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第8章
第404話 ルーナの花探し②
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ボートを寄せ慎重に陸に上がると、ここまで案内してくれた妖精は、「おなかすいてきたからまたね~」と言ってどこかへ飛んで行ってしまった。
クライスにそれを伝えると気まぐれなところがお前にそっくりだと笑われる。そんなところが似てるなんて心外なんだけど! と頬を膨らませながら、差し出された彼の手を握った。
「この島はまた随分と暗いな」
クライスの言う通りあたりは真っ暗で、近くにいる彼の顔すらよく見えない。
「ん、でも見て。ヒカリビソウの光がずっと続いて道を作ってる。カーナに聞いたのだけど、この花には『導き』の意味があって妖精の力が宿っているのだって。この光を辿って行けばいいんじゃ?」
「なるほど。たしかに妖精の森でも妖精殿の中でも、この光が行き先や帰り道を示してくれていたな……。よし、行ってみよう」
コロコロ コロコロ
草の間、木々の間、至る所に妖精がいて、僕たちのことを迎え入れてくれている。鈴を転がすような彼らの笑い声と草を揺らす僕たちの足音だけが、しんとした空気を震わせていた。
彼と並んで早足で光の道を歩きながら、僕はふと空を見上げた。
「なんでだろ、朝なのに星が見えるね。きれい……」
「現実離れした美しさで、怖いくらいだな」
まだ朝のはずなのに満点の星空。
季節外れにも関わらず満開に咲いたヒカリビソウの花。
周囲には静かに水を湛える虹色の湖と、羽を煌めかせながら戯れている妖精。
美しいもの全てを集めたかのような絶景の中に、僕は今たまたま紛れ込んでいるだけなのに、なぜかしっくりきて故郷のように懐かしい気持ちになる。すうっと深呼吸をしてみれば体の中まで浄化されていく気がした。
そうやって美味しい空気を味わっていると、目の前にやってきた妖精たちに「おなかいたそう~」「だいじょうぶ~?」と声をかけられる。普段人間のことにほとんど関心がなさそうな妖精たちが、自分の体調を労ってくれるなんて……とちょっと感動しながら彼らに返事をする。
「ふふ、心配してくれてありがと。ここにいると不思議とお腹の痛みが減って、いつもより呼吸も楽。なんだかすごく居心地がいいよ……。ずうっとここにいたくなるくらい」
最近は立っていても座っていてもじくじくとお腹が痛んで、時には我慢できないほどの激しい痛みに襲われることがある。あまりの痛みに息苦しくなることも。でもここに居るとそれが無い。
会話をしばらく楽しんでから妖精たちは去っていき、体の調子も良好な僕は、元気いっぱい前に進もうとしたのだけども。
「ちょっと待て、キルナ」
握った手を引っ張られたことで前には進めず彼の胸の中に収まってしまう。突然何かと彼の様子を窺うも、暗くて表情がわからない。
「どしたの? クライス」
「呼吸がしにくいほど酷く痛むのか?」
「え……」
急な問いにヒクリと喉が鳴る。
まずい、痛みが和らいだ解放感と妖精の可愛さに惑わされて余計なことを言ってしまったかもしれない。ここ最近お腹の痛みが激しくなっていることはまだクライスには話していない。
言おうとは思っていた。
ただ、花探しで緊張している彼をこれ以上心配させたくなかったし、痛いと言えば花探しに同行させてもらえないかもしれない。せめて花が見つかってから伝えようと思ってまだ言ってなかっただけで……。
『後で言おうと思ってたの』と言い訳したいところだけど、後で伝える予定パターンはテスト前に膝の怪我がバレた時にも使って、かなり彼を不機嫌にした記憶がある。どうしよぅ。
(とにかく今は花探しをする大事な時だし、大丈夫なことを伝えないと)
「えと……、ここではあまり痛まないからだいじょぶ……さっきの話は気にしないで」
「ここにいる時以外は痛いのか。何かあったらすぐに俺に頼れと言っただろ。痛いなら痛いと言え。一人で我慢するな」
「……あ。ちが……間違えた。もともとそんなに……痛くないのだけど、その……ここにいると気分がいいなあって言いたかっただけで……」
こんな素敵な場所で好きな人に抱きしめられるなんてちょっとドキドキする場面のはずが、超低音の魔王ボイスに耳元で問い詰められ、ドキドキというよりはバクバクと心臓が鳴る。大したことないと説明しようとすればするほど沼にハマっていく気がする。
見えないけど、クライスがものすごい怒ってることが気配(魔王オーラ)でわかる。この流れはまたしてもお仕置きなのだろうか? と戦々恐々としているところに不意打ちのキスをされた。
「んぅ……まっ、ここ……ふぁ……」
(ちょっと待って、ここでキスは……)
ここは誓いの湖で、ここでのキスには重要な意味があるのに……。心の準備がまだ出来てないよぉ!!!
ぐだぐだ考えている間にも、合わさった唇からお腹の中に彼の魔力が流れ込む。とろとろとした光の魔力が闇の魔力を覆う膜を補強するかのように広がった。
僕はその優しい感覚が愛しくて少し涙を零してしまう。クライスはその涙に気づくと、僕が痛みに泣いていると勘違いしたのか、悔しげに声を震わせた。
「くそっ、これではやはり気休めにしかならないな。こんな一時凌ぎじゃなくて契約して根本的に解決しないと……」
「気休めなんかじゃないよ。今もクライスの気持ちがうれしくて涙が出ちゃっただけ。こうしてもらうとお腹の中がぽかぽかして守られてる感じがするんだよ。ほら、ここがあったかいの、わかる?」
ラッシュガードを捲り、彼の手をお臍のあたりに持っていってぴたりと当てた。僕が今までこの温かい魔力にどれだけ救われてきたか、この手を通して伝わればいいのだけど……
クライスにそれを伝えると気まぐれなところがお前にそっくりだと笑われる。そんなところが似てるなんて心外なんだけど! と頬を膨らませながら、差し出された彼の手を握った。
「この島はまた随分と暗いな」
クライスの言う通りあたりは真っ暗で、近くにいる彼の顔すらよく見えない。
「ん、でも見て。ヒカリビソウの光がずっと続いて道を作ってる。カーナに聞いたのだけど、この花には『導き』の意味があって妖精の力が宿っているのだって。この光を辿って行けばいいんじゃ?」
「なるほど。たしかに妖精の森でも妖精殿の中でも、この光が行き先や帰り道を示してくれていたな……。よし、行ってみよう」
コロコロ コロコロ
草の間、木々の間、至る所に妖精がいて、僕たちのことを迎え入れてくれている。鈴を転がすような彼らの笑い声と草を揺らす僕たちの足音だけが、しんとした空気を震わせていた。
彼と並んで早足で光の道を歩きながら、僕はふと空を見上げた。
「なんでだろ、朝なのに星が見えるね。きれい……」
「現実離れした美しさで、怖いくらいだな」
まだ朝のはずなのに満点の星空。
季節外れにも関わらず満開に咲いたヒカリビソウの花。
周囲には静かに水を湛える虹色の湖と、羽を煌めかせながら戯れている妖精。
美しいもの全てを集めたかのような絶景の中に、僕は今たまたま紛れ込んでいるだけなのに、なぜかしっくりきて故郷のように懐かしい気持ちになる。すうっと深呼吸をしてみれば体の中まで浄化されていく気がした。
そうやって美味しい空気を味わっていると、目の前にやってきた妖精たちに「おなかいたそう~」「だいじょうぶ~?」と声をかけられる。普段人間のことにほとんど関心がなさそうな妖精たちが、自分の体調を労ってくれるなんて……とちょっと感動しながら彼らに返事をする。
「ふふ、心配してくれてありがと。ここにいると不思議とお腹の痛みが減って、いつもより呼吸も楽。なんだかすごく居心地がいいよ……。ずうっとここにいたくなるくらい」
最近は立っていても座っていてもじくじくとお腹が痛んで、時には我慢できないほどの激しい痛みに襲われることがある。あまりの痛みに息苦しくなることも。でもここに居るとそれが無い。
会話をしばらく楽しんでから妖精たちは去っていき、体の調子も良好な僕は、元気いっぱい前に進もうとしたのだけども。
「ちょっと待て、キルナ」
握った手を引っ張られたことで前には進めず彼の胸の中に収まってしまう。突然何かと彼の様子を窺うも、暗くて表情がわからない。
「どしたの? クライス」
「呼吸がしにくいほど酷く痛むのか?」
「え……」
急な問いにヒクリと喉が鳴る。
まずい、痛みが和らいだ解放感と妖精の可愛さに惑わされて余計なことを言ってしまったかもしれない。ここ最近お腹の痛みが激しくなっていることはまだクライスには話していない。
言おうとは思っていた。
ただ、花探しで緊張している彼をこれ以上心配させたくなかったし、痛いと言えば花探しに同行させてもらえないかもしれない。せめて花が見つかってから伝えようと思ってまだ言ってなかっただけで……。
『後で言おうと思ってたの』と言い訳したいところだけど、後で伝える予定パターンはテスト前に膝の怪我がバレた時にも使って、かなり彼を不機嫌にした記憶がある。どうしよぅ。
(とにかく今は花探しをする大事な時だし、大丈夫なことを伝えないと)
「えと……、ここではあまり痛まないからだいじょぶ……さっきの話は気にしないで」
「ここにいる時以外は痛いのか。何かあったらすぐに俺に頼れと言っただろ。痛いなら痛いと言え。一人で我慢するな」
「……あ。ちが……間違えた。もともとそんなに……痛くないのだけど、その……ここにいると気分がいいなあって言いたかっただけで……」
こんな素敵な場所で好きな人に抱きしめられるなんてちょっとドキドキする場面のはずが、超低音の魔王ボイスに耳元で問い詰められ、ドキドキというよりはバクバクと心臓が鳴る。大したことないと説明しようとすればするほど沼にハマっていく気がする。
見えないけど、クライスがものすごい怒ってることが気配(魔王オーラ)でわかる。この流れはまたしてもお仕置きなのだろうか? と戦々恐々としているところに不意打ちのキスをされた。
「んぅ……まっ、ここ……ふぁ……」
(ちょっと待って、ここでキスは……)
ここは誓いの湖で、ここでのキスには重要な意味があるのに……。心の準備がまだ出来てないよぉ!!!
ぐだぐだ考えている間にも、合わさった唇からお腹の中に彼の魔力が流れ込む。とろとろとした光の魔力が闇の魔力を覆う膜を補強するかのように広がった。
僕はその優しい感覚が愛しくて少し涙を零してしまう。クライスはその涙に気づくと、僕が痛みに泣いていると勘違いしたのか、悔しげに声を震わせた。
「くそっ、これではやはり気休めにしかならないな。こんな一時凌ぎじゃなくて契約して根本的に解決しないと……」
「気休めなんかじゃないよ。今もクライスの気持ちがうれしくて涙が出ちゃっただけ。こうしてもらうとお腹の中がぽかぽかして守られてる感じがするんだよ。ほら、ここがあったかいの、わかる?」
ラッシュガードを捲り、彼の手をお臍のあたりに持っていってぴたりと当てた。僕が今までこの温かい魔力にどれだけ救われてきたか、この手を通して伝わればいいのだけど……
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