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七月・花火の湯

今ぜってぇ笑っただろ

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 銭湯が閉まって、二人きりで後片付けを手伝っていました。うぅ。お婆ちゃんは、未だに帰ってこないし…。さっきあんな事言われたばっかだから、なんか意識して仕方ないなぁ。どうも、それは潤くんも同じであったようで。

 「…さっき、おばちゃんから何か言われてた?ってか、大体聞こえてたけど。困るよな。オレに対しても、色々と言ってきやがってさぁ…」
 「そうなんだ。何て?」
 「『潤ちゃん、恋をしたのねぇ。分かるわ。いつもソワソワしてて、落ち着きがないもの』だとさ。…オレって、そんなに変わった?自分では、いつも通りだと思うけど…。高校の連中も、あれやこれや言ってきやがってさ」
 「そうなんだ。何て?」
 「『潤ちゃん、恋をしたのねぇ。分かるわ。いつもソワソワしてて、落ち着きがないもの』だとさ」
 男子校ですよね!?でも、そうなんだ。オレにも、潤くんの様子が変わったようには思えないけど…。当事者以外からは、分かるもんなのかな。
 「…恋って、何だろう。言った通り、ずっと勉強しかして来なかったからさ。オレって、お前の事が好きなのかなぁ?いっそ、好きじゃなけりゃいいと思う。そしたら、あれこれ考えなくて済むから。だけど、そう思う事がそもそも…」
 「じゅ、潤くん?いつもの君らしくないじゃん?焦んなくていいから、ゆっくり考えて。でも、これだけ分かってほしいな。オレは、君に初めて会った時からずっと…」
 大きな音で、話が遮られた。ちょうど、祭りの花火が始まったのだ…。クソッ、空気読まねぇ花火が!
 「花火…そうだ。オレ、お前に見せたい物があったんだ。片付けはここまででいいから、ちょっと来て」
 そう言って、オレの手を引っ張って駆け出した。そうして、連れて行ってくれた先とは…。銭湯の、屋根の上だった。
 「すげぇ。古い家だから、上に登れたりするんだ。漫画とかで見たけど、実際登ったのって初めてだ…」
 「ここからだと、祭りの花火がよく見えるんだぜ。例によって、高層ビルでちーっとばかし端の方が途切れてるけどな。ところで、お前って漫画とか読むんだ」
 「めっちゃ読むよ。潤くんは?…って、部屋に漫画一冊も無かったよね」
 「あぁ。興味がない訳じゃ、なかったけど…。あのさ。絶対に笑わないで、聞いてくれる?」
 「いいよ。何?」
 「国語の教科書やら問題集で、恋の話って出てくるじゃん…。現代文、古文合わせて。そう言うの読んでて、恋ってこんな感じかなぁって胸ときめかせてた…。あ、今ぜってぇ笑っただろ。はい、この話はここまで!花火に集中な!」
 いやまぁ、笑いはしませんけど。むしろ、めっちゃイメージ通りだとは思った。国語辞典のエッチな単語を探して、ひっそり興奮してそうだなぁとか…。いや、面と向かっては言いませんけどね。殴られるから。
 それにしても、屋根の上から見る花火ってのは絶景だ。特に隣で大好きな人がいて、一緒に見上げている場合は…。



 目と目があった。お互い特に合図する事もなく、何となしに唇を合わせていた。未だに、舌までは入れさせてもらえなかったけど…。
 さっき、空気読まないとか言ってごめん。むしろ、今めっちゃ空気読んでくれてるわ。どうもありがとう、花火。
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