魔法と科学の境界線

北丘 淳士

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残された人の痛み

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 心神喪失のジェリコは、神祖の民という理由で地球に送還することなった。山代はラムザから地下室の鍵をもらい、ダグラニ神書に浮かび上がった白斑へと指を伸ばす。
 東城君はここで何かしらの知啓を授かったはずだ。
 あの時から旭の行動に違いが出たのを山代は思い出していた。
 彼は白斑に触れた。

 エディアは2日間ベッドの上でずっと泣き伏し、その間、摂取したのは水だけで食事は喉を通らなかった。ようやく身体を起こしたときは、地球に帰ろう、と山代から言われた時だった。
 その山代も、生徒を失った悲しみと、自分が何もできなかった呵責に苛まれていた。

 ある日、調整が終わったラグラニアから、半壊したリータの部屋に二人が戻ってきた時、金髪の中年ぐらいであろう女性が声を上げて泣いていた。
 山代がリータの訃報を女王に直接伝えた時、女王は崩れ落ちるように倒れ、その場で顔を塞いで泣きだした。その女王の姿を見て、隣のラムザも涕泣を抑える事が出来なかった。
 リータに婚約者を宛がった時、本意では無かったのだろう。そこにいる誰もが、そう感じた。そして心の底から愛されていたのだろうと。
 それ以後も山代やエディアがベリザスタ42についてエルザに問うも、対消滅中という答えしか返ってこなかった。
 だが結局それから5日待っても音沙汰無く、彼女の淡い希望は確実な絶望へと変わっていった。

 山代とエディアは、リータの部屋とはまた別の広い室内に揺籃とラグラニアを設置してもらった。ラグラニアから出てきた山代はラムザやログゼット、王女に向いて挨拶を始めた。
「では私たちは地球に帰還します。今まで色々とお世話になりました。王女や市民は私たちの争いのために犠牲になってしまい、心の底から謝罪を申し上げます。私たちから言い訳する立場にございません。そして、最後まで私たちの我儘を聞いて下さり、ありがとうございます」
 そう言って、ダグラニ神書を脇に持つ山代は、彼らに深々と頭を下げた。少し憔悴しているエディアはそれに倣い、原始的な手枷をつけられたジェリコは悔恨の目を向けられず、俯いていた。
 神格と見ていた山代から謝辞を受けたラムザは慌てふためく。
「いえ、そんな、私たちこそ、ありがとうございます。王女も最後に自分を貫いて満足な生涯だったであろうと感謝しています。存命でしたら尚よかったのですが……。それに様々な技術をこの国にもたらせて頂き、感謝の念しかございません。今後とも宜しくお願いいたします」
「ええ、また頃合いを見て、私たちの科学技術を伝えに参ります。ああ、それとこの船が発射する時は、少し距離を開けた方が良いですよ。何が起こるかまだ分からないので。私たちが消えたら退室してください。それではまた」
 そう言って山代はジェリコの腕を掴み、ラグラニアの白斑に触れて姿を消した。エディアも、もう一度頭を下げ、白斑に触れる。

 退室する王女がラムザに問う。
「リータの、娘の、……最後は見たの?」
「ええ、アキラ様が現れてから、リータ様は以前の活気を取り戻していました。良い笑顔でしたよ」
 まだ少し翳りのある顔で無理やり微笑んだ。

 トラムから操作方法などを教わった山代は、ラグラニア内のコンソールに手をかざす。赤い文字が流れ、白斑が浮かび上がる。
 ラグラニアは黒紫の瞳孔に飛び込み、ジラニ36を通って、ラグラニアは一瞬で地球へと戻ってきた。時間にして一週間強、離れ離れになっていた。フルスクリーンになったラグラニアのコクピットから、常勤の研究員と警備員、椅子から立ち上がったばかりといった体勢の香苗を確認した。
 山代は肺の中を全て吐き出すような溜め息をついた。心が痛む。これから香苗に息子の死を伝えなければいけない事に。彼女の子煩悩ぶりは、昔からアシンベルリング作製に共に携わってきた山代はイヤというほど知っていた。
 身体をふらつかせながら、ゆっくりとラグラニアに近づいてくる香苗を見て、山代は言う。
「エルザ、ここにいる三人を外に」
 身体に微かな衝撃を感じ、すぐにラグラニアの外に出た。その時、研究員の歓声が上がる。香苗も喜びのあまり口元を抑えて、三人に駆けてきたが、その足はすぐに止まった。
「……山代君、旭は?」
 苦虫を嚙み潰したような顔で、山代は香苗の顔を見ることも出来ずに頭を横に振った。彼の口元が歪み、耐えられなくなった涙が零れ落ちる。
「やだ……、嘘……、嘘でしょう?」
「申し訳ありません。ですが彼は一つの惑星の危機を救ったのです。名誉ある……死でした」
「そんな……、名誉なんて、そんなものいらない! 旭を、旭を返してよ!!」
 山代は、それ以上もう何もいう事が出来ないでいた。滔々と涙を流しながら、あの時、選択を間違えた自分を心から責めた。
「そんなぁ……」
 ついに香苗は崩れ落ち、床に顔を伏せて泣き出してしまった。エディアが覚束ない足で近づき、香苗に覆いかぶさるようにして嗚咽を漏らし始めた。
「すいません、私がついていながら……」
 その脇で、ジェリコは研究室にいた警備員に連行されていく。
 香苗の様子を見たジェリコは、唇を噛みしめ小さく頭を下げ部屋を後にした。
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