魔法と科学の境界線

北丘 淳士

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夕刻のラステア城

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 王宮の一隅、ラムザ・リッツベルトは、自分の部屋の隅で庶務を熱心にこなす従者に近づいて、柔和な顔を向ける。
「わしはこの後、街に出る用があるから、今日はもう帰りなさい」
「街にですか!?……ラムザ枢機卿、護衛の手配は致してませんが」
「いや、盗賊の10や20など物ともしない男と門前で待ち合わせしておる。心配する必要はない」
「あっ、ログゼット様とですか。……分かりました。私も妻が身篭っているので、早退する分には助かります」
「うむ、大事にしてあげなさい」
 そう言って、急いで帰宅の準備をする従者の背中を優しい目で見送り、続いて自室を後にした。

 ラステア城。その荘厳に佇む姿をラムザは一度振り返って慈しむ。
 領土問題でこのラステアが戦火に包まれて久しい。その旧時代の体制の遺産がラステア城だった。
 城が城砦として機能していた名残は綺麗に補修されている。
 城内まで届かなかった矢や投石が付けた城壁の傷は、漆喰で埋め立てられ、城壁を這い登った炎の跡は白く塗られた。今はその上からさらに化粧石で覆おうとしていて、歴代の王権を守ってきた金城は、単なるラステアの街を見下ろすシンボルとなっている。
 そのラステア城の正門、作り変えられたばかりの真新しい門扉の前に、1人の長身の男が立っていた。その男は背が高いためか一見細身に見えるが、身に纏う官憲服は肉厚の胸板を封じ込めるのに精一杯で、白いシャツのピッチリ纏わり付く太い腕に対し、腰に佩いた直刀は指揮棒のように小さく見えた。無理やり着たお仕着せの服が、隆々とした身体を隠しきれないでいる。その男にラムザは軽く会釈した。
「待たせしましたかな、ログゼット殿」
「いいえ、私も従者から逃げて、今着いたところです」
 その壮年の男は、精悍な気質を漂わせる日焼けした肌に、眩い白い歯を覗かせて言う。蓬髪が獰猛さを増長させていたが、鋭さを隠した柔和な眸がラムザを優しく出迎えた。
「急に将軍位から官憲長官になって気疲れしているであろう」
 ラムザは門兵に合図して、扉を開けてもらう。そして、ログゼットと共にラステアの街に足を踏み出した。
「全くです。私は傭兵上がりですので、従者が付いてまわると煩わしくてしょうがありません」
 ラムザは苦笑いを返す。
「ログゼット殿、今日は息抜きついでに社会見学と参ろうか。わしの従者お勧めの店だ」
「お供致します」
 ラムザは「そんなに硬くならんでいい」とログゼットの腰を叩いた。
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