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第12話 消えた信号

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自宅。

 ディミトリは考えた末、監視のやり方を変えることにした。監視と言っても、常時張り付いている必要は無い。
 詐欺で受け取った金がどうなっているのか知りたいだけだ。
 その為にも彼らの日常行動を知る必要がある。

 だが、警察と思わしき車両がいる以上は迂闊な行動は控えた方が良いと考えた。
 流石のディミトリも、警察の目の前で悪さは出来ないものだ。

 何しろ相手は隙だらけの連中だ。いつでも大丈夫だとは思ってはいるが、慎重にやろうと考えているのだ。
 自分が見張られているので、監視カメラの回収が困難な事をどうにかしないといけない。

(盗聴器を仕掛けるか……)

 そこで盗聴器を深夜に設置することにした。
 携帯を改造したやつなので、一時間毎にデータ送信で回収すれば良いからだ。
 必要な機能以外は、全て停止しているので一週間程度は持つはずだ。

 深夜、自宅の裏からコッソリと抜け出した。警官の巡回に出くわさないように、慎重に自転車でアジトの裏まで来た。
 濃い灰色のスウェット上下なので怪しまれないだろうと考えていた。
 いざと成ったらトレーニングの為に公園に向かうのだと言い訳するつもりだった。
 何しろ童顔の十四歳なので通じるだろう。

(さてと……)

 周囲を見回して監視されていないのを確認してから徐に壁に取り付いた。
 取り付いた壁の雨樋を伝って登っていく。
 目標は三階のベランダ。二分もあれば登りきれる。

 ディミトリは手慣れた調子で登っていく。自己の技術と体力で岩を登るフリークライミングは兵士には必要な技術だ。
 訓練を行っていないタダヤスの身体で大丈夫なのか、懸念はあったが大丈夫なようだ。

(よしよし…… 優秀な兵隊に成れるぞ……)

 そんな事を考えながら目的のベランダに取り付いた。

 ディミトリは直ぐにベランダに入ることはせずに部屋の中の様子を窺う。
 人が移動する気配が無い事を見届けると手早くベランダ内に侵入した。

(寝てるのかな?)

 ディミトリは盗聴器を取り出し取り付けの準備を始めた。
 マイクは透明なチューブで先端に付けてある。太さが一ミリ程度なのでパッと見は何の部品なのか不明なはずだ。
 それをクーラーの室外機から伸びるパイプ配管の穴の中に挿入させた。
 こうすれば、室内の音が直接拾えるし、盗聴器の存在に気が付かないはずだ。

(よしっ、完了した……)

 ここまでの作業は十分程度で完了した。
 実を言うとこうやって盗聴器を仕掛けるのは初めてでは無い。かつての『仕事』の一環で実行したことがあるのだ。

 その時には、対角線上に複数個仕掛けさせられた。
 複数の音声から対象者の音(足音や咳など)を抽出する為だ。
 それをコンピューターを使って音響分析すると、対象の建物内の位置を算出することが出来るようになる。
 対象の行動パターンを分析して、襲撃の際に効率的に無力化させるのに役に立った。
 諜報機関の科学力は凄いものだと感心したものだ。

(今回は金を横取りしたいだけだから、そこまではやらないけどな……)

 本当は行動パターンがあると便利だが、無い物ねだりしてもしょうがないと諦めていた。
 それに今回は一人で作戦を実行する。
 手早く強襲して美味しく頂くをモットーにしようと考えていた。

(さてと……)

 強奪計画の工作が済んだので、気に成っていることを確かめてみることにした。不審車の存在だ。
 ベランダからそっと外を見てみたが、例の黒い車両は現れていなかった。

(軍用の高性能な奴じゃなくても良いから暗視装置が欲しいな……)

 人の目で見ているので詳細な所は分からない。でも、黒い車両は居なさそうだと判断していた。
 今回は自分の勘を信じるしか無い。

(ひょっとしたら偶然だったのか?)

 偶々同じ車種が居ただけなのかもしれない。或いは二十四時間監視の対象に成っていないのかもしれない。

(いや、二回同じ車両を見かけたのは偶然ではない……)

 ディミトリは慎重な方だ。慎重だったから幾多の戦場を生き残って来たと言える。
 臆病なのと慎重なのは違う。失敗から原因を推測して、次の行動のための糧にするのだ。
 それが出来ないやつは全て死んでしまった。

(俺はまだ死ぬ予定じゃないからな……)

 盗聴器を仕掛け終わったディミトリは、次の懸案事項に対する方策を考え始めた。
 誰に見張られているのかを確認しなければならないからだ。
 その為には問題の車が警察なのかを確認しなければならない。
 

 朝になって普段どおりのランニングに出かけた。そして、以前に黒い不審車を見かけた地点に差し掛かると、前に見たのと同じ場所に停車しているのが見えた。

(夜はお休みなのか……)

 昨夜、見かけなかったので夜中は監視してないらしいとは思った。
 もっとも、見つかっていたら彼らも判断に悩んだに違いない。

(ではでは、ちょっと誰なのか調べさせてもらいますよー)

 後ろからそっと近づき、後輪タイヤハウスの裏側に携帯電話を貼り付けた。ここが見つかりづらいのは経験済みだ。
 ディミトリは警察関係の車であろうと目星を付けていた。
 警察署は二キロほど走ったところにある。あそことの往復であれば、後日回収できるだろうと考えていた。

(若い男と中年の男…… きっと同じふたり組だな……)

 以前にアジトの近辺で見かけたのと同じ二人組だ。ディミトリのランニングコースを見ている。
 あの時は遠目で見るしか無かったが今度はしっかりと顔を覚えた。

 その後、ディミトリはいつの通りの道筋でランニングを終え帰宅した。帰りにも問題の車は見かけた。
 もちろん、気が付かない振りをするのは怠らなかった。こっちの手の内を見せてやる必要はないからだ。

 帰宅してから二階の窓から双眼鏡で周りを見ると、二ブロック先の交差点に問題の車は停車していた。
 そして、ディミトリが帰宅後三十分ぐらいで車を発進させていた。帰るのであろう。

「よしよし、車に携帯が仕掛けられたのは気が付いていないな……」

 パソコンに映る携帯の位置情報はディミトリの期待通りの結果を表していた。
 携帯が発する電波はディミトリが睨んだ通りに市内にある警察署に向かっていた。

「やっぱりね……」

 ディミトリはほくそ笑んでいたが、直ぐに笑顔は消えてしまった。

(えぇ? 何処に行くの?)

 携帯の信号は警察署の前を通り過ぎると、そのまま高速道路の入口を目指し始めた。

「え?」

 本線への合流地点付近で携帯の位置情報は停止した。暫く、様子を見ていたが移動する気配すらない。

(ヤバイ…… 見つかったか?)

 やがて信号は唐突に消えた。正確には信号が受信出来なくなったのだ。
 ディミトリは考え込んでしまった。

(……)

 信号の移動が消えたのは車から落下したと見るべきだろうと考えた。
 そして、信号が消えたのは後続車に踏み潰されて故障したのであろう。

(こちらが気がついたと悟られてなければ良いが……)

 携帯は落としたことにして、紛失の手続きをしてしまえば新しい物が手に入る。
 だから気にはしていない。

 問題点は、あの車が高速道路で移動していった事だ。

(警察じゃなかったのか?)
(じゃあ、俺は誰に監視されているんだ??)

 ディミトリは訳が分からなくなった。

 
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