かみさまのリセットアイテム

百舌巌

文字の大きさ
上 下
33 / 43

第33話 弱い生き物

しおりを挟む
伊藤力丸宅

 宝来雅史と月野姫星と山形誠の三人で伊藤力丸爺さんの家を訪問する。事前に連絡が行って無いにも係わらず、力丸爺さんは山菜取りにも行かずに自宅に居た。

 誠は美葉川沿いの空き家が、地面に飲み込まれてしまったと、村で起きた異変を教えていた。

「まだまだ、お怒りなのかも知れんのぉ。 ウテマガミ様は……」

 誠の話を黙って聞いていた力丸爺さんはポツリと言い出した。

「ウテマガミ……様ですか? それは泥棒に荒らされたという霧湧神社の神様ですよね?」

 雅史は訊ねようとした話題にすんなり入れたのでほっとした。

「そうじゃ。 手順・作法を守って奉れば豊穣を施していただける神様と聞いておる」

 力丸爺さんは顎を撫でながら答え、三人を自宅の縁側の方に案内した。

「ところが粗末に扱うと……」

 姫星が話の流れにを合わせるかのように話した。

「ああ、厳しいお仕置きがあるんじゃな。 ほれ、煎餅喰いなされ」

 爺さんはニコニコしながら姫星に煎餅を勧めていた。

「じゃあ、泥棒の親玉が警察署で発狂して、自分の身体を引き千切って死んだのも……」

 雅史は確認の為に聞いてみた。

「そうじゃな、ウテマガミ様の祟りなのかもしれんのぉ」

 力丸爺さんは事も無げに言った。

「そもそも、そのウテマガミ様の由来ってなんでしょうか?」

 姫星が聞いた。
 雅史は祟りは信じないが、何かしらの遠因はあるのかもしれないと思っていた。それは思い込みなのだろうと考えていた。
 人は無意識に神様の祟りがあるかもしれないと思い込んでいる。それが何かの切っ掛けに噴出してしまい、自傷行為に及んでいるのではないかと考えていたのだ。

「ウテマガミ様は『右手禍』と書きますな。 名の由来は『鬼の右手を封じる神の使い』と聞いておりますな」

 力丸爺さんは杖で地面に名を書いて見せた。

「あの陶器…… というか、欠片はなんですか?」

 雅史は霧湧神社にあった御神体を乗せていたいう、陶器の欠片を思い出しながら聞いた。
 陶器らしき欠片は、元々は何かの器だったのだろうと推測出来る。しかし、長い年月の内に朽ち果ててしまったらしく、只の湾曲した陶器の欠片になっていた。

「ちゃんとした形の容器では駄目なのですか? 見た目ご飯茶わんの欠片みたいですが……」

 雅史はその欠片を見た時に違和感を感じていた。何なのかは分らない。

「あれで無ければ駄目なんですよ…… なぜなのかは私たちでも判らないんです」

 翌年には今年使った石を河原に返して、土地神に感謝を伝えるのだそうだ。

「昔、村が大飢饉に瀕した時に、旅の修験道師が置いて行ったと伝えられておりますな」

 お茶を湯呑に入れながら力丸爺さんは答える。どういった修験道師なのかは伝えられてはいないとも話していた。

「昔はちゃんとした鉢の形だったらしいんですが、長い年月の内に破損し今の様な形になってしまったらしい…… です」

 誠が代わりに答えた。何でも自分の祖母から色々と聞いているのだそうだ。

「それでは、やはり器が本体なんですね?」

 姫星が聞いた。普通の小石を神様にするには、何らかの触媒になる物が必要だと考えていたのだ。それが器なのだろう。

「そうなるのぉ。 他所の人から見ると茶碗の欠片にしか見えませんが、神様を掌る器なのですじゃ」

 力丸爺さんが答えた。

「元は祟り神を封じ込めていた器が元になったと聞いておりますな」

 力丸爺さんが続けて答える。

「祟り神。 普通の神様と違って力が強そうですね」

 姫星が答えた。

「ここを開墾した時には荒れ果てた土地だったそうですじゃ。 祟り神だろうと何でも利用する。 そうでもしないと、食ってはいけなかったのじゃろう」

 力丸爺さんは顎を撫でながら答えた。

「全てを許して、全てを飲み込む。 そういう器の欠片だと伝えられております」

 力丸爺さんは家の縁側から霧湧神社の方を見ながら言った。

「崇りも怖いが豊穣の恵みも欲しいのか…… 人間ってのは欲が深いものですね」

 雅史がポツリと言った。

「それが人の性(さが)なのじゃろぅて…… 仕方が無かろう」
 力丸爺さんは答えた。
「神様とのちょうど良い関係を模索しているのかもしれないでしょ?」
 姫星が力丸爺さんの代りに答えた。

「お主は、こういう怪しい話は馬鹿にせんのぉ」

 力丸爺さんは雅史に尋ねてきた。

「はい、僕は神様はきっといるのだと思っています。 でも、人間の期待通りには動いてくれない、とも考えているんですよ」

 雅史は見て無い物は信じない。即物的と言われればそれまでだが、目の前で起きた事象には必ず答えがあると考える方だ。

「ふぉっふぉっふぉ」

 爺さんは一際大きく笑った。雅史のような考え方をする者に会ったのは初めてなのだろう。

「人という生き物は、自分の理解を超える現象が起きたときには、相手を馬鹿にするものなんですよ」

 雅史は笑いながら答えた。

「なんでなの?」

 姫星が不思議そうに尋ねた。

「そうしないと心の均衡が保てないのさ、何しろ人間は自分が理解できない物を、恐怖でしか捉えようとしない」

 雅史は人間の心は弱いものだと思って居た。その為に虚栄を張るのだし、自分を強く見せようと無駄な努力をする。

「心の均衡?」

 姫星が再び尋ねる。神様の事など高校生の姫星は考えた事など無いからだった。

「ああ、そうしないと恐怖に呑み込まれて、自分で自分の心を破壊してしまう」

 雅史は自分の胸を潰す真似をした。

「だから、話を碌に聞かずに、馬鹿にして冗談として受け取ろうとしてしまうんだよ」

 良くテレビ番組でオカルト番組があるが、否定派と言われる人たちは、相手の話を聞かずに話を茶化す事に終始してしまう。これでは文字通り話にならない。否定派もきっと恐がりさんなんだろうなと見る度に思っていたのだ。

「ちっちゃいんだね」

 姫星は力丸爺さんに入れて貰った、湯呑に口を付けながら答えた。

「ああ、人間と言うのは僕も含めて弱い生き物なんだ」

 雅史は少し肩を竦めた。

「ところで、よく略式のやり方が分かりましたね? やはり、文献かなにか残っていたんですか?」

 雅史は誠に聞こえないように、そっと力丸爺さんに聞いた。ところが、爺さんはニヤリと笑っただけであった。

(…… ったく、どこの年寄りも喰えないもんだな)

 恐らく、都合よく『偶然』思い出したのであろう。雅史は苦笑してしまった。

「それじゃ、祭りの準備がありますので、そろそろお暇しましょうか?」

 誠が立ち上がった。雅史も姫星も立ち上がった。

「わしは川に禊ぎの様子を見て来るよ」

 力丸爺さんは杖を付いて歩き出していた。

しおりを挟む

処理中です...