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ヤるかヤられるかの、一騎打ち

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 雪兎の家が思った以上に豪邸で、ビックリしたけれど…。
 うちの家も収入面では、引けを取らないんだよ。何せ、親父が超有名なシステム会社の開発部長だから。だけど、姉ちゃんの手術代やら入院費やらで出費が重なったので…。そこまでは、裕福さを実感する事がなかった。
 おれ自身の、サッカーに関する費用だって馬鹿にならないしね。チームに入っていた時の年会費とか、試合の際の遠征費とか。今だってユニフォームや、シューズを買い換える費用とか。その他諸々。
 前にも、言ったっけ。親父は金を使う事に無頓着な人だから、その点では感謝してはいるんだ…。

 みなさん、おはようございます。一ノ瀬蒼、12歳。ホモかどうかは、未だ保留中。今ちょっと、取り込み中で忙しいです。
 週をまたいだので、飼育小屋の当番はなくなりました。だけど早朝からサッカーの自主練してるので、学校にも早めに着いてはいますよ。今日は登校するや否や、下駄箱で声をかけられました。決闘でもするのかと思ったら、そのまま裏庭で告白されてた次第ですね。
 って、またかよぉ!しばらく無かったから、安心してたわ!新しい学校に来て、これで一週間ぶり三回目かな。いい加減、告白をおれの持ちネタみたく扱うのをやめてほしい。
 今回のは同じクラスどころか、学年すら違う五年生の女子ですよ。何の接点もないけど、こないだの遠足でおれを見かけて一目惚れしたとか。そう言や、他学年の生徒もいましたねぇ!ちょっと、迷子のホモガキを探すのに必死で気づかなかったわ。
 いや、学年とかはどうでもいい。今回は背後で、友達らしき女子が二人ほど見守っていたんだ。一人で告白する勇気もないんだったら、最初っからするなよぉ!こう言うの、一番嫌いなんだよ!前の学校での、嫌な記憶が蘇る…。
 やんわりと断ったつもりだけど、急に相手の娘が泣き出したんだよな。背後の友人からは、「○○ちゃんが勇気を出して告白してるのに、断るなんてどう言う事!?」とか逆ギレされるし。知らんがな。どう言う事も、クソもねぇわ!おれはこの手の同調圧力ってやつが、死ぬほど嫌いなんだよ!
 その点、今日の娘は(学年の違いを理由に、やんわりと断ったよ)必死で涙をこらえて受け止めてくれた。立派だよな。女子だけど、こう言う所は男らしいと思うわ。お世辞抜きで、顔も可愛らしかったし。
 さて、そんなこんなで朝からちょっぴりご機嫌ななめな状態でした。だけどこれから雪兎とも会うんだし、いつまでも仏頂面のままでいる訳にも行かないな…。とか考えていたら、当の本人に廊下で出くわした。ちょっと顔が緩みそうになるのを、必死でこらえる。
 「あお君?おはよう。今日も、早いんだね。ちょうどいいや。実は、お渡ししたい物があって…」
 と言って、モジモジ恥じらいながら何かの封筒を手渡してきた。やけに可愛らしいデザインの封筒が、どう見てもハートマークらしきシールで閉じられている。こ、これはまさか。いわゆる、ラブレターってやつですかぁ…?
 ゆ、雪兎ったらこんな廊下のど真ん中で大胆な。クラスの奴らだって、見てるじゃん?いや、それはどうだっていい。突然の事だから、何て答えるべきか心の準備が出来ていない。やっとの事で、声を絞り出そうとした。
 「ゆ…雪兎。おれは…」
 「はい。○組の、○○ちゃんて女子からね。3~4年生の時に、クラスメートだった娘。今でも、ちょっとした知り合いなんだ。心を込めて書いたと思うから、しっかり読んでお返事してあげてね。それじゃ」
 ほ…。他の奴が書いたラブレターを、預かってきただけかよ!それをまた、のうのうと渡すのかよ!つい先ほど、「友達同伴で告白する奴が一番嫌い」って言ったっけな。ちょっと、前言撤回するわ。
 おれは、告白を他人の手に委ねる奴が一番嫌いなんだよ!最悪オブ、最悪ってやつだな。他ならぬ、自分の気持ちだろ?自分自身で、面と向かって伝えろよ!男らしくないって、思わねぇのか?いやまぁ、女子やねんけど!
 って言うか、雪兎も雪兎だよ。人の気持ちも知らずに、「ひと仕事終えました」みたいな顔でそのまま帰ろうとしやがって。
 「ふ、ふ、ふ…」
 「あお君?どうかしたの?何がそんなに、おかしいの?」
 「ふざけんなぁっ!怒ってんだよ、おれは!受け取れるか、こんなもん!」
 「あお君?ご、ごめんね。ぼく、気分を悪くさせちゃったかな。何がそんなにいけなかったのか、教えてくれると嬉しいんだけど…」
 「てめぇの頭で考えて、分からねぇのかよ!こんな風にされたら、まるでおれが何とも思われてないみたいじゃん!?おれはそこら辺の女子じゃなくて、お前に…。雪兎に告白されたかったから、こんなにも怒ってんだよ!」
 おぉっとー!?一ノ瀬選手、これは盛大に滑りましたよ!周りの奴らは、おれの発言を聞いて一斉に静まり返った…。かと思いきや、次の瞬間には盛大な拍手を始めていた。
 そうかそうか。意外と、LGBTQに理解のある学校だったんだな。って、落ち着いてる場合じゃねぇ!それよりも、雪兎の反応だよ!雪兎は普段真っ白な顔を林檎のように赤く染めて、しどろもどろにこう答えた。
 「そ…そうなんだ?色々と、本当にごめんなさい。それじゃ、この手紙はいらないよね…。ぼくの方から、○○ちゃんに返しておくね」
 「い…いや。さっきのは、勢い余って言っちゃったセリフでさ。手紙は、ちゃんと受け取るよ。それで、おれの方から返事しておくから…」
 「そう…。その方が、いいよね。あお君、男らしいよね。あは…は…」
 お互い、引きつったように笑い合った。いや、笑ってる場合じゃない。雪兎とは、もっとちゃんと話し合いをしたかったのだが…。一時間目の予鈴が鳴ると同時に、脱兎のごとく逃げ出してそのまま席に着いてしまった。兎だけにね!ドヤァ!
 前に言った通り出席番号順ですぐ前の席なのだが、あれから一言も話をしてくれない。どころか、振り向いて顔を見てくれない。どころか、目も合わせてくれない。マズい。このままじゃ、マズいですよ!全く、あんな事言わなけりゃ良かった…。
 いや。いや…。怒りに任せて口から出てきた言葉だけど、おかげで自分の本当の気持ちに気づく事が出来た。おれ、やっぱり雪兎が好きだ。大好きだ。そして、気づいたからにはこの気持ちをしっかり伝えるべきでは?先ほどの発言では、一言も「好き」とは伝えていなかったような。
 このままじゃ、いけない。思わせぶりで相手の反応を待つだけなんて、それこそ「男らしくない」ぜ。やるか、一ノ瀬蒼12歳。一世一代の、告白ってのを…。されるのは慣れっこだけど、自分からするのは生まれて初めてだな。ガラにもなく、ちょっと緊張してきた…。いやいや、これはただの武者震いだから!
 今は言葉を交わしてもくれないので、休み時間にトイレの個室からメールを送る事にした。バタバタしててスマホに機種変をしていないので、携帯は未だにお子様用のガラケーだよ。こんな事なら、さっさと親父におねだりしておけば良かった。
 SMSでは文字数の制限があるので、文章をブツ切りにして何回か送らざるを得まいな。クソッ、面倒くせぇ。で、でも精一杯の気持ちを込めて送るぜ。

 『伊勢嶋雪兎様』
 『お前とは、出会ってまだ一ヶ月にも満たない。だから、長年の因縁とまでは言えないかもな』
 『だけど、この中途半端な関係にはいい加減ケリをつけなきゃと思うんだ』
 『放課後、例の飼育小屋の前で待ってる。ケツまくって、逃げ出すんじゃねぇぞ』
 『それじゃあ、どうぞよろしくね☺あお』

 うーん。取ってつけたような最後の一文以外、まるで果たし状みたいな文章になったかも知れない。でもまぁ、いいか。恋は戦争。ヤるかヤられるかの、一騎打ちなんだよ。
 それじゃ、放課後の告白に向けて…。一ノ瀬蒼12歳、いざ参るぜ!
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