魔法と科学の境界線

北丘 淳士

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興奮と落差

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 しばらく北野とエルザの通訳として、北野から投げかけられるこの船の構造的な質問を続けた。分かった事は、この船の動力炉はこことは別の空間に格納してあり、その動力炉の設置された空間には承認がないと入れないとのことだった。そういったいくつかの空間がここのメインコクピットからつながっていて、その空間にトリオン人は生活していたとエルザは語っていた。
 結局その日は3時間超の応答を休みなく繰り返し、研究員だが学生の身分の旭は、法定の終業時間が近づいていた。
「もう時間だ。次の質問ぐらいでとりあえず今日の調査は終了にしよう。今日送った質問は全然消化出来ていないが、お楽しみはまだまだ、これからだからな」
 腕時計を見ながら満足げに北野は言う。
「じゃあエルザ、ここの4人を計器類も一緒に船外に出してくれ。また明日」
「了解しました。ごきげんよう」
 旭との会話に順応してきたのか、エルザはややくだけた口調でそう言い残し、旭たち4人を船外へと転送させた。

「いやぁ、凄い……。なんと言うか……、凄いとしか言いようがないですね」
「昨晩、教授が興奮していた意味が分かります! これは本当……」
 2人の研究員が興奮冷めやらぬといった感じで他の研究員とも喋っている。
 北野は笑みが滲む顔を摩りながら言ってきた。
「明日からは他の人工空間のリストアップと内部調査が可能かどうか聞いてみてくれ。それにしても、この調査の面白さに比べたらSSBEなど比ではないな!」
 そう言って北野は時計を見る。
「おっと、もう22時になる。旭君には残ってエルザとのコンタクトを続けて欲しいが、超過労働が上にばれたら、あとが面倒くさくてな。それに私にも他の仕事があるので、これ以上は無理だ。研究員の1人に車を出してもらうから、それで帰りなさい」
 そう旭の帰宅を促した。
「分かりました。明日は授業が終わって、すぐにでも調査開始出来ますからね!」
「うむ、定時日だからな。楽しみだ!」

 現場に携わった研究員が運転する車に乗せてもらい、ラグラニアの話で盛り上がりながら旭は自宅に戻った。22時を少し回った頃だ。送ってくれた研究員に礼を言って、その車を見送り、家に入る。玄関でボディースーツから靴を切り離している頃に、ようやく疲れが襲ってきた。でも心地よい疲れだ。
 思わず香苗がいる時の癖で、旭は「ただいま」と言って家に上がった。誰もいないはずだった。
「おかえりー」
 リビングからエディアの声が聞こえる。
 旭は慌ててリビングに向かい、エディアを見るなり言った。
「お前、こんな時間まで何しているんだよ!!」
 だらしなくソファに横になってLOTで映画を見ていたエディアは、映画を途中で消した。
「それはこっちのセリフなんだけど」
 唇を尖らせながら、立ち上がって近づいてくる。そして旭の胸付近に鼻を近づけ、匂いをかいだ。
「な、なんだよ」
「別にー、何でこんなに遅かったの? ジェリコから聞いたの? アキラに好意を持ってる女の子の名前」
「あっ、そうだ、お前!! 何てことしてくれてたんだ!!」
「そんなの当たり前よ、女子って弱肉強食なんだから。ところでホント、何してたのよ?」
 開き直りやがった。
「許可が出たら、ちゃんと説明するから、今日は大人しく帰れ。寮まで送ってやるから」
 ずっと仏頂面のエディアを宥めながら、旭はエディアを寮まで送った。ラグラニアの調査の後の高まった気持ちの後に、この気苦労の落差が余計疲れさせた。
『研究員になったから平日は遅くなる』、ぐらいは言っておいたほうが身のためかもしれない。エディアを送った帰り道に冷えた空に浮かぶ星月夜を見ながら、旭は今日の体験にそぐわない溜息をついた。
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