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夢買う
しおりを挟む『あなたの夢を買います』
胡散臭い文句を思い出して部屋を飛び出した。
この小さな田舎町には、同じように小さな商店街がある。その昔は活気に溢れていたけれど、大型スーパーが出来てからは一気に寂れてしまった。両側に並んでいたこじんまりしたお店は、皆シャッターを下ろして、今ではどこにも買い物客がいない。
そんな活気のない商店街を少し歩くと、横に逸れた細い道がある。一メートルほどの道幅の片側に連続して四つ店が並んでいる。それぞれの店先に置かれた看板は、コーヒー、麻雀、カラオケ、夢。ここが目的の場所だった。
夢という看板の近くへ行くと、また同じ文句が書かれている。
『あなたの夢を買います。一律一口千円』
こちらにはご丁寧に値段まで書いてある。
横へ目を向けると扉が開いていた。そこから白檀の香りとオルゴールの音楽が漏れている。少しだけ顔を覗かせると、真っ昼間にも関わらず店内は薄暗かった。木製のインテリアと観葉植物が多数置かれていて、ゴタゴタした雰囲気が妙な入りやすさを醸し出していた。
「どんな夢を見ましたか?」
「っ!?」
美しい女性が立っていた。口元に笑みを浮かべているのに、瞳が笑っていない。むしろ値踏みをするような挑戦的な色合いに、たじろいでしまった。けれども、逃げ帰るわけにはいかない。
「夢って、子供の頃になりたかったもの?それとも、夜にみる夢のこと?」
唐突な質問にも関わらず、驚いた様子はなかった。それどころか、眉一つ動かさず、口元の笑みすらも変えずに答えた。
「どちらでも構いませんよ。どうぞ、お掛けください」
返答に胸を撫で下ろした。なにしろ、こんな胡散臭いものに縋りたいほど、私はお金に困っていたのだ。
「なら、手始めに昨日見た夢を。お菓子の家が目の前にあって、私は人の腕を持っていました。家の周りを歩いていたら、中から女の子が出てきたので腕を返して犯しました。それから…」
嘘だ。昨夜は夢を見ていない。そもそも、見たとしても覚えていない。その場で思いついた事を口にしているだけだ。
でも、例え支離滅裂であっても、夢だったら許される。誰にも批判されない。
「ふふっ、面白いですね」
「…そう思いますか?」
「えぇ。他にもあるんですか?」
「はい。お正月に見た夢なんですが、」
今度もまた嘘を話した。森を歩いていたら、お茶会をしている女の子を見つけて、近づいてみたら血まみれで腹も割かれているのに生きているという話だ。
「これも面白いですね。まだありますか?」
「はい。これは…」
今度は動物園の話だ。そこに展示されているのは、人間の体に動物の手足をくっつけた生き物というものだった。
「あなたの夢は童話の世界にいるようで素敵ですね」
「……そうでしょうか」
「あなたはそう思わないんですか?」
「…。」
私は小説家を目指していた。でも、持ち込む度につまらない。ひねりがない。何が言いたいの?と目も見ずに言われた。何度も言われているうちに、なぜ物語を書いているのか分からなくなった。
それを見つけ出したくて、自費出版した。見返してやりたい気持ちも少なからずあったと思う。
けれども、実際には数札売れただけで、あとに残ったのは多額の借金と大量の在庫だった。
虚しさと悔しさが入り混じった気持ちのまま、自殺しようと考えていた。せめて、死ぬ前に好きなものを食べようと思ったとき、手元には小銭しかなかったのだ。そんな時に思い出したのがこの店だった。
そもそも、私が小説家を目指したきっかけはなんだったっけ?
「……中学生の時、私が書いた話が賞を取ったんです。そのときに、家族や友達からたくさん褒められて、将来は小説家になるだろうな!なんて言われてたんです」
始まりはそこだった。あまりにも褒めてくれるから、嬉しくて調子に乗ったのだ。それからは、いくつも物語を書いて応募するようになった。高校を卒業してからも、アルバイトをしながら話を書き続けた。出会う人に小説家の卵なのだと名乗ると、口を揃えて『すごいね』と言われた。
でも、本当はすごくなんてなかった。賞を取れたのはあの一回だけで、その後は鳴かず飛ばず。自称ですらない。私はあの時にすがっているだけ。
ただの、夢を捨てきれない無様な女なのだ。
「買いますよ。あなたの夢」
「えっ?」
女は私の胸を指差す。そして、意志の強い瞳でもう一度繰り返した。
「私があなたの夢を買います」
「か、買うって…どういう…」
「そのままの意味です」
意味がわからない。
「私が買った夢は全て大事に取っておいてます。だから、あなたの夢も大事にしますよ」
「そ、そういう問題じゃ…」
「ならどんな問題なんでしょう?」
「…。」
「あなたの夢、捨てられないなら私に売ってください」
「っ、そ、それは…」
どこかで見切りをつけなければいけない。ハッキリ言わないまでも、親や親戚からは将来について口を出されている。それもこれも、私を心配しての事だと分かってもいる。分かっていても、素直に従えなかった。
最初のうちは本気で小説家になろうと思っていなかった。ましてや、なるのは簡単だと見くびっていたのだ。
それなのに、自分の思い通りにならなくて、悔しくて、いつしか固執するようになった。そのうちに、『自分には才能がない』と認める事が出来なくなった。
怖かったのだ。他人とは違う、才能のある自分という看板がなくなることが。そして、そんな汚い自分を正視することが。
でもいま、その機会がやってきたのだ。
「あなたに売ります」
原稿用紙の束が床に落ちて現実に引き戻された。どうやら積み上げていた束を肘で小突いてしまったらしい。筆が乗っていたのに水を刺された気分だった。ため息混じりに背もたれに寄りかかると、額縁に入った千円札が視界に入った。
「あら、またお話を書いてらしたんですね」
真っ白なワンピースを着た美しい女が微笑みを浮かべていた。この部屋に唯一あるドアの前には、真っ白な服を着た男が二人佇んでいる。
そのうちの一人が私の元まで来ると、腕へ何かを巻きつけて数値を確認している。それを書類へ書き込んでいるのを見てから、女は私の真横へ腰掛けて言った。
「今日はどんな夢を見ましたか?」
おわり
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