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8. 傷心の誘惑者 ①
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いつのまにか眠っていて、起きたら榛瑠のベットの中にいた。もう、すっかり日が高くなっている。
今日は服着たままだし。どういう判断なんだろう。別にね、がっかりしてるとかそういうことではないのよ、うん。
それを聞こうにも、家には誰もいなかった。
テーブルの上にサンドイッチとメモが残してある。用事があるから出かける、という簡潔なものだった。あと、鍵もあった。
私は飲み物を冷蔵庫から勝手にだしてサンドイッチを食べた。
用事ってなによ。
仕事かな。接待ゴルフとか。たまにお父様に連れて行かれてるの知ってるし。平日の夜も接待とかに同席させられたり。
お父様もそんなに連れまわすなら、はじめから秘書課にでも入れればいいのよ。そうすれば正規の仕事にできるだろうから、彼の全体の仕事量は減るだろうに。
紹介したいのかな、いろいろと。……どうする気なんだろう。本当に後継にする気だろうか。私はそろそろはっきりしないといけないのだろうか。
つい、ため息がでてしまう。
っていうか、ただ単に出かけただけかも。デートとか?
その自分の考えになんかムカッとくる。だいたい普通こんな日って家にいるものじゃない?私とはいえ女性が泣きながら泊まっていったっていうのに。実際には色気なしだけどっ。仕事なら仕事ってわかるように書いておいてよね。
榛瑠はいつもそう。なに考えてるかわからない。
外は良い天気で、明るい陽の光が大きな窓から降り注いでいて眩しいくらいだった。
サンドイッチはとても美味しい。
またため息が出る。
昨日は寄り添ってくれていたのを感じたのに。近づいたと思ったら離れて行く。
子供の頃はもっと近かった。
二人でずっと庭の木の下で遊んでいた。あの親密さが、温かさが懐かしい。いつから違ってしまったのだろう。
……食べたら帰ろう。この鍵、かけた後は持ってていいって書いてある。
いないくせに、こういう事はする。
どうせならずっと近くにいてよ。
ずっと。二度とどこかに行かないでよ。
でも、もし彼にそう言って、わかりましたって言われても信じないだろうなあ、私。
週明け、会社で尾崎さんに会ったらどんな顔をすればいいのかとドキドキしていたが、一度すれ違って挨拶しただけだった。
その時も、普通にお疲れ様です、って、それだけ。
ほっとしたような、何だか落ち着かないような。そもそも全部自分の勘違いだったのでは、って気さえした。
榛瑠の方も特になにも言ってこず、鍵は私が持ったままだ。
自分の家の鍵なんて彼女に渡すものだと思う。これが他の人ならかなり浮き足立つところなんだろうけど、彼と私の場合、ちょっと関係性が微妙だしなあ。
そんなある日の昼休み、外で佐藤さんに声をかけられた。
「あのさ、へんな事言うようだけど、尾崎のことでなんかあったりしてない?」
え?なに?佐藤さん知ってて言ってるの?
「あの……」
「あ、何にもないならいいんだよ。ただ」
「ただ、なんですか?」
「……僕から言っていいかわからないんだけど、あいつ、君のことが気に入ったんじゃないかと思うんだ。尾崎ってさ、一途っていうか思い込みが激しいところがあるからさ、気になって。僕が引き合わせたみたいになってるし。その、勅使川原さんって、その、押しに弱そうに見えるから……」
佐藤さんの遠慮がちな言い方が可愛らしく思えて、そしてありがたくて、ふふっと笑ってしまった。
「ありがとうございます。大丈夫です」
「それならよかった。なにかあったら言ってね?」
はい、と答えながら佐藤さんっていい人だなあと思う。こんな人が彼氏だったら幸せになれそうだなあ。
「佐藤さんって彼女いるんですか?」
「え?どうしたの急に?」
「なんだか、聞いてみたくなりました。あ、いいです、無理に言わなくて。急にすみません」
私、なに言ってるんだろう。でも、答えてくれそうな気がして。
「まあ、あの、います」
「あ、やっぱりいらっしゃるんだ。いいなあ、佐藤さんの彼女だったら幸せそうです」
「え、まあ、いや、そんな事ない、か?いや、あってほしい、かな」
私は声を出して笑ってしまった。すごく羨ましい。
「いいなあ、羨ましいです。私も優しい彼氏欲しいな」
「うん、まあね」
佐藤さんがちょっと困ったように曖昧に笑った。
「あ、すみません、困らしちゃって」
「あ。違う違う。僕の彼女って、あんまり優しい人じゃないから、つい……」
「え?そうなんですか?」
「そうなんだよ。でもまあ、優しくされるのが目的で好きになったわけじゃないし。あ、でも、優しくはしたいんだよ。って、俺、なに語ってるんだ?」
佐藤さんは赤くなりながら困っていた。ああ、羨ましいなあ、って思う。
「好きになったら仕方ないですよね。嫌いでも、好きになっちゃったら仕方ないですものね」
「そうだね。でも、あれだね、勅使川原さん好きな人いるんだね、きっと」
え?今度は私が赤くなる場面だった。
「え、いや、その」
「誰か知らないけど、うまくいくといいね。尾崎には諦めるよう言っておこうか?」
「あ、それは大丈夫ですから」
もう、ちゃんと言ったし。
「そっか、わかった。力になれることがあったら言ってね」
そう言って佐藤さんとは別れた。
空を見上げる。青空に雲が流れている。そう、仕方ないことがあるのだ。
今日は服着たままだし。どういう判断なんだろう。別にね、がっかりしてるとかそういうことではないのよ、うん。
それを聞こうにも、家には誰もいなかった。
テーブルの上にサンドイッチとメモが残してある。用事があるから出かける、という簡潔なものだった。あと、鍵もあった。
私は飲み物を冷蔵庫から勝手にだしてサンドイッチを食べた。
用事ってなによ。
仕事かな。接待ゴルフとか。たまにお父様に連れて行かれてるの知ってるし。平日の夜も接待とかに同席させられたり。
お父様もそんなに連れまわすなら、はじめから秘書課にでも入れればいいのよ。そうすれば正規の仕事にできるだろうから、彼の全体の仕事量は減るだろうに。
紹介したいのかな、いろいろと。……どうする気なんだろう。本当に後継にする気だろうか。私はそろそろはっきりしないといけないのだろうか。
つい、ため息がでてしまう。
っていうか、ただ単に出かけただけかも。デートとか?
その自分の考えになんかムカッとくる。だいたい普通こんな日って家にいるものじゃない?私とはいえ女性が泣きながら泊まっていったっていうのに。実際には色気なしだけどっ。仕事なら仕事ってわかるように書いておいてよね。
榛瑠はいつもそう。なに考えてるかわからない。
外は良い天気で、明るい陽の光が大きな窓から降り注いでいて眩しいくらいだった。
サンドイッチはとても美味しい。
またため息が出る。
昨日は寄り添ってくれていたのを感じたのに。近づいたと思ったら離れて行く。
子供の頃はもっと近かった。
二人でずっと庭の木の下で遊んでいた。あの親密さが、温かさが懐かしい。いつから違ってしまったのだろう。
……食べたら帰ろう。この鍵、かけた後は持ってていいって書いてある。
いないくせに、こういう事はする。
どうせならずっと近くにいてよ。
ずっと。二度とどこかに行かないでよ。
でも、もし彼にそう言って、わかりましたって言われても信じないだろうなあ、私。
週明け、会社で尾崎さんに会ったらどんな顔をすればいいのかとドキドキしていたが、一度すれ違って挨拶しただけだった。
その時も、普通にお疲れ様です、って、それだけ。
ほっとしたような、何だか落ち着かないような。そもそも全部自分の勘違いだったのでは、って気さえした。
榛瑠の方も特になにも言ってこず、鍵は私が持ったままだ。
自分の家の鍵なんて彼女に渡すものだと思う。これが他の人ならかなり浮き足立つところなんだろうけど、彼と私の場合、ちょっと関係性が微妙だしなあ。
そんなある日の昼休み、外で佐藤さんに声をかけられた。
「あのさ、へんな事言うようだけど、尾崎のことでなんかあったりしてない?」
え?なに?佐藤さん知ってて言ってるの?
「あの……」
「あ、何にもないならいいんだよ。ただ」
「ただ、なんですか?」
「……僕から言っていいかわからないんだけど、あいつ、君のことが気に入ったんじゃないかと思うんだ。尾崎ってさ、一途っていうか思い込みが激しいところがあるからさ、気になって。僕が引き合わせたみたいになってるし。その、勅使川原さんって、その、押しに弱そうに見えるから……」
佐藤さんの遠慮がちな言い方が可愛らしく思えて、そしてありがたくて、ふふっと笑ってしまった。
「ありがとうございます。大丈夫です」
「それならよかった。なにかあったら言ってね?」
はい、と答えながら佐藤さんっていい人だなあと思う。こんな人が彼氏だったら幸せになれそうだなあ。
「佐藤さんって彼女いるんですか?」
「え?どうしたの急に?」
「なんだか、聞いてみたくなりました。あ、いいです、無理に言わなくて。急にすみません」
私、なに言ってるんだろう。でも、答えてくれそうな気がして。
「まあ、あの、います」
「あ、やっぱりいらっしゃるんだ。いいなあ、佐藤さんの彼女だったら幸せそうです」
「え、まあ、いや、そんな事ない、か?いや、あってほしい、かな」
私は声を出して笑ってしまった。すごく羨ましい。
「いいなあ、羨ましいです。私も優しい彼氏欲しいな」
「うん、まあね」
佐藤さんがちょっと困ったように曖昧に笑った。
「あ、すみません、困らしちゃって」
「あ。違う違う。僕の彼女って、あんまり優しい人じゃないから、つい……」
「え?そうなんですか?」
「そうなんだよ。でもまあ、優しくされるのが目的で好きになったわけじゃないし。あ、でも、優しくはしたいんだよ。って、俺、なに語ってるんだ?」
佐藤さんは赤くなりながら困っていた。ああ、羨ましいなあ、って思う。
「好きになったら仕方ないですよね。嫌いでも、好きになっちゃったら仕方ないですものね」
「そうだね。でも、あれだね、勅使川原さん好きな人いるんだね、きっと」
え?今度は私が赤くなる場面だった。
「え、いや、その」
「誰か知らないけど、うまくいくといいね。尾崎には諦めるよう言っておこうか?」
「あ、それは大丈夫ですから」
もう、ちゃんと言ったし。
「そっか、わかった。力になれることがあったら言ってね」
そう言って佐藤さんとは別れた。
空を見上げる。青空に雲が流れている。そう、仕方ないことがあるのだ。
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