王妃ですが都からの追放を言い渡されたので、田舎暮らしを楽しみます!

藤野ひま

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 出立の前夜、女官長が王妃の部屋を訪れていた。

「どうかしましたか? 何か支障が?」

 王妃が女官長に聞く。

「予定通り準備は一通り済みました。ですが……」

 女官長は頭を下げる。

「私がご同行できなくなりました」

 王妃は目を丸くする。

「どうして? 何かあったの?」
「実は本日夕方頃に、エイス様からこちらに残るよう言われました」
「え? なんで今更」
「言い出されたのは、エリナ様のようです。女官長である私が王城を離れるのは不安だと。それを聞いた陛下がエイス様に言われたそうで」
「そう……」

 王妃は視線を下げたが、すぐに女官長をまっすぐに見て言った。

「本当言うとね、私も少し思ってはいたの。ただ止めに入る声も聞かなかったし、貴女は私にずっと付いててくれたからいいのかな、と思っていたけれども……やっぱり駄目だったのね」
「申し訳ありません」
「貴女が謝る事ではないわ。むしろ今までよくしてもらって私がお礼を言わないと」
「過ぎたお言葉にございます」

 以前、女の管理人がいない王城は、エイスから指示をうけた女官長が中心となり回していた。
 リリアスが嫁ぎ女主となり、王妃の指示を受ける立場になった女官長は、嫁いだばかりで不慣れな若い王妃の補佐として相談役としてよく仕えた。それは、王妃を支えてくれという、王から当時受けた直々の指示もあったからだった。

「そうよね、そんなに上手くはいかないわよね……」

 王妃の呟きに女官長が答える。

「できる限りの準備は致しました。向こうでの私の仕事はルミに引き継ぎを致しました」
「まあ……そう。きっとびっくりしたでしょう」
「はい。ですが初めは至らないかもしれませんが、あの娘なら直に慣れるでしょう」
「そうね、でも……」
「何か?」
「あの娘たち、ルミもリーネアも本当に連れて行ってもいいのかしら」

 リリアスは当初から若い二人を連れて行く事を迷っていた。もちろん一緒に来てくれたら楽しいだろうし嬉しい。だが、王妃より一つ年下のリーネアは一般的に結婚を考える歳だ。より上なルミは遅いぐらいである。王城と違い訪れる者もいないであろう場所に連れて行ってもいいものか、何より……。

「私に付いている事が後々まで不利になると思うし……」
「お心遣いを二人に代わりお礼申し上げます。しかし以前に二人には確認しておりますし、今日申し渡した時も、ルミは慌ててはおりましたが同行する気は変わっておりませんでした」
「でも、もしこの滞在が長くなるか、もしくは帰れないようだったら時期をみて戻すわね。その時は二人を受け入れてあげてね。もしかしたら戻りにくい状況かもしれないけれど」
「かしこまりました。どうぞあまりご心配なされませんよう」
「ええ。でもそう考えると貴女がこちらに残るのは良い事かもしれないわね」
「そうでございますね」
「……今までとは違うこともあるでしょうし、大変なこともあるでしょうけれど、どうか後をよろしく頼みます」

 畏まりました、と、女官長は深く一礼した。



 翌日、王妃が城を出る日は晴れ渡っていた。が、清々しい天気とは違い、城内はざわざわと騒がしい。

「どういう事だ、どいつもこいつも追い返せ!」

 執務室に王の怒鳴り声が響き渡る。それにエイスが冷静に返した。

「用がない者は追い返しております。ただ何か理由をつけられると門番だけでは対応できません。どうしてもというなら本日は全ての出入りを禁止にいたしますが?」

「もういい!」

 王がイライラしながら吐き捨てた時、女官長が部屋へ入ってきた。

「どうしました?」
「王妃様の御用意が整いました。出立の前にご挨拶をしたいとのことですが、こちらにご案内してもよろしいでしょうか?」
「別に挨拶など」

 言いかけた王を遮るようにエイスが言った。

「では、城の出口前の小広間でお待ちいたしましょう」
「エイス!」
「見送りもなしは立場的に難しいです。これ以上、無駄な禍根を残す行為は必要ない。それともこちらにお呼びしてお二人で会われますか? もしくは大広間にでも呼び出されますか?」
「……いや」
「でしたら、出口前の間で一言声をかけるぐらいがよろしいでしょう」

 その言葉とともに女官長は退出する。王は苦々しげにエイスを睨んだが、エイスは涼しげで柔和ないつもの表情を崩さなかった。


 小広間は出立する王妃を一目見ようとする者たち——特に呼ばれてもいない王都の貴族たちやその令嬢、城内で働く騎士や女官たちまで——で騒々しかった。アーチ型の入口は扉が開かれて陽が入ってきていたが、そこから中は高い天井付近に灯り窓があるばかりで、入り口からの明るい光との対比で逆に薄暗く感じる。その部屋に人々の低いざわざわした声が響いている。暗い面持ちで立つ者も多くいたが、それ以上に妙に上気している表情の者たちの方が多かった。貴族の令嬢などは特にそうで、知り合い同士で小声で話す声に頻繁に小さな笑い声が漏れていた。
 その中心で神妙な顔でエリナが立っていた。白い滑らかな頬をいつもよりも赤く染めながら視線を斜め下に向けて、懇意の令嬢たちに囲まれていた。そして王と側近のエイスが小広間に入ってくると、すぐに彼女らから離れ王の元にやってきた。

「陛下」
「エリナ、どうした」
「わたくしも王妃様をお見送りいたしたく存じます」
「……別に無理をすることはない、そなたにとって楽しいことではないであろう?」
「ああ陛下、お心遣いありがとうございます。ですが、わたくしも……」

 そう言ったところで周りのざわめきが一層大きくなったと思ったら、王妃一行が広間に入ってきた。
 王妃はお付きの侍女をその場に待たせると、王のほうにやってきた。

「このようにお見送り頂くとは思っておりませんでした。御二方とも感謝いたします」

 そう言って、王妃は王とその横にいるエリナににこやかに微笑んだ。だが、エリナは目を大きくして王妃を見るばかりで、王のほうも間をおいてから言った。

「……お前、何のつもりだ、その格好」

 王妃は少年のようだった。男物の服に平民が履くような動きやすい靴。装飾品の一つも身につけず、ピンクブロンドの艶やかな長い髪は簡単に一つに結われて垂らされていた。

「お気に召しません?」

 王妃が楽しそうに答えると、王が返答する前にエリナが泣き声で言った。

「王妃様をこのような……申し訳ないですわ、わたくしが来たばかりに、わ、わたくし……」

 泣き出すエリナに王妃は笑顔を崩さないまま言う。

「あら、気にしないで下さいね、あなたのせいではありません。私はあくまで陛下の命令に従ったまでのこと。あなたは関係ありませんわ」

 エリナの涙を拭っていた手がビクッと止まる。

「で、その格好か? 気が触れたと思われるぞ」

 王が咎めるように言った。

「だとして、いまさら誰が困りましょう? ……私は来たように出て行くだけ。覚えておられませんか? 私はこのようにこの城に入り、そして出て行くのです」

 王妃はにっこりと笑った。

「陛下もどうか気にしないで下さいませ。私は初めからいなかったのだとお思いになって下さればいいのです。実際のところ、そうなる可能性はいくらもあったのですから。ほんの少し、時を戻すだけですわ」

 そう言うと、王妃は胸に手をあて一礼した。礼儀正しい少年のように。

「では、ご機嫌よう。どうぞお健やかにお過ごしくださいませ」
「……。そなたも息災でいろ」

 ありがとうございます、と微笑むと、王妃は二人に背を向けて歩き出した。
 人々が遠巻きに、どこか呆然としながらその背を見送る。
 王妃が広間から建物の外に足を踏み出した時、一陣の風が吹いた。その風は路の脇に植っていた白い小花のついた木の枝を揺らし、白い小さな花がまるで雪のように光の中に舞い、軽やかに歩く王妃の上にきらきらと美しく降り注いだ。

 こうして、リリアス王妃は王都の城を一年を待たずに後にしたのである。


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