146 / 304
第6章
第282話 クライスSIDE 婚約者探し②
しおりを挟む
妖精殿。
そこは意匠を凝らした美しい神殿だ。海、月、ルーナの花。それと戯れる多数の妖精が彫刻されている。そして特徴的なのはその色。中央神殿は柱や門など、ほとんどが純白の大理石で出来ているが、妖精殿だけは、漆黒の石造りだった。
妖精殿の手前にある広い舞台を見ると、昔妖精の花祭りの時にここで剣舞を舞ったな、と当時のことを思い出す。ブランとギアと一緒に妖精の格好をして舞ったのだが、フリルや宝石たっぷりのワンピースに羽までつけた衣装を着るのは、少し恥ずかしかったのを覚えている。
(ああいう服はキルナが着たら似合うんだろうな)
そう思いながら建物の壁面を飾るステンドグラスを見た。
人間よりも大きなルーナの花の上に座り、漆黒の髪に月の光を集めたような金の瞳をした少女。美しいその横顔は、
ーーキルナに似ている。
少女の周りにはたくさんの妖精が集い、楽しげだ。
「そこに描かれているのは妖精姫です」
見送りにきたラエルがそう言った。言われてみれば彼女の背には四枚の羽が生えている。
「妖精姫とは?」
「妖精殿の主です。新たな妖精を生み出し、魔法の恵みをもたらす尊い存在です」
「あなたは見たことがあるのですか?」
「いえ、絵画や彫刻で目にしたことしかございません。その容姿は漆黒の髪に金の瞳をしている。と、そのように伝わっております」
漆黒の髪に金の瞳……。色々聞きたいことはあるが、今は時間がない。入り口の大きな扉の方へと急いだ。
「扉の中はこことは異なる世界です。人間界の理は全く通用しません。ルーファス様から離れることがないようお気をつけください」
黒く巨大な扉の中に一歩足を踏み入れると、そこは真の闇だった。
全く光のない世界。目の前に手のひらを近づけても、何も見えない。入ってきた扉も見当たらない。一歩入っただけなのだから、後ろに手を伸ばせば必ず扉はあるはずなのに。
そんな距離的な感覚も、ここでは人間界と違うらしい。どこに手を伸ばしてももう扉はない。壁らしきものもない。何もない。
こんなところに本当にキルナがいるのだろうか? 居たとしても見つけることなんて不可能なのでは? 本当に、彼は生きているのか?
不安が頭を支配する。やっぱり無理なんじゃないか? キルナは妖精の姫で、妖精たちに連れて行かれた。人間の元に連れて帰るなんて、許されないのでは?
わずか数秒で恐ろしい考えばかりが次々と浮かび、胸がムカムカして手には汗が滲んだ。
ポケットに忍ばせたハンカチを握ると、刺繍部分が盛り上がっているのがわかった。そこにはキルナが刺繍したルーナの花が描かれている。
『ずぅっと一緒にいてね! 離れないでね! 絶対ね! 絶対絶対だよ』
彼の顔を、声を思い出しながら、ゆっくり息を吸い、吐いた。
(大丈夫だ。絶対に連れて帰る。妖精にはやらない)
ーーキルナは俺の婚約者だ。
ルーファスが長い長い呪文を唱え終えると、次第に足元がキラキラと輝き始めた。ヒカリビソウが青白く煌めき、暗闇の中に一本の道ができた。道はずっと先まで続いているようだ。
「この光の道の先にキルナ様がいらっしゃるはずです。行きましょう」
「ああ」
彼の言葉を頼りに前を向いて歩き始める。
前後左右を見回しても闇しかないが、この光の道の先にキルナがいると思うと、もう恐ろしいとは思わなかった。
「これは神聖魔法か?」
道を早足で歩きながら尋ねる。
「はい。私の聖力を辿る魔法です。使っている力は違いますが、王子がお使いになる追跡魔法と同じようなものです」
追跡魔法では探している魔力と自分を、魔力の糸で繋ぐ。これは魔力でなく聖力と自分を、光の道で繋いでいる、ということか。
キルナは『ルゥは全然役に立たない執事なの。いっつも変な服ばかり選ぶし、僕を見たら鼻血を出すし』とよく文句を言っていたが、こうして一緒にいると優秀な男にしか見えない。(さすがは母様の弟だ)
「ルーファスの聖力をキルナに付けているのか?」
俺がキルナの額につけている魔力印のようなものをどこかに付けているのだろうか。
「キルナ様にというよりは、キルナ様のお召し物に細工をさせていただきました。私の髪の毛を縫い込んでおいたのです」
「は?」
「髪には聖力を込めやすいので」
キルナが最後に来ていた服を思い出す。黒い紐付きのビキニに、ベビーピンクのラッシュガード。
「……そうなのか。ということは、あの水着に?」
「はい。あの水着、いかがでしたか? お似合いだったでしょう? 私も拝見したかったのですが旅の準備がありましたので、今回は我慢いたしました。あのラッシュガードのうさ耳の中にも実は私の髪の毛を忍ばせています。うさ耳フードは被っていただけたのでしょうか。あの透けるレースにうさ耳と紐ビキニ。キルナ様の可愛らしさを引き立てる最高の組み合わせだったと思うのですが!!!」
(なるほど。これでは文句も言いたくなるだろう)
キルナの気持ちが少しわかった気がしたが、手作りの水着については実際こうして役に立っているのだから文句は言えない。
「ああ、とてもよく似合っていた。フードは被っていなかったが」
そう返事をしておいた。
その後も「デザインは何度も何度も考え直し、肌に優しい布を選び、愛情を込めて手作りしたのです!」 ……と誇らしげに水着作りの工程やキルナの魅力、とくにその可愛らしさについて延々と語り続けるルーファス。
これだけ歩いても息は全く上がっていないのに、鼻息だけがどんどん荒くなっていく姿に、やっぱり彼は母様の弟なのだと確信した。
歩いた。ただひたすら。
どれほどの距離を、どれほどの時間歩いているのか、何もわからない。腹が減ると少し食べ、水を飲み、また歩く。眠くなったらその場に座って少し眠る。起きたらまた歩く。同じことの繰り返し。
ーー早くキルナに会いたい。
そこは意匠を凝らした美しい神殿だ。海、月、ルーナの花。それと戯れる多数の妖精が彫刻されている。そして特徴的なのはその色。中央神殿は柱や門など、ほとんどが純白の大理石で出来ているが、妖精殿だけは、漆黒の石造りだった。
妖精殿の手前にある広い舞台を見ると、昔妖精の花祭りの時にここで剣舞を舞ったな、と当時のことを思い出す。ブランとギアと一緒に妖精の格好をして舞ったのだが、フリルや宝石たっぷりのワンピースに羽までつけた衣装を着るのは、少し恥ずかしかったのを覚えている。
(ああいう服はキルナが着たら似合うんだろうな)
そう思いながら建物の壁面を飾るステンドグラスを見た。
人間よりも大きなルーナの花の上に座り、漆黒の髪に月の光を集めたような金の瞳をした少女。美しいその横顔は、
ーーキルナに似ている。
少女の周りにはたくさんの妖精が集い、楽しげだ。
「そこに描かれているのは妖精姫です」
見送りにきたラエルがそう言った。言われてみれば彼女の背には四枚の羽が生えている。
「妖精姫とは?」
「妖精殿の主です。新たな妖精を生み出し、魔法の恵みをもたらす尊い存在です」
「あなたは見たことがあるのですか?」
「いえ、絵画や彫刻で目にしたことしかございません。その容姿は漆黒の髪に金の瞳をしている。と、そのように伝わっております」
漆黒の髪に金の瞳……。色々聞きたいことはあるが、今は時間がない。入り口の大きな扉の方へと急いだ。
「扉の中はこことは異なる世界です。人間界の理は全く通用しません。ルーファス様から離れることがないようお気をつけください」
黒く巨大な扉の中に一歩足を踏み入れると、そこは真の闇だった。
全く光のない世界。目の前に手のひらを近づけても、何も見えない。入ってきた扉も見当たらない。一歩入っただけなのだから、後ろに手を伸ばせば必ず扉はあるはずなのに。
そんな距離的な感覚も、ここでは人間界と違うらしい。どこに手を伸ばしてももう扉はない。壁らしきものもない。何もない。
こんなところに本当にキルナがいるのだろうか? 居たとしても見つけることなんて不可能なのでは? 本当に、彼は生きているのか?
不安が頭を支配する。やっぱり無理なんじゃないか? キルナは妖精の姫で、妖精たちに連れて行かれた。人間の元に連れて帰るなんて、許されないのでは?
わずか数秒で恐ろしい考えばかりが次々と浮かび、胸がムカムカして手には汗が滲んだ。
ポケットに忍ばせたハンカチを握ると、刺繍部分が盛り上がっているのがわかった。そこにはキルナが刺繍したルーナの花が描かれている。
『ずぅっと一緒にいてね! 離れないでね! 絶対ね! 絶対絶対だよ』
彼の顔を、声を思い出しながら、ゆっくり息を吸い、吐いた。
(大丈夫だ。絶対に連れて帰る。妖精にはやらない)
ーーキルナは俺の婚約者だ。
ルーファスが長い長い呪文を唱え終えると、次第に足元がキラキラと輝き始めた。ヒカリビソウが青白く煌めき、暗闇の中に一本の道ができた。道はずっと先まで続いているようだ。
「この光の道の先にキルナ様がいらっしゃるはずです。行きましょう」
「ああ」
彼の言葉を頼りに前を向いて歩き始める。
前後左右を見回しても闇しかないが、この光の道の先にキルナがいると思うと、もう恐ろしいとは思わなかった。
「これは神聖魔法か?」
道を早足で歩きながら尋ねる。
「はい。私の聖力を辿る魔法です。使っている力は違いますが、王子がお使いになる追跡魔法と同じようなものです」
追跡魔法では探している魔力と自分を、魔力の糸で繋ぐ。これは魔力でなく聖力と自分を、光の道で繋いでいる、ということか。
キルナは『ルゥは全然役に立たない執事なの。いっつも変な服ばかり選ぶし、僕を見たら鼻血を出すし』とよく文句を言っていたが、こうして一緒にいると優秀な男にしか見えない。(さすがは母様の弟だ)
「ルーファスの聖力をキルナに付けているのか?」
俺がキルナの額につけている魔力印のようなものをどこかに付けているのだろうか。
「キルナ様にというよりは、キルナ様のお召し物に細工をさせていただきました。私の髪の毛を縫い込んでおいたのです」
「は?」
「髪には聖力を込めやすいので」
キルナが最後に来ていた服を思い出す。黒い紐付きのビキニに、ベビーピンクのラッシュガード。
「……そうなのか。ということは、あの水着に?」
「はい。あの水着、いかがでしたか? お似合いだったでしょう? 私も拝見したかったのですが旅の準備がありましたので、今回は我慢いたしました。あのラッシュガードのうさ耳の中にも実は私の髪の毛を忍ばせています。うさ耳フードは被っていただけたのでしょうか。あの透けるレースにうさ耳と紐ビキニ。キルナ様の可愛らしさを引き立てる最高の組み合わせだったと思うのですが!!!」
(なるほど。これでは文句も言いたくなるだろう)
キルナの気持ちが少しわかった気がしたが、手作りの水着については実際こうして役に立っているのだから文句は言えない。
「ああ、とてもよく似合っていた。フードは被っていなかったが」
そう返事をしておいた。
その後も「デザインは何度も何度も考え直し、肌に優しい布を選び、愛情を込めて手作りしたのです!」 ……と誇らしげに水着作りの工程やキルナの魅力、とくにその可愛らしさについて延々と語り続けるルーファス。
これだけ歩いても息は全く上がっていないのに、鼻息だけがどんどん荒くなっていく姿に、やっぱり彼は母様の弟なのだと確信した。
歩いた。ただひたすら。
どれほどの距離を、どれほどの時間歩いているのか、何もわからない。腹が減ると少し食べ、水を飲み、また歩く。眠くなったらその場に座って少し眠る。起きたらまた歩く。同じことの繰り返し。
ーー早くキルナに会いたい。
424
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?
詩河とんぼ
BL
前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。