天使は金の瞳で毒を盛る

藤野ひま

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13. 鬼塚の場所 ③

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「……私の方は、お気づきでしょうけど、昔から知っているので」

四条が前を向いたまま言う。

「幼馴染って奴?」

「一般的な言い方ではそうですね」

答えを聞きながら曖昧だなと鬼塚は思う。

四条の出身高校は超名門校だから、一花と知り合うとしたら小学校か中学校、近所ってところか?

詳しくは言いたくない、というところだろうが、それならそれでいい。話を振っておいてなんだが、他人の恋情なんか聞いてもしょうがない。

知りたかったのは、どういう表情で話すか、だ。

そこまで考えて、鬼塚は気づいた。どうやら俺は、一花のことは別にしても、この男に興味があるらしい。

「ついでにさ、前から気になっていたことを聞いていいか?」

「何でしょう?」

「何でわざわざ日本に戻って来たんだ?」

「だから、元々、日本で育ってますから」

「それは聞いた。でも、お前、その外見からしても、向こうの方がやりやすくないのか?」

「見た目はそうですけど、だからといってなにもかもいいわけでもないですよ」

それは、そうなんだが。

「そうなんだろうな、きっと。俺は日本の今の会社でしか働いたことないしわからんけど。ただ、なんつうか、極々たまにだけど、つまらなそうな顔してるからさ」

「私がですか?」

「そう。それとも俺の気のせいか?」

きっと、違う。うちの会社はいい会社とは思うが、それでも合理的な人間には馴染まない部分はあるだろう。そう、日本に、というより、組織に、の方が正しいのかもしれない。

「お前なら一人で仕事作り出して、どうにでも生きていけるだろうに、ってことだよ」

四条はすぐには答えなかった。ちょっと考え込み、それから言った。

「それはつまり、評価していただいてると解釈していいのですか」

「どうかな、俺のただの感想だ。でも、お前が来て仕事はすごくやりやすくなった。それは本当にありがたいと思ってる」

「そう言っていただけるのは嬉しいですね。つまらない顔は気をつけますよ、仕事には不満はないですし。ちょっと忙しいですけど」

「俺のつまらん勘ぐりだったな」

四条はふっと笑った。

「むしろ、勘がいいというべきかな。私、前いたところに会社持ってるんですよ、既に」

は?なんだそれ。

「もちろん任せて来てるので、私は名前だけに近いですけど、立ち上げは私なので」

「何の会社だ?」

「いわゆるIT系ってやつです」

「それで夜遅くまで働いてる?」

「時差がありますからね」

「それ、採算取れてるのか?」

「私のメイン収入はそっちですよ」

って、会社勤めがついでか。うちの会社の給与べつに悪くないぞ⁈  何だそりゃ、なにが人に任してるだよ。

驚いたが、けれど納得する。この男らしい。

「でも、それなら尚更なんで日本に……。あ、そうか、社長に呼ばれたのか?」

そういえば、四条って社長の縁戚だったと聞いた。それで?

「パソコンさえあればどこにいても仕事はできるんですよ。もともと天涯孤独みたいなもので他人の家で育ってますし、正直、何でもいいんです」

直接、鬼塚の質問には答えずそういうと、舐めるように酒を口にする。

「だって、名門校もでてるし、そこまで粗末にされてきたわけでもないだろうが」

「十二分にしてもらってますよ。でも、鬼塚さんの今住んでいるマンションだかアパートだか……」

「安アパート」

学生の時に借りた安いボロアパートに今まだ住んでいる。

「そこに何年いらっしゃるか知りませんが、そこを自分の家と言いますか?」

「……言わないな」

「そういうことです」

鬼塚は表情の変わらない男の横顔を見る。変わらない、ということに鈍い痛みを感じる。

「あれだな、寂しい事言うよなあ」

「そうですか?悪くないんですよ?」四条は微笑を浮かべた。「どこにでも行けるし、何でもできる。家なんかなくっても問題ないです」

「そうか。俺なんてここから動いた事ないからな。アパートも実は近いんだわ」

「不満がないならいいんじゃないですか。それはそれで悪くないです」

「ああ、そう思う」

鬼塚はカウンターの向こうで働く兄や店を見るとはなしに見る。動かし難くここが家だった。それを、気に入っている。

ふと、四条が自分を見ているのに気づいた。だが、視線が合う前に彼の視線は横で眠っている一花に向いていた。

「……家があってもなくても、待っている人がいればね……」

その呟きとともにわずかに見せた表情を鬼塚は見逃さなかった。一花を見るそれは、見たことのない柔らかさだった。

そこに、質問のすべての答えがある気がした。この男がここにいる理由も、彼女である理由も。

そして、参ったな、と思った。これ、どうするよ?

「さて、そろそろ起こさないとね」

「タクシー呼ぶか?」

「いえ、迎えを呼んでいますので。そろそろのはずなんですが」

そう言って時計を見ると、一花に掛けていたジャケットを取り上げて着た。

そして、一花に声をかけるが、すぐに起きそうにもなかった。

「どうする?なんなら一花を泊めてもいいぞ?」

「そんなことすると思います?」

「しないだろうな。でも、家わかるのか?」

「わかりますよ。当然……」

そこまで言って四条は言葉を止めると、小さく笑った。

「人に喋らせるのが上手いですね。さすがトップ営業というべきなのかな」

「人聞き悪いな。俺が謀ってるみたいじゃないか」

「私が普段もっと慎重だって話ですけどね。鬼塚さん、一花が懐くだけあるね」

何だよそれ。

「人を犬猫みたいに言ってるけどなあ。俺は別に話せって言ってないぞ?聞いてるだけで」

「なんだ、その理屈」

四条榛瑠が声を出して笑うのを、その時、鬼塚は初めて見た。思ったより年相応に見えて、年下の青年に思えて、つい、言ってしまった。
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