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第66話 国際電話

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コンビニ前の公衆電話。

 アカリとアオイはシンイェンの服を調達しに出掛けていった。
 ディミトリは彼女を連れて近くにあるコンビニやって来た。近所で公衆電話があるのはコンビニだけなのだ。
 シンイェンに小銭を渡して国際電話の掛け方を教えてあげた。

(公衆電話で国際電話が掛けられるとは知らなかったぜ……)

 実を言うとアオイに聞くまで知らなかったのだ。百円単位なのでテレホンカードを用意しないといけないのが面倒だった。

『済まないが録音させて貰うよ。 それから余り俺たちのことを詳しく話さないで欲しいんだ……』

 電話する彼女の会話を録音する事にしていた。ヤバそうだったら逃げる為だ。
 ディミトリは中国語が片言で分かると言っても無理がある。詳しい部分は後で翻訳ソフトで聞こうと考えていたのだ。

『わかったわ……』

 シンイェンは教えられた通りに電話を掛けた。相手は直ぐに出たようだ。ディミトリはそっぽを向いて聞かない振りをしていた。
 電話は短いコールで直ぐにつながったようだ。

『……』
『私。 シンイェン』
『おお、無事だったか……』

 彼女は自分の父親に電話したようだった。
 電話に出た父親は大変に喜んでいるらしい。電話口から声が漏れてきているので分かる。

『ええ…… 色々有ったけど助けてもらったの……』

 ディミトリは彼女の話す早口の中国語が全て分かる訳では無い。
 それでも所々の単語で自分の事を言われているのが分かるようだった。

『お前の身柄を預かったと電話が有った時には肝を冷やしたよ』
『遊園地の帰りに車ごと持っていかれたの』

 彼女は誘拐された時の様子を細かく父親に報告していた。彼女が乗った車を走行したままキャリーカー(車を運搬する車)で運搬したらしい。中々、手荒い連中だったようだ。

 ここでディミトリは彼女が泣き出さないのが不思議だった。何しろ見た目は十歳くらいの子供だ。
 自分だったら泣きじゃくって会話にならないに違いないと思ったのだった。

『護衛の四人はどうなったんだ?』
『死んだ……』

 護衛とは日本にある父親の息がかかった組織で働く者達だ。組織と言っても買付が主なものなので規模は小さい。
 シンイェンが日本の有名な遊園地に行く時には、いつも身辺の警護の為ために駆り出されている。

『そうか、日本の事務所に右手が四本届いたと聞いた時に覚悟はしていたよ』
『ええ、私の目の前で生きたままバラバラにされて行った……』

 彼女にとっても馴染みの人たちだったようで、彼らの死に言葉を詰まらせて涙ぐんでいたようだった。

『なんて事だ…… ツライ目に合わせて申し訳ない。 日本なら大丈夫だと思ってたんだよ』
『秦天佑(シン・チンヨウ)はお父さんが約束を守らないのが悪いと言ってた……』
『約束も何も分前の増額を彼らが勝手に決めたんだよ。 言うことを聞くわけにはいかなかったんだ……』
『……』
『その後、直ぐに私を誘拐した犯人たちはロシア人たちに捕まったの』

 シンイェンたちを連れ去って、自分たちのアジトに連れて行ったらしい。そこから香港に脅迫電話を掛けていたのだろう。
 誤算は自分たちが誘拐されるターゲットにされてしまっていた事だ。
 シンイェンを拐った事を知らなかったロシア人たちが、アジトを襲撃して全員を拐ったのだ。

『それで連絡が付かなくなったのか!』

 父親は交渉の最中に連絡が取れなくなり焦っていたようだった。

『ええ。 彼らのリーダー以外は直ぐに殺されたみたい』
『誘拐犯が誘拐されるなんて思いつきもしなかった……』
『赤毛のロシア人だった……』
『なんて名前の奴だ?』
『皆はチャイカって呼んでいた』
『チャイコフスキーか!』
『やっぱり、知り合いなの?』

 どうやら父親も知っているようだ。彼が自分の事を知っている風だったので不思議だったらしい。

『私を助けてくれた日本の少年の事も知っていたみたいよ』
『日本の少年?』
『ロシア人は、その日本の少年の事を聞き出す為にリーダーを拷問に掛けていた』
『見せられたのか!』
『ええ、私の目の前で彼が死ぬまで続けていた』

 誘拐犯を誘拐した理由はクラックコアの真相を聞き出す為だったらしい。
 彼女に拷問の様子を見せたのはチャイカの残虐な性癖だ。さぞや満足したに違いない。
 対峙した時に自信たっぷりだったのは、リーダーから詳細を聞き出していたからだ。
 片言の中国語でも何が行われたのかディミトリにも理解は出来た。

『その日本の少年がお前を助けてくれたのか……』
『ええ、やたらと闘いに慣れている日本の少年』
『兵士とか警察じゃなくて?』
『私の代わりに変態どもを皆殺しにしてくれたわ』

 シンイェンは憮然として答えた。
 彼女が泣かなかった理由が理解できた。子供には過酷な行為を強いられた来たのだ。
 心を閉ざして感情を殺すしか術が無かったのだ。

『変態どもって…… なんかされたのか?』
『……お尻が気持ち悪くてたまらない……』
『……』

 言葉に詰まる父親の様子は電話を通してもシンイェンに理解できる。

『ったく…… どうしようもない……』

 父親は娘が何をされたのかを理解したようだ。
 そんな二人の間を冷たい空気が流れるように沈黙が支配した。

『お父さんは日本に来るの?』

 シンイェンは話題を変えるために違う話を振ってみた。
 自分がされた嫌な事は、大人にとっても嫌な事らしい。彼女はこの話は二度としないと決めたようだ。

『ああ、日本への搭乗予約を手配した……』
『その少年には、是非ともお礼を言わねばならないからね』
『いつ頃来られるの?』
『明日には到着しているよ』
『分かった。 じゃあ、日本で待ってる』
『携帯電話はどうなったんだ?』
『拉致された時に取り上げられてしまったわ』
『今はどうやって電話してるんだ?』
『公用電話を使っているの』
『その番号は分かるかい?』
『分からない……』
『それでは、お前とはどうやって連絡を取れば良いんだい?』
『彼らはお父さんが警察に届けているかどうかを気にしていたわ』
『何故?』
『色々とヤバイ事をしているみたい……』
『警察には届けていない。 彼らが望むのならその通りにすると伝えてくれ』
『分かった……』

 電話を置いたシンイェンが終わったとでも言うかのように頷いた。

『父親が明日来ると言っていた。 それと携帯電話が欲しい……』
『分かった。 それまではお姉さんたちと一緒に居れば良い』

 ディミトリはシンイェンにそう言った。警察には届けていないようなので安心したのだ。
 詳しい事はアオイのマンションに付いてから決めようと考えたのだった。


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