天使は金の瞳で毒を盛る

藤野ひま

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6. 不意の昼食会 ②

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篠山さんが案内してくれたお店はランチということもあってか混んでいた。

少し待ってから案内され、四人がけテーブルに二人で座る。オーダーして待っていると、相席をお願いされた。

「あ、佐藤先輩、どうぞどうぞ、いいですよね?」

篠山さんが私に確認する。もちろん、と答える。同じ課の佐藤さんと、もう一人の男性は……

「あ、こっちは同期で営業一課の尾崎、こちらはうちの部の篠山さんと、」

「勅使川原さんですよね、以前営業二課にいた」

私は頷いた。どうして知っているのだろう。その思いが顔に出たのか、尾崎さんが続けて言った。

「鬼塚係長と組んでたでしょう、よく怒られてたの見かけたので」

「うわっ、恥ずかしいんですけど。できれば忘れてください」

「そう言いながらいまだに一花さん、係長に怒られてますよね」

篠山さんが明るい声で言うと笑った。

そうなのよね、なんでかわからないけど、縁が切れないと言うか……。

「もしかして鬼塚さんと付き合っているとか?」

はい⁉︎ 何言ってるの、この尾崎さんって人⁉︎

「ち、ちがいます、なんですかそれ、ありえませんから!」

私は首を振りながら全力で否定した。

その場のみんなが笑う。冗談かあ、あーびっくりした。

そうこうしてるうちに私たちのトンカツ定食がきた。男性二人に断って先にいただく。

ここは結構以前からあるらしい少し古びたトンカツ屋さんなんだけど、その分、画一的な味じゃなくて美味しかった。

衣サクサクだし、お肉はジューシーだし、熱々を口にすると、油がじゅわって。添えられた自家製の白菜の漬け物も、さっぱりとして、みずみずしくて、口直しにも最高。あーおいしい!

家では基本的に体のことを考えた、ヘルシーで添加物なんかも出来るだけ排除したものが出される。

それはもちろんおいしいし、ありがたいのだけれど、でも正直、働きに出て何が嬉しかったって、このなんでも好きなものを選んで食べられるランチタイムだった。

「二人ともおいしそうに食べるねえ」

佐藤さんが言った。なんだか急に恥ずかしくなる。

「美味しいもの食べてるんだから当たり前ですって」

篠山さんが言い返す。

それはそうだ、と佐藤さんが明るい声で笑った。

佐藤さんは、国際事業部の中で特に目立つ方ではなかったが、丁寧な仕事ぶりとやわらかな明るさを持った人で、多分、この人を悪く言う人はいないのではないか、と思わせる人だ。

となりに座ってる尾崎さんって人は、はっきりとした顔立ちでカッコいいと言ってもいい容姿だと思うし、落ち着いていて、なんだろ、自信みたいのが透けて見える。多分この人、営業成績良いのではないだろうか。

後からきた男性二人が食べ終わる頃、私と篠山さんはゆっくりデザートを味わっていた。

手作りわらび餅。わらび粉で作ったわけではなさそうだが、でも冷たくて、きな粉がほんのり甘くて、ぷるんとしてて、自然に口元が微笑んでしまう。

榛瑠の作る和菓子もそういえば結構おいしいんだよね、今度わらび餅作ってもらおうかなあ……。
って、ちがうでしょ、一花。

「ああ、やっぱりデザート券無駄にしなくてよかったあ」

篠山さんが食べながら言う。

「本当だね、ありがとうね、誘ってくれて」

「いえ、いえ、一花さんとご飯するの嬉しいです。また一緒してくださいね」

篠山さんがそう言ってくれて、なんだか嬉しい気持ちになる。

「あれだね、勅使川原さんってすごく綺麗に食べるね」

尾崎さんが唐突に言った。え、たしかに残さず食べるけど!?食べすぎかな。なんか、ちょっと恥ずかしいかも。

「そうなんですよ、一花さん、食べる所作がすごい綺麗なの」

篠山さんが言う。あ、そっち。でも、そうかなあ。

「そうかな、特に気にしてないんだけど」

「一花さん、仕事中なんかも姿勢いいよね。見てて気持ちがいいくらい」

今度は佐藤さんだ。

「ありがとうございます。そんなに言っても、何にも出ませんからね」

嬉しいんだけど、なんだかこそばゆい。

「もう、一花先輩、自己評価低すぎなんだからあ」

「そんなことないと思うんだけどなあ」

「二人ともうちの部の人気者だよ」

「でしょ、佐藤先輩、わかってる!」

篠山さんの言葉にみんなで笑う。

それから四人揃って店を出て、話しながら会社まで歩いた。天気がよくって暖かい。

美味しいもの食べたし、また午後から頑張らなくっちゃ。

「あれ、課長じゃない?」

篠山さんがいきなり立ち止まって言った。視線の先、車道を超えた向こう側の歩道を四条課長が歩いていた。

「一緒にいるのって早川女史?」

彼の横に女性がいた。うちの会社の秘書課でチーフをしている早川さんだった。

早川さんは、いい女ってこう言う人なのだろうと思わせる人だった。

ハイヒールの似合う細い足首、すらっと長い足、形のいいヒップとくびれた腰、整った胸と小さい頭と、そして整いすぎて美しさを忘れそうな顔立ち。豊かな髪をストイックに結んで、さっそうと歩く。

当然仕事もできて、欠点が見当たらない。お父様も彼女をとても評価しているのを知ってる。本当にこんな人も世の中にはいるのよねえ。
我が社の男性社員だけでなく、外部でもファンは多い。

「相変わらず綺麗だな、女史」

尾崎さんが言った。
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