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どんなに時間が経ってもどんなに距離が離れていても

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 「そうなの。うちの孫は、部活では活躍してるんだけど。ほんっっっとに喧嘩っぱやくてねぇ。まったく、誰に似たのか…」

 狙い通り、お婆ちゃんはお孫さんの話に華を咲かせてくれました。おそらくは、僕の事を親しみやすい女性オペレーターとでも思っているのでしょう。本当に、こう言う時だけは女性みたいな高い声が役に立つなぁ。
 気づけば、周りは武市SVを始めほぼ職場中の人が僕を取り囲んでいた。とっくに就業時間は過ぎているけど、対応の行方が気になって仕方ないらしい。よく見れば、遠くの方で大雅くんまでが僕の様子を見守っている。まぁ、通話の内容が聞こえるのはモニタリングをしている武市SVだけなんですけど…。
 しかしまぁ、高校で部活やってて喧嘩っぱやいとか…。どっかで、聞いたような。そのお孫さん、ちょいちょいゴミ捨て場で転がってませんか?などと思いながら、適当に相槌を打っていると…。
 「それでね、うちの孫ったらこないだの大会でも…。ってあら、誰か帰ってきたのかしらぁ?」
 やれやれ、やっとご家族が帰ってきたか。願わくば、当のお孫さんなら話が早いなぁ。と思っていると、電話口の向こうの人物が盛大な音を立てて駆け寄ってきたらしい。そして…。
 「ババァー!何をやっとるんじゃ、ボケェ!これは、オレが専門学校に行くための大事な預金やろうがぁー!」
 うおっ、ビックリした。声の大きさも去ることながら、関西弁?そう言えば、顧客情報に載っていた住所が大阪だったような。お婆ちゃんが標準語だったから、すっかり忘れていた…。しかし大阪人で専門学校とか、ますますどっかの誰かを思い出すような。
 電話の向こうでは、お孫さんが詐欺である事を説明してくれたらしい。手間が省けて、助かりましたが…。帰りが遅くなったのは実際に乱闘騒ぎを起こしていたからだそうで。お婆ちゃんの心配、当たらずとも遠からずだったのでは?
 「まぁまぁまぁ、まさか詐欺だったなんてねぇ。あたくしったら、ついウッカリと騙される所だったわ。オペレーターさんは、それに気づいて引き止めてくれていたのね?本当に、どうもありがとう。えぇと…」
 「あぁ…。や、八尋でございます。こちらこそ、どうもありがとうございました」
 「そうなの、八尋さんと仰るのね。きっと、素敵な殿方でらっしゃるんでしょうね…。是非、うちの孫と会わせてみたい」
 あぁ、女性オペレーターと勘違いしていた訳ではなかったんですね。ってか、この声でよく男性だと分かりましたね…。と思っていると、お孫さんが受話器を引ったくって話しかけてきた。
 「ババァ、もう余計な事ばっか言うな!えぇと、八尋さん?ホンマ、どうもありがとうな。4月から、東京の専門学校に通うための大事な金やってん!八尋さんって、下の名前?そしたら、やっひーやな!きっと、ババァが言ってたように素敵な人なんやろな…。オレ、どんなに時間が経ってもどんなに距離が離れていてもきっとあなたに会いに行…」
 
 通話が切れた。最後の方かは、電波状況が悪く途切れたような感じだった。就業時間が過ぎているので、向こうから再度かけて来たとしても繋がる事はない。何とか詐欺被害は防げたようなので、周りは大喜びしていたようだけど…。
 何だったんだろう、今のは。他人の空似?それとも、聖夜の奇跡か何かで時間が歪んだか何かして…?馬鹿馬鹿しい。
 だけど、つい先程まで話していた方の名字が何故か思い出せない。思い出しても、お婆ちゃんなら名字が違っている事もあり得るかも。つい先程までPCの画面に出していた顧客情報は、何故か消えている。通話は全て録音されるから、後で聞き直す事は出来るけど…。何故か、この通話に限って録音が残っていないような気がした。
 聖夜の奇跡か、くっだらない。くっだらないけど…。
 
 何故か、僕の目からは涙が流れていた。
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