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追憶録
零 【チュートリアル】
星一つない曇天、そうして肌寒くなるほどの風。
少なくとも良い気分になれるとは言えない環境の中、つい最近成人したばかりの女性──久遠は結んでいる黒髪を揺らしながら指定された集合場所に向かって足を進めていた。
ここら一帯が周りと比べて田舎だからか、それとも単に山道だからか、街灯が圧倒的に少なく歩を進める度に足元が見えなくなっている気がする。それになんだか、どこからか視線を向けられているような気がしなくもない。
(⋯⋯気の所為、気のせい⋯)
念のように頭の中で唱えながら、肩から掛けている鞄の紐を強く握り締め⋯焦る心情のごとく1歩が大きく、速くなっていく。
そうして大きな街灯を見つけ、落ち着くために光が1番照らされている場所に立って──
その瞬間、森の中から怪物のような何かが襲いかかってきた。
あまりに突然の出来事に声を出すことも出来ず、立ち尽くしてしまう。世界がスローモーションになり、その怪物が自分に噛み付いて来そうになった⋯その時だった。
「──『⬛︎⬛︎』」
刹那、視界が赤に染まる。反射的に目を閉じ、数秒ほど経ってゆっくりと目を開ければ⋯そこには、頭を撃ち抜かれたのか倒れている先程の怪物がいた。
少しだけ近づいて、脚からゆっくりと霧散していくその怪物を見下ろす。
「こ、これが『魔獣』⋯⋯!」
何度も習った単語の実物を見れて、興味本位から思わずしゃがんでその姿をまじまじと見てしまう。落ちていた木の枝で頭をつんつんと刺激すれば、ぴくぴくと身体が動いていた。
(目、取ったらどんな感じになるんだろ⋯⋯)
ふとそんな事を思い、木の枝で突き刺そうとした、その瞬間だった。
「⋯⋯何してんだお前」
え、と反射的に声がした左方向へ視点を移した瞬間、額にデコピンされた。思わず驚いて変な声をあげてしまう。
地味にひりひりと痛む額を抑えながら、そんな自分を見下ろしている長い赤髪の──声からして男だろうか?に声をかける。
「あ、えと⋯⋯どちら様ですか?」
久遠が頭にはてなマークを浮かべながらそう問えば、赤髪の男は表情を変えず、されど呆れているだろうと分かるため息を吐きながら答えた。
「迦闇 真叶、お前の実習を手伝わされる事になったいわば被害者だ」
「⋯えっ迦闇さん⋯⋯!?」
思わず大きな声を出してしまう。そりゃそうだろう、まさか共に実習してくれる人だとは思ってもいなかったのだから。
「やっとクランの仕事が終わったというのに⋯不知火の野郎⋯」
ぼそぼそと不満を零している迦闇⋯⋯そんな彼に気圧されつつも、おずおずといった感じで口を開く。
「⋯⋯今日は迦闇さんおひとりで私に教えてくれるんですか⋯?」
「んなわけ。なんか他の奴も来るとか言ってたが⋯初対面だから嫌なんだよ」
ぶっきらぼうに言われ、思わず萎縮してしまう。迦闇本人に威圧するつもりは毛頭ないのだが、不機嫌そうな男からは何言われても怖いものだろう。
「⋯⋯⋯」
2人の間に沈黙が訪れる⋯気まずくはないのだが、これから行動を共にするのだからこのままだと良くないと考え久遠は口を開こうとして。
「ごめんなさい、遅れました」
迦闇が来た方向から、更にまた1人やって来た。目を向ければ、久遠より一回り以上小さい⋯明らかに中学生の少女がいた。
肩にかかる程の短い黒髪に、ところどころ紫色のメッシュが入っている。まだ子供っぽい顔立ちともちもちで可愛い頬を除けば、彼女の雰囲気に似合っているクールでカッコいい髪だった。
少女は久遠たちの近くまでやって来て、頭を下げた。
「二階堂 瑠衣李です、そこの⋯⋯迦闇さん?と共に久遠さんと実習しろ、とせんせ⋯⋯不知火という方に指示されたので来ました。では早速行きましょ」
一瞬だけ愛想笑いをしたあと、そのままそそくさと歩いている瑠衣李⋯慌てて走ったが、瑠衣李は思っていた以上に歩幅が小さくすぐに追いついた。
(雰囲気は大人びてるけどちゃんと子供なんだな⋯)
そう思ったが口は噤んでおく。失礼かもしれないし、初対面でそれを言える勇気は無かったからだ。
「おいガキ、チビなんだからもっと気張って歩け」
「は?」
(⋯ど、ド直球で言ってる⋯)
明らかに失礼なことを言う迦闇に、振り向きながら眉間に皺を寄せる瑠衣李。慌てて「さ、早く行きましょ!」と話題を逸らせば瑠衣李は不満そうにしつつも歩いていった。
(先が思いやられるよぉ~⋯⋯)
***
久遠を中心に、スマホのライトを付けながら3人は足を進める。コツ、コツ⋯という音が真っ暗なトンネルで反響し、なんだか不気味だ。この長いトンネルを抜けた先に、彼らの目的地である【呪われた森屋敷】があるのだ。
「⋯⋯そういやお前」
その時、何か思い出したのか迦闇が突然言葉を零す。なんですか、と聞き返すよりも早く右にいた瑠衣李が口を開いた。
「久遠さん、です。名前くらい覚えて呼んだらどうですか?初対面なのに非常識ですよ」
「あ?」
「は?」
「はい!!久遠!!!です!」
先程からずっとこんな感じだ⋯初対面で迦闇にあんなことを言われたのを根に持っているのか、瑠衣李はツンツンしている。
久遠の叫びに瑠衣李が目を丸くして驚き、ギスギスして欲しくないという意図を察したのかこほん、と咳払いをして口を開いた。
「⋯⋯復習をしましょう、久遠さん」
「復習⋯⋯?」
「はい、私たち『異端者』側のルールや性質、『魔族』など、様々なことを」
そう言われ、何を言えばいいのか分からず言葉が出てこない久遠。そんな彼女を見て左にいた迦闇が話を広げた。
「『クラン』だったり『異能』だったり、お前がこれから務める役割でもなんでもいい⋯覚えている限りのこと、全部言え」
「分かり⋯ました」
頭の中で急いで言葉を並べて、それらを整理していく。やがてある程度まとめることの出来た久遠は、深呼吸をしたあとにゆっくりと口を開いた。
「⋯⋯この世界には、『異能』という特別な力を持つ『異端者』という人間が存在しています⋯私や二階堂さん、迦闇さんのような方のことですね。えっと⋯それで、異端者の中には異能を2つ以上宿している"残機型" 1つのみ宿している"単機型"、この2種類が存在しています。あとは⋯えっと⋯」
そこで、せっかくまとめていた言葉が頭の中から抜けていく。覚えることが多すぎて、正直完璧に覚えているとは言えないからだ。
「うん、そうですね。じゃあ、そんな人達はどうしてるんですか?」
ヒントを与えるかのように割って入る瑠衣李⋯その言葉に言おうとしていた言葉を思い出し、なんとか話を続ける。
「あ、そうでした⋯異端者の方々は、基本[クラン]という組織に入隊して、そこで異能の扱い方や自身の実力を高め、戦闘系の異能の人達の中から更に突出した実力を持つ者は《専属クラン》に、私のような戦闘系の異能じゃない、もしくは実力が伴ってない異端者は専属クランに所属せず補助に回るんですよね。専属クランの中でも種類があって、第1クラン【森羅万象】、第2クラン【翡翠】、第3クラン【要】、第4クラン【東雲】と言った4つのクランに分けられています。迦闇さんは【森羅万象】のリーダーを勤めていて、二階堂さんはその若さで【要】のリーダーでしたよね。そんなお2人と行動できて私は本当に⋯」
そこまで言った時、突然両隣にいた2人が歩みを止めた。釣られて久遠も足を止めれば、突然トンネル内が少しだけ明るくなった。見れば、右隣にいた瑠衣李の頭上に『肆』という数字が浮かんで紫に光っている。
「ふーん⋯」
そんな瑠衣李を見た迦闇は興味深そうにしており、まじまじと見つめていた。次の瞬間、瑠衣李の影から龍のような、蛇のような化け物が飛び出した。
「食べちゃっていいよ」
瑠衣李がそう言えば、その化け物はトンネルの天井に飛びかかって何かをむしゃむしゃと噛み始める。訳も分からず瑠衣李を見ればニコッと笑った。
「可愛いでしょう、うちの式神。見た目は怖いけどちゃんと命令聞いてくれるんですよ」
「は、はぁ⋯⋯」
「今だって、階級も付けられていない魔獣を食べてくれましたし。もーほんと、可愛い」
なるほど、と久遠は一人で納得する。専属クランの人達は戦闘特化だ、気配で敵を察することも出来ると聞いていたのだが、聞いていた通り気配で魔獣に気付いて処理をしたということだ。
確かに凄いのだが、それはそれとして瑠衣李が召喚した式神は決して可愛くはない気が⋯。
「可愛い?いや普通にきm」
「うん、可愛い!ですね!」
隣で何も配慮せず言葉を零そうとした迦闇の口を慌てて塞ぐ。流石にこれ以上ギスギスして欲しくない。
「⋯⋯⋯?まぁいいや、今度触らせてあげますね。じゃ、話の続きしていいですよ」
(切り替え凄いな⋯)
「わ、分かりました。えっと続きですが、私たち補助にも役割が分けられてます。先程襲ってきた魔獣や、魔獣の知能が進化した魔族など、そんな化け物から何も知らない一般人を避難させるかなり危険な《報告係》、戦闘が終わったあとの建物などを綺麗にする、もしくは直す⋯危険ではないけど大変な《隠蔽係》の2つですね」
「⋯⋯久遠さんは⋯」
「⋯⋯一応、報告係志望です」
先程魔獣に襲われ何も出来なかった所を迦闇に見られた久遠としては、かなり言いずらかったがなんとかそう口にする。チラリと迦闇へ視線を向ければやはり呆れた目をしていた。
「凄いですね、危険なのに志望するのかっこいいですよ」
瑠衣李に褒められ、なんだか照れくさくなり言葉が詰まる。そんな久遠に対し、つまらなそうに迦闇が「それで?続きは?」と急かしてきた。慌てて言おうとしていた事を引っ張り出す。
「あっ、はい⋯多分話すことももうあまり無いんですけど、あとは敵についてのことですかね?確か敵は『魔獣』『魔族』の2種類で、魔獣は人々の負の感情が一定量を超えて生まれます。だから虐殺があった村や、事故・公害があった場所では生まれやすいです。稀に魔族が下僕として生み出すこともありますがそれはレベルの高い魔族の成すことなのでほぼないと言っていいでしょう。対して魔族はかつて実在した存在の成れの果てや魔獣に知能が加えられ進化したものと言われていますね。⋯⋯私が知っているのはこれくらいですが、どうですか?」
久しぶりにかなり長く話してしまい、軽く息が乱れる。そんな久遠に瑠衣李は「充分ですよ」と言い、迦闇は何も言わなかった。
「「「⋯⋯⋯」」」
またしても沈黙が訪れる⋯目的地はもうすぐで、別に無理して話題を作る必要はないだろう。そう考えこの沈黙を味わうように久遠は瞳を細めた。
「⋯⋯『LUX』については、やっぱりまだ教えられてないんですね」
その瞬間、突然瑠衣李から発せられた言葉に思わず視線を向けてしまう。
「LUX⋯⋯?」
「どうせ今後耳にすると思うので、先に言っておきますね。ココ最近、『LUX』という⋯異端者が集って各地に混乱を招いている反乱軍のような組織が認識されました。私たちクランはその組織の中でも特に厄介だった異端者を登録し、危険視しています。確認されている限りだと⋯【御影 緋影】【皇 燈牙】【白銀 凪】の3人が最高危険重要視人物として登録されていますね。以前【森羅万象】の月城 真弓さんが白銀という異端者に遭遇したのですが、手も足も出なかったそうです」
「トップクランの人でも対処できないなんて⋯そんな組織、恐ろしいですね」
『LUX』⋯⋯魔獣や魔族は人じゃないからいいものの、命を奪うことに慣れているであろう専属クランの人達でも人の命を奪うのは⋯中々に辛いのではなかろうか。
「⋯⋯あ、そろそろ着きますね」
言われて目を凝らせば、段々と光が見えてきた。ぐにゃぐにゃと曲がっているトンネルだからか、なんだか不気味だった。
そのまますぐに出口へ辿り着き、久方ぶりの光に思わず目を閉じてしまい──
「⋯⋯あ、どうも」
目を開ければ、そこには知らない男性がいた。久遠よりも少し年下だろうか?
黒髪で所々紫のメッシュが入っており、センター分けがよく似合っている。
(⋯⋯⋯黒髪で紫のメッシュ⋯?)
そこで久遠はまさか、と気づく。思わず隣の瑠衣李へ視線を向ければ、とても呆れた顔をしていた。
「なんでアンタがいるの⋯異能まだ覚醒してないんでしょ、お荷物だから関わってこないでよ」
「いやいや、俺先生に言われて来たんだって!なんかお前らの戦闘を見て学べ、って⋯」
「はぁ⋯⋯?まぁいいや、自分の身は自分で守ってよ」
「【要】のリーダーでありながら異能を使えない人間1人も守れないのか?」
「は?全然守れるし、余裕なんですけど。⋯⋯というか、にぃ⋯⋯優李はどうやってここまで来たの」
「いや普通に先生が使い捨ての空間転移魔具使ってくれた」
「はぁー!?ズル!きも!」
「キモイは関係ないだろ!?」
久遠を置き去りに会話をする3人⋯先程までのクールな彼女はどこへやら、ピーピー喚く瑠衣李に困惑した表情を久遠が向け続けていると、気づいた瑠衣李は固まってしまった。
赤らんだ頬を誤魔化すように咳払いをし、先程までのノリで「行きましょうか」という瑠衣李に流石に無理があるだろ⋯と思ってしまったが、そんな言葉は飲み込んで大人しくついて行った。
《報告係》として初めての実習⋯今回は強いクランの人達がいるから大丈夫だろうが、やはり不安は強い。
「久遠さん、だっけ?異能覚醒出来てる時点で俺より凄いから自信もっていいよ」
途中、そんな久遠を見兼ねた優李がそんな助言をしてくれて、なんだか心が温まった。
(⋯⋯早く、誰かの役に立てるような。そんな人になれたらいいなぁ⋯)
淡い夢を抱きながら、久遠達はその屋敷へと足を踏み入れていった。
***
「⋯⋯おにぃ、大丈夫?」
優李が2つの墓の前で立ち尽くしていると、妹である李咲⋯通称サキが心配そうに声をかけてくれた。その隣では、幼馴染である蒼月 アクアも沈んだ表情をしている。
「⋯⋯大丈夫。もう終わるから、ちょっと待ってくれ」
からりと笑いながらそう言い、墓へともう一度視線を戻ししゃがむ⋯⋯いま、自分は上手く笑えていただろうか?それすらも曖昧で、もうおかしくなりそうだ。
目の前にある2つの墓のうち左の墓には《二階堂 瑠衣李》、右の墓には《久遠 静香》と書かれている。
(⋯⋯俺が、もっと強かったら。こんな結末は迎えなかったんじゃないか)
いや、違う⋯⋯それはタラレバだ。こんなことを思い続けたってなにも意味なんてないし、前に進むことだって出来ない。
⋯⋯そうだ、優李は分かっている。でも、だとしても⋯2年前の大反乱、聖夜百鬼夜行の被害はもっと抑えることが出来たはずだと、ずっと後悔してしまう。
握り締めていた手がどんどん固くなっていく⋯そんな優李の手を、何かか包んだ。見れば、アクアが優李の手を優しく握ってくれていた。
「⋯⋯そろそろ、戻ろっか。優くんも任務でしょ、早くしないと遅れちゃうよ」
言われ、腕時計へ視線を向ければ確かに時間が迫ってきていた。そうだな、と返し立ち上がって墓へと背を向ける。
⋯⋯そうして、感情を心に閉じ込めながら⋯優李は決意する。
必ず、この復讐を遂げると。
少なくとも良い気分になれるとは言えない環境の中、つい最近成人したばかりの女性──久遠は結んでいる黒髪を揺らしながら指定された集合場所に向かって足を進めていた。
ここら一帯が周りと比べて田舎だからか、それとも単に山道だからか、街灯が圧倒的に少なく歩を進める度に足元が見えなくなっている気がする。それになんだか、どこからか視線を向けられているような気がしなくもない。
(⋯⋯気の所為、気のせい⋯)
念のように頭の中で唱えながら、肩から掛けている鞄の紐を強く握り締め⋯焦る心情のごとく1歩が大きく、速くなっていく。
そうして大きな街灯を見つけ、落ち着くために光が1番照らされている場所に立って──
その瞬間、森の中から怪物のような何かが襲いかかってきた。
あまりに突然の出来事に声を出すことも出来ず、立ち尽くしてしまう。世界がスローモーションになり、その怪物が自分に噛み付いて来そうになった⋯その時だった。
「──『⬛︎⬛︎』」
刹那、視界が赤に染まる。反射的に目を閉じ、数秒ほど経ってゆっくりと目を開ければ⋯そこには、頭を撃ち抜かれたのか倒れている先程の怪物がいた。
少しだけ近づいて、脚からゆっくりと霧散していくその怪物を見下ろす。
「こ、これが『魔獣』⋯⋯!」
何度も習った単語の実物を見れて、興味本位から思わずしゃがんでその姿をまじまじと見てしまう。落ちていた木の枝で頭をつんつんと刺激すれば、ぴくぴくと身体が動いていた。
(目、取ったらどんな感じになるんだろ⋯⋯)
ふとそんな事を思い、木の枝で突き刺そうとした、その瞬間だった。
「⋯⋯何してんだお前」
え、と反射的に声がした左方向へ視点を移した瞬間、額にデコピンされた。思わず驚いて変な声をあげてしまう。
地味にひりひりと痛む額を抑えながら、そんな自分を見下ろしている長い赤髪の──声からして男だろうか?に声をかける。
「あ、えと⋯⋯どちら様ですか?」
久遠が頭にはてなマークを浮かべながらそう問えば、赤髪の男は表情を変えず、されど呆れているだろうと分かるため息を吐きながら答えた。
「迦闇 真叶、お前の実習を手伝わされる事になったいわば被害者だ」
「⋯えっ迦闇さん⋯⋯!?」
思わず大きな声を出してしまう。そりゃそうだろう、まさか共に実習してくれる人だとは思ってもいなかったのだから。
「やっとクランの仕事が終わったというのに⋯不知火の野郎⋯」
ぼそぼそと不満を零している迦闇⋯⋯そんな彼に気圧されつつも、おずおずといった感じで口を開く。
「⋯⋯今日は迦闇さんおひとりで私に教えてくれるんですか⋯?」
「んなわけ。なんか他の奴も来るとか言ってたが⋯初対面だから嫌なんだよ」
ぶっきらぼうに言われ、思わず萎縮してしまう。迦闇本人に威圧するつもりは毛頭ないのだが、不機嫌そうな男からは何言われても怖いものだろう。
「⋯⋯⋯」
2人の間に沈黙が訪れる⋯気まずくはないのだが、これから行動を共にするのだからこのままだと良くないと考え久遠は口を開こうとして。
「ごめんなさい、遅れました」
迦闇が来た方向から、更にまた1人やって来た。目を向ければ、久遠より一回り以上小さい⋯明らかに中学生の少女がいた。
肩にかかる程の短い黒髪に、ところどころ紫色のメッシュが入っている。まだ子供っぽい顔立ちともちもちで可愛い頬を除けば、彼女の雰囲気に似合っているクールでカッコいい髪だった。
少女は久遠たちの近くまでやって来て、頭を下げた。
「二階堂 瑠衣李です、そこの⋯⋯迦闇さん?と共に久遠さんと実習しろ、とせんせ⋯⋯不知火という方に指示されたので来ました。では早速行きましょ」
一瞬だけ愛想笑いをしたあと、そのままそそくさと歩いている瑠衣李⋯慌てて走ったが、瑠衣李は思っていた以上に歩幅が小さくすぐに追いついた。
(雰囲気は大人びてるけどちゃんと子供なんだな⋯)
そう思ったが口は噤んでおく。失礼かもしれないし、初対面でそれを言える勇気は無かったからだ。
「おいガキ、チビなんだからもっと気張って歩け」
「は?」
(⋯ど、ド直球で言ってる⋯)
明らかに失礼なことを言う迦闇に、振り向きながら眉間に皺を寄せる瑠衣李。慌てて「さ、早く行きましょ!」と話題を逸らせば瑠衣李は不満そうにしつつも歩いていった。
(先が思いやられるよぉ~⋯⋯)
***
久遠を中心に、スマホのライトを付けながら3人は足を進める。コツ、コツ⋯という音が真っ暗なトンネルで反響し、なんだか不気味だ。この長いトンネルを抜けた先に、彼らの目的地である【呪われた森屋敷】があるのだ。
「⋯⋯そういやお前」
その時、何か思い出したのか迦闇が突然言葉を零す。なんですか、と聞き返すよりも早く右にいた瑠衣李が口を開いた。
「久遠さん、です。名前くらい覚えて呼んだらどうですか?初対面なのに非常識ですよ」
「あ?」
「は?」
「はい!!久遠!!!です!」
先程からずっとこんな感じだ⋯初対面で迦闇にあんなことを言われたのを根に持っているのか、瑠衣李はツンツンしている。
久遠の叫びに瑠衣李が目を丸くして驚き、ギスギスして欲しくないという意図を察したのかこほん、と咳払いをして口を開いた。
「⋯⋯復習をしましょう、久遠さん」
「復習⋯⋯?」
「はい、私たち『異端者』側のルールや性質、『魔族』など、様々なことを」
そう言われ、何を言えばいいのか分からず言葉が出てこない久遠。そんな彼女を見て左にいた迦闇が話を広げた。
「『クラン』だったり『異能』だったり、お前がこれから務める役割でもなんでもいい⋯覚えている限りのこと、全部言え」
「分かり⋯ました」
頭の中で急いで言葉を並べて、それらを整理していく。やがてある程度まとめることの出来た久遠は、深呼吸をしたあとにゆっくりと口を開いた。
「⋯⋯この世界には、『異能』という特別な力を持つ『異端者』という人間が存在しています⋯私や二階堂さん、迦闇さんのような方のことですね。えっと⋯それで、異端者の中には異能を2つ以上宿している"残機型" 1つのみ宿している"単機型"、この2種類が存在しています。あとは⋯えっと⋯」
そこで、せっかくまとめていた言葉が頭の中から抜けていく。覚えることが多すぎて、正直完璧に覚えているとは言えないからだ。
「うん、そうですね。じゃあ、そんな人達はどうしてるんですか?」
ヒントを与えるかのように割って入る瑠衣李⋯その言葉に言おうとしていた言葉を思い出し、なんとか話を続ける。
「あ、そうでした⋯異端者の方々は、基本[クラン]という組織に入隊して、そこで異能の扱い方や自身の実力を高め、戦闘系の異能の人達の中から更に突出した実力を持つ者は《専属クラン》に、私のような戦闘系の異能じゃない、もしくは実力が伴ってない異端者は専属クランに所属せず補助に回るんですよね。専属クランの中でも種類があって、第1クラン【森羅万象】、第2クラン【翡翠】、第3クラン【要】、第4クラン【東雲】と言った4つのクランに分けられています。迦闇さんは【森羅万象】のリーダーを勤めていて、二階堂さんはその若さで【要】のリーダーでしたよね。そんなお2人と行動できて私は本当に⋯」
そこまで言った時、突然両隣にいた2人が歩みを止めた。釣られて久遠も足を止めれば、突然トンネル内が少しだけ明るくなった。見れば、右隣にいた瑠衣李の頭上に『肆』という数字が浮かんで紫に光っている。
「ふーん⋯」
そんな瑠衣李を見た迦闇は興味深そうにしており、まじまじと見つめていた。次の瞬間、瑠衣李の影から龍のような、蛇のような化け物が飛び出した。
「食べちゃっていいよ」
瑠衣李がそう言えば、その化け物はトンネルの天井に飛びかかって何かをむしゃむしゃと噛み始める。訳も分からず瑠衣李を見ればニコッと笑った。
「可愛いでしょう、うちの式神。見た目は怖いけどちゃんと命令聞いてくれるんですよ」
「は、はぁ⋯⋯」
「今だって、階級も付けられていない魔獣を食べてくれましたし。もーほんと、可愛い」
なるほど、と久遠は一人で納得する。専属クランの人達は戦闘特化だ、気配で敵を察することも出来ると聞いていたのだが、聞いていた通り気配で魔獣に気付いて処理をしたということだ。
確かに凄いのだが、それはそれとして瑠衣李が召喚した式神は決して可愛くはない気が⋯。
「可愛い?いや普通にきm」
「うん、可愛い!ですね!」
隣で何も配慮せず言葉を零そうとした迦闇の口を慌てて塞ぐ。流石にこれ以上ギスギスして欲しくない。
「⋯⋯⋯?まぁいいや、今度触らせてあげますね。じゃ、話の続きしていいですよ」
(切り替え凄いな⋯)
「わ、分かりました。えっと続きですが、私たち補助にも役割が分けられてます。先程襲ってきた魔獣や、魔獣の知能が進化した魔族など、そんな化け物から何も知らない一般人を避難させるかなり危険な《報告係》、戦闘が終わったあとの建物などを綺麗にする、もしくは直す⋯危険ではないけど大変な《隠蔽係》の2つですね」
「⋯⋯久遠さんは⋯」
「⋯⋯一応、報告係志望です」
先程魔獣に襲われ何も出来なかった所を迦闇に見られた久遠としては、かなり言いずらかったがなんとかそう口にする。チラリと迦闇へ視線を向ければやはり呆れた目をしていた。
「凄いですね、危険なのに志望するのかっこいいですよ」
瑠衣李に褒められ、なんだか照れくさくなり言葉が詰まる。そんな久遠に対し、つまらなそうに迦闇が「それで?続きは?」と急かしてきた。慌てて言おうとしていた事を引っ張り出す。
「あっ、はい⋯多分話すことももうあまり無いんですけど、あとは敵についてのことですかね?確か敵は『魔獣』『魔族』の2種類で、魔獣は人々の負の感情が一定量を超えて生まれます。だから虐殺があった村や、事故・公害があった場所では生まれやすいです。稀に魔族が下僕として生み出すこともありますがそれはレベルの高い魔族の成すことなのでほぼないと言っていいでしょう。対して魔族はかつて実在した存在の成れの果てや魔獣に知能が加えられ進化したものと言われていますね。⋯⋯私が知っているのはこれくらいですが、どうですか?」
久しぶりにかなり長く話してしまい、軽く息が乱れる。そんな久遠に瑠衣李は「充分ですよ」と言い、迦闇は何も言わなかった。
「「「⋯⋯⋯」」」
またしても沈黙が訪れる⋯目的地はもうすぐで、別に無理して話題を作る必要はないだろう。そう考えこの沈黙を味わうように久遠は瞳を細めた。
「⋯⋯『LUX』については、やっぱりまだ教えられてないんですね」
その瞬間、突然瑠衣李から発せられた言葉に思わず視線を向けてしまう。
「LUX⋯⋯?」
「どうせ今後耳にすると思うので、先に言っておきますね。ココ最近、『LUX』という⋯異端者が集って各地に混乱を招いている反乱軍のような組織が認識されました。私たちクランはその組織の中でも特に厄介だった異端者を登録し、危険視しています。確認されている限りだと⋯【御影 緋影】【皇 燈牙】【白銀 凪】の3人が最高危険重要視人物として登録されていますね。以前【森羅万象】の月城 真弓さんが白銀という異端者に遭遇したのですが、手も足も出なかったそうです」
「トップクランの人でも対処できないなんて⋯そんな組織、恐ろしいですね」
『LUX』⋯⋯魔獣や魔族は人じゃないからいいものの、命を奪うことに慣れているであろう専属クランの人達でも人の命を奪うのは⋯中々に辛いのではなかろうか。
「⋯⋯あ、そろそろ着きますね」
言われて目を凝らせば、段々と光が見えてきた。ぐにゃぐにゃと曲がっているトンネルだからか、なんだか不気味だった。
そのまますぐに出口へ辿り着き、久方ぶりの光に思わず目を閉じてしまい──
「⋯⋯あ、どうも」
目を開ければ、そこには知らない男性がいた。久遠よりも少し年下だろうか?
黒髪で所々紫のメッシュが入っており、センター分けがよく似合っている。
(⋯⋯⋯黒髪で紫のメッシュ⋯?)
そこで久遠はまさか、と気づく。思わず隣の瑠衣李へ視線を向ければ、とても呆れた顔をしていた。
「なんでアンタがいるの⋯異能まだ覚醒してないんでしょ、お荷物だから関わってこないでよ」
「いやいや、俺先生に言われて来たんだって!なんかお前らの戦闘を見て学べ、って⋯」
「はぁ⋯⋯?まぁいいや、自分の身は自分で守ってよ」
「【要】のリーダーでありながら異能を使えない人間1人も守れないのか?」
「は?全然守れるし、余裕なんですけど。⋯⋯というか、にぃ⋯⋯優李はどうやってここまで来たの」
「いや普通に先生が使い捨ての空間転移魔具使ってくれた」
「はぁー!?ズル!きも!」
「キモイは関係ないだろ!?」
久遠を置き去りに会話をする3人⋯先程までのクールな彼女はどこへやら、ピーピー喚く瑠衣李に困惑した表情を久遠が向け続けていると、気づいた瑠衣李は固まってしまった。
赤らんだ頬を誤魔化すように咳払いをし、先程までのノリで「行きましょうか」という瑠衣李に流石に無理があるだろ⋯と思ってしまったが、そんな言葉は飲み込んで大人しくついて行った。
《報告係》として初めての実習⋯今回は強いクランの人達がいるから大丈夫だろうが、やはり不安は強い。
「久遠さん、だっけ?異能覚醒出来てる時点で俺より凄いから自信もっていいよ」
途中、そんな久遠を見兼ねた優李がそんな助言をしてくれて、なんだか心が温まった。
(⋯⋯早く、誰かの役に立てるような。そんな人になれたらいいなぁ⋯)
淡い夢を抱きながら、久遠達はその屋敷へと足を踏み入れていった。
***
「⋯⋯おにぃ、大丈夫?」
優李が2つの墓の前で立ち尽くしていると、妹である李咲⋯通称サキが心配そうに声をかけてくれた。その隣では、幼馴染である蒼月 アクアも沈んだ表情をしている。
「⋯⋯大丈夫。もう終わるから、ちょっと待ってくれ」
からりと笑いながらそう言い、墓へともう一度視線を戻ししゃがむ⋯⋯いま、自分は上手く笑えていただろうか?それすらも曖昧で、もうおかしくなりそうだ。
目の前にある2つの墓のうち左の墓には《二階堂 瑠衣李》、右の墓には《久遠 静香》と書かれている。
(⋯⋯俺が、もっと強かったら。こんな結末は迎えなかったんじゃないか)
いや、違う⋯⋯それはタラレバだ。こんなことを思い続けたってなにも意味なんてないし、前に進むことだって出来ない。
⋯⋯そうだ、優李は分かっている。でも、だとしても⋯2年前の大反乱、聖夜百鬼夜行の被害はもっと抑えることが出来たはずだと、ずっと後悔してしまう。
握り締めていた手がどんどん固くなっていく⋯そんな優李の手を、何かか包んだ。見れば、アクアが優李の手を優しく握ってくれていた。
「⋯⋯そろそろ、戻ろっか。優くんも任務でしょ、早くしないと遅れちゃうよ」
言われ、腕時計へ視線を向ければ確かに時間が迫ってきていた。そうだな、と返し立ち上がって墓へと背を向ける。
⋯⋯そうして、感情を心に閉じ込めながら⋯優李は決意する。
必ず、この復讐を遂げると。
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『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』
月神世一
SF
【あらすじ】
「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」
坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。
かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。
背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。
目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。
鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。
しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。
部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。
(……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?)
現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。
すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。
精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。
これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
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