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ある巡査の話

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知り合いの警官A巡査から聞いた話。

若いA巡査は、上司とパトカーに乗って、深夜の郊外をパトロールしていた。

住宅から少し離れたところに、田畑に囲まれた公営住宅があった。

古びたアパートで、ひび割れた外壁や薄暗い電灯が暗闇に浮かんでいる。

遠目に見ても気味が悪かった。
だが、住人は多く、空室もなかった。

念のため棟の間を走る市道をゆっくりと通り、警戒した。

人っ子一人おらず、しんと静かである。

いつもは騒がしい警察無線も、なぜかこの時は静かだった。

すると、ヘッドライトの端で何かが動いた。

A巡査は目を剥いた。

何かがいる。

枯れ木のように細く、土色をした肌、体に布切れを巻き、ボサボサの白髪をした人間のようなものが、うごめいたのである。


パトカーは急停止する。

すると、その人間のようなものはパトカーの前を横切るように走っていった。


A巡査は驚いて「今の見えました!?」と叫んだ。

A巡査は、人生で初めて「幽霊」を目撃した。

だが、彼の上司が落ち着いて言った。
「あれはこの団地に住む、少し頭のおかしなばあさんだよ。昼は静かなんだが、夜になるとシミーズ姿で、団地の棟を行ったり来たりするんだ。何度言ってもやめないんだよ。真冬はさすがに回数が減るけどな」

A巡査は「なあんだ」と少し恥ずかしくなり、笑った。「変なばあさんですね」

上司は続けた。
「かわいそうなばあさんでな。何年も前に息子さんは亡くなった。深夜のこの時間帯に『飛び降り』したらしいんだ…仕事で悩んでたそうでな。団地の真ん中に倒れてて、どこの棟から飛び降りたか分からなかったらしい。ばあさん、時々飛び起きて、団地を駆け回って今も息子を止めようと探してるのさ」

A巡査は奇異なおばあさんに対し、やるせない気持ちになったそうだ。



【おわり】
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