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中年男のランニング【後編】
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Oさんは不安になってきた。
林道とはいえ、単なる散歩道だ。
通常なら迷うことはない。
Oさんはあたりを見回す。
どことなく、見覚えのない雰囲気を感じる。
「はぁ、はぁ……どうしました?元気出して!」
女性が振り向いて、元気づけて来た。
Oさんはその一言で不安が消し飛んだ。
「はい!あなたから離れないように頑張ります!」
Oさんは絶妙に身の毛がよだつような言葉を返し、さらに女性についていく。
女性は元気に走ってる。
自分が思っていたより、この林道は広かったのだろう。
Oさんはそう納得した。
Oさんは女性の後をついて行く。
女性も汗をかき、息遣いも荒くなっていく。
女性はちらりと振り返り、Oさんを見た。
「すごいですね。ガタイがいいのに、こんなに走れるなんて……素敵です」
Oさんはまた有頂天になった。
「ラガーマンですから!」
Oさんがラガーマンだったのは20年前の話だが、彼のラガーマンとしての誇りは生きている。とくに、女性を前にした場合は。
「ちょっと、追い込みましょう」女性はにっこりとした。美しい汗ばんだ笑顔で、Oさんはドキリとした。
「今からペースをあげるので、追いついてください。私の肩にタッチしてみてくださいね」
Oさんは女性の肩を見て激しく首を縦に振る。
「頑張ります!」
「それじゃあスタート!」
女性はそういうと、一気にペースを上げた。
自称ラガーマンのOさんもペースを上げる。
だが、助平心で誤魔化してきたものの、Oさんの体力は限界だった。
なかなか追いつかない。
「ほら、頑張って!」女性が駆けながら叫ぶ。
「うー!」うなり声をあげ、ゆでだこのような顔をしてOさんは女性を追いかける。
異様な光景だが、疲労と助平心に我を失ったOさんは意に介さない。
次第に女性に近づき始めた。
もうすぐで手が届く。
「ほら!こっちよ!」女性は急に林の中へ方向を変え、入っていった。
Oさんも全力で走り、女性を追う。
もうすぐだ。もうすぐで手が、女性のみずみずしい肩に……
瞬間、Oさんの足は空を蹴った。
Oさんの足元は崖のような斜面だった。
全力で崖に飛び出した格好になった。
Oさんは悲鳴を上げながら、急な斜面を転げ落ちた。
膝に激痛を感じた。
転げ落ちながら、木の根や石粒が体を切り裂いていくようだった。
実際、ジャージが裂ける音がした。
Oさんは激しく土の地面に叩きつけられた。
ジャージは切り裂かれ、鏡モチのような腹が泥にまみれて露出している。
顔や手足は血が滲み、右膝は逆向きに曲がっていた。
息を吸うだけで脇腹に激痛が走る。あばら骨を折ったかもしれない。
朦朧とする中、崖の上から女性の高笑いする声が聞こえた。
若い女性の声かと思うと、老婆のようなしゃがれた声に変わる。
Oさんが見上げると、崖の上にしわだらけの老婆が立っていた。
先ほどのランニング女性と同じ服装をしていた。
「運のいいやつだね!」
老婆はそう叫ぶと、煙のように消え去った。
後に、病院に運ばれてOさんは治療を受けた。
突然ランニングを初めて崖から落ち、大けがをしたので妻にはなじられ、子どもにも呆れられた。
見舞いに行った私に、Oさんは語った。
「全くもって情けない話です……。事情を話した近所の人が教えてくれたんですけどね、かつてあの林には、男をだまして食う山姥がいたそうです。色仕掛けして、気づけば山姥に……とね。私は食われはしませんでしたが、恐ろしい目に遭いましたよ」
私は山姥の事を妻に話したか聞いた。
「とんでもない!そんなこと話したら恥の上塗りですよ!いや、しかし……いい勉強になりました。年甲斐もなく欲望のままに振る舞うと、醜態を晒すと……。計画的に節制しますよ、これからは」
Oさんは退院してから、多少の減量には成功したそうだ。
【了】
林道とはいえ、単なる散歩道だ。
通常なら迷うことはない。
Oさんはあたりを見回す。
どことなく、見覚えのない雰囲気を感じる。
「はぁ、はぁ……どうしました?元気出して!」
女性が振り向いて、元気づけて来た。
Oさんはその一言で不安が消し飛んだ。
「はい!あなたから離れないように頑張ります!」
Oさんは絶妙に身の毛がよだつような言葉を返し、さらに女性についていく。
女性は元気に走ってる。
自分が思っていたより、この林道は広かったのだろう。
Oさんはそう納得した。
Oさんは女性の後をついて行く。
女性も汗をかき、息遣いも荒くなっていく。
女性はちらりと振り返り、Oさんを見た。
「すごいですね。ガタイがいいのに、こんなに走れるなんて……素敵です」
Oさんはまた有頂天になった。
「ラガーマンですから!」
Oさんがラガーマンだったのは20年前の話だが、彼のラガーマンとしての誇りは生きている。とくに、女性を前にした場合は。
「ちょっと、追い込みましょう」女性はにっこりとした。美しい汗ばんだ笑顔で、Oさんはドキリとした。
「今からペースをあげるので、追いついてください。私の肩にタッチしてみてくださいね」
Oさんは女性の肩を見て激しく首を縦に振る。
「頑張ります!」
「それじゃあスタート!」
女性はそういうと、一気にペースを上げた。
自称ラガーマンのOさんもペースを上げる。
だが、助平心で誤魔化してきたものの、Oさんの体力は限界だった。
なかなか追いつかない。
「ほら、頑張って!」女性が駆けながら叫ぶ。
「うー!」うなり声をあげ、ゆでだこのような顔をしてOさんは女性を追いかける。
異様な光景だが、疲労と助平心に我を失ったOさんは意に介さない。
次第に女性に近づき始めた。
もうすぐで手が届く。
「ほら!こっちよ!」女性は急に林の中へ方向を変え、入っていった。
Oさんも全力で走り、女性を追う。
もうすぐだ。もうすぐで手が、女性のみずみずしい肩に……
瞬間、Oさんの足は空を蹴った。
Oさんの足元は崖のような斜面だった。
全力で崖に飛び出した格好になった。
Oさんは悲鳴を上げながら、急な斜面を転げ落ちた。
膝に激痛を感じた。
転げ落ちながら、木の根や石粒が体を切り裂いていくようだった。
実際、ジャージが裂ける音がした。
Oさんは激しく土の地面に叩きつけられた。
ジャージは切り裂かれ、鏡モチのような腹が泥にまみれて露出している。
顔や手足は血が滲み、右膝は逆向きに曲がっていた。
息を吸うだけで脇腹に激痛が走る。あばら骨を折ったかもしれない。
朦朧とする中、崖の上から女性の高笑いする声が聞こえた。
若い女性の声かと思うと、老婆のようなしゃがれた声に変わる。
Oさんが見上げると、崖の上にしわだらけの老婆が立っていた。
先ほどのランニング女性と同じ服装をしていた。
「運のいいやつだね!」
老婆はそう叫ぶと、煙のように消え去った。
後に、病院に運ばれてOさんは治療を受けた。
突然ランニングを初めて崖から落ち、大けがをしたので妻にはなじられ、子どもにも呆れられた。
見舞いに行った私に、Oさんは語った。
「全くもって情けない話です……。事情を話した近所の人が教えてくれたんですけどね、かつてあの林には、男をだまして食う山姥がいたそうです。色仕掛けして、気づけば山姥に……とね。私は食われはしませんでしたが、恐ろしい目に遭いましたよ」
私は山姥の事を妻に話したか聞いた。
「とんでもない!そんなこと話したら恥の上塗りですよ!いや、しかし……いい勉強になりました。年甲斐もなく欲望のままに振る舞うと、醜態を晒すと……。計画的に節制しますよ、これからは」
Oさんは退院してから、多少の減量には成功したそうだ。
【了】
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