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第18話 手術跡

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自宅。

 家に帰ったディミトリはティーシャツを脱ぎ捨てた。アルミ箔を貼っているので着心地が最悪なのだ。
 そして、自室の窓からいつも不審車が停車しているあたりを見張っていた。

 大串の家を出た後に、近くのショッピングセンターで見張っていたが彼らは現れなかった。
 今回はティーシャツを脱ぎ捨てて三十分程で彼らは現れたのだ。

「つまり、上半身の何処かに有るのか……」

 追跡装置の在り処が絞られてきた。ディミトリは祖母の部屋から姿見を借りてきて映してみた。
 事故に有った時の傷跡は全身に付いている。結構な数があり、手術跡だらけでよく分からなかった。
 昏睡状態になるような怪我だったので仕方が無い。

「参ったな……」

 手術跡を触ってみた。デコボコとした感触があるが、傷の跡なのか追跡装置が埋まっているのか不明だ。
 ある程度には医学の知識があると言っても、傷病兵に対する簡単な血止め程度なのだ。

(しかし、どうやって埋め込んだんだ?)

 身体に何かしらの装置を埋め込むのは、普通に寝ているときでは無理だ。
 痛みで目が覚めてしまうし、それだったらディミトリは覚えているはずだからだ。

 作戦の時に犬に仕掛けたことがあるが、小型と言っても結構大きかった。
 身体に埋め込むのなら大掛かりな手術が必要なはずだ。

(普通に考えて埋め込んだタイミングはあの時だけだよな……)

 ならば、これはディミトリが昏睡状態の時に施術された事になる。
 それが出来るタイミングはあの時以外に無い。

(あのヤブ医者め……)

 本人が知らない間に何かを体内に埋め込むことなど出来ない。やれるとしたら自分が入院していたタイミングだけだ。
 祖母の話ではタダヤスは病弱だが、入院などしたためしが無かったそうだ。

(つまり、ヤブ医者は奴らの仲間ということだ)

 親身に相談に乗ってくれていたのは、追跡装置が無事かどうかが気に成っていたのであろう。
 それとバッテリーの問題もある。ある程度の間隔で充電しないと動かなくなるはずだからだ。
 だから、定期的に検査の為に病院に通わされるのであろう。
 ディミトリには確信していた。

(さて、どうする……)

 少し手荒い方法で情報を引き出そうと考えていた。
 その前に身体に埋められた追跡装置だ。取り出させる方法を考えねばならなかった。

(幸い…… 俺は方法を良く知ってるからな……)

 ディミトリはニヤリと笑った。


 数日後。ディミトリは鏑木医師に会いに行こうと病院を目指していた。
 駐車場に差し掛かった時に、二人組の見るからにヤンチャ系小僧がいた。
 タバコ吸っている小僧は髪の根本が黒いプリン金髪。もう一人は耳にピアスを付けたモヒカン風金髪。
 ディミトリは気にも掛けずに普通に横を通ろうとした。

「うぃーっすッッ!!!!!!」

 そんな事を言いながらモヒカン風金髪が通せんぼしてきた。
 プリン金髪はタバコ吸いながらニヤニヤと笑ってる。 
 医者を締め上げてやろう意気込んで来たのに、妙なのに絡まれたので面食らってしまった。 

「よう、にいちゃんの携帯さー借してくんねー? 充電切れちゃってさーマジ頼むよ」
「俺のも切れちゃってさー」

 プリン頭も言ってきた。

「ああ…… 良いっすよー」 

 ディミトリは面倒臭いな思いながら携帯を差し出した。

「はい。 これもーらいっ!」
「アハハハハハ」
「へ?」
「なー。 この携帯とお前のサイフ交換しようや?」

 モヒカン風金髪がニヤニヤしながら顔を近づけてきた。息が臭い。
 一瞬で事態を把握したディミトリ。どうやらカツアゲに会っているらしいことに気がついたのだ。 

「財布出さねえと携帯ぶっ壊すぞ?」 

 モヒカン風金髪は目玉をギョロギョロと動かしている。この手の馬鹿の威嚇なのだろう。
 この辺でディミトリは臨戦態勢に入るためそっとリュックを降ろした。
 そして、ポケットからサイフを取り出し、怯えた顔しながらモヒカン風金髪に近付いた。

「素直でよろしい! ケヒャヒャヒャ」

 モヒカン風金髪が意味不明な言葉を掛けながら受け取ろうとした。

「ちなみに今いくら入ってるの?」

 道路の縁石に座りながら話しかけてくるプリン金髪。
 モヒカン風金髪がニヤついたまま、サイフに手を伸ばした瞬間。
 手加減無しの全力で、モヒカン風金髪の右側頭部に左フックを打ち込んだ。

バキンッ!

 凄い音がしてモヒカン風金髪が思いっきり地面にぶっ倒れた。地面でうずくまるモヒカン風金髪。
 タバコを持って座ったまま唖然とするプリン金髪。口が半開きなったままだ。
 ディミトリはプリン金髪に向かっていき蹴りを入れた。だが、プリン金髪は器用に転がって回避した。

(チッ…… 中々、すばしっこい奴だ)

 ディミトリは無言のままだ。二発目を入れるべく一歩踏み出した。

「な、何してんのよっ! アンタ頭おかしいんじゃないの!?」 

 甲高い声でオネェ言葉を叫び出したプリン金髪。四つん這いで逃げ出し始めたのだ。
 ディミトリは笑いを堪えるのに苦労した。
 うずくまったまままったく動かないモヒカン風金髪。若干震えていたような気がする。
 絶叫して逃走しはじめたプリン金髪を、全速力で追いかけて後ろから蹴ってやった。
 すると、ガリガリのプリン金髪は前のめりで転倒した。

 その倒れたプリン金髪のボディに蹴りを入れ続けた。相手が反撃出来ないようにする為だ。
 最後には顔面にサッカーボールキックをした。助走をつけて蹴るのだ。
 これは強烈だった。そんな事をする奴などいないからだ。

「うぅぅぅ……」

 うずくまったまま動かなくなったプリン金髪。

 肩で息をしながらモヒカン風金髪の方に目を向けた。
 なんと、さっきまでうずくまっていたモヒカン風金髪がいないではないか。
 強烈なフックをお見舞いしたはずだから歩くのもやっとなはずだ。

(ええーーー。 やられている仲間を放置して逃げるのかよ……)

 ディミトリは呆れ返ってしまった。姿形も無い所を見ると逃げ足はピカイチのようだ。

「ヘタレどもめ……」

 ディミトリは吐き捨てるように呟いた。理由はどうあれ仲間を見捨てるやつは最低だと思っているからだ。
 これは兵隊時代から身についている習性だ。

「で? 何の用なんだ??」

 ディミトリはプリン金髪に向き直して聞いた。
 彼は俯いたままだった。泣いているのかも知れない。

「な、仲間をボコったって聞いたんで……」
「仲間?」

 彼らの言う『ボコる』とは喧嘩に勝つ事らしいが、喧嘩なんぞに興味のないディミトリには不明な単語だ。

「ええ……」
「……?」

 ディミトリは何のことだか分からなかった。

「何のことだ?」
「?」

 もう一度聞き直すとプリン金髪の方が当惑してしまったようだ。

「前にダチが病院から出てきたオタク小僧にやられたと聞いたもんですから……」

 青い縞のシャツと目立たない灰色ズボン。選んだわけではない。コレしかタダヤスは持ってなかったのだ。
 ディミトリは溜息をついた。オタク小僧と言われても仕方のないセンスだ。
 タダヤスは生まれた時からカツアゲされる宿命だったのだろう。

「ああ…… あの金髪の弱っちい奴の事か?」

 ここでやっと思い出した。ボコッたというより彼は自滅したとの認識だったのだ。
 記憶に残るほど厄介な相手でも無かったせいもある。

「お前程度で俺をどうにか出来ると思ったのか?」
「はい……」

 彼程度では準備運動にも成らなかった。こんな奴を相手にしてもしょうがないと考え始めた。
 ディミトリは切実な問題を抱えているのだ。

「相手にもならんよ」
「ハイ、すいませんでした……」
「もう良いから帰んな……」

 プリン金髪は素直に謝っていた。
 肩を落としながら帰っていくプリン金髪の後ろ姿を見ていた。

(くそぉ~、痛えなあ、おい……)

 左手がズキズキと痛む。何の防具も付けずに硬い頭を殴ったのだから当然であろう。

(何か持ち歩けるサポーターが欲しいな……)

 襲撃の時には軍手とカイロを持っていった。軍手を重ねて付けて、間にカイロを挟むのだ。
 拳を握った時に鉄のように固くなるので打撃力が上がるので便利だ。
 そんな事を考えながら駐車場を横切っていった。
 そして、何台かの車の前を通り過ぎた時。

(ん?)

 とある車が気に成ったのだ。ナンバープレートに見覚えが有る。

(何日か前にツイてないおっさんを撥ねた車だ……)

 停まっている場所は病院関係者用の駐車エリアだ。
 その車に乗っているということは医療関係者であるのだろう。

(よし、これで追跡装置の方をどうにか出来るかも知れないぞ……)

 確か運転手は女性だったはずだ。轢き逃げのことを黙ってる代わりに手術させれば良い。
 医療関係者であれば素人がやるよりはマシだろう。
 ディミトリは自分の幸運に感謝した。

 車のタイヤハウスに携帯を貼り付ける。これで追跡して住んでいる所を割り出す為だ。
 今日はヤブ医者にカマ掛けるだけにしておこうとディミトリは考えたのだった。

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