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第15話 会話する手段

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襲撃の当日。

 真夜中に目を覚ましたディミトリは二階の窓から双眼鏡で外を眺めた。例の不審車が居るかどうかを確かめるためだ。
 二ブロック先の交差点を見てみたが問題の車は居なかった。

(やはり、夜中は見張っていないのか……)

 もっとも、他の場所に変更した可能性もあるが、それは低いだろうと考えていた。

(本格的に見張るのなら複数台で交代するはずだからな……)

 見張りだけで何も接触してこないのも不思議ではある。彼らの意図が良く分からない。
 だが、分からない事で悩んでいてもしょうがない。今は目の前にある問題に取り掛かることに決めた。

 それでも念の為に家の裏側から、他人の敷地を通って抜け出した。自転車は予め公園に駐めておいたのだ。

(五時頃までには戻りたいな……)

 昼間は普通の中学生を演じているので、突発的な休みはしないようにしている。

(良い子を演じるのも大変だぜ……)

 そんな自虐めいた事を考えながら、詐欺グループのマンションに着いた。
 夜中であることもあり、誰とも擦れ違う事はなかった。
 
 マンションの入口付近には防犯カメラがあるのは知っている。
 なので非常階段側に回り込み、外についている雨樋を足がかりにして乗り込んだ。
 何も正面から行く必要は無い。これから行うことを考えると、防犯カメラに映り込むのは避けたい所だ。
 そして、静かな階段を上り外廊下を走り抜ける。いつもながらドキドキする瞬間だ。

(このドキドキ感がたまらないよな……)

 訳の分からない感想を考えながら目的の部屋の前に来た。
 マンションのドアに取り付き、ドアスコープを覗き込んだ。人の移動する気配は無い。
 ドアスコープは中から外が見えるように作られている。だから、中が見えるわけでは無いが動く影ぐらいは見えるのだ。

 ドアスコープをペンチで外して、その穴から内視鏡を差し込んだ。胃の検査とかに使う器具。
 内視鏡でドアに付いている鍵のノッチを回せば、鍵が無くとも家の中に侵入できてしまう。
 これは空き巣が良くやる手口だ。ドアスコープが何の脈絡も無く取れていたら要注意。

(よし、ひとまずは成功だ……)

 ディミトリはいとも簡単にアジトに忍び込むことに成功した。賃貸物件サイトの案内では2LDKのはずだ。
 マンションに入った瞬間に想ったのは『酒臭え』だ。マンションの中には男たちのイビキが響いていた。
 リビングの方を見ると二人。寝室と思わしき部屋に一人。事務所風の部屋に一人。
 どいつもこいつもだらし無く口を開けて寝ている。相当呑んだらしい事は分かった。

 そんなマンションの中を静かに家探しを行った。だが、思いつく所を探しても金は無かった。
 百万の束が十束だから結構な大きさのはずだ。

 ディミトリは困ってしまった。朝までには帰りたいからだ。
 これ以上、暗がりの中を探していても時間の無駄だ。

(くそっ…… 聞き出すしか無いのか……)

 恐らく事務所風の部屋に居るのがリーダーであろう。最初にこいつを拘束することにした。
 スタンガンでショック状態にしてから、手足を拘束バンドで縛り付けた。その後でテープを目と口に貼り付けた。

 目を塞ぎ手足を縛ると人は従順になってしまう。抵抗するすべが無くなると思い込むからだ。
 戦場であれば無音の部屋に三日程閉じ込めて、反抗心を刈り取ってやる所だが時間が無い。

 彼らをリビングに集める。しかし、彼らも拘束しているにも拘わらず暴れるので、革バットで殴りつけながら運んだ。
 革バットは細長い革袋に土を詰め込んだものだ。手で殴ると痛いのでコレを使うことにしている。
 木製や金属製で無いのは、不審尋問されてもラケットのカバーだと言い逃れする為だ。

 ディミトリは厚手のマスクを口元にして、携帯の音声加工アプリを使い始めた。
 今のディミトリの声は中学生の坊やの声なので凄みが無いためだ。

『金は何処だ?』

 音声加工アプリから流れ出す器械的な声が部屋に響く。
 質問はシンプルな方が良い。彼らに余計なことを考えさせる暇を無くす為だ。

「金なんかねぇよっ!」

 リーダーらしき男が答えた。ディミトリは最初から彼らが白状するとは思ってもいない。
 だが、彼らと会話する手段は幾らでも知っている。色々な手段は経験済みだからだ。

『……』

 リーダーの顔に持ってきたマスクを掛けてやり、それからマスク全体に酢を垂らしてやった。

「ゲホッゲホッ」

 酢特有の刺激臭にリーダーはむせ返っていた。顔を左右に振ってマスクを外そうとするが叶わない。

『金は何処だ?』

 ディミトリは再び質問した。器械的な声が部屋に流れる。

「だから、ねぇって言ってるだろうっ!」

 やはり、酢程度では駄目なようだ。次は酢酸を掛けてやった。
 これは写真の現像などに使う皮膚などに付くと爛れてしまう程の酸性を持っている。当然刺激臭もキツイ。

「ゲホッゲホッゲホッゲホッ」

 リーダーの咳き込み具合は酷くなった。喉の奥から絞り出すような咳き込み方だ。
 何も喋らないので今度はアンモニアの小瓶を鼻先に突きつけてやった。

「むがぁっ!」

 アンモニアは効いたようだ。仰け反るような仕草を見せたか思うと項垂れてしまった。
 他の三人はリーダーの咳や声を聞くだけでビクリとしていた。時々、ぶん殴ることも忘れない。
 いつ自分に拷問の番が回ってくるのかを分からせないようにする為だ。
 そうやって恐怖心を植え付けるのが上手く尋問を行うコツだ。

『金は何処だ?』

 きっと、際限なく拷問されると観念したのだろう。

「―― 本当に無いんです ――」

 リーダーは目と鼻と口から色々なものを垂らしながら言ってきた。

『十本有るのは知っている。 何処だ?』
「あ、アレはもう渡した……」

 リーダーは即答してきた。
 此方は金が集結しているのを知っている。そう示唆したつもりだったが頭が回っていないようだ。
 まだ、金が無いと言い張るつもりのようだった。

『それは明日じゃなかったのか?』
「えっ……」

 ここでリーダーは襲撃者が金の行方のことを知っている事に気がついた。少しトロイようだ。

「ちょっと、待ってくれ…… 金なら本当に無い……」

 リーダーの声から怯えが無くなった。

「――誰の差し金だ?」

 どうやら、何処かの組織に雇われたと思ったようだ。

「俺たちは言い付けを守ってシノギを稼いでるし分け前も渡してる。 何処にも迷惑は掛けていないはずだ……」
「!」
「!!」
「!!!」

 リーダーがそう言うと他の三人も盛んに頷いた。どうやら『真面目』に悪さをしていると言いたいのだろう。
 良く分からない連中だ。
 ディミトリにはどうでも良いことだ。しかし、リーダーの余計な一言が彼の心を苛立たせた。

「俺たちには神津組がついてる。 こんな事してタダで済むと思うな……」

 ボグッ

 肉を打つ鈍い音と共にリーダーの話を遮った。みぞおちに革バットを打ち込んでやったのだ。
 負け犬の遠吠えに付き合ってるほど暇ではない。

「ぐぅぅぅぅ……」
『今、タダじゃない目に合わせたらどうだ?』

 そう言って、もう一度同じところに革バットを打ち込んでやった。
 リーダーは元ラーメンだったらしい物を床にぶちまけていた。嘔吐物特有の酸っぱい匂いが充満していく。
 彼は未だにゲームのルールを理解してないようだとディミトリは考えているのだ。

『それが出来ないのなら質問に答えろ…… 金は何処だ?』

 長い一日になるかもしれないなと考え始めた。何しろ逆らうとかなり痛い目に遭うと覚えさせねばならないからだ。
 彼らは金を隠しているのは間違い無い。呑みに行くのに大金を持って歩く馬鹿はこの世には居ないはずだ。

 そして、次の打撃を与えようとした時。

ピンポ~ン

 玄関のチャイムが鳴った。

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