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かっちゃん人形

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僕が通ったK幼稚園には、マスコット人形がいた。

「かっちゃん」という名前だった。

腹話術人形で、3歳児くらいの大きさだ。

昔の人形だったから、顔の造形が不気味だった。

目はぎょろりとして、裂けたような大きな口が開いていた。
そして白いすきっ歯が光っていた。

かっちゃんは入園式や卒園式くらいしか出番がなく、あまり見ることもなかった。

いつも園長室の棚に座って置かれていた。

そんな不気味なかっちゃんを僕たち園児は怖いもの見たさで覗こうとしていた。


それは園長室をのぞくことになる。

園長先生はあまり部屋にいることはなかったが、イタズラで園児が覗くのを先生たちは見つけ次第指導していた。

僕たちは先生に叱られるからほとんど覗けなかった。

だが、怖いもの見たさの感情がひときわ強い僕は、いつか覗いてやろうと企んでいたのだった。


お泊り保育のときに、そのチャンスは来た。

他の園児なら怖がってそんなことはしないだろう。

どうしてもかっちゃんが見たかった僕は、眠気を堪えて起きていた。

そして、夜中になり、先生の巡回も減った頃、布団を抜け出した。


幼稚園とはいえ、夜は不気味だった。

月明かりを頼りに僕は園長室へやって来た。

その時だった。

「ゴトッ」

と園長室の中から、何かが落ちる音が聞こえたのだ。

僕は恐くなった。

だが、ここで引き上げたら、眠いのを我慢した意味もない。

皆んなに自慢もできない。

僕は園長室の扉を少しだけ開き、中を覗いた。


かっちゃんはそこにいた。

いつも置かれていたはずの棚から床に降りていた。

そして、扉に向かって歩くようなポーズで立っていたのである。

僕は怯えた。

暗闇の中

立つはずのない人形が立っていたのだ。

かっちゃんはいつも笑っていたはずだ。

だが、その時かっちゃんの口は横一文字に閉じられており、笑っていなかったのだ。


僕は一瞬だけその姿を見ると、逃げ出した。

僕の本能が、まじまじと見ては危険だと言っていたのだ。


僕は布団に戻ると、頭からかぶって震えていた。


翌日僕は朝を迎えたし、何も問題なく幼稚園生活は続いた。


だが、あの光景を見てから僕は、一切園長室に近づかなくなった。


かっちゃんに関する噂話も、友達としなくなった。

とにかく、あの人形はもう関わるべきじゃない。

僕はそう思ったのだ。


そして、僕が卒園の時、卒園式でかっちゃんが現れた。

園長先生最後の挨拶で、出てきたのだ。

僕は叫びそうになった。

かっちゃんは、憤怒の表情をしていた。

にこやかな口は広角が下がり、ギョロ付いた目はいっそうと大きく、つり上がっていた。


黒目は動いていなかったが、常に僕を睨みつけているような気がした。


卒園式が終わり、盛り上がる皆んなに聞いた。

かっちゃんの顔が変わっている!と。

しかし、皆んな一様に

「前からあの顔だよ」

と言った。

僕は必死に説明した。

あんな顔じゃなかった。

実は僕が夜中に覗いてから・・・


卒園式のお別れムードで、誰一人そんな話をする僕を相手にしなかった。


僕は卒園以来、あの幼稚園を思い出すのは避けていた。

思い出し、また「かっちゃん」の顔を見ようものなら…

だから極力避けていた。

だが、月日は経ち、僕は結婚し、子供がいる。

そして子どもはこの度あのK幼稚園に入園することになったのだ。


妻には説明しても笑い飛ばされた。

他に幼稚園も保育園もなかったらしい。

僕は入園式に行くことになった。

妻は仕事で行けないという。

僕は行きたくない。

だが、どう考えても僕が行くしかなかった。


かっちゃんはまだあの顔で怒っているのだろうか。


入園式が近づくたび、僕の心は恐怖が増していくのだった。


【終わり】
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