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8.差し入れはほどほどに

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 何も持たない彼に役立つかと思って、タオル、肌着になるTシャツ、歯ブラシ、お菓子、ノートとペンなどなど色々なものを用意する。
 予想より、かなり大きくなってしまった鞄。
 過去出産した時に入院中あればいいなと思ったものを適当に詰めてきたため、不必要な物もあるかもしれない。
 まあ、無駄なものがあれば持って帰ろう。

 夫がストックしていた生活用品や、パックTシャツなどが役に立って嬉しい。

 ひと段落して、遺影をチラリと見やる。
 変わらぬ夫の笑顔。
 少しだけ切なくなりながら荷造りをして、小さく笑って、その日は終わった。


 ◇◇◇


 翌日、約束した通り早い時間から病院へ向かう。


 病室に着いた時、
 ヒュースさんは、宮内さんの横で漫画を読んでいた。読むといっても、文字はわからないのか絵を見ている感じだ。
 時々宮内さんがセリフを指差しながら朗読している。

 あれから宮内さんは結局、ヒュースさんにミアと呼ぶ事を許したらしい。
 ヒュースさんがトントンと漫画を指し示しながら、「ミア」と催促すると、嫌そうな顔もせず顔を寄せている
 昨日のやりとりの時から思っていたが、訂正しながらも満更でもない様子だった。
 大きな身体を丸めて宮内さんと肩を寄せるヒュースさん。夢中で読み進める様子がとても微笑ましい。年の差のある兄弟みたいだ。年齢と立場は逆だけど。

 ほっこりしつつ、そんな二人を眺めていると「こんにちは」と武本さんが声をかけてきた。その声に宮内さんもこちらを向き、宮内さんの動きにつられてヒュースさんも顔を上げた。ちなみに赤池さんは気持ち良さげに寝ていた。
 にっこりと笑いかけ、荷物の中から取り出したお菓子を掲げる。

「食事制限はありますか?大丈夫だったらお茶でも」

 幸い、この部屋のメンバーには食事制限はなくみんなでお茶会と相成った。
 特に宮内さんは、成長期でもあるからか食事だけだとすぐにお腹が空いて難儀していたのだと言ってとても嬉しそうにどら焼きを頬張っている。


 ヒュースさんもどら焼きを手に持ち、しげしげと見つめていたが、宮内さんの食べっぷりをみて恐る恐る齧っていた。
 途端弾かれたようにこちらを見る。
 大の大人がキラキラした目で、私の顔とどら焼きを交互に見てくるのが可笑しくてみんなで笑った。


「ご馳走さまっス。昨日三浦さんが帰ったあとのヒュースさん、面白かったんスよ!」

 あっという間に食べ終えた宮内さんが嬉々として話し始める。

「消灯したら飛び上がってるし、夜中の見回りの時ドア前で構えて看護師さんビビらせたりして」

 それを聞いた武本さんがこら、と諫める。

「当人は心細いでしょうに…笑っちゃダメですよ」
「すません。でも昨日のアレ、ヒュースさんがこの部屋きた初日の夜はしてなかったし、構え方もなんか俺らを守ろうとしてくれた気がして、嬉しかったんスよね」

 俺動けないし。と、折れた足を指差して宮内さんが笑う。

「なるほど。ガタイもいいですし、彼は何か武道に通じているのかも知れませんね」

 ちなみに武本さんは、首を鞭打ちした時に着ける装具で首を固定していた。
 目線だけで頷いている。

 話を聞いているだけのヒュースさんは、自分の事を言われていると分かるのか、二人を交互に見ていた。
 手にはどら焼きの袋。
 まだ食べ足りないのかと思って、余りを差し出すと嬉しそうにしていた。
「ーー,ー」と、恐らくお礼を口にするヒュースさん。
 たくさん食べるのもどうかと思うが、お昼ご飯までまだあるので、問題ないだろう。
 興味深い様子でどら焼きの包装を全方位から観察している。

 目覚めてからのヒュースさんは、失った知識を回収する為か、何事にも興味津々だ。
 これから荷解きもあるので、その反応が今からたのしみになる。

 彼の記憶が戻るまでか、戻らずとも退院するまでか……私が引っ越してここを離れるか。
 それまでの間に、出来る事はしてあげたいなと考えていた。
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