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第30話 不敬な輩
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山道。
「クソォ、あの車は止まる気配が無いですね」
ハンドルを握る若い警官は舌打ちしながらアクセルを踏んだ。何とか前に出て停車させようとしているのだが、相手も此方の意図を知っているのか、針路を妨害されて前に出て行けないようにされているのだ。
「まあ、犯罪者が素直に言うこと聞いてくれたら、俺たちの仕事は楽だわな」
助手席に座る、ベテランの警官はそんな事を言いながら、自嘲気味に笑っていた。
『はい、前の車は直ぐに停車しなさいっ!』
それでも仕事をしないわけにはいかない。無駄とは思いながらも、停車を促す呼び掛けを行っていた。
「なあ、あの車は本当に盗難車なのか?」
ベテランの警官は木下の運転する車を指差しながら言った。
「ええ、一昨日に東京から来た学者さんの車ですよ。あんな人相の悪いおっさんじゃ無いです」
役場の山形に紹介されたのを覚えていた。これがアメリカとかだったら、車で体当たりして強制的に止めるのだが、生憎と日本でそんな真似をしたら大騒ぎになってしまう。余程の事件でなければ出来ない技だ。それに車を傷付けると持ち主に損害賠償請求されてしまう。それも厄介だった。
「運転手が不審者って事は十中八九。 泥棒一味の一人だろうな」
ベテランの警官は『賊は三人組で一人が逃走中』の知らせを聞いていたのだ。
「ええ、慌てて逃げてるのが証拠みたいなもんです」
若い警官はハンドルを慎重に操作しながら、何とか賊の車の前に出ようとしていた。
「あいつ、霧の中に減速しないで突っ込むつもりですよ……」
行く手に白いもやが出ているのが見えてきた。こんな所に霧が架かるのは初めて見るが、今はそれどころでは無い。
(事故ったらめんどくさいな)
ベテランの警官はそんな事を考えていた。パトカーは木下の車に続いて、白い霧の中に突入していった。視界は辛うじて五メートルある程度だ。前の車のテールランプがぼんやり見える程度の霞具合だ。これでは速度が出せない。
「え? 道が無い……」
さっきまで見えていた直線道路がいきなり無くなり川面が目の前に見えた。木下の運転する車はガードレールを突き破り谷底に向かっていく。そして、エンジンルームに運転席がめり込むような形で、車は谷底に落ちてしまった。
車が河原に落下する衝撃でエアーバックが作動した。もちろん、シートベルトも着用している。木下が受けた怪我らしきものは、落下の衝撃で少しだけ気が遠くなっただけだった。
「く、くそぉ……」
木下は直ぐに目が覚めた。車の前部とエアーバッグが落下の衝撃から木下を守ってくれていたからだ。しかし、衝撃のせいでガソリンが漏れているらしい。気化したガソリン特有の臭いが漂って来る。
「おまわりが来る前に逃げないと…… っ!」
木下はドアを開けようとしたが、身体が動かない事に気が付いた。
「ああ、シートベルトを外さねぇとな…… ふふふっ」
きっと事故の衝撃で頭が旨く動かなかったのだろう。木下はニヤリとしてシートベルトを外し、ドアを開けようとしたが開かなかった。車体フレームごと歪んでしまい、開けられなくなっているようだ。
「…… じゃあ、窓から出るか……」
窓に辛うじて残っているガラスの破片を肘で叩き落として、身を乗り出そうとしたら、またしても身体が動かない事に気が付いた。
「くそっ、足が何かに引っかかっていやがる」
木下は足を引き抜こうした。しかし、ピクリとも動かない。足元を覗き込むと盗んだ仏像が車体と木下の足の間に、食い込むようになっているために動かないのだ。
「ちっ、邪魔な仏像だな……」
ガンガンと開いている手で仏像を破壊しようとするがビクともしない。足をもぞもぞと動かしてみるが抜ける気配も無い。そうこうしている内に車内に白い煙が立ち込み始めた。車のバッテリーが液漏れし始めているのだ。
「ああ、やべぇ! ガソリンに引火すると……」
木下は益々焦って仏像を叩いたりひっぱたいたりしたが何ともならない。足を引き抜こうと足掻くが、それも対して効果は無かった。気化したガソリンの臭いはいよいよ酷くなっていく。
ボンッ!
漏れたガソリンに引火したらしい音が聞こえた。身動きが出来ない木下は恐慌状態になってしまった。
「ヴォバアッヴァァァァ」
木下は意味不明な言葉を発しながら、手をバタつかせて火が来るのを阻止しようとしている。だが、ガソリンで勢いを付けた紅蓮の炎は、不遜な輩を見逃しはしない。あっという間に木下は炎に包まれ絶叫しはじめた。
「あ゛つ゛い゛ぃっ あ゛つ゛い゛ぃぃぃっーーーっ」
燃えやすい髪の毛は瞬時に無くなった。皮膚が炎に炙られて茶色く変色し、やがて剥がれて行った。ガソリンの高熱で木下の身体は、蒸発するかのように徐々に形を失い損壊して行った。
「あ゛? あ゛あ゛!! あ゛あ゛ぁぁぁーーーーっ」
高温に炙られた眼球が溶け落ちると共に、木下が発する断末魔の絶叫は谷川に響いて行った。
後方から追跡していたパトカーは、前方の車のテールランプが不意に消えたのを見ていた。
「ああ…… やっちまったな……」
若い方の警官が呟いた。それと同時に車の衝突する音が聞こえて来た。若い警官はパトカーを停止させて降り立った。
「あんな霧の中をスピード出すからだよ。 ったく、どっかに谷に降りる道はついてないか? それと消防に連絡してくれ!」
ベテラン警官は車載されているカーナビから地図を呼び出して崖の下に下りる方法を考え始めた。
「あれじゃあ、即死かな?」
ベテラン警官は地図を見ながら、帽子をずらして頭をかいている。
「…… いや ……」
若い方の警官は燃えている車を見ながら頭を振った。
「え?」
ベテラン警官は若い警官の方を見た。
「……聞こえますよね?」
「ああ……」
やがて、この世の物とも思えない絶叫が聞こえて来た。霧は瞬く間に晴れて行った。まるで目的を果たしたかのようだった。晴れた谷底には激しく炎を吹きあげる車が有った。
崖の下まで優に十メートル以上の高さがある。直ぐに駆け付ける事が出来ず、警官たちは車が燃えるのを、ただ見ているしかなかった。
「じゃあ、身体を挟まれてしまったか、シートベルトが絡まってしまったか……」
若い警官は為す術も無く燃える車を見ていた。
「生きたまま焼かれてるのか…… 自業自得とは言え…… 何とも酷いな……」
コソ泥の断末魔が聞こえているがなんとも手の施しようが無い。何しろ崖の高さは十メートル以上あるのだ。
「神様は何が何でも、不敬な輩は許す気が無かったみたいですね」
その時、一段と激しい爆発音がした。その爆発を最後に木下の断末魔の叫びは消え去った。崖の下で派手に燃える車を見ながら、二人で言い合っていた。
「おーい、この先に崖の下に下りる階段があるみたいだ」
地図を見ていたベテラン警官が、助手席から身を乗り出して言った。若い警官は頷き車に戻ってくる。そして警官たちは崖の下に降りるべく、パトカーを発進させて先を急いだ。
「クソォ、あの車は止まる気配が無いですね」
ハンドルを握る若い警官は舌打ちしながらアクセルを踏んだ。何とか前に出て停車させようとしているのだが、相手も此方の意図を知っているのか、針路を妨害されて前に出て行けないようにされているのだ。
「まあ、犯罪者が素直に言うこと聞いてくれたら、俺たちの仕事は楽だわな」
助手席に座る、ベテランの警官はそんな事を言いながら、自嘲気味に笑っていた。
『はい、前の車は直ぐに停車しなさいっ!』
それでも仕事をしないわけにはいかない。無駄とは思いながらも、停車を促す呼び掛けを行っていた。
「なあ、あの車は本当に盗難車なのか?」
ベテランの警官は木下の運転する車を指差しながら言った。
「ええ、一昨日に東京から来た学者さんの車ですよ。あんな人相の悪いおっさんじゃ無いです」
役場の山形に紹介されたのを覚えていた。これがアメリカとかだったら、車で体当たりして強制的に止めるのだが、生憎と日本でそんな真似をしたら大騒ぎになってしまう。余程の事件でなければ出来ない技だ。それに車を傷付けると持ち主に損害賠償請求されてしまう。それも厄介だった。
「運転手が不審者って事は十中八九。 泥棒一味の一人だろうな」
ベテランの警官は『賊は三人組で一人が逃走中』の知らせを聞いていたのだ。
「ええ、慌てて逃げてるのが証拠みたいなもんです」
若い警官はハンドルを慎重に操作しながら、何とか賊の車の前に出ようとしていた。
「あいつ、霧の中に減速しないで突っ込むつもりですよ……」
行く手に白いもやが出ているのが見えてきた。こんな所に霧が架かるのは初めて見るが、今はそれどころでは無い。
(事故ったらめんどくさいな)
ベテランの警官はそんな事を考えていた。パトカーは木下の車に続いて、白い霧の中に突入していった。視界は辛うじて五メートルある程度だ。前の車のテールランプがぼんやり見える程度の霞具合だ。これでは速度が出せない。
「え? 道が無い……」
さっきまで見えていた直線道路がいきなり無くなり川面が目の前に見えた。木下の運転する車はガードレールを突き破り谷底に向かっていく。そして、エンジンルームに運転席がめり込むような形で、車は谷底に落ちてしまった。
車が河原に落下する衝撃でエアーバックが作動した。もちろん、シートベルトも着用している。木下が受けた怪我らしきものは、落下の衝撃で少しだけ気が遠くなっただけだった。
「く、くそぉ……」
木下は直ぐに目が覚めた。車の前部とエアーバッグが落下の衝撃から木下を守ってくれていたからだ。しかし、衝撃のせいでガソリンが漏れているらしい。気化したガソリン特有の臭いが漂って来る。
「おまわりが来る前に逃げないと…… っ!」
木下はドアを開けようとしたが、身体が動かない事に気が付いた。
「ああ、シートベルトを外さねぇとな…… ふふふっ」
きっと事故の衝撃で頭が旨く動かなかったのだろう。木下はニヤリとしてシートベルトを外し、ドアを開けようとしたが開かなかった。車体フレームごと歪んでしまい、開けられなくなっているようだ。
「…… じゃあ、窓から出るか……」
窓に辛うじて残っているガラスの破片を肘で叩き落として、身を乗り出そうとしたら、またしても身体が動かない事に気が付いた。
「くそっ、足が何かに引っかかっていやがる」
木下は足を引き抜こうした。しかし、ピクリとも動かない。足元を覗き込むと盗んだ仏像が車体と木下の足の間に、食い込むようになっているために動かないのだ。
「ちっ、邪魔な仏像だな……」
ガンガンと開いている手で仏像を破壊しようとするがビクともしない。足をもぞもぞと動かしてみるが抜ける気配も無い。そうこうしている内に車内に白い煙が立ち込み始めた。車のバッテリーが液漏れし始めているのだ。
「ああ、やべぇ! ガソリンに引火すると……」
木下は益々焦って仏像を叩いたりひっぱたいたりしたが何ともならない。足を引き抜こうと足掻くが、それも対して効果は無かった。気化したガソリンの臭いはいよいよ酷くなっていく。
ボンッ!
漏れたガソリンに引火したらしい音が聞こえた。身動きが出来ない木下は恐慌状態になってしまった。
「ヴォバアッヴァァァァ」
木下は意味不明な言葉を発しながら、手をバタつかせて火が来るのを阻止しようとしている。だが、ガソリンで勢いを付けた紅蓮の炎は、不遜な輩を見逃しはしない。あっという間に木下は炎に包まれ絶叫しはじめた。
「あ゛つ゛い゛ぃっ あ゛つ゛い゛ぃぃぃっーーーっ」
燃えやすい髪の毛は瞬時に無くなった。皮膚が炎に炙られて茶色く変色し、やがて剥がれて行った。ガソリンの高熱で木下の身体は、蒸発するかのように徐々に形を失い損壊して行った。
「あ゛? あ゛あ゛!! あ゛あ゛ぁぁぁーーーーっ」
高温に炙られた眼球が溶け落ちると共に、木下が発する断末魔の絶叫は谷川に響いて行った。
後方から追跡していたパトカーは、前方の車のテールランプが不意に消えたのを見ていた。
「ああ…… やっちまったな……」
若い方の警官が呟いた。それと同時に車の衝突する音が聞こえて来た。若い警官はパトカーを停止させて降り立った。
「あんな霧の中をスピード出すからだよ。 ったく、どっかに谷に降りる道はついてないか? それと消防に連絡してくれ!」
ベテラン警官は車載されているカーナビから地図を呼び出して崖の下に下りる方法を考え始めた。
「あれじゃあ、即死かな?」
ベテラン警官は地図を見ながら、帽子をずらして頭をかいている。
「…… いや ……」
若い方の警官は燃えている車を見ながら頭を振った。
「え?」
ベテラン警官は若い警官の方を見た。
「……聞こえますよね?」
「ああ……」
やがて、この世の物とも思えない絶叫が聞こえて来た。霧は瞬く間に晴れて行った。まるで目的を果たしたかのようだった。晴れた谷底には激しく炎を吹きあげる車が有った。
崖の下まで優に十メートル以上の高さがある。直ぐに駆け付ける事が出来ず、警官たちは車が燃えるのを、ただ見ているしかなかった。
「じゃあ、身体を挟まれてしまったか、シートベルトが絡まってしまったか……」
若い警官は為す術も無く燃える車を見ていた。
「生きたまま焼かれてるのか…… 自業自得とは言え…… 何とも酷いな……」
コソ泥の断末魔が聞こえているがなんとも手の施しようが無い。何しろ崖の高さは十メートル以上あるのだ。
「神様は何が何でも、不敬な輩は許す気が無かったみたいですね」
その時、一段と激しい爆発音がした。その爆発を最後に木下の断末魔の叫びは消え去った。崖の下で派手に燃える車を見ながら、二人で言い合っていた。
「おーい、この先に崖の下に下りる階段があるみたいだ」
地図を見ていたベテラン警官が、助手席から身を乗り出して言った。若い警官は頷き車に戻ってくる。そして警官たちは崖の下に降りるべく、パトカーを発進させて先を急いだ。
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