事実なのだ。彼の隣でただ笑っていられるようなことを望む、そんな無邪気な少女。けれど私自身がそうすることは叶わない。 

この能力を誰彼に返したとして、彼のように虐められていただけの私は無邪気な少女に戻れるだろうか。いや、そうはなれない。過去の功績が私を責め立てるから。今のように力で支配していたのだからその反動が、私とおそらく同列に神と呼ばれる彼を追い立てるだろうから。 

だったら私はただ彼を守れるだけでいいと思う。今はそれだけを望む。本当は、彼の隣にいるのは私でありたいだとか、彼に愛されたいと叫ぶ私がいる。けれどそれを外に出せない。出せないでも、その存在を認めようと思う。 

これは、私のカシツ。だったら表せないものすべてをここに押し込んでしまえばいい。彼に見られたくない、少女としての自分自身も。彼の気持ちすべてを消してしまえば、私は私でなくなってしまうし、今の行動原理が説明できなくなる。一瞬の気の迷いであると消した後の私は思うかもしれない。それでやめてしまえば彼への恩返しというものができなくなってしまうだろうから。 

今日貰った花輪を華室の中へと収める。彼が生きている間、ここにはどれだけの花を収めることになるだろうか。彼から貰ったものはひとつとして取り落とすつもりはないけれど、それでも彼は私へと何をとは言わないでも様々なものを贈ってくれるだろう。それも、無意識的に。 

それが嬉しくもあるし、それに応えられない自分が悔しくもある。どうすればいいかわからなくなることもあるし、彼に何を返すべきか悩むこともある。そもそも返せるのかすら不明である。それでも国造りで少しでも返せていると信じて、私は進む。 



仕事をしている時に、彼がこちらへときた。何用か、と思えば試験のことだった。そういえば、もうそろそろか、と思わないでもない。いまは他の懸案事項に手をつけているから試験のことに関しては任せっぱなしだった。 

逐一報告は上がってきているから全くの手放しというわけではないのだが、私の管轄から外れているのは事実だ。大枠を作ったのも私であるから、仕事を割り振ってやらせているだけに過ぎないというのであれば、それはそれで正しいのだけれども。 

「そう、わかった」 

こんなことを彼にさせて、一体どうしたいのだろう、と少し考える。密告なようなことをさせて、彼に仕事をさせている。彼には、自由に過ごしていて欲しいのにもかかわらず。彼がこのようなことを、仕事をすることを望んでやっているというのであればまだいい。私を助けるためということで行われているのであればいずれやめさせなければならないことなのかもしれないと思う。 

それでも今の私には、彼にやめさせるような理由も手段も持たない。だから今の私ができるとすれば、彼の仕事が少なくなるように丁寧に采配を振るうことしかない。それでも、大きくなる組織をまとめるのは大変のように感じる。しかもそこに個々人の思惑が絡まるということはなおさら。私はあらゆる方向から飛んでくる災厄を防ぎつつ、方向修正もしながら国を収めなければいけない。だから。 

「侍女長には、これを渡しておいて」 

彼に負担を強いてしまうのだろう。今までもそうだった、そしてこれからもおそらくそうなるだろう。人が死に行く以上、新しい人を入れないというわけにもいかない。私には不老不死にする力などない。だから人数に大きな変動はないのかもしれないが、全体の作業量は増加するだろう。 

今までは勝手知ったるものたちに任せていた側面も大きい。その手順書などの策定も急がなければいけない。新しく入ってくる人間にどのようなことから教えたらいいのかということもまだわからない部分がほとんどだ。それぞれの力量に合わせてそれは変えていかなければいけないだろうから、皆に一律の指導をするわけにもいかない。そうであるのならば、その最善策は一体なんなのか。 

彼には侍女長への書類を渡し、届けるためだろう、部屋を出て行った。試験の日付は刻一刻と迫ってきている。たしかに、その試験を受けるものたちもその日を心待ちにしているだろう。受けにくる以上、こちらの準備不足で何か不手際があるのは避けたい。 

そう思うから、私は仕事の手を止めることはない。もっと、よりよい手段を。そう考えるからこそ、ここまで時間がかかっているのかもしれないのだけれども。 

この試験に関しては全て私が準備したものだ。特に、解かせる試験問題に関しては。この答えは私しか知らず、そも他のものにこの試験の中身を見せることはしていない。彼であっても、だ。誰彼の手によって試験時間外に、受験票を持たずして開けたものは私のところに報告が飛んでくるようになっている。試験は公平に行われなければならない。 



人間というのは、生まれて死へと向かって歩むものだ。生命体すべてがそう、と言われればそうであることは否定できない。けれども、人間というものはその死が周りに影響を与える。それは、はたから見れば迷惑極まりないものだ。そう思ってしまうのは、既に私が人間ではないからなのかもしれない。人間には必要なものなのだろう。その死の先になにがあるのかわからないとしても。 

「当然か」 

この座についてからだろうか。その死が必然のものであるか、本当に一考の余地がないか考えるようになったのは。平均寿命というものがあるが、それはあてにならない。個々人は違うと主張するくせに、統計で結果を得ようとするのは何故なのか。 

ご意見番にあてがっていた男は、喉の痛みがあったそうだ。検査子を飛ばして、死後の男の体を調べたが、死因は窒息死。喉の腫れ、内部にできた腫瘍による気管を塞いでしまったことによるもの。そういえば医者に喉の痛みを訴えていたのではなかったか。医者の処置に何かなかったか調べる必要があるな。 

彼は、身近で死んだ人がいることに何か思うところがあるのかもしれない。特に関わりなどはないような気がしていたが、本当のところはあったのかもしれない。直接会ったことはなくとも、誰かから話くらい聞いていたのかもしれない。現に、屍体の埋葬についての一通りの工程を興味深そうに見ている。 

死というものは案外身近にあるものだ。食事だって、言ってしまえば死体の山なわけなのだから特におかしいことなどない。それでも、自分と同族の死というものは珍しいものなのかもしれないと思う。彼の周りで死んだものはいない。いなかった、あるいはいたかもしれないが彼はそれに気づいていなかった。 

だから、奇妙なのだろう。昨日まで話をしていたものが突然にいなくなる。いなくなるわけではないが話さなくなる、眠ったままになる。それが彼にとっては新鮮だったのかもしれない。悲しむ必要はないのではないかと思う。悲しみというものは同情に近いものなのだと思う。 

そのように感傷に浸ることが悪いことだとは思えないし、やめろというつもりもない。しかし、死んだ時期が悪かった。彼に任せていた仕事は、誰に任せようか。女王である私は、思考を止めることなど許されない。次のものを、今の懸案事項を。すべての仕事を処理できる日など来るのだろうか。それはわからないけれども、私は歩みを止めることなど許されていない。 

私はその男にかけてやれるような言葉を持たない。死んだ、動かなくなったもののことを考えてやれるような余裕は持てないのだから。 

私はただ、冷徹に未来のことだけ考えていなければならない。それが女王としての務めなのだから仕方ないことではあるのだろう。それでも、彼と同じような気持ちにはなれないのは残念であるとどこかで思ってしまう。これから、彼は様々な死に直面していくことだろう。少なくとも、今の上司、年上の人たちは彼より早く死んでもなにも不思議ではない。 

それよりも早く彼を失ってしまうかもしれないけれど、その時はその時だ。可能な限り彼は病魔から救ってあげたいと思うから。 

この仕事はこの者に任せて、と割り当て表を作る。人手が足りないのがひしひしと感じる。そろそろ試験も近いのだから、なりふり構っている暇はない。色々と後手に回っていることもあるが、最初の試験がそもそもの試験的な取り組みなのだから仕方ないと思う。学制を敷いているとはいえ、試験ですべての人間を採用するなどと貴族から数日前にも受けた批判が心をよぎる。 

そもそも、貴方たちに任せれば自分の息のかかった人間を連れてくるのだからと言いたかったが、そのあたりは抑えておいた。これで貴族たちが彼に対して牙を向いたら嫌だというところが少なからずある。彼はそんなことも知らずにそのまま生活しているけれど、これは本当に彼のためになっているのだろうかということを毎日考えてしまう。彼はまだ息のある、生きている人なのだから彼を守るために行動しなければならない。 

そんな日のお昼を過ぎた頃に彼は戻ってきた。埋葬はすでに終わっている時間であったから彼が戻ってくるのも不思議ではなかったのだが、彼はなにも思ってはいないようだった。ご意見番とはあまり関係性がなかったために感情をあまり動かされることではなかったようだった。 

なんて、能力のことを使って彼のことを調べるなんてどうかしている。そう思うけれども止めることができない。本当は、どうだった、と一言聞くだけで彼は話してくれるだろう。どんなことが行われたか、周りの反応、そうして、自分がどう思ったか。 

それでも、私は聞かない、聞けない。それは女王として? それとも自分が何か別のことに集中しているからそんな暇はない? それとも、もしかしたら彼から話してくれるかもしれないだなんて甘い期待を持っているから? そのどれにしてもあまりいいものではないのだろう。 

女王なら、部下から報告を聞くことだろう。仕事をしながら、別に彼と話す程度造作もないことだ。それなのにも、やらないのには。三つ目の彼から話すのを期待しているということが、深く関わっているのだろう。そうして私が、それを認めたくないということが。 



試験は恙無く行われたのだという報告を、従者長から受けた。侍女長からは全ての片付けが終了したとの結果を聞いた。もちろん、私も探査子を用いて試験の実施を監視していなかったわけではないから、報告を聞くまでのことではないと思っていた。 

採点も、私一人だ。そこまで苦には感じられないが、従者や侍女が手伝いを申し出ることがある。全て断っているが。そうして、採点が終わるまでは彼以外の人間が私の執務室に入ることを一切禁じた。何かの報告があれば私の部屋の扉を叩け、と言ってある。そもそも、それほど火急の要件は発生しないだろう。ということで、採点が終わり、彼を呼びつけた。 

本当はこんなことを任せたくなどなかった。それでも、改竄されるのだけは避けたかった。受けた試験により公平に、一切の貴賤の区別なく。別に私は、どうでもいい。人間に関しての地位などさして興味もない。だから、私が本当に欲しいのは実力のある人材。それを測る試験であった。 

だからどのような人間であっても別に構わない。ただ、力量のない人間はついてこられないだろう。またそれでどうこうと言われるのだけは、面倒に感じる。人数など気にしていない。私が求める最低限よりも少し上を合格点にした。勉強しているだろうし、範囲も事前に公開していた。自分の実力は、それよりも少し低いだろうという考えに則ってのことだ。 

何かしら反対意見が出るかもしれないが、そのあたり私の能力で別側面の能力を判定しているのだから何も問題はないだろう。試験を受ける人間はそのあたりを承知していないようではあるのだけれども。そもそも、調べると言って変に身構えられても困るのだから仕方ないだろう。 

彼との会話は、変に身構えなくてもいいから楽なのだ。だからこそ、長引かせてしまうし、言わなくていいことまで言ってしまう。それはおそらく良くないことではあるのかもしれないのだけれども、何も考えずに条件反射で口から出るものを制御しようとするのは無謀なことなのではないだろうか。でも、彼もいずれいなくなってしまうのかもしれない。人間であるのだから。 

最近、気づいたことなのだが私はあの夜の代償に体の内側に傷を負ったらしい。それは私の身体の成長に関しての欠陥をもたらした。成長しない、寿命が延びる。私が人間と同じ構造であったにもかかわらずそこから逸脱してしまったのは確定。どれくらい離れてしまったのかはわからない。そもそもそれによって人と呼ばれるかどうかもわからない。 

神の権能と呼ばれる能力を扱える以上、もう人と同じように扱われないのかもしれないが。それでも、私は人間になりたかった。人間側に立っていたかった。そうしなければ彼の傍にはいられないから。彼から引き離されるかもしれないから。彼との間に深い溝ができるような気がするから。 

だから私は、自分で自分のことをあれこれと決めたくないのだ。もしかしたらそれが、人間側から逸脱しているのかもしれないのだから。 

彼が書き終わったらしいそれ。彼のことだから間違いなどないだろうが、それでも私は確認する。周りの人と差をつけていると明らかにわかるような振る舞いをすれば、彼に何かしらの危害が加えられかねない。それだけは、どうしても許したくない出来事でもあった。 

一通りの確認を終え、何か手が加えられればこちら側に報告がくるような魔術をかけておく。これを渡すのは従者長だが、何かしらの改ざんを目論んでいることはすでにわかっている。多額の賄賂を様々な上の人間からもらっているだろうことも容易に理解できた。 

本来であれば早めに断罪してこの塔から追い出すべきなのだろう。それでも、証拠なき断罪は不満を煽ることにつながりかねない。だから、納得できるような証拠が必要なのだ。それがこれ。 

彼に従者長に渡して、と伝えれば持って行った。あとは、どうとでもなるだろう。少なくとも、新しい従者長を任用することになりそうだ。新しい人間が入ってくる、そうして押し出すように古い人間を排斥するかと言われればそうではない。 

彼がずっと私の補佐役のようなところに留まっているのには、批判のようなものが貴族から出ているのは知っている。様々な人間に経験させたほうがいいのではないかと言われることもある。しかしながら、そうして刺客などを送られても面倒だ。だから断っている。 

彼は、私と同じように神扱いされるのは不服なことなのだろう。それでも、最初に私の仲間だと行った以上、神扱いされてしまうのも仕方のないことなのではないだろうかと思わないでもないのだ。彼には彼のやりたいことがある、それならそれでいい。彼の自分が排斥されていたという過去が塗り替えられるとは言わないまでも上塗りできそうなくらいにはなればいいと思うのだ。 



人間には、結婚というものがある。知ってはいたし、理解していた。そもそも私がこの力を手に入れることになった原因も結婚によるものなのだから人間におけるもので大切なものであろうことは理解できる。それでも、彼がその年齢に行った、ということは理解できなかった。 

それを感じられなかったのは、自分の身体のせいだ。私の体は成長なんていうものはせずに、あの件があった時のまま、止まってしまっているようだ。完全に不老という形で停止したのではなく遅くなっただけではあるのだから、おそらく長い目でみれば成長しているのかもしれない。しかしそれが感じられない程度の成長幅だったということだ。 

別に私は、彼に奉仕して欲しいわけではない。彼は彼の人生というものを好きに歩めばいい、と思う。そこに私が近くに居られれば、というのがどうでもいい私の内側なのだから好きにすればいい。やりたいことをやればいい、と思うけれども結婚を断る理由として私が挙げられるのは、彼の人生を縛っているようで嫌だった。 

「別に、結婚くらい好きにしても」 

というのが私の本心だ。彼は神として崇められてはいるものの、人間たちともうまくやっていけるだろうからそこまで心配というものはしていない。好きな女くらいは居てもいいと思う。彼が好きになった女性というものは、いわば彼の審査を通過してきた人間というわけなのだから、そこには彼の好みやらなんやらが反映されているわけだろう。 

別にそれを真似して彼に好かれる女になろうとかそういうことではないが、それでも、参考程度にはなるかもしれないとは思うのだ。 

結婚というものは私には必要ない。今は彼のためにこの国を統治しているのだから、それ以外は必要のないものだ。彼がもし死んだあと、そういうことがあるのかもしれないが、その時には国造りそのものをやめるかもしれない。そもそも人間に対して興味など抱けなくなっているのかもしれない。けれど、 

彼だけはどうしても私の記憶には残り続けるのだと思う。たとえそれが私でなくなったとしても。私のすべての行動が彼によるものであるのだとすれば、私の内側の傷も報われるのではないかと思う。彼が女性に愛を囁くのは悪いことではない。だとしても、そう。 

彼を縛ることはしたくない。本当は、隣にいたいのだとしても、それは内側にしまっておかなくてはならないたぐいのものだ。隣、などとはおこがましい。傍にいれるだけいいと思わなければならないのだろうとすら思う。 

本当はそうではないのだから。私など一刻も早く彼のそばから離れなければならないような存在なのだから。そう、私が思ったとしても彼はそうとは思わないのだろう。私は、この国で神として生きる。だから人間的な側面など切り落としていかなければならない。 

女王としては、早く子孫ができるのがいいのだろう。後続を、後継者を作らなければならないのは理解している。そもそも王政とはそのように回ってきていたものなのだからそう思うのも仕方ないことではあるのだろう。 

それでも、私は神としてここにいる。だから人間的な側面はかえっていらないものだ。ただ、私のことを神として崇める人間がいるのはまだいい。けれども私は、ただ魔術を使えるだけの人にすぎないのではないかとも思う。だから、結婚するのも普通なのではないかとも考える。 

しかしそれが、取り入られる原因になるのだとするのなら、それは切り捨てなければならない。第一の目的を放り捨てることになることだけは、避けなければ。彼がそうしたいというのであれば、それはそれでありなのだろう。 

彼は人なのだから。神として崇められながらも、他の人間と同じなのだから。 



彼には警戒を促して、送り出したはずなのに。探査子が返ってきた。それは彼が何かしらの方法で害されようとしていることに他ならない。それだけは、許せない。すべての仕事を置いて、私は彼の前に出る。案の定というべきか、それとも予想通りというべきか。貴族が彼を害そうとしていた。神である彼を害して一体どうするつもりだったのか、そもそもその後の予定を立てていたのかは不明であるが、結局あの王と同じような末路にしてやると思った。だって、 

――彼を害するなんて、世界の誰だったとしても許せないから。 

そう思うのに、彼は許してあげよう、といったのだ。あの王と同じようなことをまた彼はいう。あの男は私が偶然に見せかけて殺した。だって、それが当然だと思ったから。彼を害されたのだからそれなりの報復を受けることはわかりきっていることなのでしょう?  

だから、この貴族たちも同じような末路に会わせてやると思った。けれど、成長した彼が止めるのだから、今回だけは許してあげよう。再び、彼を害することがあれば、そう。今度こそは私の力の全てを使って死んだほうがましだと思える程度にはやってやる。 

彼に手を引かれて、そのまま塔に戻るのだと思った。私の中ではやらなければならない仕事が山積みだったから。けれど彼は私の予定を確認してきた。何か思惑があるのかと火急の用はないと伝えれば彼の足は塔下の方へと向いた。 

そうして、彼に連れ回された。たくさんの人間がいた。それらと知り合っている彼は、とても嬉しそうに見える。あのような子供の時とは比べ物にならないようなものだった。 

私は、自分の国造りは失敗していないのだとその時感じた。彼が笑っていられるのであればそれでいい。周りのことなど特に気にしてなどいなかった。彼は私に装飾品を贈ってきた。私には似合わないものなのではないかと思わないでもなかったが、彼がくれたものだからと捨てることができないでいた。 

けれど私には似合わないものだろうと加工して、自分の杖に括り付けておいた。これで、捨てないで使っているという主張になればいいと思った。本当は、華室に収めてもいいのかもしれないという考えはあった。けれどそれは私しか入れない場所であるために捨てたと思われるかもしれないし、そもそも彼は私がこれを使うことを前提に贈ったのだろうから、使わないのもどうかとは思うのだ。そうしてその折衷案として自分の所持品である杖につけることにしたのだ。 

杖につけてあるのであれば、そもそも保管、保存に関しては一級の魔力の元にある。だから時間の流れによる劣化の影響はないのだろう。彼が嬉しそうにしていたのは、誰彼に咎められることはなく外に出られたのが嬉しかったのかもしれない。 

そう考えると、嬉しそうなのも納得ができる。もっとも、本心彼がどのように思っていたのかは彼にしかわからないことではあるのだが。 

その件の痕、熱愛報道が出た。私と、彼に関してだった。おそらく彼と共に出かけたことが原因なのだろう。そもそも出かけたことが初めてであるのだし。そのときの格好も問題だったのだろう。私の普段着と彼の結婚式に出た時のままの服。私が作成したものであるのだから似るのは仕方ないことではあるのだろう。 

それに私の普段の応対は素っ気ないものであるのだから誰かと出かけるのは珍しく、限られた人間しかできないことだ。たとえば、そう。恋人のような。良い面か悪い面か。それを判断する前に私はこう言ってしまった。 

「人間と神を同じ尺度で測るのはやめなさい」 

それだけだった。それがあった後にあの記事は消えた。 

それ以降、彼が私に積極的に外に出ないかと誘ってくるようになった。それ自体は悪いことではないように思える。彼がこのように行動したいといってくること自体はいいことなのではないかと思えるようになった。 

それでも、私はあまり彼の隣にいるべきではないのではないかと思う。他の人が、いるのだから。あくまで私に執心するのは、私が幼馴染であり、あの夜よりも以前から自分のことを知っているからだろう。それがなくなれば、そもそも別にどうこうというのは存在しないのだろう。 

「ねえ、いつ頃終わるの?」 

「終わったとしても、出かけるのは無理よ」 

「そっか。でも、明日くらいには終わる?」 

そのような質問に、どう答えればいいのか毎回迷う。そもそも彼が誘う時は、私に片付けなければならない仕事が少ない時を見計らってのことだ。彼なりに、私に負担を出さないように配慮しているのだろう。けれど、私は彼と出かけることはできない。 

女王が玉座にいないときにどのようなことが起きるのか考えるのが嫌だから、何かあった時にその時女王がそこにいなかったからだと責められるのが嫌だから、そうして彼を守れなくなるのが怖いから。だから私は玉座に座り続ける。何もないことが平穏なのだから。有事の際にはすぐに動けるように。 

たとえ彼を構えなくなるとしても。彼を構う云々のことに関しては本来私の適役ではないのだろう。だから。私が隣にいて、危ない私の周りに彼がいることも、本来はあまり許したくないことではあるのだけれども。 

そもそも、彼だってあの貴族の一件以降、働く量が増えているはずだ。貴族の望み通り、これで貴族と彼の間に関係性ができてしまった。本来であれば止めるべきであったのかもしれない。でも彼が行きたいといったのだから私はそれを止める権利などない。 

そう思ったからこそ、何かあった時のことを考えた対策をあらかじめ彼に施した後に彼を行かせたのだ。それは間違ってなどいなかったのだろうと思う。貴族からの呼び出しに律儀に答える彼を心配に思いこそすれ、彼が決めたことだからと口を出さずにいた。 

彼ももう子供ではないのだから、自己判断くらいできるだろうという考えだった。 

ある日、塔の中に異物が入ってきた。私が承認していないものだったため、排斥しようとすればもちろん可能だった。それくらいのことは、造作もないことだった。しかし、それを持ち込んだのが他でもない彼であり、その異物も小さいものだった。とても人ひとり分の反応ではなかったために何もせずにおいた。 

彼が連れてきたのであれば、彼がなんとかするだろうと思って。そうして、数日後、彼が異物を抱えてこちらへとやってきた。その異物は猫だったのだと初めて知った。それがあることは認知しても、それが何であるかということに関しては調べていなかったのだから当たり前のことなのではないか。そうして彼は、飼っていいかと聞いてきた。 

この猫が、彼の代わりの眼になるのならと私はそれを認めた。そうして、猫に魔術をかけた。死なないようにするという実験的なものと、人並みの知能を持つように。そうして今の状況も。 

猫はすんなりとそれに応えた。ネコも彼に対して何か思うところがあるようだった。そうして周りの人間にもわかるようにと彼が首に巻いていたものを猫に巻きつけた。これでこの猫は彼のものであるということが主張できるはずだ。 

それによって、少しはこの猫を、ひいては彼を貶めようとする存在に関しての対抗になればいい。猫はそのまま去って行ってしまった。彼は私が猫にどのような魔術をかけたのか知りたいらしく、私の仕事を手伝うようだった。 

別にどうでもいいのだけれど、魔術に関しては教えられない。その知識によって彼にどのような被害が及ぶかもわからないのだから。 

そのようなことが行われて、平和だと思っていた。けれどそれは問題から目を背け続けていたということにすぎない。本当は、もっと何かあるはずなのだ。私は彼が守れればそれだけでいいのに。 

けれど、その守るというのは、どこまでの範囲に適応されるものなのだろう。もっといえば、このままでいいのだろうか。彼の最後はまだ見えない。彼には、そう。もっと楽しんでもらわなければ。もっと彼には好きにしてもらわなくては。周りがそれを許さないというのであれば、私が許されるような環境を作ればそれでいいのだろう。 

もしそうではないとするのであればそんな世界は壊れてしまえばいいのだから。そうして、もう一度作り直せばいい。そう思うのに、本当はそうではないような気すらしてくる。 

「陰口、ね」 

貴族が噂好きなのは知っている。そうしてあることないことを吹き込んで様々なものを引き起こす。それなのに、彼を懐柔しようとするの? まだ諦めていなかったのかと少し呆れる。 

もっと何か、貴族に対してはしなくてはいけないのかもしれない。だって、彼を害そうとするものなんていうのは必要ないでしょう。いらないものは切り落としていかなければならないのだから。いらないものをかかえこめるほど、まだこの国は育ってはないのだから。 

陰口を言うくらい、別によかった。私もそこまで恐怖政治を敷くつもりはなかったから。けれど、それが彼の耳に入ったのであれば話は別だ。彼は教育係から伝えられたらしい。それは別にいいのではないか、教育係は善意で伝えてくれたのだろうから。 

彼がそのことに関して何か思うところがあるのは、看過したくはないが今は致し方ないことではあるのだろう。けれども貴族が知られたからと言って誰かを害するのであれば、制裁の対象になりうる。そう考えているうちに教育係が死んだ。 

まだ、死ぬような年齢でもなければ死ぬ先触れがあったわけではない。彼に聞いても、死ぬような状況にはなっていなかったという。となると突然死んだ、ということになるわけだがさてどうしたものか。そう考えていたために葬儀の時に、探査子を飛ばした。 

死因は服毒。自殺、という線も考えられなくはないが、そうだとしても死ぬ理由がわからない。より現実味があるのは貴族がやった、ということだが貴族側はそれをのらりくらりと交わすことだろう。 

証拠がないために。こちら側がつかめるような尻尾を見せていない以上、断罪をするのも難しい。私怨、も私にはあまりないために、もっと情報が欲しい。が、貴族のことだそうやすやすと何かしらを行なったりはしないだろう。 

そのような貴族に一番近しいのが彼だ。彼ならば貴族の内情に関しての情報を得られるだろう。貴族どもが行いたいのは私を利用すること、そうして結果的には私を女王という座から引きおろすこと。そしてこの国の全てを手に入れること。 

そう考えると、いずれにせよいつかは私に手が出ることになるわけだ。それでもいきなり私に手を伸ばせば、私が神の権能を持ってして抵抗するのではないかと考えられる。 

けれど、彼を利用すれば私に直接手を下さずとも私を降ろせるかもしれない。彼の方が私よりも弱いと感じているのだろう。だから、次に狙われるのは彼になる。 

彼を、危ない目に合わせたくないという思いと、彼を使えば貴族の人間たちを一掃できるという考えが交差する。けれど私は彼を利用したくなどないのだ。私のために動いてもらうなどということは行いたくないものであるから。 

その時だった。彼が貴族から会食の誘いをもらってきたのは。別にそのこと自体にはどうと思うことはなかった。けれど。 

知ってしまった。彼が毒殺されてしまうということを。彼が動かなくなってしまうことを。貴族に嘲笑われながら息絶えてしまうことを。彼を利用して貴族内部の情報を得られる代わりに、彼が死亡してしまう。彼を行かせなければいい。そうしたら彼は死ぬことなどない。そう、彼は死ななくてすむ。 

そのかわり貴族の情報が手に入らなくなるだけ。でも、ああ。どうしよう。彼を害したとあれば、私は貴族どもを処刑することができる。処刑したい。すでに異物と思っているものをどうして片付けてはいけないの。彼のための、小さな世界を。 

結局、私は彼を行かせてしまった。私も調べたいことがある、だなんて本当ではあるけれども本心なのかはわからないようなことをほざいて。何も知らない彼は快諾してくれた。ありがとう、と思うと同時に彼の傍にももういられなくなってしまったのではないかとも思う。 

隣はすでに諦めて、傍にいられたらいい、彼を遠くからでも見れていたらいいと思っていたのに。もう彼の視界に入ることすら許されないのではないかとも思う。彼を利用したのだから、それくらいの報いは受けるのではないか受けてしかるべきなのではないか。そもそも彼を利用したということは、彼は他の塔の人間と同じ扱いをしたということになるのではないか。 

そんな彼のために国造りをするなど。そもそもその国造りも失敗しているのではないか? とどこかで囁く私もいる。彼を利用しなければ得られない安全など、それは本当に安全なのだろうか? 彼には謝らなければいけない。そうして、そのお詫びとして、彼を生かさなければ。 

魔術での解毒はおそらく可能だろう。問題は、それまでに彼の体力諸々が頑張ってくれるかということだった。それも魔術で頑張らせなければいけない。それが私にできることなのであればやらなければならない。彼がどう考えているのかはわからないけれど。 

彼はあの時の結婚式とは異なり、色々と知ってしまっている。だから警戒はするのだろう。けれどその警戒は足りないところばかりだ。それでいい。貴族の中での厳戒態勢など知らなくていい。彼には平和に過ごしておいて欲しいのだ。貴族がわざわざ身構えなければならないものだとするのであれば、それは彼の世界にとって不要なものなのだから。 

だから、いらないものだ。不必要なものを捨てても、誰も何も怒らない。むしろ綺麗になったことに対して褒めてくれたりはしないだろうか。もちろん、だれかに褒められたくてこんなことをやっているわけではないのだけれども。 

彼が行った後私は女王としての仕事を一時取りやめ、上層へと戻った。彼の処置に必要な準備を整えるためだ。必要なことだと思ったから。それ以上でもそれ以下でもない。彼を危険に合わせたのは私も同然なのだから。彼はまだ死にたくないだろうから。そのために反省の気持ちも込めてやらなければ。 

――反省は、そう。いつかのように。 

彼に呼ばれた私の名前が風に乗ってやってくる。私には一切明かされなかったその会食。呼ばれたままに転移していけば、そこには床に倒れる彼がいた。そのまま、私は。 

「同じ神であるものを傷つけたことを後悔しなさい」 

その場にいた全員を、殺した。方法は簡単で、心の臓を破壊しただけ。血しぶきもでない。簡単な殺し方。もっと苦しめても良かった。彼を一度であれ手にかけたものとしてもっと惨たらしく、惨めに殺してやりたかった。 

けれどそんなことをしては彼が助からないかもしれない。私の第一は彼を助けることで貴族をいたぶることではないのだ。倒れている彼は意識を失っていた。かすかにある息をつなぎとめるように私は簡易的な処置をその場で施した。 

そのまま転移した。彼を寝かしつけ、あらかじめ準備しておいた解毒の魔術を動かす。これで、彼は生きる。 

彼はこれで何も考えることがなければいい。恐怖がさらに加速しなければいい。彼は死にたいなんて思うことはないのだろうか。思っていたとしたら私は彼を楽に殺してあげられるだろうか。痛いことは嫌いだったから、頑張らなければならない。 

でももう彼を傷つける者はいないのだと。そのようになったからもうおびえなくてもいいのだと。だからまだ――私のために――生きてはくれないだろうか。 

「痕を、残してしまった」 

それは彼にとって重石になるだろう。私のことを忘れられなくなる当然のことなのだから。心臓の上に描かれた模様は、消すことは可能だろう。けれどそれは、もっと後になってからの話だ。少なくとも、快復して何年かはつけ続けていかなければならないもの。 

私は、彼から離れなければいけないのではなかったか。もう側にもいられない。彼に見られないように彼を見ていることしかできない。もういっそ、女王という側面のみで彼を見ていようかと何度も思う。それがいいのだろう。本当であれば、きっとそれが正常で彼もそう望んでいるはずだ。私のこの、余計な感情などいらないはずだ。 

そう思うのに、私はこの感情を捨てられない。捨てていいもののはずで、自分でも、捨てたほうがいいと思っているのに。そのための魔術だって組んである。後はそれを自分にかけるだけなのに。 

けれど、女王として生きるのなら自分は彼をこのように助けようとしただろうかと少し思う。女王としての私は全ての国民に公平であるべきだ。そうでなくてはならない。では彼の命を公平に見たときには、死ぬという予測ができていたのならその通りになっていたのではないか、そのまま流れに任せて彼を殺してしまっていたのではないかと考えると怖くなる。 

今は彼を特別視している。その特別な私がいるからこそ彼のための国造りと、のたまえるのだ。その時の場合は女王としての私を利用しているだけにすぎない。けれど、その特別視が消えてしまえば、神としての、女王としての私は彼を普通の国民と同等に扱う。 

教育係と同じような末路を辿らせてしまう。解毒しながら盛られた毒について調べていた。それは、教育係と同じものだった。つまり、教育係は貴族たちによって殺されてしまった。原因は、おそらく彼と距離が近かったためだろう。教育係の死も、常日頃から見ていればわかったものなのだろう。 

そうして、見たとしても何もせずにいたのかもしれない。死ぬと決まったのであれば手出しは無用だろうと。なんて、動かない女王だと自分でも呆れる。彼を、教育係と同じように、他の人間と同じようにみるということはそういうことだ。だから私はこれを捨てられない。 

「彼ばかりに、構ってもいられない」 

事後処理が、待っている。彼が眠っている今、全てを語れるのは女王であり貴族に手を下した私しかいないのだろう。死人に語る資格はない。彼が目覚める前に、全てが終わるだろうか。彼にはこういうことがあった、という報告で終わらせられればいいと思う。彼にはこれ以上仕事をさせたくはないのだから。 

そうして数日を過ごすと、彼が起きたとの連絡が入った。安堵を覚えると共に、また彼をこのような目に合わせてしまうのかもしれないという恐怖が入り混じった。けれど、もう大丈夫だろう。貴族はいなくなったから。だからいいのだ。 

彼には教育係のことも含めて報告しなければいけないだろう。彼には不可解な質問をしたままだったから。そう思ったから、私は彼のところに向かった。その道中で、もしかしたら生かしたことを怒られるかもしれないという疑念が湧いてきた。 

私は彼に助けて欲しいと言われたわけではない。彼にとっては納得した死に方だったのかもしれない。ここで命尽きてもいいとそう思っていたのかもしれない。そうなった場合には、私が勝手に彼を生かしたことになる。 

彼に嫌われるかもしれない。顔も見たくないと言われるのかもしれない。それは嫌だと思う反面、当然なのかもしれないという諦観もある。だって私のせいで彼を危険に晒したのだから。回避できたかもしれないことに無理やり突っ込ませたのは私なのだから。だから私は彼にどう思われようが構わなかった。 

けれど彼は怒ってなどいなかった。そうして、仕事に復帰してきた。彼には、そこが居場所なのかもしれない、そうだったら私が何かいうことはできないと思うけれども彼がまた危険にさらされるかもしれないと思った。それも、嫌なのだ。 

とりあえず、何もなくなった。まだ貴族はいるけれども、比較的おとなしい人間ばかりなのだから問題はないだろうと思う。そう思うのに、彼が何かを隠している。別に能力で好きに聞き出すことはできるし、猫もいるために調べようと思えばいくらでもできる。 

仕事も落ち着いてきて、余裕も出てきた。そのかわり、死ぬ人間が多くなってきた。年齢を考えれば仕方ないことかとも思うけれど、それでわざわざ彼が出て行くのもどうなのだと思わないでもない。彼が個人的に呼ばれるのは彼の交友関係に類するものだから、私には口出しができない。 

そう思うのに、私に使えたからといって私からの最後の言葉が欲しいと望む遺族もどうなのだ。それで彼が私の代わりに出て行くなど本来であればおかしいことではあるのだろう。 

彼には彼の、時間の使い方というものがある。いくら私の補佐係になっているからといって彼が出て行く必要はないはずだ。そもそも私の能力を使えば私本人はここにいたとしても分体を作ることくらいわけはないはずなのに。 

けれど彼が言い出したことだ。それを必要ないと切り捨てることは私にはできなかった。好きにさせたといえば聞こえはいい。けれどそんな言葉は罪逃れにしかならないことを私は知っている。 

ましてや彼が、だれかに害されそうになって帰ってくる。でも、そんなのは、私が望んだ世界ではない。私の望みが叶わない世界なら、いっそ壊してしまおうか。 

そう思うのに、実行に移せないのは。彼が隠しているものがそろそろわかりそうだからという決断の先延ばしと、今彼と仲良くなっている人間が消えるから、それで彼が悲しんでしまうということを避けたいという忌避に近いものがあったからに過ぎない。 

それでも、報告で、塔下に住む若者たちが改革だとこちらへときたことには驚いた。彼は、これを隠していたのか。いや、彼のことだからなんとか私が気付く前に終わらせたかったのかもしれない。説得して、そうして。それでも叶わずにいたのだろう。 

別に革命のようなものが起こるのは構わない。私は、この座を追われても構わない。彼が幸せだと思う世界がそれであるのならば。だから彼の代わりに私が害されるのは別に構わない。けれど、仲間として彼も同じように扱われるのであれば話は別だ。 

入ってきた若者たちを見たときに、なんて何も知らないのかと思った。歴史を知らずして今のことを語ることなど許されない。確かに、歴史に関しては何も教えていなかったことは事実だ。それなら多少の狼藉も許される。 

現に私は歴史を教えなかったことについて、今までの歴史の編纂についてのことを思案していた。書籍館でも作ればいいかと思っていた。けれど違った。彼らはあろうことか、彼を傷つけたのだから。流れ弾だった? 当たるかも分からなかった? そんなことはどうでもいい。 

武器とはつまり殺す道具なのだから。ひいては彼を殺すつもりだったのだろう? 

「何か弁明は?」 

「どうするんだ! 打つなといっただろう!」 

「神なんて、殺してしまえば、がっ!」 

何も考えていなかった。私の膝に倒れこんできた彼と、いつかの夜を思い出す臭い。嫌だと思った。彼を失うのは。本来は私に当たるものだったのだろう。けれど許せないと思った。 

だから床から生やした蔓で、打ち込んできた少年の首を締めていた。いっそ殺してしまおうか。彼を害したのだから、貴族と同じような目に合わせてしまおうか。そうすればもう二度と私たちに反抗することはないのだろう。 

「やめてくれ! これを作ったのは私なんだ! 罰は私が受ける、だから彼を解放してくれないか!」 

「だから、どうしたの?」 

「は?」 

「使ったのは、この男なのでしょう。武器を作ったからといって、その全てに責任が取れるわけじゃないわ。害獣を駆除するために武器を作った。けれどそれが人間に対して使われた。この時、その武器を作った人は罰に会うべきだと思う?」 

武器を作ることは悪いことではない。問題はその使い方の問題なのだから。だから作ったからといって罰せなんていうのは、おかしいことなのでしょう? 私は何もおかしいことなんてないわ。 

「そ、れは。でも渡したのは、いざという時に使えと言ったのは私だ! だから、彼を」 

「いざという時、という判断がこの男に委ねられている以上、私は彼が悪いと判断するわ。というより、なぜあの時がいざという時、と思ったのでしょうね? その草は普通の武器では切ることすらできないものよ、諦めなさい」 

そういう私は、他の若い者が蔓を切断しようとしているのを止めた。どうせ、切れるはずもないのだけれど。今は彼を処置しなければ彼は死んでしまう。少しずつ魔術で治すようにはしているけれど、このままでは一向に回復などしないだろう。別に、この人間どもに大した興味などないし。 

「では、こうしましょう。別に殺すつもりはないわ。頑張って、この男を連れて逃げるのね」 

蔓をほどき、玉座の前に大きな植物を生やす。それは私がさっきまで使っていた蔓の主人。そうして簡易的に若者たちを捕まえろという命令を出して、上層へと戻った。探査子を使ってどうなっているかの確認は怠らない。塔の何かを壊されても困るのだから。 

彼は死ぬことはないだろうと思う。でも、また私のせいで怪我を負わせてしまった。それだけは、謝らなければならない。そうして消そうと、いつかその処置をしなければならないと思っていた赤い印章はこれで死ぬまで彼の体から消えることはなくなってしまった。 

彼は気にするだろうか。気になるようなら、上からこれが見えないようにする魔術をかけてもいいのかもしれない。また、処置が終わった後は人間たちに任せた。それがいいと思ったから。そうして、もう一度この国を造り直す。 

歴史を、きちんと知るように。この前が、一体どういうものだったのか。 

そうして、歴史と記録を集めた書籍館も作り上げた。それが必要だと思ったからに他ならないものの、それは基本的には良くないことなのだろう。現に、歴史を知った若者は反乱を起こさない。だから彼が害されることもなかった。 

でも、現に彼は傷ついていて、それでもいいのかもしれないがそれは本来とは異なるものだ。どうして彼がけがをしたのかという理由づけがどこかしらで行われなければならない。うやむやにしよう。私と彼だけが知っていればいい。 

だって彼は、傷つけられたのだから。でも、本当に彼は今後も生きたいと思っているのだろうか。二度も死んだ目にあって、その度に私が生き返らせているものの、それは本来であれば行えないものだ。私の勝手な意思で生かしたと彼に取られてもおかしくないことであるのだろう。 

それでも私は彼に生きていて欲しかった。彼がこれからを望めるように頑張ってきていたつもりではあったのだが、それが彼の重荷になっていたのならば彼には謝らなければならないのだろう。謝ったところですでに恨まれているのかもしれないのだから別にそれは構わないのだけれど。 

いつか彼から害されるような日がくるのかもしれないが、それはそれでいいのだろう。だってそれは私が招いたことで、彼の行動にはおかしいところなどどこにもないのだから。 

彼が目覚めた後、私は彼に世界がどうなったかということを話した。それは必要なことだと思ったためだ。それでも、彼に納得してもらえるようなことにはならないだろうなとは思っていたものの、彼は納得してくれた。それもそうか、と思う。彼は今までの私のことを知っている。だから、今更何がきても驚かないのだろう。 

彼とはあまり話さなくなったが、その後彼は「騎士」として生きるようになった。でも、その時だった。 

どうしましょう、また彼の最後を知ってしまった。それは誰かに勝手に終止符を打たれるというものではない。彼の、命の最後。彼はこのままでは死んでしまう。他の人間と同じようになってしまう。私に彼を生かすだけの力はあるのだろうか。 

すでに何十年と経過しているために彼自身の体力などは落ちている。このままいけば、さらに落ちるのだろう。このまま生かしていていいのだろうか。でも、彼はまだ行動しているのだから彼にはまだ生きたいという意思はあるのだろう。 

だったら私は、彼のために行動するしかないのだろう。 

そう思うものの、嫌なのだ。嫌だ。彼が傷つくのが嫌だ、彼が害されるのが嫌だ。彼が何かしら思うことが嫌だ、幸せというものをつかんでほしい。そう思うけれど、私が守るとは言えない。私の周りは危険が多すぎるから。 

これから、その危険も遠ざかっていくのかもしれない。神としているために手を出そうとする人間はこれからいなくなるのかもしれない。それでも、彼が傷つけられないという証明にはならない。 

もっと、何かあればいいのかもしれない。いっそのこと彼を閉じ込めてしまえばいいのかもしれない。でもそんなことをしたら彼は彼でなくなってしまうのかもしれない。 

彼の最後を、彼に伝えるべきなのだろうか。そうしたら、後悔しながら死ぬことはなくなるのだろうか。伝えたとして、何か特別な力を使わなければその終わりの刻限は変わらない。例えば、神の権能のような。ならば私だけがそれを行える。でもそれは、私の自分の勝手な思惑で使ってはいけないものだ。 

彼のために使わなければいけない。でもそのためには、彼には終わると伝えなければならない。それは彼にとっては悪いものなのかもしれない。でも終わりを教えずして延命に手を出そうとは思わないし、思えないだろう。 

ならば、終わりがけで自分で自覚ができるくらいになってから延命に手を出したほうがいいのかもしれない。でもそうなった場合にすでに終わりがけになった命を引き伸ばしても満足に行動などできはしないだろう。そうまでして、彼は生きたいと思えるのだろうか。 

そう思うから、私は何もできずにいた。そう、彼が花園で倒れるまでは。 

何も警戒などはせず、彼は花園で眠っていた。その顔は、もう随分と様変わりしているように感じられる。これが老いというものなのだろうか。普通の人間ではたどり着けない年齢。 

それは私がひとえに彼の病気やら怪我やらを治していることに原因があるのだろう。つまりは人間も彼と同じくらいには生きられるということ。そのためには様々な分野での発展が必要になるが、その発展には長い時間がかかるだろう。 

この国を統治すること自体が苦であるとは思わないし思えない。もっと別の側面があったのではないか、彼と別に歩むこともできたのではないか。こんな風に隣にいることを諦めるくらいなら、こんなこと始めなければよかった。こんな能力、使えなければよかった。 

でも、そうなった時にはどうしていた? 彼はあのまま殺されて、私はあの男の妻になって? 私は私のせいで彼が殺されたのだと自責の念を持ってしてこれからを生きることになっていた? でも、ここまで長年悩むことはないのならそれもそれでありなのかもしれないと思う時がある。 

私は諦めることができる。全て、そうだったから。だからこの命に、この体に特に執着も愛着も持っていない。そのように使いたいのであれば別にいいのだ。私一人がどうこうなるのは別に構わない。でもそれで周りが巻き込まれるのだけは避けたかった。たとえば、私と彼を引き離すために彼を殺すなどということは。でも、この国は彼のためのものだ。 

彼がいなくなったのなら、この国も必要なくなるのだろう。 

彼が起きた。話をしていると、彼がまだ生きていていいのかという悩みを持っていることを知った。だから私は人の寿命というものを話した。けれど、私に彼の寿命が見えていることは話さなかった。彼は納得したものの、まだ満足していないといった。だから私は、延命治療に手を出した。 

だって彼が満足していないっていったから。彼が満足したといったらこの延命治療もやめるから。それまでは、どうか。私を傍にいさせて。 



彼女は偽り続ける。それは、いつまでだろうか。偽られる側の彼女がいなくなったら? それとも、偽られる側が我慢できなくなり、偽り続けることができなくなったら? そのどちらにしても、よくないことなのだろう。 

いいのは、たとえば。僕以外に彼女が本当の内心を話せるような相手に出会うとか、彼女が女王ではなくなるとか。そのような形にならなければいけないのだろうと思う。けれど彼女が内心を話せる相手はこの国にはいない。外に国はあるのかどうかわからない。 

では女王でなくなるとはその座から降ろされるか自分から降りるかのどちらかになるのだろう。降りるとなれば国民が彼女の能力を手放すだろうか。彼女がそれで女王の座に縛られているのならば、それはよくないことだ。彼女が好きで始めたものであるはずなのに、いつからか使命感で突き動かされるようになる。そこで目的も目標も亡くなってしまったのならば彼女は周りに動かされている人形のようになってしまう。 

彼女は基本的には優しいから、それに付き合っているのだろう。それは彼女が死ぬまで続くのだろう。外的な力が加わらなければ変わらない。外に何があるのかはわからない。 

――だから僕は外から何かがやってくることを夢見る。 

そうしてそれが。彼女と仲良くなって彼女の内側にあるものをどうか見つけてほしい。 



彼が死んだ後、いや国民には彼が死んだとは言わなかった。そもそも遺体も私が処理をしてしまったのだから塵ひとつ残っていないのに死んだというのはおかしいだろう。だから私は。 

「彼の任務は終わった。そのため先に帰らせた」 

こう、伝えた。彼がいなくなったことに関して悲しむものがいたけれど帰っただけなのだから、と気を持ち直すものも多かった。私は、ひとりになった。仕事を片付ける。でもそれは、もう私の手でなくてもいいものだ。 

私は彼のために国造りをしていた。だったらもうその彼がいないのならば作り続ける必要はないはずなのだ。だったら少しずつでいいからこの手から離していこう。それがいい。その後の国造りがどうなろうと、私には関係がない。 

そう思ったのに。結果一気に手放してしまうことになるとは、思わなかった。 

「ねえ、私の国に移住する気はない?」 

そういう、彼女の手によって。 

 
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