魔法と科学の境界線

北丘 淳士

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述懐

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 旭は、すぐに姿勢を正した。
「きょ、教授、いつの間に!」
「まあ、割と前から座っているのだが、考え事をしているようだったから声はかけなかった」
 北野の手元のアイスコーヒーは半分ほど減って、大きな水滴がグラスに結露している。
「申し訳ありません、ちょっと色々考え事をしてまして」
「いいや、今は夏期休暇で、この席に座ったのも俺が勝手にしたことだから、そんなに畏まらなくてもいい。ところで、何をそんなに真剣に考えていたのかな……。今年発表された藤居教授の宇宙モデルかな?」
「あ、いえ。そんなものではないのですが……」
「ロックベリーのことか?」
「あっ……と、その……」
「図星のようだな。いつも傍にいたから寂しいのか」
「いえ、そんなんじゃないです」
 北野は一口アイスコーヒーを飲み、「何かあったのか?」となおも踏み込んできた。
「いえ……」
「俺は口が堅いからな。香苗さんに相談出来ないことなど、遠慮なく聞いてもいいぞ。ただ、そこまで恋愛経験はないから、気の利いた答えは出せないかもしれないがな!」
 教授は苦笑いし、旭も釣られて笑ってしまった。そしてつい述懐してしまう。
「エディ……、ロックベリーから告白されたのですが、自分の気持ちに整理がつかなくて保留したままなんです」
 やや寂しげな表情を教授は見せた。
「そうか……。君はロックベリーのことが好きではないのかね?」
「いえ、好きではないなんて、そんなことはないです!」
「ただ自分の答えに踏ん切りがつかない、と」
「……はい。ロックベリーから、旭がリータのことが……、この前の写真の子が好きなんじゃないかと言われました」
「それで?」
「俺は否定したんですが、その直後エディアから告白されまして、彼女から通話を切って今の有様です」
「その結論が保留された状態で街に出てきた、と」
「……はい」
「そうか」と言って、北野は短い髪をざらざらと摩る。もう一度アイスコーヒーを飲んで唇を湿らせた。
「大方の科学者……、捻くれた科学者は別として、彼らは必ず1つは悩みを持って死んでいく。その一つとは何だか分かるか?」
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