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第56話 モロモフ号

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アカリの車。

 サプレッサーを作り終えたディミトリはアカリに向かえに来てもらった。
 これからアオイが閉じ込められている船を調べる為だ。車を走らせながらアカリに色々と聞き出しす。

「どこの港に連れて行かれるか聞いた?」
「いいえ」

 車に強制的に乗せられて、直ぐにディミトリが追いかけたので詳しい話は出来なかったそうだ。
 ただ、彼らがアオイと確保している事と、中学生の男の子を誘い出して欲しいとだけ言われたようだ。
 彼らは只の使い走りのようで、若松忠恭の顔を知らなかったのは幸いだった。

「じゃあ、車の中の様子で覚えていること無いかな?」
「そう言えば、カーナビに臨海港って表示されていた」

 メールか何かでアカリの居場所を教えられて、彼らはカーナビ頼りに走っていたのだろうと考えた。

「ん? そう言えば奴らはアカリさんの顔を知ってたんだよね?」
「ええ、スマートフォンに私の画像が有りました……」

 見せられたのは、自分の画像とアオイの画像だったそうだ。

「しかし、臨海港って言っても大きいよなあ……」

 ディミトリたちは船であるとしか知らない。他には、相手がロシア系であるぐらいだ。

「入港したばかりみたいな話をしてた」
「ふむ、日付で検索してみれば良いか……」

 ディミトリは携帯で船の入港情報を探り始めた。何か、手がかりが欲しかったのだ。

「これかな…… 名前がそれっぽい……」

 ディミトリが指差す先には『ナホトカ・モロモフ』とあった。とりあえずは見に行って見ることにした。
 本来なら一週間ぐらいは観察をして、人数ぐらいは把握したかったが時間が無い。
 アオイが人質にされているせいだ。

「キプロス船籍で石炭運搬船とあるな……」

 ディミトリは画面を見ながらブツブツ言っている。他にも船はあったが全体的に小さめの船ばかりだ。
 きっと、外洋を渡るので大きい船だろう。

「とりあえずはコイツに忍び込むか……」

 ダメ元で乗り込むつもりだった。

「ちょっと、寄り道してもらっても良いなかな?」
「良いけど、何するの?」
「ちょっと、お買い物……」

 まず、釣具店に行きゴムボートを購入した。長さが二メートル程度で二人乗り。手漕ぎだが大した距離を漕ぐ訳では無いので平気だ。
 目的の船にはロシア系の連中がいる。そして、彼らはディミトリが訪問するのも知っている。
 大人しく入れてくれる訳が無い。きっと、色々な意味で大歓迎されるであろう。

 なので、正面から乗り込まずに、船の側面を登って行こうとしているのだった。
 彼らもその辺は分かって側面の見張りは増やしているだろう。だから、見つかり難い船尾側から行こうかなどと考えていた。

 次に防災用品を扱う店に行って縄梯子を購入。これは巻き込み式なので背負って持って行ける。
 自分一人なら海に飛び込むが、目的がアオイの救出なので彼女用だ。

 最後に工具店に行った。ここで大型ガラスなどの運搬に使う吸盤を買うためだ。
 これは一つでディミトリの体重を支えることが出来る。これを両手に持ち交互に貼り付けながら、側面を登っていくつもりだった。

「よしっ出発しようか……」
「うん……」

 買い物を済ませた二人を乗せた車は一路、臨海港に向かった。

「そう言えば、留学ってどこの国へ行くの?」

 ディミトリが尋ねた。
 道中、アカリから情報を引き出したかったのだ。

「イギリスに行くつもりです……」
「ふーん、お姉さんも一緒に行くの?」
「姉は何とか医師団に参加すると言ってました」
「国境なき医師団かな?」
「それだと思います」

 どうやら姉妹揃って日本を脱出するつもりだったようだ。

(まあ、厄介な小僧に絡まれていたらそうなるわな……)

 アオイの目の前で、水野を射殺したのは拙かったなと思い始めた。彼女なら平気だろうと勝手に思い込んでいたのだ。
 いくら自分でストーカー男を轢き殺しているとは言え、殺人には耐性が無かったのであろう。
 気持ちが分からない訳では無いが、それと金を持ち逃げしようとした話は別だ。

(グズグズしてたら国外に逃げられる所だったな……)

 ディミトリは彼女らが日本から脱出する前に金は返してもらおうと考えた。
 その為にもアオイを無事に救出しなければならなかった。きっと、アカリは大金の事を知らないと思うからだ。

 やがて、二人を乗せた車は臨海港に到着した。
 海に開いている水路の一つに車を付けて、ディミトリは道具を取り出していた。ここから出発するつもりだ。

 船には彼一人で行くつもりだった。アカリは連れて行く訳にいかないし、帰りの足を確保しておく必要が有るからだ。

「片道十五分ぐらいか……」

 『モロモフ号』を見ながら呟いた。舷側に居る見張りの目をどうやって掻い潜るかを考えていた。
 服装とボートは暗めになっている。岸壁沿いに行けば背景に紛れて見つかりづらいだろうと考えた

「じゃあ、行ってきます。 連絡するまで待機していてね……」
「うん…… 気を付けていってらっしゃい……」
「はい」

 ゴムボートを海に浮かべたディミトリは夜の海に乗りだしていった。
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