かみさまのリセットアイテム

百舌巌

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第21話 黒い霧

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毛巽寺(もうそんじ)の境内。

 霧湧神社の南側にある寺は毛巽寺と呼ばれている。毛劉寺と同じくらいの年代に建立されたのだそうだ。この寺には鬼を退治するとされる増長天像が奉られて村人たちの信仰を集めていた。
 その毛巽寺の境内を見守るように鬱蒼と茂る草木に囲まれている。森の中には四人の男たちがヒソヒソと話していた。

「本当に大丈夫なのか?」

 この男の首に巻いているタオルは色が茶色くなっている。農作業の途中だったのだろう。

「あの人は平気だと言っている……」

 そう答えたのはクリーム色の作業着着た男だ。他の男たちはこの作業着の男に向かって話しているようだった。

「俺は…… 気が進まないんだが……」

 この男は皆の中で比較的若い方らしい、上下のジーンズに野球帽を被っていた。

「……それは全員がそう思ってる。 でも、このままやるしかないんだ」

 クリーム色の作業着の男は、工作を続行するように促しに来たようだ。

「ああ…… そうだな…… 折角、御出で下さったんだ」

 最後に話をした男は誰とも目線を合わせないように俯いていた。クリーム色の作業着を着た男は、全員の意志の確認に来たのだった。ここで中断しては元も子も無い。
 クリーム色の作業着を着た男は全員に細々と指示を出して、そのまま謎の男たちは三々五々森の中に散って行った。


 宝来雅史と月野姫星の二人は、伊藤力丸爺さんに連れられて、月野美良が立ち寄ったとされる廃寺の毛巽寺へやってきた。
 霧湧神社で見せた姫星の体調も気になるが、取り敢えず現地を確認しておく事にしたのだ。一度でも見ておけば考える際のヒントになると思うからだった。

 何しろここまでの所、何も収穫が無い。折角、遠路はるばるやってきたのに、このまま手ぶらでは帰れないのだ。美良の母親への言い訳にも困ってしまう。

 霧湧神社から伸びる細い路地を南に進み、更に蛇行した林道を進むと、鬱蒼と茂る草木に囲まれて毛巽寺はあった。毛劉寺のような門は無く、そこは古びた平屋建ての一軒家風で、ひっそりと言った趣で佇んでいた。そうは言っても近所の者が庭や境内を交代で掃除しているので荒れ果てた印象は無い。
 そして、ここにも泥棒を警戒してなのか、新しい防犯カメラが設えてあった。

「今は廃校になってしまったんじゃが、村の小学校が出来る昭和の初め頃までは、ここが学校代わりじゃったんだ」

 力丸爺さんはここの卒業生だそうだ。雅史はそんな説明を聞きながら建物の外に居て写真を撮っていた。

「バイパスが出来てからは、子供たちは村のバスで、隣町の小学校に通うようになってしまってのう……」

 姫星は一人で本堂の中に入っていった。中に入るとそこは床板だけがあり、かつて仏像が設置されていた場所も、柵で囲われた板の間だけだった。見事に何も無い。何か手がかりになるようなものは無いかと部屋の中を見回していると、ぞわりと外とは違う空気の冷たさ感じた気がした。

「え? また?!」

 その時、姫星は何かが近づいて来る気配に気が付いた。何だろうと思って室内を見回しても何も無い。開け放たれている窓から外を見ると黒い足跡だけが、寺の境内を横切って本堂に向かって来ているのが見えた。ヒタッヒタッと音がする気がする。 

 やがて足跡は窓の下付近までやってきた。ガチャッと鍵が開く音がして、続いてぎぃーーーっと、木戸が開く音が聞こえ始める。しかし、姫星の周りには木戸などどこにも無い。自分から見える本堂には、襖と障子と木の床板だ。窓の方からはペタッペタッと足音がゆっくりと近づいてくる音がするのだ。

 部屋の温度が更に下がったように感じた。間違いない何かが本堂に侵入して姫星に向かってきている。姫星の額から汗が一滴流れた。
 姫星は目を凝らして正体を探ってみようと試みたが、結局、何も見つけることは出来ずじまい。
 突然、左手ある箱庭に面したガラス戸がバンと叩かれた。本堂の壁の内側からピシッピシッと音がする。姫星は思わずそちらを見てしまった。

 しかし、何も無い。視線を元に戻すと、本堂の中央付近から、黒い霧のような影がのっそりと立ち上がってきた。それは二メートルくらいもの高さがある。何よりも不気味なのが、黒い霧はとぐろを巻くような感じで、ぐるぐると回転しているのだ。
 黒い霧は姫星の存在に気が付いたのか、足音も立てずにジリジリと近づいて来る。

「宝来さんっ! おじいちゃんっ!」

 姫星は自分に近づいて来る黒い霧から目を離さずに、外に居る雅史たちを呼んだのだ。

「どうしたっ?」

 急に自分を呼び出した姫星の身を案じた、雅史と力丸爺さんが慌てて本堂に飛び込んできた。

「何か居るっ!」

 姫星は本堂の黒い霧を指差しながら、飛び込んできた雅史の影に隠れた。力丸爺さんは自分の杖を構えて本堂の中を伺っている。不審者が居ると思っているらしい。

「…… へっ? ……」

 雅史は戸惑ってしまった。姫星は指差す方向には何も無い。雅史と力丸爺さんは顔を見合わせた。しかし、姫星はそこに何かが居ると自分の影で震えているのだ。そこで雅史は友人が話していた、とある現象を思い出した。

(まてよ…… 鼻血に幻視に…… ひょっとして!)

 自分の鞄から小型のタブレット端末を取り出し、姫星を惑わせている現象を確認する為に、とあるアプリを起動した。

「やはり、これが原因か……」

 アプリが表示する計測結果画面で、確信を得た雅史はタブレットにイヤフォンを差し込んだ。

「姫星ちゃん。 これを耳に装着するんだ」

 雅史はタブレットから伸びるイヤフォンを姫星の耳に装着してあげた。

「…… ! ……」

 姫星はイヤフォンから出て来る、圧迫するような音に顔をしかめたが、自分が見えていた黒い霧が、たちまちのうちに消え去るのを見て驚いた。霧が風に吹かれて霧散するように消えたのだ。

「まだ、見える?」

 その結果に驚いた姫星は雅史から少し離れて周りを見渡した。雅史と力丸爺さんが心配そうに姫星の顔色を窺った。

「…… 大丈夫だけど…… どうして??」

 姫星は首を振った。そして、目を見開いて雅史を見返した。

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