転生の果てに

北丘 淳士

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ライカ―ル・ハムラス

転生

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 暗く……、温かい……。
 まるで洞窟の温い温泉にずっと漂っているような感覚を司は覚えた。
 なんだろう。ずっとこうしていたい。
 時々、意識がはっきりするが、その意識はすぐに暗転する。
 そして、ある日、突然の眼を焼くような光と肌を刺す刺激に包まれた。
 司は肺に入ってくる刺激に鳴き声を上げた。
 どうして、こんな場所に僕を。
 だがその意識もすぐに暗転する。
 そして所々の記憶が曖昧なまま、意識は埋もれていく。だが一つだけ強く意識を保っている事があった。
 ――僕は司――。

「――ル、――カール」
「ううん……」
「ライカ―ル、起きなさい」
「ライカ―ル……?」
「何寝ぼけているのライカ―ル、もう朝よ」
 窓から射す陽の光が、彼の瞼越しに眼を焼く。その光に馴染もうと必死の努力を続けた。次第に周囲の景色が分かるようになってきた。
「もう朝御飯よ」
 赤い髪をひっつめた若い女性が彼を優しく起こしていた。
 彼は周りを見渡す。木製の屋根。壁の一部は漆喰のようなもので覆われ、原始的な生活水準だと感じた。
 ベッドは病院のそれとはまた違った、包み込むような柔らかさがある。彼は半身を起こした。
 スムーズに起きれる……。
 そして綿製の半そでから覗く自分の手足を確認する。
 小さい……。
 何度も握ったり開いたりした。
 以前のような抵抗感が無い……。
「ほら、ナパは焼きたてじゃないと美味しくないわよ。食べましょ」
 言い残して赤毛の女性は、良い香りが漂って来る奥の部屋へと姿を消した。
「転生……、したんだ」それに新しい名前はライカ―ルのようだ。
 ライカ―ルと呼ばれた彼は、スムーズに体を捻り足から着地した。
 立てる!
 そして、今までにない感覚で足を前に出した。
 歩ける!
 彼は感極まって、その場で跳んだ。
 跳べる!!
 香ばしい香りに誘われて、ライカ―ルは赤毛の女性の去った方へ歩き出した。
 凄い!! 目線は低いけど歩けている!
 ライカ―ルは、もう一度自分の手を見た。
 自覚を得た体の年齢は分からなく重心も把握できずに不安定なものの、新しい体は五歳ぐらいだろうと思惟した。ライカ―ルは調子に乗って走り出し転ぶ。
 痛い!
 だが、その痛みは味わったことが無い新鮮なものに感じた。
 転んだ物音に気付いたのか、先ほどの女性が戻って来てハの字眉の顔を覗かせる。
「ちょっとぉ、大丈夫?」
「うん!」
 声も腹から出せることに調子を良くしたライカ―ルは、ふらつきながらも立ち上がり、倒れないように慎重に向かう。
 僕の名前はツカサ。前の父さん母さんは、タダクニとイクミ。彼女はツユ。そして、そして……。
 まだ発達しきっていない脳から、残された前世の記憶を溢し落とさないように、ゆっくりと歩いた。

 時々意識がはっきりしない時があるものの、しっかりと前世の記憶を回顧しながらライカ―ル・ハムラスは成長していく。
 父、ジェム、母、ベイザの下で一人っ子として生を受けたライカ―ルは、成長するにしたがって言葉も学び、環境にも慣れていく。時々郷愁の念にかられることもあったが、自由に動かせる体を手にしたライカ―ルは日々が新鮮で、色々な事に情熱を燃やす事が彼の生きがいとなった。
 六歳を過ぎる頃になるとしっかりと自我が根付き、世界が色付き、輝き始める。
 父は朝早くから農作業に出かける。
 最近のライカ―ルの朝の日課は、ベイザと共に近くの井戸に水汲みの手伝いに行くことだった。素焼の瓶を持ち、彼のとは少し大きい容器を持つベイザと手をつないで徒歩五分の場所にある村の井戸に向かう。
 この世界に魔法とか魔物とかいないのかな。早いうちから魔法を覚えて、世界を股にかけた魔導士になったりして。それか剣が使えるようになったり、スキルとか身に着けたり。
 ライカ―ルの頭の中で今後の展開が煌めきながら駆け巡っていた。
「あらベイザさん、おはよう。お坊ちゃんも水汲み?」
 同じ村の妙齢の女性も水汲みに来ていた。顔を覗き込むその女性にライカ―ルは頷きを返す。
「ええ、そうなんです。うちの子は活発で」
「偉いわねぇ。私の子なんかまだやっと立てたぐらいで、祖母に預けて水汲みに来ているんです」
 主婦同士の会話は長い。そう学んだライカ―ルはベイザの手を引き、水汲みを促す。井戸に備え付けられているポンプの取っ手を掴み上下させると、地下で冷やされた水が水口から出てくる。ライカ―ルはこの冷たい水が好きだった。暑い日が続くこの気候に清冽な刺激が心を潤す。瓶にその水を注いで満たす。重さは五キロほどあったが、ライカ―ルは容易にその重量を持ち上げる。
「ライカ―ル、あなた力が強いわね」
「これぐらい楽勝だよ!」
 自分の力が家族の役に立っていることに自尊心を満たした。
「お坊ちゃんは凄いのね~、それではまた」
「じゃあ奥様、これで」
 瓶の中で揺れる水に時々バランスを崩しそうになるも、しっかりとした足取りでライカ―ルは帰宅した。
「お母さん、ちょっと外に出て良い?」
「遠くに行かないのよ。人さらいが出るかもしれないから」
 その言葉が脅しではない事はライカ―ルにも分かっていた。主婦同士の話から推測するに、この世界では人身売買は無いことは無い。治安は以前過ごしていた日本とはまた違うのだと言う事も理解していた。
「大丈夫、家の周りを走っているだけだから!」
 実際、農場と隣接している家は、なかなかの広さを誇っていた。ライカ―ルの全速力で四分ちょっと。遠くには農作業を続けているジェムの姿も見える。
 ライカ―ルは走った。ただひたすらに。時間があれば走り、体が風を切る感覚を楽しむ。
 最初の頃、ジェムはライカ―ルが攫(さら)われないように、ずっと見ていたが、やがてライカ―ルの足の速さに安心した彼は、時々様子を見る程度にとどまる。
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