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第30話 死角になる場所

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廃工場。

 ディミトリは背中のバックから暗視装置を取り出した。
 鏑木医師の所で収穫した物だ。使い勝手の確認も兼ねて持ってきたのだ。
 バックの中身は他にガン雑誌も入れてある。万が一の時にはミリタリーマニアを装う為だ。

 ディミトリは暗視装置を頭に付けて電源を入れてみる。
 収奪した後に一度だけ試してみたが、昼間だったせいなのかピンと来なかったのだ。
 そして、思っていたより鮮明に見えるので驚いてしまった。

(最新型なだけ有って建物内の様子が鮮明に見えるな……)

 兵隊時代に使っていたものは、ロシア製の重くて使い勝手が悪い物だった。それと比べると雲泥の差がある。
 手袋をした自分の手を映しながら握ったり広げたりしてみた。
 ロシア製の物だったら真ん中が明るくて端っこが暗くなってしまう。ところが、使っている中華製の奴は全体が均一に明るいのだ。もっとも、中身の日本製の部品で実現出来ているのをディミトリは知らない。

(ふむ…… 時代の進む速度が凄いもんだな……)

 とりあえずは、取り残されないように気を付けないと、中身が三十五歳のディミトリは思ったのだった。

(さて、人の気配はしないし奥に進んでみるとするか)

 気を取り直したディミトリは足音に気を付けながら進んでいった。工場の中は耳が痛くなるような静寂に包まれている。
 聞こえるのはディミトリの息遣いだけなのだ。

 裏側から入ったからなのか廊下には小部屋が並んでいた。
 元は工場だったので様々な作業を部屋ごとに行っていたのかもしれない。

(まあ、良くある配置だな……)

 その中の一室には錆びたバーベキューコンロが部屋の中央にあった。結構、使われていたのだろう。炭などが残ったままだ。
 脇には調味料たちが無造作に置かれている。さすがに今はもう使え無さそうだとディミトリは思った。

(浮浪者が入り込んで生活してたっぽいな……)

 部屋の隅に有る薄汚れた布団を見ながら考えた。そこには元の住人が捨てていったらしい衣類などが積まれている。
 だが、布団に薄っすらと掛かっている埃の具合から見て、長らく使用されて居ないものと判断出来た。

 その隣の広めの部屋は焦げ跡がアチコチ付いている。
 空き缶とかも落ちているので、DQN達に花火のでもされた跡であろうと推測した。

(室内で花火って何を考えていたら出来るんだ……)

 外でやると目立ち過ぎると考えたのであろうが、危険である事には変わりない。

(まあ、俺も人の事を言えた柄じゃないがな……)

 洋の東西を問わずに馬鹿をやる人間は、少なからず居るものだなとディミトリは思いながら笑ってしまった。

(外で拾った制汗スプレーの持ち主はコイツラだったのかもしれんな)

 最近の若い者は匂いを嫌うというのをネットで読んだのを思い出していた。

(コレと言って何か機材とかが残っている訳では無いのか……)

 工場の中は見事に何も無かった。ディミトリがむき出しのコンクリートを歩いていくと大きい空間に出た。
 納品に使われていたと思われるシャッターが閉まっているのが見える。工場の正面に当たる部分だ。
 ここが工場のメインで使われていた部屋である事は推測が出来る。

 ディミトリは部屋の中央に進み出てみた。死角になる場所が有るかどうかをチェックする為だ。
 するとシャッターの脇から二階に伸びる階段に気が付いた。

(二階が有るのか……)

 そのまま部屋の真ん中に立って見回していると、ある物に気がついた。二階にカメラが取り付けられている。
 角度的にも部屋を全て網羅しているみたいだ。

(ほほぅ……)

 階段を上がって傍に寄って見てみると真新しいカメラだった。まだ、設置されたばかりなのだろう。

(まだ稼働はしてないみたいだな……)

 カメラに電源らしきものは入っていないようだ。触ってみても冷たいままなのだ。
 ディミトリはカメラの側面に書いてあるメーカーの型番を控えた。家に帰ってから性能を調べる為だ。

(俺を撮影する気か?)

 防犯の為なら外に向けて取り付けるし、電源は入れっぱなしにするだろう。だが、室内の中央に向けて設置してある。
 この工場に呼び出した人物を撮影するためだ。そして、それはディミトリである事は明白だ。
 撮影を妨害する工作も必要だった。方法は分かっているが部品を調達しないといけない。

「ふん…… そうか、この取引自体が罠なんだな……」

 考えてみれば普段から何も接触の無いディミトリに、大串が相談を持ち掛けて来るのは不自然だった。
 寧ろ避けられているとさえ思っていた。それが彼にとって小銭であるとはいえ、二百万もの大金を預けてくるのだ。
 普通に考えて有り得ないのだ。

(誰かの入れ知恵か大串自身が考えたのか……)

 彼が共犯で有るのかどうかは分からないが、話を聞く必要があるのは明白だ。
 もし、背後にいるのが鏑木医師を襲った連中だった場合には、手荒に歓迎してあげる必要がある。

「お前ら程度で俺を嵌めることが出来ると思っていたのか?」

 ディミトリはカメラを指先で突きながら毒づいた。それと同時にドス黒い膿が溜まって来るの感じていた。
 大串の背後関係を探る必要性が出てきたのだった。

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