魔法と科学の境界線

北丘 淳士

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告白の答え

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 LOTもないのですぐにカフェを出たが、雲が出てきて幾分涼しくなったので、旭はもうしばらく一人で街を歩いた。
 その間ずっと思惟に耽っていたのだが、朝、昼とまともな食事をしてなかったので空腹で思考が鈍り始めている。眠気はそれほどでもない。LOTを取りに帰らなければならないし、母さんがいたら軽食でも作ってもらおう、と思って家に戻ることにした。とりあえず一眠りして、もう一度エディアと話をしようと旭は思った。手の甲に埋め込まれたマイクロチップを翳して家の中に入る。ようやく自分の部屋に入り、枕の上に無造作に置かれたLOTに目を遣ると、着信のサインが明滅してる。手にとって内容を確認すると、エディアからだった。
 記録によると着信は昼の2時。1時間程前。イギリスでは朝の6時だ。少し迷ったがリコールした。5回目のコールで慌てたふうに、「あっ、はい!」と、ホログラムのエディアがコンタクトレンズを通して現れる。
「……朝早いじゃないか」
 寝惚け眼を擦りながら俯き気味だったエディアは「……うん。いつも寝ている時間に起こされるのってつらいね」と上目遣いで呟いた。
「寝たいのに叩き起こされるの。つらいだろ」
 乱れた髪を整えるエディアのホログラムを前に、旭は軽く微笑みながら話を続けた。
「エディア、あのさ、昨晩の……、そっちでは昨日の話のことなんだけどさ」
「あっ、あれね! ごめんね! 何か突然びっくりさせるようなこと言っちゃってー。忘れてもいいから。私、アキラもお母さんも好きだから、このままでいたいの、あはは」と寝癖を摩りながらエディアは惚けていたが、旭は微笑を止め続きを紡ぐ。
「ごめん、俺は……」
「ダメ、アキラ! ……それ以上言ったらダメだから!! アキラがあの女の子を好きでもいいの。一緒にいたいと思うのは私だし!」
 LOT上のエディアは身を乗り出し、向こうの端末のスキャンが追いつかなくて少しぼやける。だけど目に涙を溜めて懇願しているような表情だった。
「いいから聞いてくれ、エディア」
 映像が整ったと同時に、エディアは涙をこぼしながらも凝然と旭を見つめる。
「いいか、通話を切るなよ。俺なりによく考えたんだ。エディアにだけ自分の気持ちを吐き出させておいて、俺の気持ちは伝えないのはフェアじゃないからな」
 エディアは涙を細い指の腹で拭きながら、コクンと頷いた。
「今回アフリカの発掘が終わって、アシンベルリングが稼動するまで待ってくれないか?  たぶんリータに写真を見せることが出来れば、この俺の中のもやもやが払拭されると思う。SSBEが再開されると聞いたときから、どことなく気が張っている感じだったのを今日の昼間考えていて思ったんだ」
 少し考えていたような表情だったエディアは、もう一度ゆっくりと頷いた。
「正直リータとのことが中途半端で、今は踏ん切りがつかない。悪いけど分かって欲しいんだ」
 数瞬の間を空けてエディアは呟くように話し出す。
「……ずるい。ほんとずるいよ。私のことキープにするなんて」
 彼女は口を尖らせて上目遣いで睨んできた。
「いや、それは……」
「でもアキラだから許す。ただ絶対写真見せて片つけてよね。4ヶ月間待ち遠しいけど、私のこと絶対好きになってもらうんだから」
 エディアは気持ちいいほどに真っ直ぐだった。旭は彼女の芯の強さを改めて感じた。アシンベル関係者であろう肉親を探すため、単身で科学大国、日本にやってきた強さは伊達ではなかった。信念をもって行動しているから強いのだろう。そのとき旭は、やや憧憬の念をこめてエディアを見ていた。
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