白衣とブラックチョコレート

宇佐田琴美

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白衣の天使編

血まみれ 5

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 益々不可解とばかりに声を上げる恭平。対する鷹峯は、処置用のワゴン車から縫合セットや麻酔薬、消毒、注射器などを慣れた手つきで並べていく。

「雨宮さんはベッドに横になって。桜井君、傷の周りちょっと生食で洗っといて下さい」

 鼻歌でも歌い出しそうな様子で薬剤をシリンジで吸い上げる鷹峯。恭平は不審がりながらも、雛子の頭の下に処置用シーツを敷くと生理食塩水に綿球を浸し傷の周りを押さえる。

「っ……」

「悪い、痛かったか?」

「だっ、大丈夫、ですっ……」

「痛かったら言えよ?」

 多少痛むものの雛子は我慢する。やがて鷹峯の準備が終わると、額に小さな注射器で数箇所麻酔を施される。

「なになに、“ハジメテごっこ”ですか? 私も混ぜて下さいよ。『雨宮さん、痛くて泣いても止めてあげません』」

「……やめろや」

「……??」

 顔の上で何やらよく分からない会話が繰り広げられているのを、雛子はひたすらじっとして聞いている。

 やがて麻酔の効きを確認し、鷹峯が傷口を丁寧に縫い合わせていく。

「ほら、力抜いて下さい」

「で、でも……怖くてっ……」

「怖がると余計に痛みますよ?」

「うぅっ……」

 麻酔をしているとはいえ、独特のチクチク感と皮膚の引き攣れる感覚に思わず顔を顰めてしまう。

「これ以上優しく出来ませんから」

「い、嫌ですっ……優しくして下さいっ……」

「じゃあ言うこと聞いて下さい」

「だぁから、お前楽しむのやめろっての」

 恭平の牽制も、鷹峯はどこ吹く風である。

「だって顔顰めてたら傷口縒れちゃうでしょ。綺麗に治したかったら、はい真顔」

「真顔……」

 真顔、真顔と心の中で唱えながら、雛子はひたすら目を閉じて耐える。やがて創部にひやりとした消毒の感触があり、ガチャガチャと器具を片付ける音が聞こえ雛子は目を開けた。

「はい、終わりましたよ」

 渡された手鏡を覗く。

「うわ、綺麗……」

 左額の傷は、細い糸で細かく縫い合わされていた。普段術後に見るそれとは手法が違うように思える。


(あれ……? この傷……)


 雛子の頭に微かな既視感が過ぎるも、それは掴めないまま霧散してしまう。


「ああ、形成外科で使う二層縫合の応用です。このサイズの傷なら痕も残らず消えると思いますよ。明日日勤ですよね? 念の為朝イチで診察させて下さい」
 
「あ、ありがとうございます……」

 ガーゼを貼り終わったところで、病棟師長が処置室のドアを開ける。

「良かった。大丈夫そうね? 労災の資料、これ書いて提出してくれるかしら?」

 鷹峯は恭平にあとを任せると、井上と雛子のカルテを書くためステーションに向かった。入れ替わりで入ってきた師長から、雛子は数枚の書類を受け取る。

「……師長、たか……がみね先生が外科だったって、初めて聞いたんすけど」

 恭平は滅菌物品や医療廃棄物をそれぞれに片付けながら、師長に訊ねる。

「あ~……なんか、噂だけどね? 手の故障で内科に移ったらしいわよ。かなり優秀な外科医だったみたい」

 師長はそれだけ言うと、書類を処置用ベッドの足元に置いて慌ただしく出ていってしまう。


 気が付くと、いつの間にか狭い処置室には恭平と雛子だけが取り残されていた。意識した途端、突然沈黙が重苦しくなる。

「あ、あの……」

 雛子はおずおずと口を開く。

「この前はすみませんでした。立ち入ったことを聞いてしまって……」

「ああ、いや……俺の方こそ、変な態度取って悪かったな」

「……」

「……」

「あ、私が片付けますっ……」

「……いや、お前は座ってろ。俺がやるからいい」

 再び沈黙。堪らなくなって雛子も片付けを手伝おうとするが、恭平に制止される。

「真理亜さんから聞きました……その、彼女さん、のこと」

「……そうか」

 雛子の言葉を聞いた瞬間、ふと恭平の表情が緩んだ気がした。

 それは一種の諦観のような、潔さのようなものだと感じた。

(私にバレたこと……ホッとしてる……?)

 それと共に、沈黙も先程に較べ苦しいものではなくなる。空気が軽くなる。

「変、だよな。誕生日くらいでいちいち機嫌悪くしてさ……ガキみたいで」

「そんなことないですっ……」

 雛子が首を横に振ると、恭平は困ったような笑みを浮かべて雛子の頭を撫でた。

 いつもの、温かい恭平の手だった。

「俺も早く、吹っ切らないとって思ってるんだけどな。やっぱり、なかなか難しい」

 珍しく困ったような表情で、けれど少しだけ恭平は笑った。

「……そしたら、もし吹っ切れたら、一緒にケーキ食べましょうっ……お祝いしましょう、誕生日っ」

 雛子の言葉に、恭平は一瞬面食らったような顔をする。

「っ……おう」

 しかしやがて、観念したかのようにそう返答するのだった。
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