白衣とブラックチョコレート

宇佐田琴美

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白衣の天使編

アンハッピーバースデー 1

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 この所すっかり秋めいて、朝はなかなかベッドから出られない。

「ふぁ……眠い……」

 重い身体を無理矢理動かしてカーテンを開けてみるものの、外はまだ薄暗い。せめて日差しがあれば少しは目が覚めるのにと思いつつ、雛子は欠伸をしながら窓を開け換気をする。

「さっむ……」

 この時期は昼夜の温度差が大きく、昼間はまだ暑いのに朝方は涼しい。澄んだ空気を肺一杯に吸い込むと、少しだけ身体が目覚めるような気がした。雛子はスマホに保存してある勤務表で、本日の勤務者を確認する。

「あ、今日桜井さんと勤務一緒だ」

 下半期に入り、雛子も独り立ちを求められるようになっていた。

 今まではプリセプターの恭平と毎日同じシフトをこなしていたものの、一人のスタッフとしてカウントされれば自ずと勤務が合わない日が出てくるようになる。

 課題を進める時も、相談事があればまず恭平の勤務をチェックしてタイムスケジュールを組む必要があるのは些か面倒臭い。

「一緒に日勤……嬉しいなぁ」

 空きっ腹に常温のエナジードリンクを流し込みながら呟いた独り言に、雛子ははたと眉根を寄せた。

「え、嬉しい? って……なに?」



『キスよ、キス! 桜井さんの! 雛子はそれで息を吹き返したのよ、白雪姫みたいにね?』



 唐突に夏帆の言葉が蘇り、雛子は慌てて首を振った。


「な、何考えてんの私!? 人工呼吸よ、そう、人工呼吸だから! それに覚えてる訳でもないしっ! ノーカン!」



 菓子パンを咀嚼しつつ、雛子は着替えて朝の情報番組を聞き流す。とにかく海での一件についてを思考から排除しようと躍起になる。

 
 あの日以来、どうにも恭平を意識してしまう時がある。もちろん悲しいほどに、恭平の態度は今までと変わらないのだが───── 。

「よしっ、今日も頑張る! 雑念は敵!」

 雛子は気合を入れるため、両手で頬を軽く二、三度叩く。

「行ってきます」

 シューズクローゼットの上に置かれた一つのサッカーボールが、雛子の出勤を静かに見送った。
 



やがて時刻は日勤始業時間となり、雛子達日勤者はステーションの中心にあるテーブルの周りに集まる。


「下半期に入ったし、これから一人ずつ順番に面談やるわね。申し送りが終わったら、そうね……桜井君から私のところに来てちょうだい」

「……うっす」


 朝礼にて師長から面談についての説明が行われる。

 指名された恭平は、普段以上にやる気のなさそうな気のない返事をする。

(あれ? なんか桜井さん、元気ないな……?)

 一見いつも通りのようだが、よく見ると普段に輪をかけて覇気がないように思えた。

 やがて夜勤からの申し送りが終わると、夜勤者はパソコン前に座り、日勤者は各受け持ちのところへと散らばっていく。

 恭平は何を考えているか分からない表情のまま、面談室へと消えていった。

「桜井さん、いつも以上にテンション低くないですか?」

「お、さすがプリ子。よく気付いたわね?」

「ほら、もうすぐ『あれ』だから……」

 そんな恭平の姿を見て、他のスタッフ達がひそひそと言葉を交わす。

「『あれ』? って、何ですか?」

 雛子は『あれ』が何を指すのか分からず、首を傾げて訊ねた。

「ああ、雨ちゃんは知らないか。桜井君、もうすぐ誕生日なのよ」

 恭平より上の学年のスタッフが答える。

「誰が最初に言い出したのか覚えてないんだけど……入職当時から、誕生日が近付くと何故かぼんやりしてることが多いの。理由を聞いてものらりくらりはぐらかされるのよね。大学時代から同期の清瀬さんなら知ってるかもしれないけど」

(真理亜さんなら……)

「やだ知らないの? あの二人、大学入る前から知り合いらしいよ。清瀬さんが言ってたから間違いない。仕事も出来るし顔も良いしお似合いよねぇ」

 もしかして付き合ってるんじゃない? と先輩達は色めきたつ。

「そ、そうなんですか……?」

 大学の同期とは知っていたが、それ以上に長い付き合いとは初耳だった。『付き合っているかもしれない』、その可能性に、雛子は何故か胸がざわつく。

(何でだろう……確かにお似合いの二人だし……仮に付き合っていたとして、私がそんなにもやもやする事ある……?)

 そんな事を思う自分に、思わず首を傾げた。

「っ……?」

「どうした雨ちゃん、難しい顔して?」

 訝しむ同僚達に「なんでもないです」と精一杯の虚勢を張って、雛子は受け持ちの部屋を回ることにする。

 しかし頭の中は、常に恭平の誕生日の事で一杯だった。
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