天使は金の瞳で毒を盛る

藤野ひま

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15. 終章・光の庭 ③

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庭は日が差して明るくて、でも風が強かった。榛瑠は目元を隠したまま動かない。

しばらくして声をかけた。

「榛瑠?寝ちゃった?」

「寝てないよ」

そう言って上体を起こした。髪に芝がついていた。私は取ろうと膝立ちになって手を伸ばす。

「ねえ、さっき言ってた長いってなにが?」

榛瑠が私を引き寄せて私に顔を埋めるように抱きしめた。わ、ちょっと、胸にあたってますけど!

「んーやっぱり長くないです。むしろ短い」

「はい?」

「今こうしているのが。三ヶ月ですからね。三ヶ月前は口を聞いてもらえないかもと思ってましたから」

そうなの?そう思いながら会いにきたの?

榛瑠が私を見上げる。

「覚えてます?昔、私があなたの家にきてすぐ屋敷から行方をくらましたこと」

「なんとなく」

「あのとき、一週間位いなかったのですが、あなたは一ヶ月近く口を聞いてくれなかったんですよ。今回は9年だからどれくらいかかるかなと思っていたんです」

「また、5歳児と一緒にしてる……」

でも、そうかも。もう一度会っても口きかない、ってずっと思ってた気がする。でもそんなの、一目見て吹き飛んでた。

そう、彼がドアを開けて現れた時、死ぬほどドキドキしたもの。泣きそうだった。ほんとうに、泣きそうで……。

私は榛瑠の頭を抱えるようにぎゅっと抱きしめた。

「ありがとうね」

「お嬢様?」

「帰ってきてくれて。本当は帰ってこないつもりで出て行ったのでしょう?」

「うん、まあね」

彼はそれだけ言った。なんで帰ってこようと思ったのだろう。でも、どんな理由でも私は嬉しい。

「私の持っているもの全部榛瑠にあげる」

「一花だけでいいよ」

榛瑠は私にキスした。優しいキスだった。

「それに、あなたの父親は私を跡継ぎにしたくないんじゃないかな」

「え?なんで?」

「一度、高校生の頃に打診されて断ってますしね。気に入らないと思いますよ」

え?そんな話、初耳だよ?

「え?なんでそんなこと……。でも榛瑠はそれを考えて戻ってきたんだよね?」

「なんだか、そのへん誤解がありますけど。それに社長というだけなら今でも社長ですよ。アメリカで自分の会社持っているので」

「え?」

「片手程度の従業員しかいない小さな会社ですけど。あなたの父親の事業そのものに元々それほど興味はないんです。動かせる金額が違うから、その点では面白いですけどね、当然」

なんだ……もう社長でしたか。そうですか。

え?あれ?じゃあ、なんで戻ってきたの??

「いまいち信用ないね。あなたに会うためだけに戻ってきたんですよ。他になんだと思ってるんですか?」

そう言って私の頬をつねった。え?待って。え? ドキドキして顔が熱くなる。

え、でも。

えっと、えっと。

「榛瑠っていつから私を好きなの?」

「……相手が私だからって遠慮ないですね」

「だって、わかんないんだもん」

「勝手に考えなさい。最近かもよ?」

ますますわかんないじゃない。なんでこの人こんなにわかんないのよ。

榛瑠はちょっと面白くなさそうな顔をしている。そう言うけどさあ。

「だって、わざわざアメリカ支社経由で本社来てって、それなりの地位を狙ってるって思うよ。全く私との関係性を知らない会社の人達だってそう思ってるよ。だから、私だって……」

「狙ってはいるよ。その必要があったからね」

ますますわからないけど。なんか腹たってきた。なんか、ハラタツ。うん。

「わかんないことばっかり言って誤魔化さないで。会えて嬉しかったけど、おんなじくらい怒っていたんだからね!」

そういって、気づいた。あ、今もちょっと怒っているんだ、私。

そうよ、怒ってる。あんなふうに、勝手に行っちゃって。榛瑠のくせに。

私は仕返しに彼の頬をつねった。

榛瑠 は私のその手を外すとパクッと噛んだ。

「ちょっと、やだ」

私は慌てて手を引っ込める。

「もう、バカ」

「バカはお嬢様です。自分だけが怒っていると思わないように」

な、なんで?私怒らせるようなこと……いっぱいしたような、してないような。

「わ、私、何した?」

「いいですよ、もう。終わったことだし」

「気になるんだけど」

「あなたが無垢で愚かな少女だった、というだけです」

「え?」

「そして私は自分をコントロールできない馬鹿で臆病なガキだったんです。今もたいして変わってはいませんけど」

私は投げやり気味に話す彼を見つめた。臆病?誰が?彼はいつだって過剰なくらいの自信家で……。

「全然わかんない。私、あなたに何をしたの?」

榛瑠はため息をついた。

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