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転生と日常編
#16 雨降り憂鬱筋肉痛
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俺がこの世界に来て五日目の朝になった。
今日はいつもと違って、透き通った青い空は灰色の雲で覆い隠されている。
憂鬱な空模様、まるで俺たちを映しているかのようだった。
「う、ううううう……。久々に動きすぎたせいで……筋肉痛が……」
俺もラフェムも、朝の鐘で目覚めたは良いものの、昨日のいざこざをも吹き飛ばすほどの凄まじい筋肉痛で起き上がることさえ出来ず、手負いの獣のようにベットの上で唸っていた。
ラフェムは薄い毛布にくるまって、痛みに喘ぎ狼狽えている。
俺は痛みはあまりなく、それよりインフルエンザに罹った時のような酷い倦怠感の方が辛かった。
体に全く力が入らない。視界も感覚もふわふわ、くるくる、ぼんやりしている。
ラフェムは三年前の契機からずっと引き籠もってたんだっけ、俺も同じく引き籠もりだった。
そんな不健康の権化が、急に白い日光の下で飛び、剣振り回せば……まあ当然こうなるだろうよ……。あ、やば、吐きそう……。
「今日は家で休養だな……。とりあえず、二度寝しよう……」
「ああ……」
暑さに蹴り飛ばしてたタオルケットを引っ張って、腹にかぶせて目を閉じた。
……壁の向こうから鳴り響くノイズと、まとわりついてくる鬱陶しい蒸し暑さに目を醒ます。
……体を起こすことが出来る辺り、体の調子は朝よりかマシか?
窓の外は依然薄暗い。それどころか、朝よりも暗くなっている気がする。
立ち上がり、ふらつきながらも窓へと近付いて外の様子を見てみた。
ノイズと湿気の原因は雨のようだ。特に変哲の無い雨粒が天から零れ落ち、屋根や街のレンガや翠生い茂る大地へとぶつかる無数の音が合わさって、一つの心地よい雑音となっている。
…………都会の繁雑よりも、車や機械の排気音よりも、俺はこういった自然の音が好きだ。
しばらく恍惚として屋根の縁からぽたぽたと垂れる大きな雫や、露の重みに項垂れるようにしなる草をぼんやり眺めていると、左にあるベットの上で丸まっていた毛布がもぞもぞと蠢き出した。
「ああ、ショーセ……起きてたのかぁ……。今何時かなぁ……紅時《十二時》かなぁ……。太陽が隠れてるから調べようがないな……」
爪先まですっぽり隠れていた彼が頭だけ出して、寝ぼけ眼でこちらを見上げる。
薄い毛布とはいえ、暑くないのだろうか。
それよりも、彼が十二時という言葉を発した事で、初めてこの世界にも時間の概念があることを知った。
時計が見当たらなかったから、てっきり存在自体無いかと思っていたのだが。
ラフェムはのっそりと起き上がり、怠そうに小さなあくびと大きな伸びをする。
「腹へったし飯食おうぜ」
「お……そうしよう」
……というわけで、亀のような足取りで悲鳴を上げつつ階段をおり、食卓へと着いた。
今日の朝兼昼飯は、見知った目玉焼きとパンと野菜、そして見たことのない、茶色くて楕円形の堅そうな果物まるごと一個だ。
目玉焼き……卵を焼くにはラフェムの魔法の炎が必要なのだが、前と変わりなく丁寧で上手い焼き加減だ。
こんなに疲労していても安定して魔法が使えるなんて、ラフェムは凄いな。俺もそんな感じで使えたらなぁ。
まあ、無いものを羨むより、有るものを得よう。いただきます。
黙々と食べ物を口へと詰め込む。味わいたい気持ちと、顎を動かすのも辛くて早く飲み込みたい気持ちが拮抗して、かなり不自然な食事になっている。
……ふう、やっと食べ終わった。
ただし、果物を除いて。
はて、これはどうやって食べるのだろう。変な食べ方して、何か嫌な風に思われたらと思うと、なかなか手をつけられない。とりあえずラフェムを観察。
ほぼ同時に他のものを食べ終えた彼は、果物を手に取り、その先端に親指を刺すと、そこをつまみながらもう片方の手で果実を下に引っ張った。
すると、包帯のように皮がするすると剥けていき、透明感のある桃色の中身が露わになるではないか。
俺も早速真似してやってみた。……紙巻き鉛筆のように皮が綺麗に剥ける。リンゴの皮剥きが苦手な俺でも簡単に出来るぞ。あまりにも美しく剥がせたので、少し心が弾んだ。
こうして皮と果実は分離した。
螺旋を描く皮はこの厚さでも光を通さずかなり硬いが、果実の方は正反対にゼリーのようで、少し手を動かしただけでプルプル揺れる。その透ける実の中心には、赤い種が二つほど見えた。
「そうそう、種は硬くて食えたもんじゃないから、噛まないように気を付けろよ」
ラフェムはそう俺に助言しながら、剥いだ皮をウサギのように端からもしゃもしゃ食い始めた。
じゃあ俺も。
……って! 一口かじっただけで苦味が広がってきた……ピーマンみたいに食べれなくはないけど、好んで食べたくはない苦味……。
吐き出したらラフェムにも果実にも失礼だし、我慢してあまり噛まず胃へ押し込んで、口直しに甘い匂い漂う果実へとかぶりついた。
!
あっ、めちゃくちゃ甘い……!
食感は本当にゼリーそのものに、ナダテココみたいな繊維が入ったような……。
それよりも、さっきの苦味によって引き立てられた甘味に俺まで溶けそうになる。
なるほどね、ラフェムがわざわざこんな苦いものを食べたのはこのプルプルをもっと美味しく味わうためか。いや、単に苦いものが好きなだけかもしれないが。
食事も終わり皿を片付けた俺たちは、また体を癒やすために部屋に戻って寝転がることにした。
とはいっても、もう充分寝てしまったので、まぶたを閉じても意識はちっとも沈みやしない。
ただ一刻一刻、蒸し暑い空間の中で止まぬ雨の音を聞いて徒然を慰むしかなかった。
暇だ。
…………。
暇だなあ……。
「なあー、ショーセさぁ……」
俺の背側にあるベットの上で横になっているラフェムが、弛んだ声で話し掛けてきた。
同じく暇でしょうがなかったのだったのだろう。寝返りをうって彼側へと向くと、彼は横着に寝転がったまま手を精一杯伸ばして、ベット横のタンスを漁っていた。
「〝チェス〟か〝将棋〟やらない?」
「あ、え? チ、チェス!? 将棋……!?」
目的の物を見つけたようで、タンスの中から木製の厚みある板と、お道具箱のような何かを引っ張り出した。
そして俺らの間に椅子を持ってきて、腰掛ける部分に板を乗せる。
その木の板には、沢山のマスが彫られていた。
ラフェムの発音は、明らかにチェスと将棋、そのものだった。
そして、この板も確実にチェスボード、あるいは将棋盤だ。
何故、異世界であるここに、この二つの遊戯があるんだ!?
「どっちやる?」
「えぇ……うん……じゃあ……将棋?」
「やり方わかるか?」
「いや、わからない。説明書か何かあるかな……」
戸惑う俺も露知らず、やる前提で彼は次々問うてくる。
ルール、一応解っているつもりなのだけれども、異世界で何か違った点があるかもしれないから、わからない風に答えておいた。
彼は板を持ち上げると、裏面に収納されていた二枚の細長い板を取り出して、側面の縦と横に片方ずつ付けた。これによって元の盤に、列が一つ増え九列になった。
次に箱を開け、中に入っていた紙を俺に渡す。遊戯の駒の動かし方とルールが書かれていた。
続いて箱からチェスの駒のような物を取り出し、並べ始めた。
説明書に目を通すが、見慣れた五角形の駒の姿はどこにもなく、チェスと同じ……とはいっても日本のとはまた別物の駒が描かれていた。
ポーンや歩は、剣を模した駒。王はトランプのスペードに似た何かの形、飛車は飛竜、角は地を這うドラゴン……。台座部分は三角形で、前後が決まっている。
ルールは……特に変わった様子はない。
しかし……駒は全て大理石のように真っ白だ。
これではひっくり返して成ったり、チェスの色分けをしたりする事が出来ないではないか。
どうすればいいんだ?
そう聞くと彼は王の駒をつまんで持ち上げた。
「駒に魔法の力を送り込むようなイメージを描くんだ、ほら」
宙で軽く揺らしてから、彼は指先にほんの少しだけ力を込める。
するとどうだ。
グラスに赤ワインを注ぐかのように、王は瞬く間に下から赤に染まった。この赤は、ラフェムの炎の色と同じ。
まるで炎を孕む提灯のように、駒自身がほのかに発光している、綺麗だなあ。
「君も王の色変えとけよ」
紅き王を元の位置へ納めながら、何気なくそう言った。
……変えとけと言われても。
俺は今のところ魔法使えないから、出来るかわからないんだよなぁ……まあ物は試し。言われた通りにやってみることにする。
目を閉じて精神を研ぎ澄まし、白い艶やかな王の中に指先から己の持つ魔法を注ぎ入れるような……。
…………なにか、心の奥でじんわりと何かが流動している気がする。
体を巡る血潮のエナジー、命という見えぬそのものが蠢く体の芯の芯……。
「あっ、光った」
ラフェムの何ら当たり前の光景を見たかのような、至って素朴な呟き。
不意に真横で爆竹を鳴らされたように心臓が飛び上がった、すぐさま手元を確認する。
本当だ!
俺の王はローブのラインと同じ緑色に輝き、俺の指をぼんやりと照らしている。
つまり……つまり、これは! 俺にも魔法の力自体はあるってことか!?
たったこれだけのことだけど、喜ばずにはいられなかった。
気分は勝手に高揚していき、自然と口角が上がってしまう。こんなにはしゃぐ俺がどうもおかしかったようで、ラフェムは少々呆れの混じった笑いを漏らした。
「はは、何子供みたいな無邪気な顔してんだよ、魔力を持たない人間なんて死人しかいないぞ」
……ちょっとばかし恥ずかしくなった。
今から始まる対決に集中すべく、喜びをそっと心の底に仕舞った。
「じゃあ始めようか」
小さな戦場に並んだ、白き三十八の駒とそれぞれの色に光る二人の王。睨み合う二つの軍が、今まさに衝突しようとしていた。
……。
「……先攻後攻はどうするんだ?」
「あちゃー、決めてなかったな。じゃあじゃんけんで決めよ」
………………じゃんけんもあるのか……。
今日はいつもと違って、透き通った青い空は灰色の雲で覆い隠されている。
憂鬱な空模様、まるで俺たちを映しているかのようだった。
「う、ううううう……。久々に動きすぎたせいで……筋肉痛が……」
俺もラフェムも、朝の鐘で目覚めたは良いものの、昨日のいざこざをも吹き飛ばすほどの凄まじい筋肉痛で起き上がることさえ出来ず、手負いの獣のようにベットの上で唸っていた。
ラフェムは薄い毛布にくるまって、痛みに喘ぎ狼狽えている。
俺は痛みはあまりなく、それよりインフルエンザに罹った時のような酷い倦怠感の方が辛かった。
体に全く力が入らない。視界も感覚もふわふわ、くるくる、ぼんやりしている。
ラフェムは三年前の契機からずっと引き籠もってたんだっけ、俺も同じく引き籠もりだった。
そんな不健康の権化が、急に白い日光の下で飛び、剣振り回せば……まあ当然こうなるだろうよ……。あ、やば、吐きそう……。
「今日は家で休養だな……。とりあえず、二度寝しよう……」
「ああ……」
暑さに蹴り飛ばしてたタオルケットを引っ張って、腹にかぶせて目を閉じた。
……壁の向こうから鳴り響くノイズと、まとわりついてくる鬱陶しい蒸し暑さに目を醒ます。
……体を起こすことが出来る辺り、体の調子は朝よりかマシか?
窓の外は依然薄暗い。それどころか、朝よりも暗くなっている気がする。
立ち上がり、ふらつきながらも窓へと近付いて外の様子を見てみた。
ノイズと湿気の原因は雨のようだ。特に変哲の無い雨粒が天から零れ落ち、屋根や街のレンガや翠生い茂る大地へとぶつかる無数の音が合わさって、一つの心地よい雑音となっている。
…………都会の繁雑よりも、車や機械の排気音よりも、俺はこういった自然の音が好きだ。
しばらく恍惚として屋根の縁からぽたぽたと垂れる大きな雫や、露の重みに項垂れるようにしなる草をぼんやり眺めていると、左にあるベットの上で丸まっていた毛布がもぞもぞと蠢き出した。
「ああ、ショーセ……起きてたのかぁ……。今何時かなぁ……紅時《十二時》かなぁ……。太陽が隠れてるから調べようがないな……」
爪先まですっぽり隠れていた彼が頭だけ出して、寝ぼけ眼でこちらを見上げる。
薄い毛布とはいえ、暑くないのだろうか。
それよりも、彼が十二時という言葉を発した事で、初めてこの世界にも時間の概念があることを知った。
時計が見当たらなかったから、てっきり存在自体無いかと思っていたのだが。
ラフェムはのっそりと起き上がり、怠そうに小さなあくびと大きな伸びをする。
「腹へったし飯食おうぜ」
「お……そうしよう」
……というわけで、亀のような足取りで悲鳴を上げつつ階段をおり、食卓へと着いた。
今日の朝兼昼飯は、見知った目玉焼きとパンと野菜、そして見たことのない、茶色くて楕円形の堅そうな果物まるごと一個だ。
目玉焼き……卵を焼くにはラフェムの魔法の炎が必要なのだが、前と変わりなく丁寧で上手い焼き加減だ。
こんなに疲労していても安定して魔法が使えるなんて、ラフェムは凄いな。俺もそんな感じで使えたらなぁ。
まあ、無いものを羨むより、有るものを得よう。いただきます。
黙々と食べ物を口へと詰め込む。味わいたい気持ちと、顎を動かすのも辛くて早く飲み込みたい気持ちが拮抗して、かなり不自然な食事になっている。
……ふう、やっと食べ終わった。
ただし、果物を除いて。
はて、これはどうやって食べるのだろう。変な食べ方して、何か嫌な風に思われたらと思うと、なかなか手をつけられない。とりあえずラフェムを観察。
ほぼ同時に他のものを食べ終えた彼は、果物を手に取り、その先端に親指を刺すと、そこをつまみながらもう片方の手で果実を下に引っ張った。
すると、包帯のように皮がするすると剥けていき、透明感のある桃色の中身が露わになるではないか。
俺も早速真似してやってみた。……紙巻き鉛筆のように皮が綺麗に剥ける。リンゴの皮剥きが苦手な俺でも簡単に出来るぞ。あまりにも美しく剥がせたので、少し心が弾んだ。
こうして皮と果実は分離した。
螺旋を描く皮はこの厚さでも光を通さずかなり硬いが、果実の方は正反対にゼリーのようで、少し手を動かしただけでプルプル揺れる。その透ける実の中心には、赤い種が二つほど見えた。
「そうそう、種は硬くて食えたもんじゃないから、噛まないように気を付けろよ」
ラフェムはそう俺に助言しながら、剥いだ皮をウサギのように端からもしゃもしゃ食い始めた。
じゃあ俺も。
……って! 一口かじっただけで苦味が広がってきた……ピーマンみたいに食べれなくはないけど、好んで食べたくはない苦味……。
吐き出したらラフェムにも果実にも失礼だし、我慢してあまり噛まず胃へ押し込んで、口直しに甘い匂い漂う果実へとかぶりついた。
!
あっ、めちゃくちゃ甘い……!
食感は本当にゼリーそのものに、ナダテココみたいな繊維が入ったような……。
それよりも、さっきの苦味によって引き立てられた甘味に俺まで溶けそうになる。
なるほどね、ラフェムがわざわざこんな苦いものを食べたのはこのプルプルをもっと美味しく味わうためか。いや、単に苦いものが好きなだけかもしれないが。
食事も終わり皿を片付けた俺たちは、また体を癒やすために部屋に戻って寝転がることにした。
とはいっても、もう充分寝てしまったので、まぶたを閉じても意識はちっとも沈みやしない。
ただ一刻一刻、蒸し暑い空間の中で止まぬ雨の音を聞いて徒然を慰むしかなかった。
暇だ。
…………。
暇だなあ……。
「なあー、ショーセさぁ……」
俺の背側にあるベットの上で横になっているラフェムが、弛んだ声で話し掛けてきた。
同じく暇でしょうがなかったのだったのだろう。寝返りをうって彼側へと向くと、彼は横着に寝転がったまま手を精一杯伸ばして、ベット横のタンスを漁っていた。
「〝チェス〟か〝将棋〟やらない?」
「あ、え? チ、チェス!? 将棋……!?」
目的の物を見つけたようで、タンスの中から木製の厚みある板と、お道具箱のような何かを引っ張り出した。
そして俺らの間に椅子を持ってきて、腰掛ける部分に板を乗せる。
その木の板には、沢山のマスが彫られていた。
ラフェムの発音は、明らかにチェスと将棋、そのものだった。
そして、この板も確実にチェスボード、あるいは将棋盤だ。
何故、異世界であるここに、この二つの遊戯があるんだ!?
「どっちやる?」
「えぇ……うん……じゃあ……将棋?」
「やり方わかるか?」
「いや、わからない。説明書か何かあるかな……」
戸惑う俺も露知らず、やる前提で彼は次々問うてくる。
ルール、一応解っているつもりなのだけれども、異世界で何か違った点があるかもしれないから、わからない風に答えておいた。
彼は板を持ち上げると、裏面に収納されていた二枚の細長い板を取り出して、側面の縦と横に片方ずつ付けた。これによって元の盤に、列が一つ増え九列になった。
次に箱を開け、中に入っていた紙を俺に渡す。遊戯の駒の動かし方とルールが書かれていた。
続いて箱からチェスの駒のような物を取り出し、並べ始めた。
説明書に目を通すが、見慣れた五角形の駒の姿はどこにもなく、チェスと同じ……とはいっても日本のとはまた別物の駒が描かれていた。
ポーンや歩は、剣を模した駒。王はトランプのスペードに似た何かの形、飛車は飛竜、角は地を這うドラゴン……。台座部分は三角形で、前後が決まっている。
ルールは……特に変わった様子はない。
しかし……駒は全て大理石のように真っ白だ。
これではひっくり返して成ったり、チェスの色分けをしたりする事が出来ないではないか。
どうすればいいんだ?
そう聞くと彼は王の駒をつまんで持ち上げた。
「駒に魔法の力を送り込むようなイメージを描くんだ、ほら」
宙で軽く揺らしてから、彼は指先にほんの少しだけ力を込める。
するとどうだ。
グラスに赤ワインを注ぐかのように、王は瞬く間に下から赤に染まった。この赤は、ラフェムの炎の色と同じ。
まるで炎を孕む提灯のように、駒自身がほのかに発光している、綺麗だなあ。
「君も王の色変えとけよ」
紅き王を元の位置へ納めながら、何気なくそう言った。
……変えとけと言われても。
俺は今のところ魔法使えないから、出来るかわからないんだよなぁ……まあ物は試し。言われた通りにやってみることにする。
目を閉じて精神を研ぎ澄まし、白い艶やかな王の中に指先から己の持つ魔法を注ぎ入れるような……。
…………なにか、心の奥でじんわりと何かが流動している気がする。
体を巡る血潮のエナジー、命という見えぬそのものが蠢く体の芯の芯……。
「あっ、光った」
ラフェムの何ら当たり前の光景を見たかのような、至って素朴な呟き。
不意に真横で爆竹を鳴らされたように心臓が飛び上がった、すぐさま手元を確認する。
本当だ!
俺の王はローブのラインと同じ緑色に輝き、俺の指をぼんやりと照らしている。
つまり……つまり、これは! 俺にも魔法の力自体はあるってことか!?
たったこれだけのことだけど、喜ばずにはいられなかった。
気分は勝手に高揚していき、自然と口角が上がってしまう。こんなにはしゃぐ俺がどうもおかしかったようで、ラフェムは少々呆れの混じった笑いを漏らした。
「はは、何子供みたいな無邪気な顔してんだよ、魔力を持たない人間なんて死人しかいないぞ」
……ちょっとばかし恥ずかしくなった。
今から始まる対決に集中すべく、喜びをそっと心の底に仕舞った。
「じゃあ始めようか」
小さな戦場に並んだ、白き三十八の駒とそれぞれの色に光る二人の王。睨み合う二つの軍が、今まさに衝突しようとしていた。
……。
「……先攻後攻はどうするんだ?」
「あちゃー、決めてなかったな。じゃあじゃんけんで決めよ」
………………じゃんけんもあるのか……。
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---
追記:2025/09/20
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