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第40話 衝撃波

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自宅。

 ディミトリは朝方に家に帰り着いた。もちろん、学校に行くのに着替える為だ。
 一応は平凡な中学生を演じ続けているディミトリには必要な事だ。

 学校に行くとクラスに大串たちの姿は無かった。

(普通に登校しろ言った方が良かったか……)

 ディミトリが自分の席につくとクラスメートの田島人志が話し掛けてきた。

「よう! 今日さ…… 俺の家に来ない?」
「何で?」
「良いものを買ったんだよ」
「良いもの?」
「ああ…… 来てみれば分かるって!」

 今日は特に予定は無い。強いて言えば短髪男から戴いた拳銃の手入れをするぐらいだ。
 銃は天井裏に隠しておいた。今度は燃えないゴミの日に捨てられる事はあるまい。

(そうだ、田島からベレッタを譲ってもらおうか……)

 田島のベレッタは一番最初に発売されたモデルのはずだ。短髪男の持っていたのは最新型。
 並べて置いておけばモデルガンに見えるに違いない。

(うん…… うん…… 中々良いアイデアじゃないか)

 その日は何事も無く過ごし、自宅に帰る前に田島の家にやって来た。二階建ての普通の民家だ。
 二階にある田島の部屋に案内されると、そこは販売店のように整然とモデルガンが並んでいた。

「おおっ! すげぇっ!」

 ディミトリは思わず声を出した。とりあえずディミトリを驚かすのに成功した田島はご満悦のようだ。

「中々のもんだろう?」
「ああ……」

 その中にベレッタが有るのを目ざとく見つけたディミトリは田島に話し掛けた。

「なあ、頼みが有るんだが……」
「何?」
「あのベレッタを譲ってくれないか?」
「え? あんな古いので良いの?」
「ああ、買った時の値段を払うからさ」
「別に構わないよ…… 実を言うと同じのを二丁買って困っていたんだよ」

 そう言って田島は笑っていた。本当は香港スターのチョウ・ユンファのマネをして二丁拳銃を買ったのは内緒だ。
 それにベレッタは五丁以上持っているので邪魔だなと思っていたのだ。

「ところで見せたいものって何?」

 ディミトリは田島が『ある装置』を手に入れたそうなので見せて貰いに来たのだった。
 こちらのお願いを聞いてくれたので、彼の自慢話に付き合うつもりのようだ。

「じゃじゃぁーーーん」

 彼が手招きして見せてくれたのは、最新型の3Dプリンターだった。

「これで市場に出てこれない東側の奴も作れるぜ!」

 すでに作成済みらしいモデルガンも見せてくれた。それらは中々の出来栄えだった。
 下地のままで白かったが、色付けすればそれなりに見えるであろう。今はモデラー雑誌などを見て色つけの勉強をしているらしい。

「若森が古いのを下取りしてくれるんなら、エアーコンプレッサーが買えそうだぜ」

 エアーコンプレッサーというのは空気を圧縮する機械だ。その圧縮した空気の圧力を利用して塗料などの吹き付けるのに使う。
 均一に塗料を塗れるので、出来上がりが非常に綺麗になる。つまり、より本物に見えるようになるのだ。
 比較的高いので中学生の小遣いで、簡単に買えるような代物ではない。
 だが、手が届かない価格という訳では無いので、彼は正月のお年玉を貯めて買うつもりだったらしい。

「……」

 だが、ディミトリは違う事を思いついた。それは作成されたモデルガンの部品たちを見ていて気が付いたのだ。

(三次元の複雑な構造を作り出せるのか……)

 作成されたモデルガンをひっくり返したりしながらディミトリは確信に近いものを得た。

(これならアレが作れるかもしれんな……)

 そう、ディミトリが思いついたのは『減音器』だ。世間様ではサイレンサーの方が通り相場が良い。でも、消音はされないで少しだけ音が漏れるので減音器なのだ。サプレッサーでも良い。
 この3Dプリンターでなら複雑な構造を持つ減音器を作れると考えたのだった。

 音というのは衝撃波だ。その衝撃波を多段の吸音壁で吸収し、音を減じてやれば良いだけの話だ。
 使う機会はそんなに無いだろう。寧ろ通常の戦闘においては速射が出来ないので邪魔でしか無い。
 ならば、耐久性を無視した、強化プラスチック製の使い捨て減音器も有りだとディミトリは考えた。

(とりあえずは彼に設計図を起こしてもらう貰う必要があるな……)

 3Dプリンターで物を作るには複雑な立体図を作成する必要がある。あいにくとディミトリにはそこまでの知識が無い。
 ならば、既に使いこなしている感のある田島に頼み込むほうが早かった。それに彼はきっと興味を持つだろう。
 ミリタリーマニアから見たら、減音器は中々に心をくすぐるアイテムで有るからだ。

「俺も欲しいな……」
「やっぱりか! お前が好きそうだなって思ってたんだよ!」

 田島はディミトリが興味を持ってくれたのが嬉しそうだ。大喜びで作成に必要なソフトと3Dプリンターの型番を教えている。ディミトリは家に帰ったら早速注文するつもりだ。

 実際に使う際には強度の問題があるので、何らかの対策を考えねばならないだろう。

(プラスチック全体を金属製の筒で覆ってしまへばどうだろう?)

 だが、それは実物が出来上がってから考えていけば良い。頭で考えている事と実物では違いが有るのは当然だ。
 まずは実物を作成することが先だろう。それから改良していけば良い。

(これで悪巧みが捗るぜ……)

 ニヤリとほくそ笑んだディミトリは、未だ見ぬ減音器に思いを馳せていた。

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